斬&ジロ
親父とうり二つの男ドンがフレンドに加わってからというもの、ジロは日増しに己の中でストレスゲージが高まってゆくのを感じていた。ドンはダンに顔こそ似ていたが、ダンより図々しい性格だった。
まず第一に、馴れ馴れしい。
距離ゼロと言ってもいいぐらい、斬に対してフレンドリーだ。
そして気持ちいいぐらいにジロの存在をスルーしてくる。
ことあるごとに自分が役に立つとアピールしてくるトコなんざぁダンと似ていると言えなくもないが、言い訳がましいダンと比べてドンは自分に自信がありすぎるのが鼻につく。
――つまり結論から言うとドンはジロにとって、親父以上に不愉快な存在であった。
ダンは、あれで結構不干渉を気取っている処もあるから、必要以上にベタベタしてこない。
だがドンときたら、毎日不必要なぐらい叔父にベタベタ接してくる。
今日も距離ゼロでパーティ組もうと押しきられて、仕方なくドンを交えての三人パーティで狩りに出た。
斬が用を足してくると言って場を外した後、ジロとドンは草原に腰を下ろして休憩に入る。
いつもはジロを無視しているドンが、珍しくジロへ話しかけてきた。
「ふーっ。斬が一緒だと、めきめきレベルが上がって楽しいよね!」
「そっすな」
素っ気なく返すと、ジロは聞き返した。
「もしかして、あんたが叔父さんに目をつけたのって寄生虫プレイが目当て」
「あのさ、ジロと斬ってリア親戚なの?」
質問を遮って質問返しされ、些かムッとなりつつも、素直にジロは答える。
「親戚っつーか、俺はあの人の甥っす」
「へー、そうなんだ。でも君、斬とは全然似てないよね。お母さんの?それとも、お父さん?」
「親父っす」
「へー。君はお父さん似?お母さん似?あ、そういや最初俺を見た時、斬が俺をアニジャって呼んだよね。アニジャって何?」
「兄者ってのは兄貴のことっす」
答えながら、叔父さん用足すだけなのに長いなぁ、とジロはぼんやり考えた。
小かと思っていたが大だったのか。
「兄貴か!なるほど、つまり君はお父さん似で、俺も君のお父さんに似てるってわけね」
ドンはニコニコ笑いながら、次々質問してくる。
今まではジロが何を話しかけようと全スルーだったのに、今日はどうした風の吹き回しか。
「お兄さんってさー……斬とは仲良いの?」
「んー、どうっすかねぇ。俺が見た感じ、あんま仲良しとは思えなかったっすけど」
「そうなんだー」
一旦会話が途切れる。
ジロがドンを眺め見ると、ドンは地面を見つめて何事か考えている様子であったが、やがて顔をあげた。
「んー。俺のこと、お兄さんと間違えるぐらいだから、お兄さんとは仲良しなのかと思ったよ。そっかぁ、大して仲良くもないのに、兄貴と間違えたのか……」
「どういうことっす?」
「いや斬って俺のこと本音じゃ、どう思ってんのかなぁって」
「へ?」
媚びを売るような目で、チラッチラとこちらを見ながらドンが言う。
「俺はさ、斬のこと好きだよ。ケッコンしたいなーと思ってる」
衝撃の告白にジロは思わずブホッと咽せるが、ドンは気にせず話を続けた。
「けど斬は、たびたび俺のこと兄者って呼び間違えるよね。お兄さんだと誤認してばかりで、俺をドンだと認識してくれない」
「……あー、だってソックリっすから。俺だってビックリしたっすよ、最初あんたの顔見た時は」
ゲホゲホの収まったジロが言うと、ドンが必死の形相で叫んだ。
「ね、斬って誰か好きな人いるのかな!?もしかして、お兄さんのこと、愛していたりする?」
これまた仰天の発言に、ジロのゲホゴホも復活する。
「そっ、それは、な、ないと思うっすっ」
咳の止まらぬまま、なんとか言い返すと、ジロはハァハァと荒く息をついた。
全く、変なオッサンだ。
ドンという男は。
初対面から斬に馴れ馴れしかったのは寄生虫プレイが目当てではなく、結婚相手募集中だったのか。
ホモ野郎なのは判った。
だが、その妄想が近親相姦にまで及ぶとは。
兄弟仲は良くないと、さっき言ったばかりなのに、どうしてそっちの方向へ妄想が飛ぶのか。
解せない。
「叔父さんが親父のことを好きだったら、俺を引き取ったりしねっすよ」
「え?どういうこと」
「あ、叔父さんは俺を育てたいって親父に言ったらしくって、俺、ずっと叔父さんと同居してんす。叔父さんがうちの親父を信頼するなり好いていたら、わざわざ俺を手元に呼び寄せたりするっすかねぇ?」
「あー……あ、でも、親愛なるお兄さんの子供だからこそ手元に置きたかったのかもよ?」
「や、それだったら親父目当てでうちへ遊びに来たほうが、家族全員と仲良くなれるはずっす」
ジロだって大きくなった今じゃ、薄々気づいている。
斬がジロを自分のギルドへ呼んだ理由ぐらいは。
あの飲んだくれの親父じゃ、子育てなんか出来ないに決まっている。
お袋と親父の仲も険悪だ。
叔父は、ジロを哀れに思って引き取ってくれたのだ。
だから、その件に関してはジロも彼に感謝している。
「ふーん。じゃあ、もしかして斬が好きなのってジロ?」
「いやぁ、それもどうっすかねぇ」
この男はどうあっても近親相姦のケがある方向へ斬を持っていきたいようだ。
斬が好きと言っていたくせに、結婚したいとまで宣ったくせに、どうして好きな人がいると決めつけたがるのか。
ジロは意地悪く聞いてやった。
「ドンさんは、叔父さんのこと好きなんすよね?なんで告白しねーんすか」
答えなど聞かなくても判っている。
要は彼、自分に自信がないのであろう。
日頃の役に立つでしょアピールが激しいのも、裏を返せば『役に立つ』と誰かに言われたことのない、自信のなさの表れである。
俺って役に立つでしょアピールの激しい親を持つジロは、そう分析した。
「いや、毎日してるけど?結婚しようって何度も言ったし。夜も満足させてあげるってね。けど、返事がいっつも曖昧なんだよね〜。だから、誰かいるのかなと思って。好きな人」
分析とは掠りもしない自信満々な答えが返ってきて、ジロがあんぐりしている間に斬が戻ってきた。
「楽しそうだな。何を話していたんだ?」
「ん、君のこと。ジロに色々聞いちゃった」とドンが答え、我に返ったジロも斬を振り返る。
「叔父さん、ずいぶん長かったっすね。ウンコっすか?」
「ばか」と短く苦笑して、斬がジロの隣へ腰を下ろす。
「用を足した後、知らない奴に呼び止められて話をしていたんだ。ギルドへの勧誘だったが、断った」
「ふーん、この世界にもギルドってあるんすねぇ」
気のない返事のジロを見、斬が話を持ちかけてくる。
「そうだ。そこで考えたんだが、ここでもギルドを作ってみようと思う」
「へぇ、ギルドを」
現実でも斬はギルドマスターだ。
ギルドという組織に、何か深い思い入れがあるのかもしれない。
思いきってジロは聞いてみた。
いや、聞こうとした瞬間、ドンが横入りで割り込んでくる。
「斬はリアルでもギルド持っているんだ?どんなギルド?」
「ん、あぁ、ハンターギルドだ」
「ハンター!?狩猟やってんだ!主に何を狩ってんの?鹿?猪?それとも熊?」
目を輝かせるドンへ何と説明しようか斬は迷ったが、ドンの興味は瞬く間に次へ移る。
「あ、で、ねぇねぇ、ここでのギルドは、どんなギルドにする予定?」
「そうだな……やはりハンターギルドが無難だろうか」
「ハンティング大好きなんだね」とドンに微笑まれ、そっと視線を外しながら斬は頷いた。
フレになってから何日か過ぎたが、どうしてもドンの顔を直視できない。
あまりにも兄に似すぎていて、しかもその顔が自分に向かって笑顔で話しかけてくるもんだから、照れ臭い。
ダンとは、まったく仲の良い兄弟ではない。
兄が一方的に斬を嫌っているといってもいい。
それでも兄と仲良くなりたくて幼い頃から兄の背中を追い続けたが、ガールフレンドを寝取られた時、とうとう斬は疲れてしまった。
故郷を飛び出したのも、兄と絶縁するつもりだったからだ。
気が変わったのは、ジロが生まれたせいだ。
親に愛されない未来しか見えない子供が、あまりにも不憫で、だから兄と連絡を取った。
最悪の別れだったというのに兄は全く気にせずやってきて、息子達を押しつけると、さっさと帰っていった。
ジロと一緒に暮らしてみて、判ったことが幾つかある。
ダンとアリシアの間に生まれた子だというのに、ジロは性根の優しい男の子であった。
金金金と金に執着する割に、あくどい思考へ行き着かない。
ファッションに無頓着なところや他人に無関心なところは親譲りだが、そんなのは大した短所ではない。
戦いが苦手なのも、根が優しい為だろう。
ハンターギルドに誘ったのは失敗だったかもしれないが、ジロとはずっと一緒に暮らしていきたいと斬は思っている。
同性愛といったものではない、どちらかというと家族愛だ。
ゆくゆくはジロにギルドの経営を譲ってもよかろう。
「ギルド名は?やっぱいつものアレっすか」
ジロに尋ねられ、斬は頷いた。
「あぁ。長いからつけられるかどうかは疑問だが」
「あ、長さは50文字ぐらいイケるらしいよ、ギルド名。で、なんて名前にすんの?あ、俺も入っていい?」
へらへら笑うドンに対し「駄目っす」とジロは速攻で拒否ったのだが、斬ときたら「あぁ、うむ、出来たら入ってくれ」と歯切れ悪いながらも許可してしまい、ジロを苛立たせた。
「ギルド名は『HANDxHAND GLORY's』だ」
「へー。どういう意味?由来とか、あんの?」
突っ込んだ質問をドンにされて、間髪入れずに斬が答える。
「栄光の手……だ」
「へー、そういう意味なんだぁ」とジロもドンと一緒にハモり、斬には睨まれる。
「お前には、最初に説明したはずだぞ」
「い、いや、だって五歳かそこらっすよ?覚えてねーっす」
「お前が俺の処へ来たのは十歳だ。自分がいつ来たのかも忘れてしまったのか?」
リアルでギルドを譲るのは、少し考えものかもしれない。
この記憶力の悪さでは。
だがゲーム内でのギルドなら、サブマスを任せてみるのもアリかもしれない。
まずはサブマスターを任せて、様子を見るのだ。
ジロの仕事っぷりを。
「ジロ、お前はサブマスターをやれ」
「サブマスっすか、どんな権限を与えられるんすか?」
「そうだな……」
ちらりとジロを見、斬は考え込む。
サブマスターの出来る仕事は制限したほうがいい。
メンバーの除名まで任せたら、きっとジロはドンを弾くに決まっている。
ジロは何故かドンを嫌っているようだった。
同じ顔同士だと、気が合わないのだろうか。
「ひとまず勧誘を手伝ってくれ。どうせギルドをやるなら、メンバーが多いに越したことはなかろう」
「了解っす」
気の抜けた甥の返事を聞きつつ、斬はさっそくヘルプを開き、ギルドについてを熟読するのであった。