己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


斬&ジロ

翌日から斬によるジロ猛特訓が始まった。
といっても、何も辛い試練はない。
ジロは斬と同じパーティに入って、彼の戦う様子を離れた場所で見ていればいいのだ。
そうすると戦闘終了後、勝手に経験値が加算されていって、ジロのレベルが面白いようにあがっていく。
何しろ斬の適正レベルにあわせた狩り場なもんだから、レベル1だったジロは、たった一、二回の戦闘で20まで成長した。もっとも中身のほうは宿屋でゴロゴロしていた時と、そう大差ない。
本人は「これが寄生虫プレイってやつっすかねぇ」などと言っている。
「第一次転職は、どうする?」
斬に尋ねられ、自分のプロフィールを眺めて呆けていたジロが我に返って答えた。
「うーん、俺飛び道具で戦うのは苦手なんすよねぇ……トリッカーって罠設置する職業っすよね?そっちのほうがいいかな」
勿論決め手となるのは、どちらがより楽ちんな職業なのかだ。
戦闘を苦手とする甥の性格を考えても、ジロは後方援護より罠を仕掛けて後は眺めているほうが向いていそうだ。
斬もそう判断し、頷いた。
「それがよかろう」
「叔父さんも、そろそろ第二次転職に手が届いちゃったりするんじゃないッスか?」
ジロの問いに「うむ」と頷き、斬は全く思案せずに答えた。
「俺の次回転職は決まっている。だが、お前を育てるのが先だ」
第一次転職をした時点で、既に次も決めていたらしい。
「あ、そういやぁ」とヘルプを見ていたジロが、不意に思いつく。
「結婚ってのもあるんスよね。叔父さん、どうすか?いっちょ結婚しとく?」
その場の思いつきで衝動買いでもするかのような言い分に、斬は軽い目眩を覚える。
いきなり結婚しろと言われても、相手がいなければ成立しない。
「一体誰と結婚しろというのだ」
眉をひそめる斬に「え、叔父さんだったらモテるんじゃないッスか?」と根拠のない予想を飛ばしていたジロが、誰かと勢いよくぶつかった。
「あ、すんません」と振り返った直後、ジロの顔が「あ」の口をしたまま硬直してしまう。
何事か、とぶつかった相手の顔を見た斬もまた、同じような表情で軽く固まった。
死んだ魚のような濁った瞳が、こちらを見つめている。
そいつは無精髭の一言では到底片付けられそうもない汚らしい顎髭を指でかき回し、じろじろと無遠慮にジロと斬を眺め回した。
いや、正確には斬の覆面忍者服姿を興味深げに眺めているのだった。
「アサシンかぁ〜、アサシンで全身フル装備の奴は久しぶりに見たなぁ」
陽気に言い放つと、息が届く範囲まで斬に近づいてきて、じっと覗き込む真似をする。
「どうだい?覆面を取って顔を見せちゃくれないか」
「あ……あ……」
男を指さし、ジロがくちをパクパクさせる。
斬も驚いて目を見張っている。
目の前にいる、汚らしい無精髭を生やして死んだ魚の目をした男は、誰がどう見ても斬の兄にしてジロの父親であるダンにうり二つ。
生き写しといってもいいぐらい、そっくりであった。
だが本物のダンなら斬の声を聞いた上で、顔を見せろ等と言ってきたりはしない。
それ以前にジロの存在に気づいているなら、まず、ジロへ何か話しかけてくるはずだ。
何より斬へ向けて陽気に話しかけてくるダンなんて、ありえない。
ダンは実の兄でありながら、常に弟には辛辣な兄なのだから。
「あ……兄者?」
思わずポツリと呟く斬へ、ダンそっくりの男がニッと笑いかける。
「ん〜、アニジャって誰だい?俺はアニジャじゃないよ。そんなことより顔、見せてよ」
「な、何故?」と聞くのが斬にとっては精一杯で、男が愛想よく微笑み「だって、すごくイイ声してるもの。イケメンボイスってやつ?顔もきっとイケメンなんだろうなぁって」と言うのを聞き流し、されるがままに覆面をはぎ取られた。
唇がくっつくんじゃなかってぐらいの近距離で、男が喜ぶ。
「やぁ、やっぱり思った通りだ!君はとても魅力的な瞳をしているね……それに、唇が愛らしい。素敵だよ……」
斬と男の唇が重なるか、という直前で我に返ったのはジロが先だった。
ぐいっと体をねじ込んで、男と叔父を無理矢理引き離すと、ジロは唾を飛ばして男にくってかかる。
「な、なんなんすか、なんすか!?あんた一体なんなんすか!」
無理矢理引きはがされても男が気を悪くした様子はなく、彼は肩をすくめてジロを見やると非礼を詫びてきた。
「あぁ、失礼。名乗るのを忘れていたね。俺の名はドン。普段はソロで遊んでいるんだ」
「ドッ、ドン!?」
「そう、ドン」
変な名前だ。
それに父と一文字違いだなんて。
やっぱりこいつ本当はオヤジなんじゃねーの?
ジロが疑いの視線を向けると、ドンは朗らかに笑ってジロへ尋ね返してくる。
「それより君達の名前を聞かせてもらえないか?んで、よかったら俺とフレになろう」
「お断りっす!」
即座にジロが拒否するも、呆然としていた斬が名乗りをあげた。
「……斬、だ……」
「へぇ、ザン!いい名前だね、格好いいね」
「叔父さんっ!?」
ドンとジロの悲鳴が重なり、ジロはじろりと隣の男を睨む。
「あ、あんた、叔父さんが名乗ったからって、さっきみたいにチョーシこいたら許さんっすよ!」
「さっきみたいに、とは?」
そらっとぼけられて、ジロの怒りはヒートアップ。
「ごまかそうとしたって無駄っす!さっきあんた、叔父さんにチューしようとしたでしょーが!」
「うん、したよ。あまりに愛らしいものだから」と今度は誤魔化しもせずに、ドンは真顔で頷いた。
「なっ!な、な、何開き直ってんだァ!?ふざけんなっすぅ、この変態ホモヤロー!!」
おかげで、ますますジロの怒りは沸点に達し、勢いで殴りかかろうと拳を振り上げる。
殴る直前でジロを押しとどめたのは、他ならぬ斬であった。
「ジロ、やめろ」
「けど叔父さん!セクハラに遇いかけたのは叔父さんじゃないっすか!!」
ジロの抗議には何も答えず、斬はジッとドンを見つめる。
やはり、どこからどう見ても兄にしか見えない。
なのに兄に似た、この人物は格好いいと斬を褒め称え、キスまでしようとしてきた。
友達になろう、とも言ってくれた。
本物の兄だったら、けして聞けない言葉の数々だ。
思い出すだけで、頬が熱くなってくる。
テレを隠そうと後ろを向いて覆面を被り直してから、改めて振り返った斬が言う。
「フレになりたいと言っていたな。いいだろう」
カードを取り出した斬に、ジロが「叔父さんダメっす!また襲われるっす!!」と警報を鳴らしても、叔父は全然聞く耳を持たず。
「やった〜!あ、じゃあ今日からパーティ組んでいい?」とドンもジロを丸無視して、斬へ満面の笑みを向けたのだった。


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