己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


斬&ジロ

ペチペチと頬を叩かれて、ベッドの上でまどろんでいたジロが目を覚ます。
「ジロ、ジロ。起きろ。今日からユーザーハウスで寝泊まりできるようになったぞ」
ジロを起こしたのは、叔父兼ギルドマスターの斬。
もっとも、今はゲームの中での生活だから、叔父も只のフレンドの一人だ。
「んあ〜?叔父さん、しばらく見ないうちに黒ずくめに戻りましたね……?」
ここへ来たばかりの斬は安っちぃチュニックを着ていたはずなのだが、今ジロの目の前に立っている彼は忍者服に身を包んでいた。
「転職したのだ。お前が宿屋で怠惰に時間を過ごしている間にな」
「へ?転職?転職って第一次転職ッスか」
ガバッと身を起こし、フレンドの項目を指さし確認してみると。
斬のプロフィールは、いつの間にやらクラスがアサシンに変化しており、レベルも40をブッチギリで越えているではないか。
「うっそでしょ〜、ここ来て宿屋日数で一週間ぐれーしか経ってないはずなのにィ」
「コツがあるのだ。無駄を省いた戦闘のコツが」
いとも簡単にジロの疑問を切って捨てると、叔父は再度促してくる。
「街の外れに家を建てた。今日からは、そこで暮らす」
「んあ?家?ユーザーハウスって……叔父さんが作ったんスか」
「違う、フリマで購入したユーザーメイドだ」
斬の話によると初心者の街では毎日夜の時間帯にフリマが開催されており、そこで他プレイヤーの作った家具や冒険で拾ってきた非売品の武具等を比較的安値で購入できるらしい。
「二人用の家だ。家具も一通り揃えておいた」
どことなくドヤ顔な斬を見ながら、ジロも相づちを打つ。
「へ〜。よく買える金がありましたッスね」
「修練の余波で貯まった金だ。こういう時にでも使わねば無駄だろう」
ついでにジロは聞いてみた。
「ちなみに今、手持ち金は、おいくらで?」
すると斬は無言で片手を広げる。
「5000C?」
「5万Cだ」
「えっ!」
驚いた。
驚きすぎて、ジロはベッドから危うく転げ落ちる処だった。
叔父の言い方だと戦闘だけやっていたような雰囲気だが、戦闘だけでも、そんなに儲かるというなら、俺もやっておけばよかった!
――だが、まぁ。
五万貯める戦闘ってのも、想像がつかない。
何百匹、いや何千匹倒せば万単位の金が貯まるんだろう。
考えただけでも、かったるくてしんどい。
大体、ジロは戦闘が嫌いだった。
付け加えるなら、生産も面倒なのでやっていない。
ジロは毎日、宿屋でダラダラ過ごしていた。
宿代は、もちろん斬の支払いだ。
当然レベルは1のまま。
クラスはレンジャーになっていたが、どうでもいいよと本人は思っている。
「そんだけありゃ〜いろんなもんが買えますよね!」
戦闘は嫌いだが、お金は大好きだ。
浮かれた声でジロが尋ねれば、斬は、おや?という顔をした。
「なんだ、欲しい物があるのか?」
「欲しいっていうか、まぁ」
欲しいものは特にない。
強いて言えば、斬の持っているお金が全部欲しい。
バリバリの守銭奴はゲームの中でも健在で、ジロは早い話、お金を手にしている時が一番幸せなのだった。
「さぁ、行こう」
「了解ッス。あ、けど街の外れって結構歩きます?俺、面倒なのは、やだな〜」
「そういうと思って、馬車も購入しておいたぞ」
なんと根回しの良い。
いや、さすがはジロの叔父というべきか。
外に出てみると、デンと立派な馬車が宿屋に横付けされている。
一体幾らで購入したんだろう。
「あ、けど俺まだレベル1ッスよ?馬車、使えますかね」
「持ち主が許可すれば他の者はレベルに関係なく乗れる。いいから、早く乗れ」
物珍しげに乗り込んでみると、座席はふかっとしていて、お尻に優しい。
二人が乗り込んだ直後、御者が出現したかと思うと、すぐに「ハイヨー!」と鞭をふるって馬車が走り出す。
「なんだ、こいつ!今どっから出てきたんだ!?」
泡くって大騒ぎするジロを、斬が窘める。
「落ち着け、ジロ。NPCだ」
「……随分落ち着いてるッスね?叔父さんは」
どっしり構えて冷静な斬に、ちょっとだけムカついたジロが問うと、斬は、やはり事も無げに答えた。
「何度も使っているからな」
本人の談によると、このあたりのモンスターでは雑魚すぎる為、遠くの狩り場まで遠征しているとの事。
高レベルプレイヤーにとって、馬車は必須アイテムだ。
てくてく歩いて移動なんて、時間の無駄にも程がある。
とはいえ街の外れに行くだけなら、馬車を使う距離でもない。
要は馬車を俺に見せびらかしたかったんだな、とジロが気づく頃には我が家へ到着していた。
「ふえぇぇ……これで二人用ッスかぁ?」
ユーザーハウスと聞いていたから、てっきり木こり小屋みたいなものを想像していたのだが、どっこい目の前に建っているのは綺麗な一軒家。
NPCが住んでいる家と大差ない。
「そうだ。キッチンと居間が一階、寝室は二階にある」
「ふぇ。寝室は一間?」
「いや、一応二部屋ある家を購入しておいた。お前が文句を言うだろうと想定してな」
一体幾ら出して、この家を……いや、聞くまい。
聞いたら、きっと自分は卒倒してしまう。
ジロはブルブルと勢いよく首を振って金額想像を頭から追い出すと、さっそく新居の見学にまわった。
「へー、ホントにキッチンだ〜。すげぇー!」
一階はコンパクトにまとまったキッチンと食卓、それから居間がある。
二階は先ほど斬も言っていた通り二部屋あって、それぞれにシングルベッドと空の本棚が置かれていた。
「シンプルっすね。家具は、これから揃えていく予定ッスか?」
「あぁ。これだけ買ったら五万まで減ってしまったのでな。残りは金を貯めてからだ」
さらりと言われ、ジロは「え?」となった後、しばし硬直する。
「え?え??」
今、叔父は何て言った?
全部購入したら、残りが五万になっただって?
じゃあ、これらを買う前は総額幾ら持っていたんだ!
金稼ぎは生産が一番とヘルプには書いてあったはずだが、叔父が生産をやっているようには見えない。
つまりは全部、戦闘で稼いだ金ということになる。
これまで何万匹のモンスターで手を血に染めてきたのか、この叔父は!
ガクガクブルブル。
恐怖に震えるジロを怪訝に見つめ、斬が言う。
「何を想像しているのかは知らないが……お前も、そろそろ戦闘を経験しておいたほうがいい」
「めめめ、滅相もない!」
何度もいうが、戦闘は嫌いだ。
面倒というのもあるが、流血や相手の死に顔を見るのが嫌だという理由もある。
基本ラブ&ピースな男なのだ、ジロは。
全力で戦闘を拒絶するジロへ、なおも斬の小言が続く。
「面倒だと思っているんだろうが、クエストは案外面白いぞ?金も儲けられて一石二鳥だ。いつまでもベッドでダラダラしているよりは、有意義な過ごし方だと思うがな」
あなたとは違うんです、殺戮キラーと一緒にしないでください。
聞く耳持つまいと頭を抱えていたジロは、斬の思わぬ一言――金の一文字に耳をそばだてる。
「……へ?クエスト、って?」
ようやく聞く気になったのかと溜息を一つつき、斬は言った。
「NPCから時折、頼み事をされる時がある。解決すれば経験値と金がもらえる。簡単な話だろう?」
斬は、ただ闇雲にモンスターを斬り殺して金を貯めたのではないと言う。
モンスターを倒す際に関連クエストを引き受ける事で、金を儲けて経験値も稼ぐ。
それが、最初に言っていた最速レベルアップのコツである。
働き者な叔父の事だから、さぞ無駄を省いた順序立てでクエストを引き受けていったのであろう。
「はぁ。なるほど……メニューのクエストって、そういう意味だったんスか」
「そうだ」と叔父は頷き、ほんの少し微笑んでみせる。
「お前がやる気になったなら、装備は俺が購入してやろう。それと、最初のうちは俺とパーティを組もう。お前は俺の後ろで援護を行えばいい」
至れり尽くせりの提案に、一も二もなくジロは飛びつく。
叔父さんの全財産を貰いたいのは山々だが、くださいと頼んで素直にくれる叔父でもない。
それよりは、自分で稼いだ方が早い。
そして自分で稼ぐなら、より楽な方法で稼ぎたい。
「宜しくお願いしますッス、叔父さん!」
勢いよく頭を下げたジロを、よしよしと撫でてやり、斬は満足げな笑みを浮かべる。
「素直でよろしい。では、さっそく始めるとしよう」
「あ、けど、まだ俺、装備が全然」
「そうだったな。では買い物が先だ」
「あ、それと」
グズグズ言い出したジロに気勢をそがれ、だんだん斬の勢いもなくなってくる。
「……なんだ、まだ何かあるのか?」
「え、と、その、俺……生産も、やってみたいな〜なんて」
まさかの生産スキル取得希望。
あのジロが、誰より面倒な真似を嫌う、あのジロが!?
斬はポカーンとして、ジロをじぃっと見つめ返す。
穴の空くほど見つめられ、焦った様子でジロが理由を話し始めた。
「いや、だってせっかく立派なキッチンがあるじゃねぇッスか。叔父さん、どうせ生産スキル持ってねぇんでしょ?だったら、俺が使おうかなーって、料理で」
リアルで料理なんて、したこともないくせに?
一体どんな風の吹き回しやら。
しかし本人がやりたいと言っているものを、無下に却下する理由もない。
たとえ斬が、実は料理と調合と裁縫の生産スキルを所持していたとしても。
「いいだろう。やるからにはマスターしろよ、ジロ」
「え、それは、チョット……一度やってみないことには、なんとも」
歯切れの悪い返事をしつつもジロは一応彼なりにやる気満々のようであり、仮想空間も悪くないなと独りごちながら、斬はジロをつれて街に戻った。


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