ユン&セツナ
ユンがナナへ尋ねたのは、これまで何をしていたのか。そして、どうやってこの世界へ来たのか記憶はあるのか――であった。
ナナはギルドへ入って戦争イベントに参加したり、抜けた後は町で友達を増やしたり、バレンタインイベントに参加してみたり、ランキングに挑戦してみた事を伝えた。
この世界に来た時はキースと一緒だったけど、逃げ出した事なども。
無論、どうやって来たのかは記憶にない。
ゲーム世界だというのは、キースからの又聞きで知った。
フレンドリストも見せてもらったが、五ページに渡る膨大な量だ。
単独活動していたにしては、皆から可愛がられていたようである。
ひとまず、ユンはホッとした。
ナナが誰からも酷い目に遭わされていなかったと知って。
「こんなにお友達が出来たの。充実した生活を送っていたのね、ナナちゃんは」
「そういうお前はユン以外にフレがいなさそうだよな」
すかさず突っ込んできたキースをじろりと睨み、セツナはフンと顔を背ける。
「失礼ね、フレンドぐらいいます。これでもギルドでは作戦参謀なのよ」
「セツナ先生が作戦参謀?わぁ、すっごく頼れそう!」
ナナはキャッキャと無邪気に喜び、傍らではキースが疑念の目を向けた。
「ふん、恐怖政治で無理矢理奴隷兼フレンドを増やしたのか?俺のように交渉術でフレンドぐらい作ってみせろというんだ」
どうだとばかりに公開されたフレンドリストは、これまた膨大な量が載っている。
「……女性ばかりだな……」
ぼそっとユンが素直な感想を呟き、ナナは心底軽蔑の眼差しでキースを睨む。
「ほんとだ。変態眼鏡の交渉術って、そういうやつなの?サイテー」
キースは何を勘違いしたのか、流し目でナナを見つめ返してきた。
「フフフ、ナナたん嫉妬しているのかい?君が嫌がるなら、フレンドは君一人に絞ったって構わないんだよ」
「そういえば」と戯れ言に割って入って、セツナがナナへ尋ねた。
「ナナちゃんって、どうしてキースをブロックしていないの?」
そこはユンも純粋に疑問だ。
現実でも今でも毛虫の如く嫌っているのに、ブロックしないとは優しいにも程がある。
ナナは、あぁ……と頷き、素直に答える。
「下手にブロックして、あちこちで変な妄想を流されても困りますし……」
監視のために、あえてブロックしなかったのだと言う。
正論且つ冷静だ。
「なるほど」
思わず納得するユンには、キースの激高が飛んだ。
「なるほど、じゃないぞユン!ナナたんも酷いぜ、俺が妄想を垂れ流すような男だと思っているのか!?」
「毎日妄想を垂れ流しているから、信頼されないのよ。自業自得ね」とはセツナ。
キースの怒りはともかく、一通り話が済んだところでユンが再び切り出した。
「ここに飛ばされてきたのは俺達だけなのか、レンやセーラ、カネジョーもいるのか」
「あぁ、それなら既に調べた」
怒り狂っていたはずのキースが答える。
「検索してみたが、あいつら三人は全く引っかからなかったぜ」
「なら、あとは、ここを抜け出す算段を考えるだけか……」
「それが一番難関ね」と、セツナ。
他のプレイヤーの話によるとログアウトの方法は簡単で、一番端っこにメニューがあると散々聞かされたのだが、セツナのメニューにもユンのメニューにも、それらしき文字が浮かんだことは一度もない。
「他の人々とは違う出口を探さなくてはならないわ」
「だが、どうやって?」
キースが唸り、腕を組む。
「死んでもゲートに飛ばされるだけだし、他の奴とパーティを組んでログアウトしてもらっても、一人残されるだけだった」
彼も単独で行動している間、色々試してはみていたらしい。
打つ手がないまま、何ヶ月かが過ぎた。
最近ログアウトの方法が変わったという話を、ギルド内で耳にするようになった。
マイハウスへ戻り、ユンはナナとキースにも、それを伝える。
しかしプロフィールを開いても、四人の設定にはログアウトの文字がない。
「これも駄目ね」と絶望に項垂れるセツナの横では、キースがぼそっと呟いた。
「ログアウトに関しちゃ、色んな噂が飛び交っているな」
「いろんな噂?例えば?」と話に乗ってきたナナへは、例の奇妙な流し目で見つめながら。
「レイドボスに無理矢理ログアウトさせられた奴が二度とリログできなかったり、登録しなおすハメになったり、世界そのものがバグったりといった不具合報告だ」
「な……なんか、よく判らないけど、酷い事になってるの?」
「あぁ」と頷き、キースは続けた。
「さらに酷い事には、不具合に対して運営が動く気配無しってやつだ。そのうち世界そのものが消滅するかもしれん。そうなったら、俺達は」
キースの言葉の先を、ユンが引き継ぐ。
「……ここへ閉じこめられてしまう。永遠に」
「そんなの!絶対嫌っ」
即座にナナが反発し、キースも力強く頷いて、何故か潤んだ瞳でナナを見つめてよこす。
「ナナたんと二人きりで意識のある状態ならともかくも、世界が滅んだ後はどうなるかも判らんしな……二人きりになれるなら、現実が一番いい」
顎を掴まえようとしてくる手はバシッと払って、ナナが憤慨する。
「二人っきりになんか、ならないってば!」
「それはともかく」とユンが仕切り直し、脱線しかかった話題を元に戻す。
「レイドボスが鍵だな。野良かギルドでパーティを募集して、挑んでみるとしよう」
「それなら、野良がいいわ。同じ症状の人がいるかもしれないし」とは、セツナの弁。
「俺達と?しかし掲示板で今までも検索したが、ログアウトできない奴なんて――」
言いかけて、キースの言葉が途切れる。
掲示板で何かを見つけたようだ。
他の三人が覗き込んでみると、キースの開いたページには、こう書かれていた。
『ログアウトできない奴いるか?』
「……いた」
誰もがポツリと呟く中、いち早く我に返ったキースがコメント欄に素早く打ち込み始める。
元記事の書き込み主はクォードとなっている。
知らない名前だ。
だが彼も同じ症状であるとすれば、情報交換ができるかもしれない。
コンタクトを取る価値はあるだろう。