シズル&ヤイバ
今回のイベントダンジョンはイベント自体を楽しむと言うよりも、ドロップまでの過程を楽しむためのカップル用フィールドではないかとシズルは考えた。階層は浅く敵も弱いとあっては、いくらレア装備がドロップするとはいえマラソンするのもダレてくる。
初日の段階で上級者は瞬く間に飽きてしまい、撤退ないしPEやPKに走る中、中級者レベルのシズルと刃は、のんびり一階層ごとに敵を全撲滅させていた。
「よっし、そろそろ昼飯時だな。弁当食おうぜ」と言って、シズルが先に休憩ポイントへ入っていく。
あまり腹は空いていなかったが、一人では戦えないクラスの刃も休憩することにした。
テントを張れば、二人の空間の出来上がりだ。
この中でなら、何をしていようと周りの連中に見られることもない。
「じゃじゃ〜ん、これが俺の手作り弁当だ。心して食えよ?」
シズルお手製弁当は、重箱三段重ねのボリューム溢れるものであった。
一段目を開いてみると、野菜と肉料理とで彩られたおかずが顔を出す。
ご飯は三段目に、ぎっしり入っていた。
二人で食べるには多いようにも感じたが、刃は文句も言わずに箸を取る。
「飲み物も持ってくれば良かったな」
「ん、お茶ならあるぜ、一応」
シズルが、ごそごそとバッグパックから水筒を取り出してくる。
至れり尽くせりの大サービスだ。
さすが一週間前からイベントを楽しみにしていただけはある。
桜色に染まった飯を一口含む。
ほんのりと優しく、甘い味がした。
「どうだ?スイーツイベントに併せて甘口にしてみたんだが」
「あぁ、美味い。上品な味がする」
刃がニッコリ微笑むと、シズルも嬉しそうにお茶を一杯あけた。
「そっか。ヤイバのくちに合ったようで何よりだ」
「この料理は、どうやって?」
刃も一応料理スキルを取得する身である。
しかし店売りのレシピに、こうした洒落たご飯の作り方はなかったと記憶している。
「俺の創作だ。ま、厳密には、お前のお袋さんが昔作ってくれた料理の真似っこだけどよ」
言われてみれば刃が幼い頃、母の作ってくれた桜ご飯と似ている。
ただし母のご飯は桜色というだけで、このように、ほんのり甘い味付けではなかった。
「お前は何をやらせても、昔から上手いんだな」
「ヘッ。なんだよ、いきなり。煽てたって何も出ねーぞ?」
刃からキラキラと賞賛の目で見つめられるのは悪くない。
だが、それよりも。
「ヤイバ、お前これ好きだったろ?」
シズルはエビの揚げ物を箸で摘んで、刃の前につきだした。
「あぁ……子供の頃は、よく食べたものだ」
これも母が大量に作ってくれた記憶のある、思い出の一品である。
母は食の細い我が子を心配して、一口で栄養の取れる料理を苦心していた。
しゃりしゃりした食感と、口の中に広がる香ばしい風味。
シズルの揚げ物は母の作ったものと違わない。
いや、それ以上だ。
「シズル」
ぽつりと名を呼び手を握ってきた刃に、シズルはどきりとする。
「ん、なんだ?」
ぎゅっと握り返すと、刃は歯を見せて笑った。
「シズルは俺のことなら何でも知っているな」
「そりゃあ、幼馴染みの特権ってやつで」
「……昔から、随分助けられてもいた」
「そこは、お互い様だろ?」
謙遜するシズルに苦笑し、ぽつりぽつりと刃が話す。
「こうやって二人きりでいると、昔をいっぱい思い出す。あの頃は良かった。誰かに強制される事もなく、自由に生きられた」
「後悔してんのか?」とは空軍小隊の司令官になったことへの疑問だが、「後悔も何もないさ。否応なしの強制だ」と険しい表情で答え、再び刃がシズルを見る。
「ただ、たまには、こうやって二人で昔を懐かしむのは悪くないと感じた。……今日は誘ってくれて、ありがとう」
「ん〜、まぁ、俺もお前と、たまには二人っきりになりたいと思ったし?」
シズルは適当に相づちを返しながら、ちらりと刃の様子を伺う。
エビの揚げ物には媚薬をたっぷり混ぜておいたのだが、効き目は如何ほどか。
今のところ、刃の様子に変化は見られない。
即効性ではないらしい。
弁当は一段目が空になったが、もうしばらく雑談で引き延ばしたほうが良さそうだ。
戦闘中に媚薬の効き目が出たりしたら、シャレにならない。
水筒に手を伸ばし、シズルが何杯目かの茶を飲んでいると、「シズルは、俺が大好きだよな」と、いきなりな刃の直球発言にブフォッと勢いよく咽せ込んだ。
「ゲホッ、ブホッ!!」
激しく咽せるシズルには刃も驚き、背中をさすってくる。
「す、すまない。そこまでウケるとは……大丈夫か?」
「ゲホッゲホ、や、ヤイバお前、何言って」
「いや、俺と一緒にいてくれるというのは俺を好きなのかな、と思って」
「す、好きって、そりゃあ好きだがよ」
好きだからこそ、友達になりたいと思ったのだ。
好きじゃなかったら、近づこうとも思わないだろう。
しかし、改めて刃のくちから言われるのは動揺する。
たとえ刃の言う"好き"と、自分が刃に寄せる"好き"に温度差があったとしても。
「お前だって、俺が大好きだろ」と、やり返すと、刃は大きく頷いた。
「あぁ。お互いに好きだからこそ、俺達は、この歳まで一緒にやってこられたんだ」
シズルはゴホゴホと何度か咳き込んで、気管に水が入った気持ち悪さを払拭する。
「だがよ」
「ん?」
「実際、お前は、どういうふうに俺のことが好きなんだ?」
「どういうふうに、とは?」
質問に質問で返してくる刃へ、さらに質問する。
「好きって一言で言っても色々あるだろ。お前は俺のどこが気に入ったんだ」
「全てだ」
全く迷いもせずに答える相手に、シズルは首を傾げた。
「なんだよ、そりゃ。漠然としてんな」
「だから、全てだと言っている。お前の体格や顔、男らしい仕草や決断力の早さ。それから物の考え方や性格など……お前を構成する全てのものが、好きだ」
じっと真顔で見つめてくるので、シズルも黙って見つめ返す。
次第に刃の頬が紅潮してきたように見えるのは、自分の欲望が醸し出す幻覚だろうか。
「シズルこそ俺のどこが好きで、仲良くなりたいと思ったんだ」
気怠げに呟き、シズルの肩に、もたれかかってくる。
シズルが横顔を盗み見てみると、刃の息は先ほどよりも荒くなっている。
「……なんだか、ここは暑いな。シズルは大丈夫か?」
媚薬が効いてきたのだろう。
ポツリと呟き、刃が首元のボタンを緩めた。
開いたシャツの隙間から、白い肌が見え隠れする。
刃は昔から外で遊ばないインドア派であったので、日焼けした彼をシズルは見た覚えがない。
ごくりと喉を鳴らしたのが、刃に聞こえていないと良いのだが。
「俺もだ」
刃の肩へ手をかけると、そっと地面へ押し倒す。
どんな真似をしても、刃は嫌がって振り払ったりしない。
シズルを全面信頼しているのだ。
「俺も、って……?」
「俺も全部好きだよ。お前の顔から考え方、それに主張や声の音。お前の好きな食べ物や趣味も含めて、お前を構成する全ての要素が大好きだ」
「あ、あぁ……」
照れ臭いのか、刃が視線を外す。
刃以上にシズルも照れ臭かったのだが、恥ずかしがっていては永遠に機会を失ってしまう。
今日という今日こそは、絶対にすると決めていたのだ。
チューを!
「お前の唇の色も、柔らかさも大好きだ……」
普段なら死んでも言えないような気障な台詞を並べつつ、指で、そっと触れてみる。
幼少の頃にも確かめ済みであったが、大人になった今でも柔らかいとは驚きだ。
刃が特にスキンケアを気にしているようにも見えないのだが、地肌の質自体が良いのであろうか。
「で、でな?古来よりワ国には好き合っている者同士が必ず、かわさなければならないキスって儀式があるんだが、知っているか?」
シズルは目が忙しなく左右に泳いでいる上、額には、びっしり汗をかいている。
彼が見え透いた嘘や都合の悪い誤魔化しをする時に、よく見られる表情だ。
だが、あえてそこには突っ込まずに刃は続きを促した。
「キス?なんだ、それは」
「あー、つまり、ワ国流で言うところの接吻だ。そ、そんでだな……おおおお、俺達も好き合っている者同士なんだから当然、この儀式をやるべきだと思わねぇか?」
接吻ならば、刃も知っている。
好き合っている者同士が婚姻をかわす際の行為だと、母から聞いた。
母も父と婚姻の際には交わしたのだろう。
シズルと婚姻。
考えたこともなかった。
だが、接吻をシズルがしたがっているということは――
「シズルが、望むなら」
そうだ、そうだった。
この世界で俺達は結婚、ワ国流に言うところの婚姻を既に交わしていたじゃないか。
なのに接吻は、していない。
シズルがやりたいと思うのは当然だ。
「お、おぅ……」
一発OKされるとは思っていなかったのか、シズルの声は上擦っている。
くすりと微笑むと、刃は自らシズルの首に両手を回す。
「だがシズル。俺は、やり方をしらない。だから、お前からしてくれないか?」
息のかかる距離に、刃の顔がある。
もう一度、ごくりと大きくシズルの喉が鳴った。
刃は決断力が早いと褒めてくれたけど、そんなもんが自分にあるとは思えない。
今だって、心臓がバクバクいっている。
静まれ。
静まれってんだ、このやろう。
いつまで経っても静まりそうにない心臓を片手で押さえると、シズルは奮起する。
「……よ、よぉーし。そんじゃあ、やるぜ!」
無駄に気負って叫ぶと、重ねると言うよりは吸いつく勢いで刃の唇に口づけた。
むちゅむちゅ吸いつきながら、刃の唾液は甘くて美味しいな、とか全然ロマンチックにいかねぇな、刃は幻滅しただろうか?と、シズルは雑念まみれで色々な事を考えたりもしたのだけど、唇を離すと同時に照れた様子で刃が可愛いことを囁くもんだから、その場で即死するかと思った。
いわゆるキュン死というやつだ。
「シズルは、本当に何でも知っているんだな。そういうところも好きな理由の一つだ。これからも、末永く俺の側にいてほしい」
「おうとも!!嫌だっつっても墓場まで一緒についてってやるぜ」
鼻息荒く頷く親友を見て、刃も嬉しそうに頷いた。
無論、この後はボスまで全敵一掃して何周かマラソンもしたのだが、シズルは刃のムフフな発言とキスとで頭がいっぱいになり、始終上の空であったという。