己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


シズル&ヤイバ

戦争イベントが終わり、ハロウィン、クリスマス、バレンタインと何事もなく過ごし――
ついに、シズルの我慢は限界を越えてしまった。
何を我慢していたかって、そりゃもちろん、めくるめく新婚生活が何もない件について。
自分達は結婚したのだから当然自他共に認める公認カップルなわけで、それが朝も夜も何もないとあってはシズルの不満もゲージを振り切れるというものだ。
肝心の刃はというと、見事に気づいていない。
シズルの不満が限界を越えたことなど。
バレンタインに滅茶滅茶テレてチョコを渡したというのに気づかないとは、鈍感にも程がある。
――と、いきり立ったところで、そういう刃を好きになってしまったのだから仕方ない。
なお、あげたのはダンジョンドロップのチョコレートではない。
店売りでもなく、自作のものだ。
刃は喜んで食べてくれた。
刃からも自作のチョコを、お返しにと貰っている。
食べるのは非常に勿体なかったのだが、感想をせがまれて、ちびちび食べ終えた。
もちろん、美味しかったのは言うまでもない。
ともかく。
夫婦になってからした事がチョコの交換会だけではシズルが不満に思うのも無理のない話で、次のイベントこそは刃とラブラブギシギシアンアンに持ち込みたい。
幸い、ホワイトデーイベントに参加する資格は二人ともある。
おまけに今度のダンジョンは低レベルでも参加可能だ。
ギルメンは一切誘わない。
二人だけで蜜な冒険を楽しむのだ。
イベントの一週間前から一緒にまわる約束を取り付けたシズルは、己の欲望に燃えるのであった。


きたるべきホワイトデーイベントの開催日が、やってきた。
「よっしゃあ、ヤイバ。今日から終了まで二人でグルグル周回マラソンといくぜ!」
「欲しいものがあると言っていたが……ドロップする食べ物は、どれもろくな物ではないぞ」
やたら張り切るシズルの傍らでは、怪訝に眉をひそめて刃がイベント概要を確認している。
「スイーツなんざ目指してねぇ。俺が欲しいのは、もっと別のモンだ」
「何だ?レア装備か」
「んん〜、レアッちゃあレアだが、装備じゃねぇな。まっ、いいから早く入ろうぜ!」
このイベントでドロップするのは、スイーツと装備しかない。
シズルの目的とする物が何だか判らず刃は首をひねったが、シズルがダンジョン札を地面に設置したので、慌てて彼の側へと走り寄る。
目映く二、三度フラッシュすると、二人は瞬時にしてダンジョンへと転移した。
バレンタインよりも難易度が下がっていると言ったが、ホワイトデーダンジョンはレベルフリーである。
エネミーもエンカウント方式ではなく、シンボル方式だ。
雑魚敵を、ひたすら避けまくって最下層のボスまで行くのも不可能ではない。
経験値や資金を稼ぐのでなければ、一気に最下層へ潜ってボスマラソンしたほうが効率的であろう。
だがシズルは、そうしなかった。
ダンジョンへ入るなり、彼は、こう言い出したのだ。
「ヤイバ、ドロップは二の次だ。じっくり回っていこうぜ」
「え?しかし、欲しいものがあると」
「確かに周回するとも欲しい物があるとも言った。だが、別に急ぎじゃねぇ」
馴れ馴れしくポンポンと刃の肩などを叩きつつ、自分の元へ抱き寄せる。
「イベントっていやぁ、いっつもギルメンと大所帯で参加してばっかだったろ?たまには二人っきりで、じっくりねっぷり探索するってのもオツじゃね〜か」
至近距離で瞳を覗き込んでも、刃は邪険にシズルを振り払ったりしない。
幼い頃からベタベタしまくった甲斐があってか、シズルのスキンシップには慣れっこなのだ。
「ねっぷりというのは、よく判らんが……そうだな、二人での探索は久しくやっていなかったし、やるとしよう」
雑魚敵を軒並みなぎ倒し、ボスも二人で討伐する。
言うのは簡単だが、実際にやるとなると時間のかかる作業である。
休憩スポットは三つ用意されている。
シンボルが寄ってこない安全地帯で、ここでなら休憩用のテントを張ることも可能だ。
「今日は弁当も作ってきたんだ。疲れたら、いつでもテントで休もうぜ」
当然ながら、イベントは全てにおいて対人モードオン必須。
だが弁当を味わいながら進むというのは、今までやったことがない。
シズルが二人きりを強調してきた理由が、だんだん刃にも判ってきたような気がした。
友も、たまには、いつもと違う気分でイベントに参加してみたかったのだ。
それにしても、ダンジョンに弁当持参とは。
自分には全く思いつかなかった参加方法だ。
さすがシズルと感心する刃を横目に、シズルは弁当の中身を目視で確認する。
刃と食べようという、この弁当。
無論ただの弁当ではない。
自作なのは当然だが、特定のおかずに特別の味付けが施されている。
そう、知る人ぞ知る超激レア店売りアイテム、通称『媚薬』による味付けが。
バレンタインのダンジョンドロップチョコレートは、渡さなかったんじゃない。
渡そうと企んでいたら先に拒絶宣言されてしまったのだ、刃に。
敵が落とすような怪しげな食べ物だったから、余計に警戒されたのかもしれない。
手作りの弁当ならば、疑いもせずに食べてくれるのでは?
愛に飢えるあまり、とうとう禁断の秘技に手を出してしまったシズルであった……


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