シズル&ヤイバ
あと数時間で戦争イベントが終了する。そして『BATTLODER』の面々は『第九小隊』を追跡していた。
『第九小隊』は現在ランキング一位に輝くギルドである。
ギルドメンバー人数は最大の六十人。
レベル168の強者も含まれているという噂だ。
だが、団体戦は個人の強さで勝敗が決まるものではない。
肝心なのはチームワークと策略だ。
そして全体の火力。
こちらには切り札があった。
非公開の高位魔法を覚えたソーサラーとイリュージョナーが、二人もいる。
レベルは120に86と向こうの最高レベルプレイヤーには及ばないが、実力は折り紙つきだ。
刃のレベルは現在42。
クラスはツアーに転職している。
コンダクターの上位クラス、ツアーは普段の戦闘でも使えるスキルを、コマンダーは戦争イベントに特化されたスキルを覚えられる。
今のイベントならコマンダーのほうが実用的だとシズルは思ったのだが、刃自身がツアーを選択したのでは仕方ない。
恐らく刃は、このイベントが終わった先を考えて判断したのだろう。
これからもシズルとコンビを組むのなら、普段も戦えるようになったほうがいい。
なら自分は、それに従うだけだ。
――と理性では考えつつ、本能では全く別のことをシズルは脳裏に浮かべていた。
刃との新婚生活である。
結婚しても、二人の関係は一ミクロンも変化なく。
もしかしたら、刃とキスしたりベッドでイチャイチャできるのではっ!?と半ば期待していたシズルは、軽く失望した。
だが、まぁ、今はまだイベント中だ。
周りの目もある。
刃も、そこんとこを気遣って、あえて関係を変えてこないのかもしれない。
「よーし、とっとと勝利を飾ってイベント終了すんぞー!」
自分に自分で気合いを入れると、シズルは勢いよく立ち上がる。
皆が笑ってシズルを見た。
「なぁに?イベント、もう飽きたの」
「ちげーよ、ランキング一位が目の前にぶら下がってんだから、とっとともぎ取ろうってハッパかけたんだよ」
シズルは軽口に軽口で答えると、さっそく作戦会議に入った。
偵察隊の報告によると、『第九小隊』は街フィールドに籠城している。
建物が密集する厄介なフィールドだ。
隠れられる場所も多いから、敵は包囲網を使うと予想される。
余所ギルドとの戦い偵察で判っているのは、向こうが大所帯でバランス良く部隊編成されたギルドという点だ。
狙うならコンダクターより先に回復か。
ヒーラーの近くにはアタッカーやタンクも配置されるだろうから、回復を崩すなら短期集中戦をかけるしかない。
できるだけ、手数は増やしたくない。
数に数で対抗するのは愚策だ。
ギルメンの一人が手を挙げて提案した。
「そいや戦闘中に馬車が使えるって聞いたことある」
「マジで?」
聞き返すシズルへ頷くと、こうも付け足した。
「馬車は魔法も飛び道具も弾き返すんだって。だからレイドボス戦は馬車で特攻する奴も多いんだとか」
「でも、馬車に乗ったままだと攻撃できないだろ」と別のギルメンが突っ込み、最初に発言した者が言い返す。
「直前で飛び降りるんだよ。火力の高い人なら短期で戦闘終わらせられるらしいよ?」
「へーっ。そういう使い道もあるんだぁ、あれ」
皆々が感心する中、シズルが促す。
「こんなかで、馬車持ってる奴って何人ぐらいいる?あと火力が高いっつーと魔術系を乗せたほうがいいのかな」
「そうだねぇ……あ、でも術を使うのに時間がかかるから、暗殺スキルあるシーフ系のほうがいいんじゃない?」
あれこれと相談した結果、メンバーを三部隊に分けて奇襲する作戦に収まった。
刃は大将なので主力部隊だ。
シズルも刃を守るため、同じ部隊に配置となる。
「安心しろよ?混戦になったとしても、俺がお前を絶対守るから」
にっと笑うシズルへ、ニコリともせずに刃が応える。
「あぁ。しかし勝てないと判ったら投降するのも考えに入れておいてくれ。お前が誰かに討ち取られる処なんて、俺は見たくない」
途端に周りの連中が「ヒューヒュー!ノロケかい、お二人さんっ」と騒ぎだす。
シズルは慌てて「ちっ、ちげーよ!リーダーをメンバーが守るのは当然だろ!?」と唾を飛ばして反論した。
ただし、刃に小声で言い返しておくのも忘れなかったが。
「お前がやられる場面なんて、俺だって見たくねーよ。ヤバくなったら、お前こそ投降しろよ」
刃が頷き、シズルを見つめる。
「判っている。最後まで一緒にいられるよう、頑張ろう」
ここでギュッと手を握ったり抱き合ったりチュウできれば最高なのだが、そんなサービスは一切なく、「いくぞ、皆!」との刃の号令を受けて、一同は『第九小隊』のいる街へと移動を開始した。
奇襲は、まんまと成功した。
地中を掘り進んでいく魔法・土石竜を覚えたソーサラーが中央を崩し、ドラゴンを召喚できるイリュージョナーが空から降下する。
街に入り口が一つしかないからといって、素直に、そこへ突っ込んでいく必要などないのである。
シズル達の策は功を成し、中央の布陣が飛び道具戦となったタイミングを見計らって、第三部隊へ刃が号令をかける。
「馬車部隊、出撃!」
森影から飛び出したのは複数の馬車だ。
「ひゃっほー!突っ込めぇぇぇ!!」
一気に街を目指して突っ込んでいく。
馬車は街の中にも入れるし、どんな攻撃も受け付けない。
通常は移動手段として使われるアイテムなのだが、こうした使い道もあるとは知らなかった。
つくづく情報通が味方にいて、良かったと思う。
噂好きのメンバーには、これまでにも何度か助けられている。
『BATTOLODER』の主力部隊は魔術や弓矢に偏っているものの、基本的に全員が仲良しだから連携力に長けている。
耐久性のなさは、機動と連携でカバーだ。
よって、長期戦は不利。
迅速に相手の回復部隊を絶つ必要があった。
あとは相手のコンダクターを仕留めれば、勝ったも同然。
一番の難点は視界の悪さであろう。
街フィールドは障害物が多い。
コンダクターの潜伏場所を探すのが大変だ。
「よし、回復部隊壊滅!あとはコンダクターを――」
第三部隊の報告は、途中で悲鳴に変わる。
「え、何あれ、なんか飛んで、ひぎゃあぁぁ!!」
ギルドチャットが悲鳴で埋まり、刃はたまらず前方へ向かって叫ぶ。
「どうした、皆!何があった!?」
後方からでも、よく見える。
何かが広範囲で激しく爆発し、黒煙があがっているではないか。
敵も味方も吹っ飛んでいるらしく、めまぐるしく頭上の残り人数値がお互いに減っていく。
「何あれぇ!一番強い範囲魔法でも、ああはならないよ?」
大体、範囲魔法なら敵味方の分別がつくはずだ。
味方も吹っ飛ばす攻撃なんて、見たことがない。
混戦になった中央布陣だけじゃない。
あちらこちらで爆炎があがっている。
こころなしか、こちらへ近づいているような気もした。
謎の攻撃部隊は、味方をも巻き込みながら移動している。
「なりふり構わずって感じだな……」
ドン引きするシズルの腕を、刃が強く掴んでくる。
「投擲、か……?気をつけろ、シズル。ここまで飛んでこないとも限らん」
直接突っ込んでくる可能性だってある。
シズルは刃を守る位置に立つと、力強く頷いてみせた。
「大丈夫だ。どんな武器だろうと、俺が必ずお前を守ってやるからよ」
じわじわと頭上の味方人数がカウントダウンされていく。
敵よりも味方のほうが早く減っていくのは謎の部隊が、こちら側に近づいた証拠である。
戦況は劣勢だ。
奇襲成功までは、勝利を確信していたのだが……
「危ねぇ、ヤイバ!」
不意に叫ばれ、ぐいっと勢いよく刃は地面に転がされる。
何が起きたのか察する暇もないまま、目の前で凶刃に倒れるシズルを為す術もなく見守った。
「ヤイバ、に、逃げ……ッ」と言い残し、シズルの体が何度か点滅して消滅する。
「シズルッ!?シズルッ!!」
駆け寄ろうとした刃の喉元に、鋭いクナイが押し当てられた。
敵側のアサシンだ。
いつの間に接近していたのか。
見れば周りにいた護衛メンバーも地に転がり呻いていたが、やがて点滅後に消滅していった。
皆、ゲートに飛ばされたのだろう。
ここのではない、その前に拠点としていた街まで。
投擲部隊に戸惑っている間に、勝負は一瞬でついてしまった。
「投降するか、戦うか?」
アサシンに問われ、刃は力なく項垂れる。
「投降するのか?」
再度問われ、勢いよく顔をあげた刃は「誰がするか!」と不意討ちを試みたのだが、火力のないツアーではアサシンに勝てるはずもなく、首筋に鋭い痛みを感じると同時に視界が点滅した。
やがてイベント終了のアナウンスが全フィールド上に響き渡る。
「ピンポンパンポーン♪只今の時刻をもって、戦争イベントは終了します。皆様、お疲れ様でした〜!」
刃とシズル、そして多くの『BATTLODER』ギルドメンバーはゲートの下で、それを聴いた。
「負けちまったなぁ」
ぽつりと呟くシズルの手を、そっと握って刃も呟く。
「最後は負けてしまったけれど……楽しかった」
「ん。そうだな」
握られた手をシズルも握り返すと、歯を見せて刃へ笑いかけた。