シズル&ヤイバ
戦争イベントが始まると同時に、シズルの生産修行は一旦中止となる。というのも、シズルのフレ経由によってコンダクターの秘めたる能力が明らかになったからだ。
コンダクターは、戦争イベントで唯一絶対を誇るクラスであったのだ。
コンダクターが一人いるだけで、そのギルドの戦闘力は三倍にも跳ね上がる。
それだけではない。
コンダクターに指示を受けると、付加効果が1.5倍つくという。
早い話、レベル1だらけのギルドでも勝機があがるというわけだ。
そうしたわけで方々のギルドから勧誘を受けた刃だが、最終的には自分で作ったギルドのマスターに収まった。
メンバーはシズルのフレが殆どだ。
フレ申請を次々飛ばされて、一日で刃のリストは二ページに渡る大人数になった。
「やー、しかしシズルの話で聞いてた以上だよねぇ本物は!」
新しくフレになった女子に気安く話しかけられ、刃が聞き返す。
「何を聞かされていたんだ?」
「え?イケメンだって言われててさ。どんなもんかな〜って思ってたら、思ってたよりイケメンだったって」
なんと答えたらよいのか判らず刃が困惑していると、今度は別の女子が話をふってきた。
「ね、結婚しないの?結婚すると付加効果があるみたいだけど」
またか。
うんざりして「しない」と刃が答えると、その女子もしつこく食い下がってくる。
「え?どうしてしないの?もしかして相手不在?だったら、あたしとしてみない?ナンチャッテ〜キャハハハッ」
「えーちょ、ずるい!あんたが立候補するなら、あたしだって」と、たちまち集まってきた女子で賑やかな口合戦が始まり、辺りはピーチクパーチク騒がしくなる。
もはや本人の返答そっちのけで騒ぐ女子に、刃は閉口する。
そこへ、シズルを含めた男子が近寄ってきた。
「よ、モテモテじゃんリーダー」
ニヤニヤするシズルへ「お前がつれてきた仲間だぞ?」と文句を言ってから、刃は彼に小声で耳打ちする。
「成り行きでギルドを作ってしまったが、これからどうするつもりだ」
「んん、決まってんじゃん」と体を離し、シズルが頷く。
「戦争イベントに参加して、ランキング一位を目指す!そうだよな、皆」
オーッ!と勇ましく拳をつきあげる男性陣を見渡し、刃は彼らにも声をかけた。
「では……まずは、目標を定めよう。領地拡大を優先するのか、それとも勝ち星数を重点的に増やすのか」
「せっかくコンダクターがいるんだぜ?勝ち星優先でいいんじゃないの」と答えたのは、レンジャーのジャイだ。
「そうだな」とシズルも同意し、刃をちらりと見た。
「ヤイバ、戦闘中は皆への指示を宜しく頼むぜ。お前に応援してもらうだけでも、俺達は強くなれるんだからよ」
「そうそう、コンダクターは正面切って戦う必要ないぞ。指示するだけで経験値入るかんな」
仲間が口を揃えてコンダクターの役割を教えてくれる。
おかげで、やっと、この世界における自分の立ち位置が見えてきた。
あとは上手く戦局を切り抜けて、シズルの言うランキング一位とやらを目指さねば。
キリリと真面目顔で思案する刃の肩をポンポンと叩き、シズルが小声で囁いた。
「そんな気合い入れなくても大丈夫だって。ゲームなんだからさ、気軽に対戦を楽しもうぜ?」
「しかし皆を率いる以上、責任は重大だ。手を抜いた作戦では相手にも失礼だろう」
お堅い返事がきて、シズルは苦笑する。
ゲームだと言ったところで、この親友は娯楽を解さない人間だ。
仕方ない。
少しでも刃の負担を減らせるよう、積極的に戦うとしよう。
「で、だな」
不意に真顔になってシズルが刃を見つめる。
「なんだ?」と首を傾げた親友に、やはり真顔のまま尋ねた。
「こん中で気に入った女の子、いるか?」
まさかと思うが、また結婚の話に持っていくつもりだろうか。
「いないし、結婚する気もないぞ」
先手を打って答えると、シズルは明らかにアテの外れた表情を見せ「えー」と不満に口を尖らせる。
「なんで、そう頑なに拒むんだよ。真剣に考える必要ないんだぞ?メリットの一つだって捉えりゃいいんであって」
「メリットだとしても、相手がいないじゃないか」
「だから、そこはお前が妥協してだなぁ」
「だったら、お前ら二人ですればいいんじゃね?」
シズルと誰かの声が重なって「あ?なんだって」とシズルが聞き返す先にはフレの一人、ナイジェルの姿が。
「だからーシズル、お前と刃くんですればいいんじゃね?っつったの」
「んっ、ななななな、なに言ってんの?何言ってんの!?お前っ」
激しく動揺するシズルの隣で、刃も聞き返す。
「男同士でも結婚できるのか?」
「ん、できるよ。同性婚ってのが、こないだアプデされたの」
何でもないことのように答えると、ナイジェルは続けて言った。
「友達同士でしてる人、いっぱいいるし。俺の知りあいにも、こないだした人いたよ。刃くんは、シズルと仲良しなんでしょ?だったら、すれば」
「同性婚ねー」と別のフレが苦笑する。
「そりゃ、システム上の機能だよって言われたら、そうなんだけど。抵抗あるよなぁ〜」
「どうして?」と、ナイジェル。
「気持ち悪いだの気持ち悪くないだのって、深く考えるから変になるんじゃない?所詮はゲームだよ、ゲーム」
サバサバした物言いだ。
ものすごい割り切った考えの持ち主なのか、それとも本気で気にしていないのか。
「し、しかしなぁ」と割り切れないシズルが額に汗する横で、刃が言った。
「そうだな。結婚しよう、シズル」
「ハ?」
「いや、結婚しようと言ったんだ。シズル」
「ハ??」
二回ぐらい同じ会話をしてから、勢いよくシズルがズササーッ!と飛び退いた。
「ななな、なんで?なんで、そんなあっさり!?俺が薦めた時は、ぜってー首を縦にふらなかったくせして!」
「それは」と刃が理由を話す前に、ナイジェルのツッコミが飛んでくる。
「何、シズルもう、結婚申し込んでフラレてたの?」
「ちげーよ!美人情報をヤイバにお届けしてたんだっつの!なのに、こいつ全然聞く耳持たなくてさぁ」
刃を指さすシズルを眺め「そりゃそうでしょ」と、ナイジェルはポツリ。
「知らない人を紹介されたって、嫌に決まってんじゃん。こういうのって仲良し同士の為にあるシステムだし」
刃の言いたかったことを全部言ってくれた。
「大丈夫だよ。女同士でも同性婚してる子いっぱい、いるし。仲良し二人組の延長線だと思えば」
ナイジェルには二回も太鼓判を押され、シズルはごくりと唾を飲み込む。
仲良し同士の延長線か。
このゲーム世界では、同性婚も随分軽い扱いのようだ。
刃もシズルとしたがっているようだし、ここは男らしくお受けするのが一番だろう。
本音を言うとシズルも刃としたかったのだ、結婚を。
しかし同性婚なんてものが追加されていたとは知らなんだ。
ヘルプには載っていなかった。
そういう大事な内容は、ちゃんと更新しておいて欲しいものだ。
危うく知らない女と、刃が結婚してしまうところだったじゃないか。
斡旋していた自分を棚にあげて、シズルは笹川を心の中で罵った。
「よ、よし、結婚しよう。ヤイバ」
ごくりっと大きく唾を飲み込んで、視線を泳がせるシズルへ刃も微笑む。
「あぁ」
「だから、そんな真剣に考える必要ないんだって」
ナイジェルのツッコミに「真剣に、とは?」と首を傾げる刃と「真剣に考えんで、どーする!?」というシズルの怒りが重なった。
「えっ?」とお互いにお互いの顔を見つめ合っていると、さっきのピーチクバーチク軍団までもが寄ってくる。
「えー何?シズル、刃と結婚すんの?おめでと〜」
「ずるーい!二人はもう、誰にも入り込めないほどの仲だったのねっ」
四方八方から冷やかしやら祝福が飛んできて、シズルは恥ずかしさに赤面する。
「う、うるせーっ。システム上の結婚だっつの!」
そして刃はというと、結婚のやりかたを一通りヘルプで確認してから、シズルに誘いをかけてきた。
「では、さっそく結婚してこよう。シズル、結納状を買いに教会へ行こう」
別段、恥ずかしがっても赤面してもいない。
平時の刃そのものだ。
そのあっさり具合にはシズルのほうが拍子抜けだ。
ナイジェルと同様、刃も結婚をシステム上としか考えていなかったのか。
今まで散々嫌がっていたのは、道徳上や感情面の問題からではなく、本当に知らない人とやるのが嫌だったってだけ?
喜んでいいのか悪いのか、微妙な状況だ。
いや、知らない奴と結婚しなかったのは喜ばしいはずなのだが。
「え、いや、結婚式は?どうせならぱーっと派手に式をだな」
なにやら言いかけるシズルをつれて、刃は、さっさと教会へ向かった。