シズル&ヤイバ
「さっき初心者の街で、すっげー美人が現れたって話だぜ?」シズルの言葉に、ぴくりと刃の眉が跳ね上がる。
またか。
この世界へ来てからの親友は、えらく軽薄で、どこそこの街で美人を見かけたと言っては、はしゃいで刃を幻滅させた。
この世界――バーチャルMMORPGで名前は『コンストラクション』、現実と同じ姿で仮想空間を冒険するゲームだそうだ。
ゲームなど、刃は一度もやった覚えがない。
なので、シズルに全部お任せだ。
戦闘だって未経験だった。
刃のクラスはコンダクター。
誰に聞いても誰もが首を傾げた、謎の職業である。
武具屋でもNPCに「そんなクラス用の武具はねぇな」と突っぱねられ、事実上戦闘できない烙印を押されたようなものだった。
シズルはバグかな?と言っていたが、そもそも、クラスは自分で選択できないものなのだろうか。
だとしたら理不尽だ。
シズルのクラスはストレンジャー。
近距離で戦う格闘家のような職業である。
自分と同じインドア派のシズルに格闘戦が出来るのか刃は甚だ疑問であったのだが、いざ野外へ出てみるとシズルは現実にはありえない身体能力で、ばったばったと芋虫を倒し新たな軍資金を入手した。
「ま、これもゲームならではって事かな」
得意げになっていたかと思えば、シズルは刃の肩をポンポンと叩き気を遣ってくる。
「けど、俺が危なくなったら回復薬での援護、よろしく頼むぜ?」
戦えない刃は、することがない。
お薬係でもやっていろということか。
「判った」
ひとしきり戦ってシズルの体力が危なくなってきたのをきっかけに、一旦街へ買い物の補充に戻ったというわけなのだが――
街で他の奴と連絡を取ったシズルのくちから出たのが、先ほどの美女情報である。
シズルは刃の知らないうちに、たくさんのフレを作っていて、しょっちゅう連絡を取り合っている。
今、彼が手にしているトークレシーバーが、遠く離れた場所にいるフレンドと会話の出来るアイテムらしい。
この世界を抜け出る方法でも聞くなら、まだ利用価値があるといえよう。
しかしシズルが入手する情報は美女情報やイケメン情報など、かなりどうでもいい話題ばかりであった。
これでは刃が幻滅するのも無理はないというもの。
大体この友は、リアルでは、ここまで軽薄ではなかったはずだ。
どちらかというと硬派なほうで、同世代なのに頼れる兄貴分みたいな格好いい漢だった。
それとも、今までが猫をかぶった状態だったとでも?
一人プンプン憤っていた刃が視線に気づいて顔をあげると、心配顔のシズルと目があった。
「どうした?さっきから無言だけど、気分でも悪ィのか」
誰のせいで不機嫌になっているのか、全然判っていないようだ。
「別に」
素っ気なく返し、早足に薬屋へ向かう。
「お、おい、ちょっと待てよ。お前ぜってー何か勘違いしてるだろ」
慌てて追いかけてきたシズルに、ぐいっと肩を掴まれて、刃も不機嫌な目を彼に向けた。
「何をどう勘違いしているというんだ」
「お前、俺がナンパ目的で美女情報集めていると思ってんだろ?」
ナンパでなかったら、何の為に美女の目撃情報を集めるというのだ。
怪訝そうな刃の前で、シズルが自身の考えを披露する。
「俺は、お前の結婚相手を探してやってるんだぜ。感謝しろよ」
一瞬、彼が何を言っているのか判らなかった。
数テンポ間を置いて「ハァ?」と間の抜けた声をあげる刃へ、重ねて説明する。
「いやさ、結婚すれば、結婚相手同士で補正ポイントが発生するらしいんだよ。だったら誰かと結婚したほうが、戦闘も生産も楽になんだろ。どうよ、俺の素晴らしい発想は」
素晴らしいというか、なんというか。
それが何故美男美女情報と繋がるのかと刃が尋ねると、シズルは満面の笑みで胸を張る。
「どうせ結婚するならブサイクよかぁ美人のほうがいいだろ、お前だって」
そういう問題ではない。
どこの誰とも知らぬ赤の他人とゲームの中でとはいえ、いきなり結婚なんて出来るはずがない。
「結構だ」
全力否定したというのに、この友は全然刃の気持ちを理解しておらず、尚も説得にかかってくる。
「や、ダメだって。ヤイバだって俺の他にフレ作ったほうがいいし、それに戦い方が判らないままだろ?俺とパーティ組むのも悪かねーけど経験値は微々たるもんだし、結婚補正で一気に稼いだほうがレベルのあがりもダンチじゃんか。それに、俺だって毎日お前とパーティ組めるとは限らないし……」
シズルのいうことは一理あるのかもしれない。
だが、やはり見知らぬ者と結婚はハードルが高すぎる。
それに――毎日組めるとは限らないとは、どういうことだ。
「シズル、何処かへ行ってしまうのか?」
「あん?」
「今、お前が言っただろう。毎日俺とパーティを組めるとは限らない、と。俺を放って何処へ行くつもりなんだ!」
多少、声が必死になっていたかもしれない。
シズルには、ぽんぽんと頭を撫でられた。
まるで聞き分けのない子供を宥めるかのように。
「あー違う違う、別のやつとパーティ組むかもしんねーってハナシ。どこにも行きゃーしねぇよ」
だが、必死になって当然だ。
シズルには沢山のフレがいるのかもしれないが、刃にとってフレンドはシズル一人なのだから。
ショックのあまり、ぷるぷる震えていると、不意にぎゅっと抱き寄せられた。
「大丈夫だって。俺を信じろ、な?」
「あ、あぁ……」
ぐるり辺りを一周見渡したシズルが、ぼそっと囁いてくる。
「……ちっと場所を変えるか」
意図はわからずとも刃は素直に頷き、二人は歩き出す。
その辺一帯、好奇の目で二人を見つめる他プレイヤーの注目を浴びながら――
「さっきの美女情報なんだけどよ、青緑色の髪の毛でポニーテール。背は高く、鼻筋の通ったキレイ顔だそうだ。どうよ?候補に入れといちゃ」
野外フィールドで落ち着いたシズルが、先ほどの話を蒸し返してくる。
「結婚はしない。俺は、レベルなんてあがらなくても気にしない」
「そういうわけにもいかねーだろ、スキルだって武具だってレベル制限あるんだからよ」
「どのみち、俺にあう武具もスキルもないんだ。ならレベルをあげるのは無意味じゃないか?」
どこまでも強情な刃に、とうとう匙を投げたか「判ったよ、判りましたよ」とシズルも投げやりになり、ふうっとお互い大きな溜息をついて口論を終わらせる。
「大体、何故そこまで熱心に、俺へ補正を薦めるんだ。やはり足手まといになっているのか?」
核心を突いた質問を投げかける刃に、シズルは慌てて手をパタパタふる。
「いやいやいや、そんなこたぁねーよ?ただ」
「ただ?」
「お前が、つまんないんじゃないかと思ってよ。戦えない制限があるってーんじゃ」
なんと、こちらへ気を遣っての結婚斡旋だったらしい。
だとしたら、気の遣い方がおかしい。
刃はシズルさえ一緒にいてくれたら、他は何もいらないのだ。
赤の他人を挟んでの三人パーティーなんて、余計な気を遣って疲れてしまう。
「あぁ、それは……だが、戦えずとも生産がある」
「生産ね〜。何やるつもりなんだ?子育てとか?」
「バカ。そんな生産スキル、なかっただろ」
シズルの下品なジョークを一蹴すると、刃はヘルプを開いてみる。
たくさんのスキルが並んでいて、正直どれを習得すれば役に立つのか見当もつかない。
「俺も生産やろっかな〜。ハウジングなんて、どうだろ?俺とお前の家作るとか」
「それもいいな」
相づちを打ちつつ、俺には何が向いているのだろうと刃は考えた。
あまり手先が器用なほうではない。
かといって体力があるわけでもない。
どちらかというとインドア派だ。
「薬を作る……スキルがあるな」
「へぇ、回復薬買う代金が節約できるじゃん」
「よし、これにしよう」
「そんな地味なやつでいいのか?」
「他にも覚えたほうがいいか?」
質問に質問で返されてシズルはウーンと唸った後、「料理なんて、どうかな?」と提案してくる。
「何故?」
「あ、料理にゃ回復の他に戦闘効果アップがあるんだってよ。俺のフレが言ってた」
なるほど。
美女情報だけじゃなく、ちゃんと攻略情報も集めていたようだ。
「それに俺も、お前の手料理を食べてみたいしな」
へへっと屈託なく笑われて、思わず刃は頷いていた。
「判った。なら、シズルの役に立てそうな生産スキルを全部覚えることにしよう」
――かくして、その日一日で全財産をスキルブックに費やした二人は、さっそくシズルのハウジングスキルを鍛えるべく、森へ向かう。
修練用の木材を集める為に。