己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


シズル&ヤイバ

どれだけ仲良くなったとしても、これは現実ではない。
ゲームの世界では結婚したが、現実では――

いつものようにギルドでひと狩り終えてマイハウスへ戻ってきた頃合いに、「シズル」と刃が名前を呼んできたので、シズルは何の気なしに応える。
「ん〜、なんだ?刃」
「ワ国へ帰ろう」
急に言われたので、ワコクって何だっけ?と考えてから、シズルはハッとなる。
「帰るって、でも、どうやって!?」
「どうやってでも、だ。休息は充分なった。現実へ戻らねばなるまい」
見れば刃は厳しい表情を浮かべており、一ミリも冗談で言っていない。
いや、彼は普段から冗談を言うような男でもない。
それでもシズルが「休息って、ここで戦ったり死んだりすることが?」と茶化して聞けば、刃は、にこりとも笑わずに頷く。
「日常から切り離された空間は、つらい現実を忘れさせ、お前との懐かしい想い出にも浸らせてくれた。だが、何時までも想い出の住民でいるわけにはいかない」
「……何故だ?」
現実で刃が運命を受け入れていたとは思えず、シズルの口からは疑問が飛び出す。
「あんなに軍人になるのを嫌がっていたじゃねぇか。現実なんざ忘れて、ずっとココで暮らそうぜ。俺と一緒に」
刃はかぶりをふり、まっすぐシズルを見つめ返してきた。
「現実世界には母が生き残っている。彼女を心配させたくない。それに、一度引き受けた任を途中で放り投げるのは無責任だ」
生真面目な彼らしい答えだ。
シズルは、ふぅっと溜息をつくと刃へ手を差し出す。
「俺は、このままココで過ごしても良かったんだがな……だが、お前のいない世界じゃ居残ったって意味がねぇ。いこうぜ、一緒に」
手を取らず、刃が尋ね返してくる。
「どこへ?」
「ログアウトできる場所だよ」という答えには心底驚き、刃は再度尋ねた。
「知っていたのか!?いつ見つけたんだ」
するとシズルは、なんだというふうに肩をすくめて言うではないか。
「だいぶ前から、あちこちで噂になっていたぜ?ログアウトの方法が変更されただの、強制ログアウトモンスターが出ただの、ログアウトしたら戻れなくなった被害報告とかがな。エラーっていうのか?ゲーム世界へ戻れなくなるのも全部ログアウトが原因で、もうすぐココが終わるんじゃないかって不安になっている奴も少なくねぇ」
知らなかった。
出来る限り告知には目を通していたし、ギルドでの話題も聞き漏らさないようしていたのに。
再び手を差し出し、シズルが笑う。
「さ、いくぜ。そこは引退ゲートって呼ばれている。一度入ると本当に二度と戻ってこられないんだとよ、この世界へ。そうなるのをアカバンと呼ぶらしい」
「ちょ……ちょっと待ってくれ。その前に」
手を握る前に、ギルドで公言してこなければいけない。
自分達の引退を。
何人ものメンバーから引き留められたし、全員に悲しまれたりもしたけれど、刃とシズルはギルドメンバー全員へ別れを告げて引退ゲートの前まで来た。
そのゲートは他のゲートと比べても、明らかに異質の形状をしていた。
円形に平べったく、入り口周辺にはギザギザに尖ったものが取り付けられている。
もっと上空から見ると巨大な獣が大きなくちを開けているように見えるのだと、シズルは言った。
こんな場所へ飛び込もうと思った奴の気がしれない。
現実へ戻れるとはいえ一人で此処を訪れたのならば、或いは躊躇したかもしれない。
だが、シズルが一緒なら。
「一緒に入るか?それとも、俺が先に入って試してみようか」
シズルが尋ねてくるのへは真横に首を振り、刃は応えた。
「一緒がいい」
ぎゅっと手を握ると、彼は少し驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔になる。
「そうだな。俺も一緒がいいと思ってたんだ」
二人揃って穴へ飛び込む。
落ちる感覚に身を委ねているうちに、意識が遠のいていく――


「……おい、起きろ、起きろシズル、邪魔だ」
べちべちと頬を手荒く叩かれて、「んあ?」とシズルが目を覚ます。
邪魔と言われるような場所で寝た覚えはないのだが、起きてみれば納得の邪魔さ加減だ。
シズルは司令室の机にて、豪快に涎を垂らして寝ていたのだ。
宗像教官あたりに見られたら、不敬だぞ!と怒鳴り散らされている処である。
「全く。寝不足だったのか?駄目だぞ、睡眠はきちんと取らないと」
刃の小言を聞き流し、シズルは、ふわ〜〜っと大きく欠伸をかます。
首や背中が、やけに痛いのは、おかしな格好で寝ていたせいか。
「んじゃ、部屋でちょっくら寝てくるわ……ヤイバ、おやすみぃ〜」
のそのそ出ていく後ろ姿を見送ると、刃はシズルの残していった涎の海を雑巾で拭き取る。
綺麗になった処で改めて本日の職務、軍隊に関する書物の読書へ手をつけた。


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