己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


ラルフ&エリック

イワードロフのレベルは174。
上級ダンジョンの入場制限上限を軽くぶっちぎっており、ハリィが困惑するのも無理なからぬ事であった。
何故と尋ねてくるハリィを制し、彼女が言うには。
レアモンスターの中に『フリーパス』というアイテムをドロップするやつがいる。
そのアイテムは、レベルに関係なく全てのダンジョンへ入場できるのだとか。
「レアドロップか、そいつは盲点だったな。だが、何故君が上級へ?君なら最上級だって回れるはずだろ」
フッと鼻で笑い、ハリィの問いにイワードロフが答える。
「最上級はマラソンしつくして飽き始めていたからな……それに」
「それに?」
「斬様がダンジョンへ入っていくの、ぐぅ〜ぜん見ちゃったから☆」
後をついてきたのだと言う。
ストーカーか。
と思ったが、斬は言わないでおいた。
「それでぇ、斬様はボスと戦うんですかぁ?戦うんでしたら、イワちゃんも手伝いますの♪」
「君が叩いたら一発で終了なんじゃないか?」
ハリィのツッコミに「フッ、当然だ」とスカしたかと思うと、今度は斬へ向けてコビッコビ。
「斬様、見てて下さいね。イワちゃんが一撃でぶっ飛ばして差し上げますからぁ〜」
痛々しいブリッコポーズを直視できないのか、斬は視線を外してボソボソと答えた。
「いや、その、俺達は特にボスと戦うつもりは……」
元々レイド戦は頭に入っていなかった。
それに今回のイベント参加は、エリックが言い出しっぺだ。
その彼がボス戦に関して何も言っていないのだから、戦わないと考えるのが妥当であろう。
と思っていたら、エリックが主旨転換した。
「そうですね。せっかくここまで来たのですし……後続も来ないようですから、暇つぶしに戦ってみるというのは」
「よかろう」
すっと立ち上がったイワードロフが、斬の腕を取る。
「ファーストアタックはぁ、斬様にプレゼントしますっ。あとはイワちゃんに全部お任せっ☆」
最初だけ叩いて終了とは、参加する意味のないレイド戦である。
経験値やドロップ報酬だけ貰っても斬は楽しくない。
やはり自力で倒してこそ、経験値やアイテム報酬の価値が出るというもの。
そんな斬の気持ちなんか知ったことではなく、イワードロフはボスの攻撃範囲内に足を踏み入れる。
「きゃ〜、動き出しましたの〜!斬様、早く早くっ」
急かされるので、仕方なく近づいて一撃入れた。
すぐさま腕を誰かに引っ張られて、後方へ勢いよく投げ捨てられる。
誰かなんて言うまでもない。
斬を引っ張って投げ捨てたのは、イワードロフだ。
咄嗟の事なれど、なんとか受け身を取って前方を見やれば、「はっ!」とイワードロフが巨大な剣を一閃したのが見えた。
ボスの体力ゲージが一気にガガガーッと気持ちよく削られて、断末魔を残して消滅する。
まさに一撃必殺、あっという間の戦闘だった。
彼女は最上級を周回できるのだから、当然か。
「さすがに強いね、レベル174は伊達じゃない」
ぱちぱちとぞんざいに拍手するハリィには目もくれず、イワちゃんは斬へ、べったりすり寄ってくる。
「ねぇねぇ、今の、どうでした?イワちゃん格好良かった?」
「あ、あぁ……そうだな、君の前では俺もゴミみたいな存在だ」
「そんなことないですぅ〜。斬様だってレベルをあげればイワちゃん以上に強く、格好良くなりますぅ〜」
黒装束の上から乳首をコリコリ摘まれて、斬は危うく変な声をあげるところだった。
先ほどから距離感皆無で、えらく馴れ馴れしい奴だと思っていたが、セクハラまで混ぜてくるとは何事だ。
「イ、イワードロフ、さん……」
「やんやんっ。イワちゃんって呼んで☆」
「あ……で、では、イワちゃん」
「なぁに?」
「そ、その……む、胸を触るのは」
「じゃあ、ここならオッケ?」
今度はズボンの膨らみを触られて、斬も声を荒げる。
「いいわけがないだろう……!」
と言っても、実際には低く小さな呟き程度の荒っぽさであったが。
ハリィとエリックは遠目に二人を眺めている。
助けるでもなく、二人だけでヒソヒソ内緒話をしているようだ。
「エリック。斬は、女性に強く出られないタイプなのかい?」
「えぇ……彼は優しい人ですからね」
「優しいと言っても、あれはセクハラだ。怒る時に怒ってやらなきゃ、彼女も学習しないぞ」
「それは、そうなんですが……」
眉根を寄せてエリックは答えると、立ち上がる。
斬の代わりに、イワードロフへ忠言した。
「あまりやりすぎると、嫌われてしまいますよ……?」
だが、相手が素直に言うことを聞くわけもなく。
「斬様、これ、チョコレートですぅ〜。食べて食べてっ」
聞く耳すら持っておらず、イワちゃんはドロップアイテムのチョコレートを執拗に斬へ押しつけている。
「はい、斬様、あぁ〜ん」
「ま、待ってくれ、俺は」
「だ〜め☆斬様に拒否権は、ありませ〜ん」
しかも押し倒され、チョコを口に押し込まれようとしている最中だ。
エリックは激しい目眩に襲われた。
「神よ……!」
現実逃避に走ったエリックの代わりに斬を救い出したのは、その場にいたハリィではなく、パァンと軽く弾ける銃声。
弾はイワちゃんに被弾し、彼女を正気へ戻す事に成功した。
「クッ、不覚――!何者だッ」
「レ、レイドボス地点でPKならぬPEをやっているなんて、皆の迷惑だし邪魔ですよ!」
怒鳴り返してきたのは見知らぬパーティご一行。
イワードロフを撃ったのは、先頭に立つ女性ガンナーのようだ。
「PEがやりたかったら、街で思う存分やってください!ここは、バトルフィールドですっ」
彼女の言い分は全面的に正しい。
そう思ったのかイワードロフが立ち上がり、斬もようやく身を起こせた。
「俺は……なんと言われようと、君のチョコを受け取るわけにはいかない……」
ぼそぼそと呟く斬へ、イワードロフが冷静な口調で尋ねる。
「では、誰のチョコなら受け取るというのだ」
「…………」
斬の目がこちらを向いたので、ハリィは目をそらす。
続けて斬はエリックも見たが、エリックは現実逃避の真っ最中であった。
イワードロフが答えを待っている。
ここで誰の名もあげなかったら、また堂々巡りの始まりだ。
仕方なく、斬は知っている名前を口にする。
「……ジロ、だ」
無論、本気でジロからチョコレートが欲しいと思ったわけじゃない。
出任せの適当だ。
だがイワードロフは、そうは思わなかったらしく、ギリッと歯を軋ませると、悪鬼羅刹の表情で斬を問い詰める。
「ジロ、だと……貴様のギルドに所属する者だな!?」
「なっ!?」
これには斬も驚いて、思わず聞き返してしまう。
「何故、ジロを知っているんだ!」
イワードロフの鎌かけにイエスと答えているようなものだ。
それに気づいて、先ほどのパーティーのガンナーが斬へ忠告するよりも早く。
「それだけ聞けば充分だ!ジロめ、姿形も残らぬほど、ぐっちょんぐっちょんのメタメタに切り刻んでくれるワ!!」
恐ろしく凶暴な一言を残し、嘆きの女王は魔法陣を踏んでダンジョンの外へ出ていった。
「大変!ジロさんが殺されちゃう」
近くにいた全員が青くなり、斬も慌てて魔法陣へ飛び込む。

そしてギルドに戻った斬が見たものは、唐突な襲撃者に驚き、速攻鍵閉めでイワちゃん追い出しに成功した我がギルドの非公開状態であった。
そうだった。
ギルドルームには万が一の荒らし対策に、部外者を強制退場させる機能があるのだった。
ホッと一息ついた斬は、ギルメンに事情を話す事も忘れてマイホームへ帰還する。
途中、店売りのチョコレートをジロへの土産として買っていくことは忘れずに。


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