ラルフ&エリック
エリックのレベルあげに励んでいたせいで、イベント参加が一日遅れになってしまったのは誤算だった。「もう既に悲劇のカップルが生まれたかもしれませんね……」
悲しげに呟くエリックやハリィを座席に乗せ、斬の馬車は爆走する。
「どのみち、俺達三人だけじゃ全ての悲劇は止められないさ。できる範囲だけを考えよう」
ハリィは、いとも簡単にエリックの憂鬱を切って捨てると、道具のチェックに忙しい。
急ピッチ修行のおかげで、エリックは今やレベル35。
上級者とPK出来ないこともない。
もう少し日数があれば転職もできたのだが、さすがに、それは無理だった。
「ボス前でPKする為には、道具の浪費も許されん。周りのパーティーを利用しよう」
斬の言葉に「利用?」と首を傾げるエリックへは、ハリィが説明した。
「誘導するんだろ?ターゲットを、他のパーティに」
「そうだ」
二人ともエリックと違って戦闘慣れしているようで、二、三の言葉で通じ合ってしまう。
まだ意味が判らずエリックは一人首をひねったが、それ以上は二人とも教えてくれそうにないので諦めた。
きっと、エリックが知ったところで何の役にも立たない知識だ。
前衛に出ない職なのだから。
「俺はステルスがあるからいいが、二人は、そうもいかぬだろう?そこで、これを使ってくれ」
ぽいっと手渡されたのは、青い液体の入ったスプレーだ。
エリックがチラリとハリィを見ると、またもハリィが説明してくれる。
「ん、あぁ、モンスター避けのアイテムだ。ダンジョンに入ったら、すぐ振りかけてくれ。一定時間、モンスターをやり過ごすことが出来る」
「ただし、効果は一瞬だ。あとは先ほど言ったように誘導でやり過ごす。絶対に反撃するんじゃないぞ」
斬に念を押され、エリックは頷いた。
もっとも、反撃したくとも、プリーストは攻撃手段を持っていないのだが。
「二人とも、博学なのですね」
ぽつりと正直な感想を述べたら、「こんなのは雑学だよ、何度も戦っていれば誰でも覚える」とハリィには謙遜された。
「そうだな」と斬も頷き、エリックを見た。
「何故、家にこもりきりだったのかは判らんが……もし良ければ、司祭も俺のギルドに入らないか?」
「入れるのですか?」
思わずエリックが聞き返したのも無理はない。
確か、斬のギルドは定員MAXだったはず。
「あぁ、三週間顔を出していない奴は除名する規約があるんでな。もうすぐ一人、除名の予定がある」
誰だろう。
まさかジロ、なんて言うつもりではあるまいか。
斬は、かぶりを振り「ジロは絶対に追い出したりしないが」と付け足した。
「なんだ、ジロも一緒だったのか?けど、彼は連れてこなくて正解だったな」と、ハリィ。
ジロの非戦闘っぷりなら、彼もよくご存じだ。
「上級は……全部で十階か。ならば楽勝だな」
「そうかな?階数は少ないが、その分敵がわんさか出るのかもしれないぜ」
イベント概要を調べる二人を横目に、エリックは、ぼんやりラルフの事を考えた。
勢いで家を出てきてしまったが、彼は今、何をしているだろうか。
やけくそになって、妙な真似をしていないといいのだが――
上級ダンジョンは押し合いへし合いの大混雑で、モンスターも同じ程度の数が、ひしめき合っていた。
「なるほど、エンカウント制か。おっと司祭、スプレーを使用しといてくれよ。ここは一気に駆け抜けよう」
「判りました」
プレイヤーで混み合う中を、すいすいと斬が走り抜け、その後ろをハリィとエリックもついていく。
最下層が十階と言っていたから、すぐに辿り着けるだろう。
そう思っていたエリックだが、いざ走ってみると、最下層の何と遠いことか。
イベントは基本、どれも対人モードをオンにしないと参加できない。
対人モードには嫌な思い出のあるエリックだが、これも悪しき企みを止めるためと自分を宥めてオンにした。
オフの時には息切れ一つしないで街の端から端まで歩けたが、オンで走ると、すぐに息が切れてくる。
「あ、はぁ、はぁ……ま、待って下さい、斬……」
トップを走る斬との距離が、みるみるうちに遠のいていく。
おまけに意識までもが遠のいてきた。
このままではPKをやる前に、自分がギブアップだ。
と考えていると斬が戻ってきて、エリックの前でかがみ込む。
「おんぶしよう、司祭」
好意で言われているのは判るが、大の男が、おぶってもらうのは敷居が高い。
「えっ……そ、それは、少々恥ずかしいですね……」
「では、だっことおんぶ。どちらがいいか、選んでくれ」
どっちも嫌という選択肢は、なさそうである。
仕方なく、エリックは答えた。
「で、では、その、おんぶで」
「判った――むっ!?」
えっと思う暇もなく、斬には横抱きに持ち上げられて、その場を一緒に飛び退く。
寸前までいた場所には蜘蛛の姿を模したモンスターが降りてきて、カチカチと牙を鳴らした。
「スプレーの効果が切れたか!」
遠方でハリィが叫び、蜘蛛を撃つ。
勢いよく蜘蛛はハリィめがけて走っていき、ハリィはというと別のパーティが戦う方面へ飛び込んでいった。
「ど、どこへ?」
狼狽えるエリックの耳元で、斬が答える。
「近くのパーティへ蜘蛛を押しつけにいった。俺達は先を急ごう」
「お、押しつける?迷惑では、ないのですか?それにハリィを置いて先に行くなど」
早口に尋ねるエリックの質問を全て無視し、斬は彼を抱き上げた。
「ちょっ!ちょっと、オンブでお願いと申し上げたはずですが!?」
これにはエリックもたまげて、斬に抗議の声を荒げる。
「おぶっていたのでは、頭上の敵に対処できん。ここは我慢してもらうぞ、司祭!」
先ほどの敵も、頭上から降ってきた。
敵は縦横無尽の出現だ、斬の言い分も判らないではない。
しかし、だっこの恥ずかしさは、おんぶの比じゃない。
見れば周りのプレイヤーも注目して、ヒソヒソ話している。
「はっ、恥ずかしいです!降ろして下さい、斬っ」
「駄目だ!最下層まで一気に抜けるぞ」
ジタバタ暴れても降りられようもなく、エリックは斬に、お姫様だっこされたまま階段を駆け下りた。
それから何人のプレイヤーの視線の中、この恰好で走ったことか。
最下層につく頃には、すっかりエリックの機嫌も悪くなり、彼は無愛想に斬の手元を離れる。
途中で別れたハリィは、いつの間にか追いついており、丹念に地面へトラップらしきアイテムを並べている。
最下層には、まだ誰も辿り着いていなかった。
ボス敵は出現している。
だが、こちらが攻撃しない限り、向こうも動かないようだ。
「なるほど、ボスはレイド戦というわけか。ならば、ボスも利用できなくはないな」
小さく呟いた斬が、ハリィの側にしゃがみ込む。
「トラップはトリッカーの専売特許だと思っていたが、スナイパーも使用できるのか」
「レンジャー職は皆、使えるよ」と答え、ハリィが立ち上がる。
「ただ威力は、やはりトリッカー系統が一番強いようだがね。トリッカーに誰か知りあいが?」
「ジロが」と答える斬に、「へぇ、あのジロが」とハリィは意外な事を聞いたかのように頷き返す。
「彼はバードにでもなったのかと思っていたよ」
役立たずだと言わんばかりだ。
「あいつは音痴だからな……このゲームを作った奴は、仕方なくレンジャーに設定したんだろう」
遠い目で斬が答え、ちらりと階段方向を見やる。
「さっそくお客様だ」
足音が聞こえると認識するまでもなく人影が近づいてきて、手前でピタリと止まった。
「なんだ?お前らもレイドボスに挑戦すんのか?」と目つきの悪い男に問われ、斬が問い返す。
「お主達は、何のために此処へ来た?チョコレートが狙いか、それともレア周回が目的か」
「ハァ?なんだよ、こっちの質問に答えろよ」
むっとした顔で言われ、エリックが補足した。
「あなた方の目的如何では、我々もレイドに協力したいと思っています」
「じゃあ、言うけどよ」と、別の男が言い返す。
「俺らはチョコが目的だ」
「そのチョコは、誰に渡すんだい?」と、これはハリィの質問に、男達は下品な笑いを浮かべて答えた。
「決まってんだろ?『嘆きのイワードロフ』様に差し上げるんだ」
イワードロフとは?
密かに悩むエリックの前で、ハリィが聞き返す。
「嘆きの女王様に?けど、受け取ってもらえるのか?君達程度のレベルで、彼女がフレになってくれるとは到底思えないが……」
ハリィの知っている人物なのか。
大方イワードロフとは、ランキングに名前を連ねる熟練プレイヤーであろう。
「フレなわけねーじゃん。赤の他人だよ」と、男の一人。
「けどプレゼントって言やぁ、受け取るんじゃねーか?ま、受け取らなくても無理矢理食わせるんだけどよ」
「力づくで……か?」
斬の問いに「いんや。力づくは無理だから、コレを併用する」と男が取り出してきたのは、小さな小瓶だ。
その小瓶に、エリックは見覚えがあった。
忌まわしき謎の発病原因となった、あの薬が入っていた瓶だ。
ラルフ曰く、あれを飲むと、どんな人間でも発情してしまうのだとか。
エリックは飯に混ぜられて飲まされたが、こいつらは、どんな手段でイワなんとかさんに飲ませるつもりなのか。
否、手段など聞く必要はない。
この連中が邪悪な目的でチョコレートを入手しようとしている。
それだけ判れば充分だ。
「決まりだな」と斬は呟き、男達の一人が手を差し出してくる。
「よし、じゃあレイドを始めようぜ」
その手をバシッと払いのけ、斬が叫んだ。
「始めるのは、レイドではないッ!貴様らの排除だ!!」
「んなっ!?」
一番近くにいたソルジャーが、ざしゅっと斬に斬りつけられて深傷を負う。
「なっ、テメェ!何しやがるッ」
他の者達もいきり立つのへ、もう一度、斬が吠える。
「嘆きの女王は俺達が守るッ。どうしても彼女にチョコを渡したくば、俺達を倒してみるがいい!」
いきなりの戦闘開始に、慌ててエリックは後方へ下がった。
追いかけてきたカラテカには、ハリィが銃弾の雨を、お見舞いする。
「ぐわわっ!」と叫んで後ろに下がったカラテカへ、間髪入れずに向こうのクレリックが回復をかける。
さすがに上級ダンジョンへ入れる連中ともなると連携の息がぴったりあっていて、一筋縄では倒せそうもない。
こちらは三人、しかも昨日今日合流したばかりの付け焼き刃パーティーだ。
勝てるだろうか。
だが、エリックの心配は杞憂かもしれない。
何より、斬の活躍がめざましい。
必要最小限の動きで相手の動きをかわして、懐に潜り込む。
あっと思った時には、もう遅く、一撃を加えられて逃げられる。
追いかけようにも傷の痛手が酷く、回復待ちになってしまう。
向こうも、こちらも回復職は一人。
人数が多い分、向こうの回復職は大忙しだ。
「くそ、アサシンに攻撃を集めろ!」
安全圏まで下がったシャーマンが喚いている。
あちらのパーティは、誰がリーダーなのだろう。
いや、ぼんやり眺めている暇はエリックにもない。
魔術職には、呪文を封じ込める呪文が効くはずだ。
呪文を唱え始めたエリックへ、ハリィの叱咤が飛ぶ。
「エリック!封じ込めるより回復に徹してくれ、精神の無駄撃ちは厳禁だぞっ」
「えっ?は、はい」
戦闘に不慣れな者は、慣れている者の指示に従ったほうがいい。
エリックは、ただちに詠唱を中断し、場の成り行きを安全圏まで下がって見守った。
斬は全ての攻撃をかわしている。
近接戦でアサシンに当てられる職は、今のところいないようだ。
だがシャーマンが呪文を完成させてから、戦局は一変した。
「ぐぅっ……!」と呻いて、初めて斬が膝をつく。
「よっしゃ、当たった!」
指をぱちんと鳴らして喜んでいるのは、向こうのシャーマン。
何の威力があるのかは判らないが、斬の苦しみようを見る限り、激痛タイプの呪文だろうか。
「斬、しっかりしてください!」
慌ててエリックは呪文の詠唱に入る。
対人モードがオンになっていると呪文発動までに時間がかかるのだと、今日、初めて知った。
呪文を実際に口に出して唱えなければ発動しないのである。
リアルの戦闘と同じだ。
おまけに詠唱を間違うと、途中でパァになってしまう。
何度もエリックが呪文をトチッている間に、蹲った斬へ容赦のない攻撃が与えられる。
ハリィも援護射撃をしているのだが、それよりも向こうの近接速度のほうが早い。
斬がやられてしまったら、二人では勝ち目がない。
たった三人のPKは、無謀だったのか――
諦めかけるエリック、そして傷だらけになった斬を救ったのは誰であろう。
「あぁっ!?」
驚愕の入り交じる悲鳴を残して、相手方のシャーマンが点滅する。
背後から、PK戦に混ざってきた奴がいるのだ。
そいつがシャーマンを一撃の元に葬り去った。
この状況で、こちらに助太刀するプレイヤーが現れるとは予想外だった。
「誰だ!」
誰かが叫び、シャーマンを倒した奴が高い声で答える。
「こんな場所でPKをするのは迷惑行為だ。レイドボス戦をしない奴は、さっさとリタイアして消えろ」
言っている事は正当だが、少々乱暴でもある。
初めは逆光でよく見えなかったが、近くまで歩いてきてくれたおかげで、やっと顔が見えるようになった。
髪の長い女性だ。
巨大な剣とキラキラと光り輝く立派な鎧を身につけている。
「あぁっ!」
向こうの連中は滅茶苦茶、泡を食っている。
またも知っている人物なのか?とエリックが首を傾げる中、ハリィが呆然と呟いた。
「どうして……嘆きの女王が何で、上級ランクに?」
「えっ?」と、これにはエリックも驚いて、もう一度女性を見やる。
この人が、イワなんとかさんか。
戦闘慣れした熟練者に知られている、高レベル有名プレイヤーの。
綺麗な顔だ。
美人と呼んでも差し支えなかろう。
男性に人気がありそうなのも判る。
切れ長の瞳が斬を捉え、彼女はゆっくりと斬の元へ近づくと、不意に声のトーンを変えてきた。
「きゃ〜〜んっ!斬様ぁ、大丈夫ですの?血だらけですの!痛いの、痛いの、とんでけぇ〜☆」
さっきの乱暴な言葉遣いは、どこへやら、いきなりのブリッコ口調にエリックは唖然とする。
いや唖然となったのはエリックだけではなく、その場にいた全員そうなった。
「え……あ、あれ?あれ、イワードロフさん、だよな?」
自信なさげに目つきの悪いカラテカが仲間へ尋ね、傍らのクレリックも頷き返す。
「あ、あぁ、たぶん。そっくりさんじゃなきゃ本人だと思う、けど……」
皆の目の前で、嘆きの女王の異名を取る女性がキャンキャン騒いでいる。
「もぉ、みんな酷いんですの!斬様の大切なお体に傷をつけるなんてぇ☆あっ、待っててくださいねぇ〜?今、イワちゃんが治してあげますからっ♪」
今、自分で自分のことをイワちゃんって呼んだ。
重厚な装備の割に、中身は随分と軽そうだ。
「い、いや……大丈夫だ。傷薬ぐらい、持参している」
やはり斬も呆気にとられていたが、それでもイワちゃんの手当を辞退する。
イワちゃんことイワードロフは、ぶんぶんっと首を激しく振って、甲斐甲斐しく斬を助け起こした。
「はぅ〜〜っ。斬様のお体、逞しい……」
目をハートにしかねないほど、斬に対してデレデレな態度だ。
しかし、彼とは今日が初対面のようでもある。
否、二人が実際に会うのは初めてなのだろう。
斬の困惑した様子を見れば、一目瞭然だ。
「その……あまり、撫で回さないでもらえるか……?」
イワードロフの手は、さわさわと斬の体を撫で回しており、しかも顔の位置が超絶近い。
いくら覆面をつけているとはいえ、間近で鼻息フンフンされるのは気持ちのいいものではあるまい。
初対面で、あの距離ゼロっぷり。
さすがは熟練プレイヤー……なのか?
「あふんっ。すみませぇん、興奮のあまり、つい。あっ、斬様。肩をお貸ししましょうか?」
やっとこ立ち上がった斬は、やんわりイワードロフの手からすり抜けて一息つく。
傷の痛みは酷いが、このまま蹲っていたら何をされるか判ったものではない。
嘆きの女王――こんな奴だったとは意外だ。
もっとツンケンして素っ気ない奴だと聞いていたが、人の噂とはアテにならないものだ。
向こうも斬を知っているようだが、どうせ女性同士のクチコミで知ったクチだろう。
無茶苦茶カワイコぶっているけれど、正直顔の造形と似合っていない。
すましていたほうが、美しく見えるのではないか。
「あ、あのっ!すみません、嘆きの女王様――で、あっていますよね!?」
ぶしつけに彼女へ話しかけてきたのは、先ほどまでPKで戦った相手パーティの諸君。
途端に愛想がなくなり「なんだ、まだいたのか?雑魚どもが」と言い放つイワードロフへ、重ねて男達が興奮気味に話しかける。
「ここで出会えたのも、何かの縁!俺達と、お友達になってください!!」
だがイワードロフときたら、冷たい視線で「断る」と男達の要求を刎ね除けると、今度は斬へ向き直ってキャピキャピする。
「斬様ぁ〜☆斬様は、イワちゃんとフレンドになりましょ♪」
「え、い、いや、しかし」
「しかし?」
「お、俺にはギルドがあるから、君と組む暇は、あまりないかもしれない……」
だんだん尻すぼみになっていく斬に、イワードロフがぴったり寄り添う。
いつの間にやらイワちゃんは鎧を脱いでおり、たわわな胸を斬の体に押しつけていた。
それを見た男達の表情が瞬く間に険悪なものへと変わったが、本人は意に介した様子もない。
「構いませんよぉ〜、トークでお話しするだけでもっ☆イワちゃん斬様とお話しできるならぁ、寂しくないもん。あ、それとぉ〜。ちょぉっと、いいですかぁ?」
いいか否かを斬が答える暇もないまま、さっと覆面を剥ぎ取られて、「えっ!?」と驚く斬。
彼の顔を見た男達の眉間に、新たな縦皺が刻まれる。
「きゃい〜〜〜ん☆やっぱ、イワちゃんが思った通りのイ・ケ・メ・ン♪もぉ、もぉっ、イワちゃん一生斬様についていくぅ〜っ」
勝手に人の装備を剥いだイワードロフは、一人でキャッキャと盛り上がっている。
熟練者になると、マナーを何処かへ置き去りにしてきてしまうらしい。
「――盛り上がっているところ悪いんだがね」
ようやく、ハリィがクチを挟んできた。
「なんだ、貴様は」
この女性も、よくもまぁコロコロ相手によって態度を豹変させるものだ。
ハリィは怯んだりせず、話を続けた。
「俺達は、君への邪悪な企みを阻止したくてPKしていたんだ。他にも邪悪な目的で、このイベントを利用しようとしている輩がいる。俺達は可能な限り、そいつを阻止したいと思っている。どうだい?君もちからを貸してくれないか」
「邪悪な企み?一体、それは何だ」
一応は興味が動いたか、イワードロフが聞き返す。
ごくごくと回復ポーションを飲み干した斬が、答えた。
「洗脳チョコレートを無理矢理相手に食べさせて、意のままに操ろうという企みだ。君も、あいつらの手によって、そうなる予定だったのだ……」
まだ残っていたパーティを斬が指さすと、向こうはオタオタと言い訳してきた。
「ち、違うぞ?イワードロフさんに、純粋なプレゼントとしてだなっ」
「へぇ、媚薬もセットで?」と割り込んできたのはハリィだ。
口元には薄く笑みを浮かべて。
「――貴様らッ」
ギラリ、とイワードロフの目つきが一変する。
そこからは一方的なPK、嘆きの女王による虐殺が始まった。