ラルフ&エリック
斬の作ったギルドは全公開設定で、ギルドメンバー以外も見学できるようになっていた。一種の体験入部だ。
実際に使用はできないが、ギルドがどのようなものか視覚的に理解できる。
「これは素晴らしい。まるで一つの家のようですね」
ギルドランク6にもなると、ベッドルームやキッチン、シャワールーム、トレーニングルームなど、設備も充実している。
「だろ〜?」
エリックを案内していたギルドメンバーが、ドヤ顔で振り返った。
「奥にはギルマス専用のルームもあるんだぜ」
「ほぅ、マスターの。では、そこへ案内していただけますか」
二階の奥まった戸の前で立ち止まり、メンバーがノックする。
「マスター、お客さんをつれてきたぞ」
「今、開ける」
ガチャッと鍵の開く音がして、戸が開く。
鍵をかけられるようにもなっているのか。
一戸建ての家より機能が精密だ。
エリックが感心していると中から黒づくめが顔を出し、一瞬呆けたようにエリックを見つめた。
「……人違いだったらすまんが、その」
「いえ、エリック=ソルブレインです。あなたの記憶にある人物と同じだと思いますよ」
先回りして自己紹介すると、黒づくめの暗殺者――斬は弾んだ声でエリックへ話しかけてくる。
「やはりエリック司祭か!貴殿も、この世界へ来ていようとは」
「我々は同じ境遇のようですね」
目配せに気づいたか、斬が手招きでエリックを部屋に招き入れ、傍らにいたギルメンへ命じた。
「俺は彼と内密の話がある。君は皆の元へ戻っていてくれ」
「判りました」と案外素直に頷いてギルメンは廊下を去っていき、部屋には鍵がかけられた。
「鍵をかけてしまえば、声は外に漏れない。何を話しても大丈夫だ。さて……」
「あなたに、頼みがあるのです」
エリックが単刀直入に切り出すと、斬には首を傾げられる。
「それは、このゲームの中での依頼か?それとも、ここを抜け出すための助力要求か」
「ここを抜け出す方法は、まだ判っていません。ですので今は、ゲームの中での助太刀希望です」
「いいだろう。それで?」
話を促され、エリックは話した。
バレンタインデーイベントでの、欲望渦巻く陰謀を阻止する計画を。
しばし腕組みで考え込んでいた斬が、顔をあげた。
「なるほど……それで皆は……あぁ、いや、なんでもない」
「あなたのギルドでも参加予定の方が、おりましたか」
「参加予定というか……皆が揃って、俺にチョコレートを渡したがっていたのでな」
ダンジョンで取ってくるから、何が何でも食べて欲しい。
そう言われていたらしい、ギルドのメンバー達に。
斬自身も店売りのチョコレートを購入して、ジロに与える気でいた。
「ジロも一緒でしたか。それで、彼は今、どちらに?」
「俺が買ってやったホームで寝泊まりしている。ここは、居心地が悪いそうだ」
このギルドは、ルームに入った瞬間から活気を感じた。
まったりした場所が好きなジロには、少々騒がしいのかもしれない。
いつも欠伸ばかりしていた少年の姿を思い浮かべ、エリックは納得した。
「PKをやるつもりなら、ジロは置いていったほうがよかろう。あいつは対人戦に不慣れだ」
「えぇ……それに、あの子は優しいですからね」
ジロはきっと、この世界でもラブ&ピースを貫いているに違いない。
即座に置いていく事を提案した斬の様子から見ても。
「作戦は、ボス戦でPKをする。これで間違いないか?」
「ありません。食い止められるのは一カ所が限度でしょうが、張り続けていれば何組かは撃退できるはずです」
このゲームにおけるPKは、機能面でのペナルティーが一切ない。
なにしろPKランキングなるものがあるぐらいで、PKプレイは運営公認の遊び方とされていた。
PKを嫌がる者は多いが、好んでPKしたがる者も一定数いる。
プレイヤーを倒せば装備や所持金を奪えるだけではなく、そこからPEへ持ち込む事も可能である。
もっとも、今回のエリック達はイベントのドロップ報酬入手を阻止するのが目的なので、金や装備は二の次だ。
完膚無きまでに叩きのめして、ゲートまで飛ばす。
連戦になるだろう。
「薬草を多めに持っていくか……他にパーティーメンバーは誰がいるんだ?」
「ハリィさんが」
「なんと、ハリィも来ていたのか。それは心強い」
ちらっとエリックのレベルを見て、斬が呟く。
「……あまりレベルを上げておらぬようだが」
「すみません。ずっと家にこもりきりだったものですから……」
斬のレベルは60を越えているにも関わらず、クラスはアサシンのままだ。
エリックの視線を辿り、斬は言い訳のように一言添えた。
「ジロが転職できるまで待っているのだ。お互い、訳ありのようだな」
「私の守りは心配しないで下さい。あなたは、一人でも多くのプレイヤーを葬ることに専念を」
とても現実の司祭が言うとは思えない台詞を吐き、エリックは斬を促した。
「そろそろ酒場へ向かいましょう。ハリィさんが待っています」
ハリィと落ち合い、イベント開催までは酒場で寝泊まりすることにした。
ハリィの家もエリックの家も諸事情でゴタゴタしており、他人を通したくなかったのだ。
「あと二日でバトル開始だ。最終確認といくか」
手は銃の整備に忙しなく、しかし口元にはニヒルな笑みを浮かべてハリィが言う。
「PKを仕掛ける相手は、邪念を持つ者のみ。純粋な愛を求める者は手出し無用……だったかな」
「えぇ」とエリックは頷き、斬を見た。
「私が阻止したいのは、邪悪な意志で誰かを不幸にしようとする者だけですので」
「どうやって見分けるんだ?」と、これは斬の問いに、ハリィが答える。
「幾つか質問をする。そこで挙動不審な態度を取ったり、荒々しい態度に出た奴は攻撃対象と見ていい。逆に怯えたり逃げ出そうとする奴は小心者の平和主義だろうから、通してやっても問題ない」
「本来の目的で取りに来た者は無視、悪用する輩だけを排除……というわけか」
フムフム、と頷き斬は二人を見渡した。
「前衛職は俺一人か……まぁ、いいだろう。全力でのPK戦、楽しみにするとしよう」
「後衛職でも、火力は劣らないつもりだよ」
ポンポンと手元の銃身を叩き、ハリィもやり返す。
「それより回復薬は、たくさん持ってきたか?回復はエリック一人だ、間に合わないかもしれないぞ」
「笑止。同等のクラスが相手なら、引けを取るつもりはない」
「そうですね……回復の問題もありますし、PKを仕掛けて倒せなかったら元も子もありません。適正ランクのダンジョンへ入り込みましょうか」
ダンジョンにいるのはプレイヤーばかりではない。
モンスターもいる。
ボスの元へ辿り着くまでにも、無駄な消耗は避けたい。
かといって雑魚イジメは斬もハリィも趣味ではない。
大体、低すぎるランクのダンジョンには入れない。
入るにも上限レベル制限がある。
レベル1から20までが初級、21から40までは中級、41から60は上級、61以上が最上級となっている。
斬だけが高レベルでハリィはレベル36、エリックに至ってはレベル10と低い。
二人の視線がエリックに集まり、ハリィがぼそりと呟く。
「……イベント前にエリックを急ピッチで鍛えるとするか」
「あと二日で?」と慌てる本人を横目に、斬も頷いた。
「そうだな。俺の適正狩り場でパーティを組めば、10前後の上昇は容易い」
「よし、そうと決まれば善は急げだ。エリック、出かけるぞ」
「えっ、し、しかし」
何やら抵抗するエリックの腕を強引に引っつかむと、斬の呼んだ馬車に乗り込み、一行は一路狩り場へ。
そこから、飲まず食わず休まずの二日間。
ひたすらエリックのレベルあげに専念して、斬とハリィはモンスター退治を始めたのだった。