ラルフ&エリック
ラルフが恥も外聞も投げ捨て平謝りしたおかげで、家出していたエリックが戻ってきた。「本当に、どうかしていたよ……あの時の俺は、悪魔が乗り移っていたとしか思えない」
家に戻ってからも謝り倒すラルフへ、エリックが笑顔を向ける。
「もういいのです、ラルフ。あなたが正常に戻った、それだけで充分なのですから」
実に何ヶ月ぶりだろう!
彼と、こうして再び会話の出来る日が戻ってこようとは。
心の底からラルフは反省した。
そもそも、なんであんな野望に自分が取り憑かれていたのかも判らない。
ただ、あの小瓶を見た瞬間から、おかしくなった。
何が何でもエリックを我が物にせよ、と脳裏へ囁く声を聞いたような気もする。
元々エリックに対して、そういう感情があったからではないか?
と言われると、微妙な処である。
まず、エリックのことは大好きだ。
無二の親友だと考えている。
だが現実で彼をモノにしたいかというと、よく判らないのだ、自分でも。
もしエリックから他の人を親友だと紹介されたら、きっとラルフの心は粉々に砕け散ってしまう。
しかし、だからといってエリックと自分がベッドでイチャイチャする姿も想像できない。
エリックにはクリスティが、お似合いだと思う。
エリックは何故か彼女を怖がっているようだが。
そういや結局、ホワイトデーイベントでハリィをランキング上位に追い上げる作戦は失敗した。
ハリィ自身がイベント参加を撤退してしまったせいだ。
エリック達の世界脱出計画は振り出しに戻り、斬のギルドで日々を無駄に過ごしている。
外へ出る方法は完全に手詰まりだ。
だが、エリックは教会が心配だと言う。
現実世界へ戻っても何の縛りもないラルフと異なり、彼には大切な職務があるのだ。
何とかしてやりたいとはラルフも思っているのだが、なんのアイディアも浮かばない。
そうこうしているうちに、告知に興味深いものが出た。
『イン・ザ・2018ラストサマー!GMと語らいのキャンプファイヤー大会』
キャンプファイヤーでGM、ゲームマスターと話をしようというイベントらしい。
以前、GMは笹川と直接繋がる存在だと誰かが言っていなかったか。
そうだ、言ったのは自分じゃないか。すっかり忘れていた、GMの存在すらも。
「……エリック」
小さく呟くラルフに、エリックも頷く。彼も同じ告知を見ていたらしい。
「出てみましょう。イベント期間は……九月いっぱいまでですか」
九月一日から始まり、一ヶ月まるまる行なう。
これまでと比べると、珍しく期間の長いイベントだ。
それにしても。
八月中も散々サマーを連呼していたように思うのだが、夏はいつまで続くのか。
ラルフの脳裏には、そんな疑問が浮かんだのであった。
イベントに出ようと決めた翌日。
全世界に激震が走った。
もちろん、ゲームの世界での話だ。
「おい、見たか?告知」とラルフに勢い込んで言われて、エリックも頷く。
ついに出たのだ。
サービス終了のお知らせが。
それによると、今年の十月一日をもって終了するとのこと。
今は九月だそうだから、約一ヶ月後には、ここが閉まってしまうという事だ。
ここが閉まってしまったら、ログアウトできない自分達は、どうなる?
最悪、ゲームの世界に閉じこめられたまま一生を終えるかもしれない。
「なんとしてでもログアウトしなきゃな」
焦るラルフの額を、汗が伝う。
エリックは冷静に見えたが、彼も内心では焦っているのだろう。
先ほどから忙しなくトークレシーバーを弄っているのは、ハリィ達へ連絡を取るためか。
「……駄目です、ハリィもグレイグも応答しません」
ハリィとグレイグの名前は、数日前からは灰色表示になっていた。
「斬は?」とラルフが尋ねると、エリックは困ったように眉をひそめる。
「それが……何度呼びかけても、既読にならなくて」
通信は可能だ。
しかし、本人の返事がない。
読んでもくれないとは斬の身に何が起きているのか気になるが、単にギルメンやフレとの交流で忙しいだけなのかもしれない。
ジロも然りで、ここ数日、いるのに連絡が取れない有様だ。
「二人とも、お忙しいようですね」
項垂れるエリックの肩を叩いて、ラルフはひとまず彼を慰めておいた。
「斬は人気者だからな、別れの挨拶が拗れて大騒ぎになっているのかもしれん。もう少し経ったら、もう一度連絡を入れてみよう」
現状、ワールドプリズの仲間は誰もアテに出来ない。
ログアウトの手がかりを探れるのは、例のイベントぐらいしかなくなってくる。
GMと語り合うイベントだ。
そこで直に訴えるしかない。
きっと今頃は、サービス終了の苦情でいっぱいになっているかもしれないが。
「いきましょう、ラルフ。一刻を争います」
エリックに促され、二人はイベント会場へと向かう。
二人が到着する頃には既に激しい討論が始まっており、中央にいるGMらしき数名が複数のプレイヤーに囲まれて怒鳴りつけられていた。
大半が「サービス終了のお知らせ出すの、遅すぎませんか?」だの、「不具合は最後まで放置で終わるんですか!?」といった運営への苦情だ。
どの顔も殺気走ってエキサイトしており、ここに混ざるのは勇気を必要としたが、そんなことも言っていられない。
他の者達は金銭の損失問題だけで済むだろうが、こちらは命がかかっている。
「すみません、少々宜しいでしょうか」
わめき立てる人々の輪に混ざり、エリックも声をあげる。
「私達はログアウトが出来ないのですが、このような場合は、どうすれば」
すると金銭問題で目くじらを立てていた一人が振り返り、エリックへ言った。
「ログアウトできない?それなら掲示板で似たような事を書き込んでいる人がいたよ」
なんと。
連絡を取ろうと焦ってはいたが、掲示板のチェックは、していなかった。
連絡したい相手がフレンドだと、トークレシーバーで直接通信を開く事が多くなる。
従って掲示板を使う頻度も下がり、やがては存在を忘れてしまう。
完全に盲点だった。
掲示板はトークレシーバーを通じて入ることが出来る。
見知らぬ相手にパーティ募集をかけたり、友達募集できる便利な場所だ。
「その、掲示板ってのは依頼募集している場所と同じでいいのかい?」
ラルフの問いにも彼は頷き、「雑談ってタブが上にあるでしょ。それ押して」と付け足した。
雑談は募集と違って、書き込みが沢山ある。
上部の検索窓を使って『ログアウト』だけに絞ったら、あぁ、あったあった。
ログアウトに関する書き込みが並ぶ中に『ログアウトできない奴いるか?』というタイトルが。
ざっと返信にまで目を通したラルフが顔をあげる。
「なるほど。これによると強制的にログアウトさせるスキルもちの敵がいるようだ」
驚くエリックの横では、二人の話を聞いていたかして知らない奴が吐き捨てた。
「なんだよ、情報古いなぁ。情弱乙?」
バカにされているのだとは判ったが、ラルフは、あえて反論せずに受け流した。
「そうなんだ。俺達、ハウスに引きこもりがちだからね……」
バカとの喧嘩につきあっている暇はない。
この、強制ログアウトスキルというのを試してみよう。
書き込みはだいぶ前の日時だから、もう彼らは強制ログアウトを試した後かもしれない。
二人でレイドボスに挑むのは怖かったが、斬もジロも連絡がつかないのでは仕方ない。
「回復薬、いっぱい買わなきゃな……」
財布を点検するラルフに「ちょっといい?」と話しかけてきた者がいる。
「なんでしょう?」と受け応えるエリックへ見知らぬ女性が言うには、「なんか困ってるみたいだし、私に出来ることなら協力するよ?」との事である。
彼女も運営への苦情が言いたくて此処へ来たんだろうに、親切なものだ。
ラルフが感心していたら、女性は眉をひそめて小声で囁いてきた。
「最後だし、GMと運営に感謝を伝えようと思って来たんだけど、こう殺気だった人ばかりじゃ、言うのも難しいよね……時間、余っちゃった。だから、あなた達の手伝いしてあげる」
改めて人の輪を眺めてみれば、99%が苦情の嵐だ。
GMは「私達に言われても困ります」を繰り返していて、会話になっていない。
GMは所詮、善意の手伝いであって、運営本体とは別物だ。
苦情の窓口に立たされて彼らも気の毒だな、とラルフは思った。
傍らでは、エリックが協力を申し出てきた女性へ頭を下げる。
「では、お願いします。ミーヒョロさん」
「うん。こちらこそ、エリックさんにラルフさん」
女性ことミーヒョロも会釈し、レイドボスのいるフィールドへ急ぐ。
「ミーヒョロさんは強制ログアウトしちゃっても平気なのかい?」
ラルフが念のために尋ねると、彼女はニッコリ微笑んだ。
「私はリログできるし、もし垢BANされたとしても、運営にはメールで感謝を伝えるからいいよ」
殺気だって自己中な人々を見た後だと、なおのこと彼女が神々しく見えてくる。
クラスはパラディン、レベルは80を余裕で突破。
ますますもって神々しい。
「例のスキルって噂だと三本目以降に使うらしいんだよね」と、ミーヒョロ。
さすがベテランプレイヤーだけあって、情報に通じている。
「それにしてもログアウトできないなんて大変だね。ずっと、つけっぱなしだったの?」
なにを、とは聞かずにエリックもラルフも曖昧に頷いておいた。
しばしポカンとくちを開けて呆けた後、ミーヒョロは気を取り直す。
「うわぁ……電気代、恐ろしいことになってそう。じゃあログアウトできるよう上手く削っていくから、二人は後ろで見ててね」
戦闘が始まった後は言われたとおり後ろで見学していると、あれよあれよという間に体力バーが三本さくっと削られて、四本目のバーが表示される。
「あっちゃ、勢い良すぎたぁ」
あきらかに、しくじったといった顔で呟くのは見なかったふりをして、ラルフは彼女へ叫んだ。
「スキルの範囲は、どれくらいだ?もっと前に出た方が――」
だが、彼は最後まで質問を言い切れなかった。
ぽわぽわと飛んできた謎の丸い光が当たった瞬間、ラルフの姿は瞬時にして消えてしまったのだ。
ワンテンポ遅れてからミーヒョロが答える。
「あーうん。スキルは全範囲だから、その位置でも大丈夫だよ。って、もう聞こえてないか」
ちらっとエリックのほうも見やり、手招きした。
「私が先に消えちゃうと全滅するかもしれないから、エリックさんは前に出て?私に向かって飛んでくる光があったら、私を庇って欲しいんだよね」
戦闘中に余所見している暇があるのも、さすがベテランというべきか。
きっと彼女が真面目に戦えば瞬殺できる強さなのだろう、このレイドボスは。
気配りできる相手に感謝しながら、エリックは前に出る。
はたして飛んできた丸い光に当たった瞬間、エリックの姿も掻き消えた。
日差しの照り返す中、クリスティが洗濯籠を持って教会から出てくる。
「ん〜、今日もいいお天気!洗濯日和ですね」
籠いっぱいに詰まったエリックのパンツを干していく彼女へ、ラルフは声をかけた。
「シスター、こんにちは。エリック司祭は今日も庭仕事かい?」
「あら、こんにちはラルフさん。えぇ、裏の庭を耕しておりますわ。今年はトマトが豊作だと喜んでおりましたのよ。ラルフさんも、お一つ貰っていかれては?」
にこやかに笑うクリスティへ「そうするよ」と頷くと、ラルフは教会の裏へ回ってみる。
あぁ、いたいた。日に焼けて真っ黒な顔を晒したエリックの姿が。
「よぉー司祭、今日も畑仕事に精が出ているな。この分じゃ、もうすっかり体力は俺を越えちゃったんじゃないかい?」
なんて軽口を叩きながら、彼の元へ歩いていった。