ジェナック&マリーナ
そろそろ第二次転職に手が届くのではないかという頃、ジェナックとマリーナの耳にイベントの噂が舞い込んだ。なんでも『ハロウィン』を祝うイベントで、巨大カボチャと戦って報酬のお菓子をせしめるというものだ。
いわゆるフィールドレイドボスとなら、すでに何度か戦ったことのある二人だが、巨大カボチャはイベント期間限定の敵だ。
戦うのが好きな男ジェナックが、このイベントに参加しないわけがない。
「腕がなるな!」と早くも戦う気満々な相棒を横目に、マリーナはイベント概要をチェックする。
期間限定ともなれば参加者人数も、いつものレイド戦より多くなろう。
ほどよい人数で戦うようにしなければ、せっかく敵を倒しても報酬の実入りが悪い。
交換できるアイテムの中にクラッシャー用の武器を確認してから、マリーナはジェナックに提案を持ちかけた。
「ジェナック、イベントに参加できそうな友達は、いるかしら?今回はレイド用にパーティを組んで行動しましょう」
フレがいないわけでもないが、いつもは二人だけで戦闘している。
だがガチでイベントに参加するつもりなら、イベント用にメンバーを揃えたほうが野良でバラバラに戦うより絶対効率もいいはずだ。
「あぁ、いいぜ。ちょうど最近、魔術師と友達になったんだ。ひ弱に見えて案外根性のある奴だから、きっとお前も気に入ると思うぞ」
彼が魔術師を褒めるとは、珍しい。
ワールドプリズにいた頃は、魔術師なんぞ貧弱なモヤシだと頭から馬鹿にしていたのに。
思わずマリーナは「強いの?その人」と尋ねていた。
ジェナックも即座に頷き、「あぁ。一緒にいる女騎士も、これがまた強いんだ」と嬉しそうに話す。
自分の知らない間に、いつフレンドを増やしていたのかは気になるが、まぁいい。
「それじゃ、その二人と……私の友達も二、三人誘っておくわ」
「お前の友達は、何と何を呼ぶんだ?」
ちらりとフレンドリストを見ながら、マリーナが答える。
「そうね。バランス良くいきたいから……アサシンとクレリックで」
全部で六人。
レイドを戦うには、ちょうどいい人数だ。
あとは皆のスケジュールと出現時間を見合わせて、都合のいいフィールドを確保すればいい。
宿に帰って早々、マリーナはトークレシーバーを取り出して、フレンドと連絡を取る。
「あぁ、龍輔。今、ちょっといいかしら。宿にいるの?」
『ん?あぁ、いや自宅だけど。何だ?パーティーのお誘いかい』
「えぇ、イベント告知は見た?私達、あれに参加しようと思っているんだけど」
『ハロウィンねぇ。いいんじゃないか?で、俺に連絡を取るってこたぁ、一緒にパーティを組まないか、と?』
「そうよ。あなたは人気者だから、予定がつかないかもしれないけれど」
『いやいや、あんたみたいな美人の誘いを断る奴がいたら、見てみたいもんだね。そのイベントには俺達も参加する予定だったんだ』
「俺達?他にメンバーが?」
『ん?メンバーっつぅかフレが……あー、もしかして定員だったか?』
アサシンのフレには、先客がいたようだ。
他に使えそうなシーフ系はとリストを眺めて沈黙するマリーナを、どう受け取ったのか、龍輔は慌てた調子で前言撤回してきた。
『あぁ、いや、そいつは、まだ参加するかどうかも判らないんで。あんたの勧誘が先だったし、あんたのパーティを先に組むとしようぜ』
「いいの?その人に悪いんじゃ」
『イベントは一定期間続くんだろ?だったら、一日二日一緒にいなくても問題ないさ』
龍輔は女性のフレンドが、やたら多いナンパな奴である。
きっと、そのうちの誰かとパーティを組む約束でもするつもりだったのかもしれない。
『それよりさっき、私達っつったよな。そっちにもメンバーが?』
「えぇ。前に話したでしょう。私の相棒、ジェナック。彼と一緒にイベント参加しようと思って。それで、どうせなら信頼できる仲間とも組もうと思ったの」
『信頼できる仲間、か……へへっ、嬉しいねぇ』
「あと三人ほどメンバーを考えてあるわ。初対面の人もいると思うけど、野良よりは連携が取りやすいんじゃないかしら」
『そうだな、イベント前にミーティングでもしましょうや。まっ、俺は野良でも戦えるけど』
宿で一度集まる約束を取り付けると、マリーナは龍輔との会話を終わらせる。
クレリックのフレとも約束を取り終える頃には、壁の時計がボーンボーンと七時をお知らせして、マリーナの腹がグゥと鳴った。
階段を下りて食堂へ向かうと、ジェナックのいるテーブル席へ腰掛ける。
「よぉ、マリーナ。フレは無事に確保できたのか?」
「あなたこそ、食堂でずっとくつろいでいたようだけど、連絡は取ったの?」
「あぁ、万全だ。二つ返事で参加を承諾してくれたぞ。あいつはイイヤツだ」
ジェナックのフレンドは、彼同様単純……いや、素直な人物であるらしい。
実際に会う日が楽しみだ。
そして、イベント前日。
一同はマリーナの泊まる宿に集結した。
「はじめまして!クレリックの葵野っていいます。あの、今日は宜しくお願いします」
緑色の髪の毛の奴がピョコンッと勢いよく頭を下げる横で、黒服に身を包んだ男が軽口を叩く。
「まだ前日だって、ヨロシクするのは明日な、明日」
かと思えばジェナック達のほうへ向き直り、ウィンク一つ。
「俺は龍輔。マリーナとはフレだが、他の奴らとはハジメマシテだよな。飛び道具なら扱いを心得ているから、後方援護は期待していいぜ」
先の葵野よりは強気の面構えだが、どうにもチャライ感じで、いけ好かない野郎だとジェナックは思った。
しかしアサシンまでクラスチェンジしているからには、弱いということもあるまい。
なにより、マリーナが誘うと決めたのだ。
人としても信用できると見ていい。
続けて、赤いローブの青年が会釈する。
「エイジ=ストロンだ……マジシャンをやっている。よろしく」
見るも鮮やかな赤い髪の毛と、一見して美青年と判る顔立ちにマリーナは目を奪われた。
体格も随分ほっそりとしており、下手したら巷の女子よりも色白で華奢なのではないか。
ジェナックと並んで立たれると、余計に際だって細く見える。
だがジェナック曰く根性があるそうなので、見かけで判断するのは失礼であろう。
最後に女騎士が挨拶した。
こちらも見目麗しい美女で、マリーナは胸騒ぎを覚える。
ジェナックったら、いつ彼女と知りあったのだ?
「ランスロットと申します。私はエイジ様の盾にして剣!で、ございます。あ、もちろん皆様方もお守りしますので、ご安心下さい」
挑発して敵のターゲットを集められるナイトはパーティーに必須のメンバーだ。
エイジを守ると豪語するからには、ランスロットは彼の相棒ないしパートナーか。
いや、もしかしたら恋人かもしれない。
エイジに『様』をつけるぐらいだもの、ただの相棒ではあるまい。
彼女がフリーではなさそうな可能性に、マリーナは少し安心した。
「へぇ、タンクか。あ、でも今回のボスは特殊タゲタイプじゃなかったっけ?」と、龍輔。
「特殊タゲタイプって?」とオウム返しに聞き返す葵野へは、エイジが応えた。
「特定の職業のみをターゲットにする敵だ。巨大カボチャのターゲットはトリッカー系と書かれていたな」
「トリッカーか〜。ここにゃいないことだし、じゃあタンクのねーちゃん、あんたがヘイトを稼いでくれよ」
龍輔に言われ、ランスロットは微笑んだ。
「了解しました。では私が敵を引きつけるとして、後方援護は龍輔さんとエイジ様。近接主力はジェナックさん。回復はマリーナさんと葵野さんが担当、ということで宜しいですか?」
それぞれに頷き、エイジが諸注意を言い渡す。
「ソロプレイヤーが混ざってくる可能性も考えられる。その時は一回流す……でいいのか?」
「そうね。トリッカーに混ざってこられると、ターゲットをそちらに取られてしまうし」
マリーナが賛成し、あとは参加日を決めるだけとなった。