ハリィ&グレイグ
毎日が何事もなく、狩りと食事と睡眠で過ぎ去っていく。あれから――本当に、何事もなかったかのように。
ハリィが側にいない間、とても寂しかった。
精一杯の勇気を振り絞って、グレイグは、そう告白した。
それだけでは伝わらないだろうという予想もあったから、抱きついてみせもした。
内気の自覚がある自分にしては、よくやったものだと、自分でも自分を褒め称えてやりたいぐらいだ。
なのに親愛なる兄貴分のハリィときたら、人の気配がしない静かな場所まで歩いてくると、ごほんと咳払いを一つして、「いいかい、君にも俺にもプライバシーってもんがあるはずだ」と切り出してきたのだ。
「君が俺のプライバシーを詮索したくなる気持ちも判らんではないがね。立場を取り替えて、そうだな、例えば君自身が過去を俺に詮索されたとしたら、どんな気分になる?」
「それは……」
話していない過去がある。
暗に、そう言われているのだと判った。
確かにある。
ハリィが国を出て行って戻ってくるまでの間、グレイグは自分がどうやって騎士団に入って団長にまで登り詰めたのかを詳しく話していない。
ハリィが何度となく追求してきても、だ。
後ろめたいわけではないが、話すとなると膨大な量になるし、とある女性の名も出さざるを得なくなる。
そうすると、好奇心旺盛なハリィは絶対食いつく。
食いつくばかりか、余計な詮索までしてくるに違いない。
グレイグは、下衆の勘ぐりをハリィにされるのだけは嫌だった。
ハリィには自分の綺麗な面だけを見てもらいたい。
彼を何よりも誰よりも大切に想っている、自分の姿だけを――
結局思うように言い返せず、ハリィには詮索禁止を言い含められた。
そんなに彼にとっては、後ろめたい事なのか。
誰か他の女性と会っていた事実は。
というより、話せないイコール黒だと言っているも同然ではないか。
自分より女性と会っているほうが、ハリィにとっては楽しいということだ。
事実はグレイグの心を強く打ちのめし、彼に置き手紙を残して家出させるまでに至った。
『しばらく頭を冷やしてくる。捜索しなくて結構だ』
テンプレ文章の置き手紙を数回読み返し、ハリィは溜息をつく。
まったく。
自分が詮索されると嫌なくせに、こちらへ詮索してくるのは何なんだ。
グレイグは基本自分に懐いていて温厚で可愛い奴だけど、時々どうしようもなく頑固で意固地になるから困る。
探すなと言われても、探さないわけにもいくまい。
だが探し当てたとして、どうやって説得する?
この分だと、グレイグは相当おかんむりだ。
普通に対話したって機嫌を治すまい。
近々面白いイベントが始まるというのに、厄介な。
ぼんやり上空に表示されたイベント予告を眺めていたハリィの脳裏に、不意に閃くものがあった。
そうだ。
このイベントを上手く利用すれば仲直りが出来るばかりではなく、グレイグの希望も叶えられる。
あいつの希望は判っている。
判っているのだが、ただ、自分に勇気がないばかりに、この間はスルーしてしまった。
そいつを帳消しにする為にも、次のイベントには参加せねば。
意気込みを固めたハリィは「ん?」と腰にぶら下げたトークレシーバーへ目を落とす。
このアイテムは遠方のフレンドと会話できるだけではなく、各地掲示板の新着チェック機能も備わっていた。
赤く点滅している時は、新着書き込みがあった時だ。
画面を開くと、初心者の街ワンス酒場に新規のパーティ募集があった。
記入者は『エリック=ソルブレイン』となっている。
「ふむ……」
非常に見覚えのある名前だ。
完全一致となると、本人で間違いあるまい。
ハリィは手早く荷物をまとめると、家を出た。