己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


ハリィ&グレイグ

勢いでハリィの元を出てきてしまったグレイグは、あれからバレンタインには大量のチョコレートを女性群から、それこそフレでもない女性からも貰った。
だが、その大量のチョコレートの中に、彼の最も欲しい差出人の名前はなかった。
探さないでくれと言い残したのは自分である。
だからといって、本当に探しに来ないとは思ってもみなかった。
心のどこかで、彼は絶対に自分を探しに来てくれる――そう信じていた自分がいたのだ。
風の噂では、ハリィもバレンタインイベントには参加していたらしい。
だが彼は何故かボス前でPKを行なっており、エリックや斬、そしてランキング常連も側にいたという。
一体どういう流れでそうなって、そしてグレイグをほったらかしにするまでに至ったのか。
お調子者だから、エリックや斬の頼みをホイホイ気楽に引き受けてしまったのだろう。
そして、そのままグレイグの事も忘れてしまった――?
もし、一生このまま忘れられてしまったら。
ありえない。
そう思いたい。
思いたいが、しかしハリィには前科がある。
自分に断りもなく勝手に家出して、傭兵になってしまった前科が。
グレイグは単なる幼馴染みなのだから断りを入れる必要がないと言われればそうなのだが、あの時も心が引き裂かれる想いをさせられた。
このまま忘れ去られたくは、ない。
ハリィに会いに行こう。
ただし手ぶらで、というのはきまりが悪いから、何か手土産を携えて。


「じゃあ、まだグレイグとは再会できていないのか」
『HAND x HAND GLORY's』のギルドルーム内にて、斬に尋ねられたハリィは素直に頷く。
「一体どこへ行っちまったもんかね。プレイヤー名で検索しても山と引っかかって、お手上げさ」
グレイグなんて名前は、さして珍しくもないのだから、検索で探すのは無謀だ。
「ブロックされているという可能性は?」とエリックに聞かれ、ハリィはかぶりをふる。
「判らん。だが、あいつが俺をブラリスに入れるとは考えがたいな」
「ほんで結局、バレンタインのチョコは渡せなかったんスか?」と、これはジロ。
珍しくギルドにやってきた彼は、斬に促されるままギルドマスターの部屋へ直行した。
鍵をかけた上での会話である。
他のメンバーに聞かれる恐れはない。
今日、ワールドプリズ住民だけで集まったのは、ここを抜け出す算段を話し合う為だった。
「あぁ、どこにいるんだかも判らないんじゃ渡しようがない」
肩をすくめたハリィに話題を振ってきたのは、ラルフだ。
「探す方法なら、ないこともないぞ」
彼はエリックと仲違いをしていたはずだが、昨夜にかけてギルドを襲撃してきたかと思うと、怒濤の土下座で逃げた女房を追いかける駄目旦那の如く、エリックの許しを得たのである。
エリックは今、斬のギルドに所属している。
ラルフも一緒だ。
ハリィも勧誘されたのだが、やんわりと、お断りした。
PK狩りを好んで行なう自分がギルドに所属しては、斬に迷惑がかかると思ったからだ。
「ほぅ、それは?」
斬に促され、ラルフが得意満面に切り出した。
「今度のイベントはバレンタインデーのお返しイベントだって言うじゃないか。ホワイトデーを利用して、イベントランキングでトップを取ろう」
ホワイトデーはバレンタインデーと似ているが、異なる点も幾つかある。
最も大きな違いは、バレンタインでチョコをもらった者のみが参加できる点だ。
そして、ドロップするスイーツが三つに増えた。
キャンディは二人だけの空間を生みだし、双方装備を強制的に脱着させられる。
クッキーは相手をリラックスさせて、強制的に眠らせる。
マシュマロは相手を高難易度ダンジョンへ強制的に放り込み、クリア以外は脱出不可能とさせる。
どれも一定時間で効果は消えるそうだが、バレンタインのチョコよりも過激なものばかりだ。
レアドロップ装備品も豪華になっている。
細かく職業で分別され、バレンタインの時よりも混雑が予想された。
さらに、バレンタインの時にはなかったランキングも実装される。
モテモテランキングと、討伐ランキングの二種類だ。
モテモテは言うまでもなくスイーツをいっぱい貰った順で、討伐はダンジョンボスの撃破数であろう。
「俺達のうちの誰かが入賞すれば、あいつも興味を持つ、か……?」
ハリィが首を傾げるのへ、ラルフが訂正する。
「誰かじゃない。ハリィ、君が入賞するんだよ」
「俺が?しかし俺は火力もモテ度も、そこまでじゃないぞ」
戸惑うハリィへ「火力は、ともかく」と斬が口を挟む。
「モテ度は、ある程度操作できる」
「あ〜なるほど」と、真っ先に納得したのはジロだ。
「俺達でハリィさんにプレゼントしまくるんスね」
「その通りだ」
ギルメンにも事情を話して協力してもらえば、六十個相当は堅い。
無論、ハリィのフレンドや斬達のフレンドにも協力を呼びかける必要があろう。
唐突なモテ期到来に戸惑ったのはハリィだけで、斬もラルフも、やる気満々だ。
「もしハリィさんが入賞すれば、或いはゲームの運営も彼に注目しますでしょうか……?」
エリックの呟きに、ラルフが頷く。
「あぁ、ランキング上位者はゲームマスターと会う資格を得られるしな」
「ゲームマスターって?」と尋ねるジロには、斬が答えた。
「ゲーム管理者の手伝いを行なっている者達だ。俺も何度か会っているが……」
「何だって!?」
途端にエリックとラルフ、それからハリィが大声をあげる。
「GMと会ったんなら、どうして笹川について尋ねなかったんだ!」
人の話を聞き終えずに決めつけるラルフに、些かムッとしながら斬も答える。
「無論聞いた。しかし、笹川修一という名の者は経営にも運営にもスタッフにもプレイヤーの中にもいないと言われた」
「えっ……」
固まる皆の前で、もう一度言う。
「同姓同名の作れる、このゲームにおいて"笹川修一"は一人もいない。このゲームで"笹川修一"は作れない……これが何を意味しているのかは、判らぬ。だが恐らく奴は、別名義で運営しているのだ。そして、それを調べる術が我々にはない」
「じゃ、じゃあ、どうやって奴とコンタクトを取ればいいんだ……」
頭をかかえるラルフに、斬が重ねて言う。
「別に、奴自身を捜す必要はない。奴はテストプレイと称していた。ならば――奴の満足するプレイを、我々が見せればよいのではないか?」
「奴の満足するプレイ?」
抽象的な意見には、エリックもハリィも首を傾げる。
「そうだ。この世界で出来ることを全て、我々の手で試してみるのだ」
ギルドは斬が試した。『HANS x HAND GLORY's』の機能は既にMAXだ。
ギルドランキングに入賞できたし、次のギルド戦でも、そこそこ上位にいけるのではないかと思う。
PKならハリィが思う存分やっている。
生産は、料理からハウジングまで一通りマスターしたラルフがいる。
他にやっていないものは、というと?
「闘技場とランキング制覇……ぐらいか?」
ハリィの呟きに、ラルフも勢い込んだ。
「じゃ、まずはイベントランキングの制覇からいくか」
「討伐とモテモテ、両方狙うんスね。まぁ頑張って」
他人事なジロには斬からの手荒いどつきが背中に飛ぶ。
「何を言っている、お前も協力するんだ。どちらのランキングも至難だぞ、ライバルは多い」
「うえぇっ、俺もッスかぁ?」
「当然だ。お前も、このギルドの一員なのだからな」
慌てるジロと満足げな斬を横目にハリィも己のトークレシーバーを取り出すと、さっそくダンジョンを潜るに適したフレンドを呼び出すべく通信を開いた。


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