己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


クレイ&春名

常に大所帯で移動していたおかげか、数回のボス退治で春名達は無事チョコレートを手に入れることが出来た。
ひとしきりフレ交換をしたり、雑談で盛り上がった後、高レベルプレイヤー達と別れて街の広場まで戻ってくる。
「ふぅっ、誘惑のチョコレートかぁ……どうしよ、もっと軽い気持ちで渡せるアイテムだと思ってたのに」
頭を悩ませているのはナナだけじゃない。
春名もだ。
つい先ほど、熟練プレイヤーに教えてもらったのだ。
イベントドロップで入手できるチョコレートの効果を。
渡した相手を好きに操れるのだと言う。
ただし、効果があるのはイベント期間中だけ。
それで大混雑していたのか、限定ダンジョンは。
と考えると、虚しくもなってくる。
まぁ、中にはレア武具を求めてきていた連中もいるから、全員一緒くたにしてはいけない。
「く……クレイは、その……っ」
春名がチラリとクレイを見やると、クレイも無言で見つめ返してくる。
「店売りと、さっき取ってきたコレ。ど、どっちが……あっ、やっぱ今のナシ!」
途中で発言を撤回し、春名は鞄の奥にチョコレートを突っ込んだ。
欲しいと言われても、その後の展開を考えると訳が判らなくなってくるし、ここは無難に店売り一択だろう。
「春名」
クレイに話しかけられ、「な、なぁに?」務めて平常心を装う春名は次の瞬間、信じられない質問を耳にする。
「チョコレートを渡してくれないか」
ぱちくり呆然する春名の横では、ビアノが甲高い声で囃したてた。
「えぇ〜っ!?なに、なに?クレイってば春名の愛の奴隷になっちゃう気満々なのぉ〜?」
「キャーッ、大胆!」とナナも悪ノリしてくるもんだから、クレイは仕方なく省略した部分を言い直す。
「違う。処分するので渡してほしいと言ったまでだ」
「え、処分?食べないの?」
ビアノの問いにコクリと頷き「チョコレートは、春名の手作りが欲しい」と言って、クレイはジッと春名を見つめた。
「あ……」
どうして思いつかなかったのだろうか。
料理スキルがあるんだから、自分で作れば良かったということに。
「う、うん、そうだね!イベントとは関係なくなっちゃうけど、あとで作ってあげるから」
「イベントとは関係なくないでしょ。チョコはチョコなんだし」
即座にナナからは突っ込まれ、春名は「え、えへへ」と笑って誤魔化す。
「あ、クレイ。チョコレートは私が自分で捨てるから安心して?ほら、クレイに渡しちゃうと、うっかり回復アイテムと間違えて使っちゃったりするかもしれないでしょ」
いくらなんでも、そこまで迂闊なつもりはない。
とはいえ春名は心配で言ってくれているようだし、クレイは一応素直に頷いておいた。
一連の遣り取りを、ぼーっと見ていた葵野は「で?お前はどうすんだ」と坂井に突かれ、我に返る。
「え?ど、どうって」
「そのチョコ。誰かに渡すつもりだったんだろ。さっさと渡してこいよ、ここで待っていてやるから」
坂井は、ぶっすりふくれっ面である。
完全に何かを勘違いしている。
「え?え?いや、何を言っているんだ。俺が渡す相手は、お前しかいないだろ?」
慌てて弁解すると、葵野はチョコを坂井へ差し出した。
「これ、食べてよ。それで」
「愛の奴隷になってよ!ってか〜〜っ!?」
「キャー!」
耳を劈く黄色い声二つの襲撃で葵野がオォッとなっている間に、チョコレートがひったくられる。
「すぐ渡せってんだよ、たく」
ぶつぶつと呟き、坂井が勢いよくバリンとチョコをかみ砕く。
その様子を、皆して取り囲んで見守った。
ごくりと音を立てて、チョコレートが坂井の喉を通過する。
「……ど、どう?」
なおも眺めていると、だんだん坂井の様子がおかしくなってきた。
トロンと瞼が落ちてきて眠たそうな表情になったかと思うと、今度は心あらずな様子で遠い目をしている。
それでいて姿勢は直立不動なのだから、挙動不審なこと、この上ない。
「お、おーい、坂井、坂井っ」
葵野が話しかけても、肩を揺さぶっても、坂井の反応はない。
ぼーっと遠くを見つめて無言である。
「こ、これ……大丈夫なの?」
ナナもビアノも不安げに見守る中、不意に春名が思い出した。
先ほどの上級者が言っていた注意事項を。
「あ、あのね、葵野さん。相手がチョコを食べ終わったら、合図しないと駄目なんだって」
「合図?」と、葵野。
すっかり落ち着きをなくして、彼は今にも泣きそうだ。
「うん。えっとね、確か『お前のご主人様は誰だ?』とか、そんな感じだったかな」
「あ、それ、あたしも聞いた!マスターが誰なのか認識させると、その後は絶対服従――」
ナナと春名との会話もそこそこに切り上げ、葵野は坂井へ呼びかけた。
「坂井、お前のご主人様は誰なんだっ!」
「……俺のご主人様は……葵野です」
棒読み同然の答えが返ってきて、意識のない瞳が葵野を見つめる。
「よ、よし。それから?」
振り返る葵野へは、ナナが指示を飛ばす。
「認識できたら、あとは好きに命令して。言うこと全部聞いてくれるから」
「よー、よーしっ。坂井、これから先、二度と女の子と仲良くしちゃ駄目だからね!俺からのお願いだぞ」
「はい、わかりました、ご主人様」
うつろな目で機械的に答える坂井を見ながら、ビアノがポツリと言う。
「命令って、ああいうのでもOKなワケ?」
「さ、さぁ?」
判らないので、春名は曖昧に頷いておいた。
「つまんないっ。もっとエッチな命令出しなさいよォ〜」
無茶ぶりが飛んできて、葵野は滅茶苦茶焦った視線を寄こしてくる。
「そ、そんなのっ。ここじゃ恥ずかしいし、駄目に決まってるだろ!?」
かと思えば、坂井の背中を押して「さ、早く家に帰ろ?家で、ゆっくり、その……うへへ」と鼻の下を伸ばしまくって帰っていった。
二人を見送り、完全に姿が見えなくなってから、ナナが落胆の色を見せて呟く。
「……ふーん、あんなふうになっちゃうんだ。怖いわね、このアイテム……」
「友達へ気軽にって渡すのは無理だよね」と春名も苦笑して、鞄の中を見た。
「それもあるけど」と、ナナ。
「洗脳されていますって反応を見せられても、萎えるだけよ」
「あー……うん、そうだね」
素早くクレイを一瞥し、春名はもう一度頷く。
いつも奥手なクレイを、意のままに操る。
それは、まぁ、ちらっと考えなくもなかったのだが、あんなマリオネット状態では嫌だ。
クレイに迫られるのならば、やはり本人の意志で自発的に行なってくれなきゃ、ときめくものもときめかない。
クレイが春名を好きだという決定的な意志の表明こそが、春名の切望するシチュエーションなのだから。
「……それっ!」
何を思ったか、突然ナナがチョコレートを路上へ投げ捨てた。
チョコレートは二、三度点滅して、やがて消滅する。
「えっ、捨てちゃうの?もったいないっ」
動揺するビアノへウィンクすると、ナナは言った。
「だって、こんなので振り向かせたって、しょうがないじゃない。偽りの愛が欲しいんじゃないんだもの」
「っていうか」
好奇心を隠せない様子で、春名も問う。
「ナナちゃんは、誰に渡すつもりだったの?」
「えっ?」
「あ!あたしも、それ聞きた〜い!あたしはね、トーゼン愛しのソラだけどぉ♪」
聞かれてもいないビアノが勝手に語り出し、ナナは「ナイショッ!」と叫んで、走り出す。
「あっ、ずる〜い、教えて、教えてっ」
「教えなさいよ〜!」
その後を笑顔で追いかける、春名とビアノ。
少女達の無邪気な笑い声が広場に木霊した。


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