己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


クレイ&春名

最初の頃こそ物珍しくて参加してみたけれど、季節が一周まわるころには、春名はマンネリを感じ始めていた。
そういえば毎日忙しくて全く考えていなかったが、ゲームの外の世界が今どうなっているのかを春名は不意に考えた。
このゲームはログアウトが出来ない。
ログアウトという言葉自体、つい最近知った。
ゲームの世界を抜ける、それを一度も考えた事がなかった自分に愕然となった。
どうして一度も考えなかったんだろう。
ゲームの外の世界には、祖母や祖父もいるというのに。
何故、今まで一度も思い出さなかったのだろう。
大切な家族なのに!

ある日、春名はクレイに尋ねてみた。
「ねぇ、クレイ。このゲームを辞めたい時って、どうすればいいのかなぁ?」
するとクレイはコクリと頷き、自分のプロフィール画面を空に表示する。
「プロフィール画面の設定を開いて一番下に"ログアウト"という項目がある。それを指で示せば、ゲームの外へ出られるそうだ」
春名は、しばしポカンとクレイの説明を聞き流し、数秒経ってから大声をあげる。
「……えっ!?」
嘘、そんなメニュー表示されていたっけ?
一番最初、ここへ来たばかりの頃、全項目を開いた時には見あたらなかった。
設定にしたって、音量の大きさと他PCやNPCの表示・非表示の切り替えぐらいしかなかったはず。
慌てて自分のプロフィール画面から設定へ移動し、下までスクロールしてみると、確かに"ログアウト"という項目が存在した。
「これを選べば……元の世界へ?クレイ、知っていたんなら、どうして今まで教えてくれなかったの?」
それに対するクレイの答えは淡々としており、「春名が辞めたいと言わなかったからだ」との事である。
言われてみれば辞めたいと言い出したのは、今日が初めてだったと春名も気がついた。
クレイ曰く、彼は春名が飽きるまで、この世界でつきあう予定だったらしい。
しかし、飽きるのは春名よりもクレイのほうが早かった。
毎日同じ戦闘の繰り返し。
たまにバリエーションが違っても、最終的にやることが同じでは飽きない方がおかしい。
「春名は、よく飽きないものだと感心していた」とも言われ、春名は赤面する。
だって実際に武器をふるって何かと戦うなんて行為、現実じゃ一度もしたことがなかったんだもの。
何もかもが物珍しくて、すっかり耽ってしまった。
「そ、それじゃ……一緒にログアウト、しよ?」
春名が誘うと、クレイは素直に頷く。
一緒に同じ画面を開き、いっせーの、せっでログアウトの文字を押すと、一瞬にして視界が真っ暗になり、春名は焦って大声で喚く。
「ちょっ!な、何これ、クレイ、どこぉ!?」
上から下まで真っ黒けのけ。
何も見えない。隣にいたはずのクレイの姿でさえも。
パニックに陥る彼女の肩を、誰かがポンポンと叩いてくる。
「ひっ!だ、だれっ!?」
思わず身構える春名を、力強い腕が、ぎゅっと抱きよせる。
「大丈夫だ。無事にログアウトできた」
クレイの声だ。
いつも通りに落ち着いて、冷静な。
続けて視界が晴れたかと思うと、春名は、そこが自分の部屋だと認識する。
クレイの背中越しには、明々と照らされたモニターが見える。
パソコンのモニターだ。
――そうだ。
ゲームの世界へ入る直前、ネットで何か調べ物をしていたのだった。
それが気がついたら真っ白な空間へと飛ばされて、さらにゲームの世界へ入ってしまった。
「全部、夢、だったのかなぁ……?」
モニター右下の日付を見ると、ゲームに入り込むよりも、ずっと前。
約一年ぐらい前の日付が表示されている。
ゲームで一年過ごした感覚は、現実では一秒にも満たなかったのか。
しきりに首を傾げる春名を腕の中から解放すると、クレイは、にっこり微笑んだ。
「家に籠もりきりは、よくない。明日は俺と外に出かけよう」
「え、どこへ?」
「どこだっていい。どこか二人きりになれる場所で、春名と二人だけで遊びたい」
二人っきりを強調され、自然と春名の頬は赤らむ。
クレイは、そんなに春名と二人っきりになりたかったのか。
思えば、ネットゲームの中でも二人きりの空間は難しいものがあった。
常に誰か別の友人が春名とクレイの側には、いたかもしれない。
それが嫌だったのだ。クレイは。
じっと懇願の眼差しでクレイに見つめられ、春名は真っ赤になりながら力強く頷いた。
「うん!明日は二人だけで、いっぱい遊ぼうね!」


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