己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


クレイ&春名

いくら坂井が雑魚を無視して先に進みたいと思っていても、雑魚が、そう簡単に彼の進行を許してくれるわけがない。
パーティは早くも雑魚に捕まり、葵野が無惨に命を散らそうかという時、横から高レベルパーティーが救いの手を差し伸べてくれたのをきっかけに、大人数で団子になって奥へ向かう。
「全員でパーティー組んでいるみたいで楽しいね♪」
ナナがはしゃぐのへは、高レベルの誰かが受け応えた。
「レイドイベントだと、よくこういう状態になるから、レベルあげしたい時は積極的に参加するといいよ」
「そうなんだぁ。あっ、フレ交換いいですか?」
要領よくフレンドを増やす彼女を横目に、坂井も葵野と話している。
「なんだ、固まって倒しても経験値は個別で入るのかよ。だったら作戦変更だ、雑魚は常に全滅させて奥へ向かう」
「え、えぇぇ……俺の精神力のことも、たまには思い出してよ?」
「大丈夫だよ」と、横から別パーティーのビショップが会話に混ざった。
「傷なら私達で治してあげられるし。君は、どちらかというと回復より補助をかけてくれると嬉しいかな」
「あ、はい」
人数が増えれば増えるほど、死亡率も低まる。
最上級と聞いた時は決死の想いだったが、こうやって何十人ものプレイヤーと一緒に歩いていると遠足気分のようだ。
現れる雑魚は、クレイが剣をふるう暇もなく高レベルのプレイヤーが倒していく。
ハリィ&グレイグとの狩りを、不意に思い出した。
だが、あの時と違って、今の仲間はクレイにも活躍の場を残してくれるターンがあった。
一発で倒し損ねて、モンスターの体力バーが、ちょっぴり余った時などに。
それでもフィニッシュを決めると春名を含めた全員から祝福されるので、クレイも、まんざらではない。
こうやって気分良く狩りをさせてくれたなら、あの二人に嫌な思いを抱くこともなかったであろう。
「えぇと、あと何階でボスかな……」
熟練者の何人かがマップを開いている。
「その地図、どこかで売っているんですか?」と春名が尋ねると、彼らは快く教えてくれた。
「いや、非売品。ここのモンスターがドロップするんだ」
ご丁寧にドロップするモンスターを教えてくれる者もいて、至れり尽くせりだ。
彼らの情報によると、マップは入るたびに違うものが形成されるらしい。
そのたびに地図を分捕らなければいけない。
「最上級は全部で20階あるからね。少し急いでいく?」
「いや、ここは徹底的に稼いでいく」と、坂井。
「あ、じゃあ俺らは、ここで」と何組かが別れを告げて、先に歩いていった。
「あの人達、大丈夫かな……」
心配する春名に、ビアノが至って気楽に言う。
「大丈夫でしょ。たぶん、何度も周回しているんじゃない?」
「そうだね」と、熟練プレイヤー。
「今回のレア装備は周回しないと出ないし」
「レア装備?ボスがドロップするのって、チョコレートじゃありませんでしたっけ」
ナナが驚き、「チョコもあるけど」と先ほどの熟練者が続けた。
「チョコより装備のほうが重要だし。かくいう僕らも、そっちが狙いでマラソン中なんだけどね」
今回のイベントダンジョンはチョコのみならず非売品のレアドロップや経験値も多く、それで賑わっているのだった。
「はぁぁー……皆、どこでそういう情報を仕入れてくるんだろ」
ナナの独り言にも、誰かが反応する。
「そりゃあ、先に入った人達のクチコミとか、SNSとか、攻略wikiとか?」
SNSと攻略wikiが何なのかは判らなかったが、クチコミならクレイにも判る。
人の噂話か。
街での情報収集は重要ということだ。
「何度も入ってるってことは、チョコはもう取れたんですか?」と、ナナ。
「いっぱいあるよ」と答えたプレイヤーが、鞄の中身をチラリと見せる。
鞄の中に、ぎっちり詰まったチョコを見て「あたしに一個ちょうだい!」と、はしたなくビアノがせがむも、「あげてもいいけど、他の人にはあげられないよ?それともキミ自身が食べたいの?」と笑って聞き返され、ガクッとずっこけた。
「何それ!なんで他の人には、あげられないのよ〜っ」
「最初に取得した人にだけ、他人へ渡せる権限が与えられるアイテムだよ。そういうのって装備にも多いから、誰かとトレードする時は気をつけてね」
さすが熟練プレイヤーは、何でもご存じだ。
今日ここに来ただけで、多くの情報を仕入れられた気がする。
春名を手伝って正解だった。
クレイが一人で満足していると、別パーティーの女性が、こっそり話しかけてきた。
「ね、あなたもチョコが狙いなの?」
クレイは首を真横に振り、「違う」と答える。
「なら、装備狙い?」
「春名を手伝いに来た」
目線で春名を示すと「ふぅん……」と相手は何事か考えていたが、すぐに聞き返してくる。
「あの子、あなたの恋人?」
コクリと頷いておく。
「あの子にチョコを渡す気はないの?」
もう一度コクリと頷くクレイを見て、さらに突っ込んだ質問が飛んでくる。
「あらそう。もしかして、もうやっちゃった仲なのかしら?」
やっちゃったとは、何をやっちゃったのだ。
大体、春名との詳しい間柄を何故こいつに話さなければならないのか。
クレイは疎ましそうに女性の側を離れ、春名の背後にピッタリ寄り添う。
気配に気づいて、春名が振り返った。
「どうしたの?クレイ」
「いや……」
なんと答えるか迷っているうちに、先ほどの女性がクレイの耳元で、ねっとりと囁いてきた。
「イベントドロップのチョコは、食べさせた相手を意のままに操れるんだけど。それでも、いらないの?」
ぶんぶんぶんっ!と勢いよく首を振るクレイから、すっと離れて女性が含み笑いをする。
春名も不快に思ったのか「何?あの人っ」と嫌悪感をあらわに、クレイへ尋ねてきた。
クレイは「判らない。妙な話ばかり俺にしてくる」とだけ答え、先ほどの情報を頭で読み返す。
どういうことだ。
チョコレートとは、ただの食べ物ではなかったか?
食べた相手を意のままに操るなんて、恐ろしいシロモノだ。
そんなものを春名は欲しがっているのか。
否――彼女は、どんな効果があるのかも知らないで探そうとしていたはずだ。
どうする。
春名に、教えるか否か。
しかしダンジョンへ入った後で尋ねるというのも、気が引ける。
いらないものだったら、わざわざ、ここへ入った意味がなくなってしまう。
まずはボスを倒してチョコレートを入手してから、尋ねるとしよう。
出なかったら、そこで尋ねてもいい。
春名に、このような邪悪なシロモノを使わせてはいけない。
だが――
「春名」
「なに?クレイ」
「春名はチョコレートを入手したら、誰に渡すつもりでいた?」
確認は必要だ。
クレイの質問で春名の頬は瞬く間に真っ赤に染まり、彼女は、ぐびびっと喉を鳴らして、数秒置いてから答えた。
「そっ、それは、もちろん……く、クレイに、だよ……?」
ただし最後のほうは、えらく小さな声で。


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