己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


クレイ&春名

ゆっくりと、だが確実にクレイと春名のレベルは上がり、やっと第一次転職を終えた頃には二人のフレンドも数が増えて、イベント参加できるまでになっていた。
「ね、クレイ。バレンタインデーだって。一緒に参加してみる?」
イベント告知を見上げながら、春名が言う。
クレイも告知を一瞥し、続けて春名の横顔を見た。
バレンタインデー自体は知っている。
好きな人にチョコレートをあげたり貰ったり、三月には、お返しをするお祭りイベントだ。
だが、このゲームのバレンタインデーは現実のイベントとは多少異なり、一ヶ月に渡って開催される。
さらに、チョコレートを入手するには店頭で購入する方法とダンジョンで拾ってくる方法の二種類があった。
一緒にやろうと誘うからには、春名も特別なチョコレートが欲しいに違いない。
気合いが入っている。
是非、手助けをしてやりたい。
クレイは一も二もなく頷いた。
「一緒に行こう」
「うん!」
「春名、クレイ、バレンタインダンジョン行くの?」と声をかけてきたのは、フレになった女性の一人だ。
名を、ナナという。
傍らには別のフレ、ビアノの姿もあった。
「うん。年に一度のイベントだし、どうせだったら非売品を狙ってみようかと思って」
嬉々として話す春名に、ナナも同意する。
「判る〜。それに店売りとは違うって書かれているし、どんな効果があるかも楽しみだよね」
「もう、あげる相手は決まってんの?」と、これはビアノ。
春名は、ちらりとクレイを見上げた後、ほんの少し頬を赤らめて答えた。
「うん……一応」
「へぇ〜。あ、ちなみに何人?」
ニヤニヤ笑うビアノには、ナナが釘を刺しておく。
「そういうのは深く突っ込まないの。ね?春名。渡す時は二人っきりで、そっと……だもんね!」
「う、うん」
女の子だけで盛り上がっているのをクレイが微笑ましく眺めていると、ポンと肩を叩かれる。
振り向けば、人相の悪い青年が口元に笑みを張りつかせて立っていた。
初心者の街で知りあったクレイのフレンドで、坂井達吉という。
クレイ同様前衛職で、それでいて素手で戦うカラテカだから、ソルジャーのクレイとは得意な獲物が異なる。
レベルも大体同じぐらいで、活躍を取られることなく協力しあえる、よき戦闘パートナーといったところだ。
「よぉ、盛り上がってんな?お前らも例のイベントに参加しようってクチか」
無言で頷くクレイへ、なおも坂井が話しかける。
「俺達も参加予定なんだが、人手が足りねぇ。どうだ、お前ら、俺達と手を組むってのは」
「構わない」
春名と、それから坂井のパートナーは回復職だ。
回復は多ければ多いほどいい。
ビアノとナナも加えれば全部で六人。
最上級のダンジョンにも行ける。
「なら、行き先はトーゼン最上級で決まりだな」
ニヤリと笑う坂井へ、もう一度頷くと、クレイは春名の肩を軽く叩いた。
「何?クレイ」と振り向く彼女へ子細を話す。
「え〜っ?最上級!?」
騒ぐ少女達を尻目に、クレイは坂井へ再三頷いた。
「葵野にも連絡を取ってくれ。行くなら早いほうがいい」
「おっ、やる気満々だな。よっしゃ判った。すぐ連絡するから、ちょっと待ってろ」
やる気満々なクレイに「ちょ、ちょっと待ってよ、クレイ!」と春名が叫ぶも、ナナが声を被せてくる。
「大丈夫だって、春名!あたしとビアノもいるんだし。それに六人マックスパーティーなら、最上級でも、そうそうやられないから安心して」
初めて行くダンジョンだろうに、何故か自信満々だ。
これまで一度も高位ダンジョンへ行ったことのない春名は、まだ信用できない様子でおっかなびっくりであったが、葵野と合流して、さぁ行くぞとなった時には、すっかり開き直っていた。
「が、がんばろうね、クレイ!怪我したら、すぐに治してあげるからっ」
気合い入りすぎでガチガチな彼女に、ビアノの暢気な声が飛ぶ。
「アハハ、春名が戦うわけじゃないから平気よぉ〜。ね、クレイ。あたしと春名を守ってよね♪」
クレイはコクリと頷き、「さぁ、行くぜ?」と坂井が号令をかけ、一同は坂井の用意した転移札で一気にダンジョンの入り口へと転移した。

イベント限定ダンジョンは全部で四段階に分かれている。
レベル1から20までの初級、21から40までの中級、41から60は上級。
61以上が最上級だ。
本来なら中級が適正レベルの春名が、最上級と聞いて怯えてしまうのも無理はない。
だが実際に入ってみると、ダンジョンの内部は混戦状態であった。
「他のパーティが戦っているモンスターを攻撃しても経験値が入りやがる。アイテムはドロップしねぇけど、いいレベル稼ぎになるってもんだ」
それで最上級へ行きたがっていたのだ、坂井は。
以前より戦闘が好きだと言っていたし、傍らで青くなっている彼の相棒とは大違いだ。
「ね、ねぇ、一撃でもくらったら死んじゃうんじゃない?やっぱり上級にしとこうよ」
ダンジョンへ入った後で今更な泣き言をもらす葵野へは、ナナの叱咤が飛んだ。
「駄目よ。転移札って高いんだから。坂井がせっかく買ってきてくれたのに、無駄にする気?」
リタイア可能だが、ナナの言うとおり札を一枚無駄にしてしまう。
出るにしても、ボスを倒して出た方が絶対に得だ。
「ボスレベルは?」
クレイの問いに坂井が答える。
「75。けどボスのフィールドはレイド戦だってよ。皆で仕掛けりゃ怖いもんもねぇってな」
どこまでも勝ち気な坂井は頼もしい。
適正レベルではないと知って、内心尻込みしていたクレイは己を奮い立たせる。
春名が一緒のパーティにいる限り、自分に敗北は許されない。
慎重に、且つ冷静に戦わねば――
「出たぞッ、レアだ!」
誰かが叫び、一斉に視線がそちらへ集中する。
ダンジョン内にはレアモンスターが何匹かいて、そいつらを倒しても特別な報酬がドロップするのだとか。
レアモンスターへ殺到する高レベルプレイヤーを横目に、坂井が先を促した。
「雑魚は、ほっといていいだろ。奥にいる強いのを手助けするぞ」
「え、で、でも、足手まといになっちゃわないかな……?」
ビビる春名の手をナナが取って、励ましてやる。
「大丈夫だって!皆、自分より弱い人には優しいんだから。特に春名は回復だし、ばんばん治してあげれば喜ばれるんじゃない?」
ビショップの春名が経験値を得るには誰かの傷を癒すか攻撃魔法を唱えるか、この混戦状態での回復は、うってつけの職とも言える。
ただし回復職は敵に狙われやすくもあるから、彼女を守る盾が必要だ。
春名の真横にぴったり寄り添い、クレイも奥へ歩き出す。
背後にも気を配らねば。
途中で彼女が死んでしまっては、ここへ来た意味がない。
春名は自力で、チョコレートをドロップさせなければいけないのだ。
チョコレートを、自分の所持品とする為には。
無論、復活の呪文は葵野も春名も覚えている。
しかし――
「いいか、葵野。俺の側を離れるんじゃねぇぞ。一度でも死んだら、入り口に戻されっからな」
春名と同じぐらいビクビクする葵野の手をしっかり握り、坂井が言い含めている。
そうなのだ。
イベント限定ダンジョンでは、一回の死が命取りとなる。
途中復活は出来ない仕様であった。
ノーミスで勝利を勝ち取った者だけが、チョコレートを戦利品と出来るのだ。


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