己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


クレイ&春名

「も〜、クレイ、クレイってば!一人で、さっさと行っちゃわないでよ」
春名が駆け足で追いかけてくるのは知っていたが、クレイは振り返りもせずに歩いていく。
やっと立ち止まったのは、いつもの狩り場だ。
ここのところ、ずっとハリィやグレイグと一緒にパーティを組んでばかりで、クレイは全く楽しくなかった。
というのも、春名がハリィとべったりで話してばかりだったので。
本当なら、春名の前で格好いいところの一つや二つも見せてみたい。
なのにハリィとグレイグのほうが、ずっと高レベルな為、なかなかクレイに見せ場が回ってこない。
敵が出た!と思う暇もなくグレイグが倒してしまったり、ハリィの弓矢でトドメを刺されたり。
経験値は一律で入ってくるが、そんなものはクレイにとって有り難くも何ともない。
彼は春名に一言「すごいね!」と言ってもらえさえすれば、それで充分だったのだ。
「もぉ、クレイ!なんとか言ってよ」
追いついた春名へ振り返ると、クレイはようやく口を開いた。
「春名。今日は二人だけで狩りをしよう」
途端に春名のくちから空気の読めない発言が飛び出して、クレイの眉間には皺が寄る。
「えっ、二人だけで?大丈夫かな……ハリィさんかグレイグさんを呼んだ方が」
「二人は必要ない」
「で、でも、クレイに攻撃が全部行っちゃうよ?危ないんじゃないかなぁ。それに、ここは空飛ぶ敵が多いから」
「危なくなったら、すぐに退避する。戦闘は素人じゃない」
少々強い口調で遮ると、彼女は大人しくなった。
「うん……でも危なくなったら、すぐに逃げてね」
「判っている」
嘘ではない。
オフじゃ宇宙人相手に戦ってきたのだ、戦闘は素人ではない。
過保護に心配されすぎるのは、却って信頼されていないみたいで不愉快だ。
念願の二人っきりだというのに、クレイは無言の仏頂面で剣を構える。
春名も声をかけづらいのか、無言で杖を構えると、後方に下がって敵を待った。
――ガサッと微かな物音に、クレイの体が反応する。
「そこだ!」と勢いよく剣をふるったはよいが、思ったよりも重たい手応えに腕が引きつった。
なんだ、この重たい武器は。
剣など持たないほうが、余程身軽に戦える。
なにしろハリィ達とパーティを組んでから、一度も出番が回ってきていないのだ。
彼らに会う前は戦闘をしていない。
オフでは素人でなくても、オンは殆ど素人同然だった。
だが春名に啖呵を切った手前、泣き言は許されない。
重たい武器を振り回し、「でやぁっ」とばかりに勢いよく兎っぽいモンスターをぶった斬る。
ぶしゃっと潰れた兎は点滅して消えると、春名とクレイの両名に僅かな経験値を施した。
「今の、このエリアじゃ珍しい敵だったね?」
褒めるでもなく、春名が呟く。
「ちょっと、可哀想だったかも」
初めて倒した敵だというのに褒め言葉の一つもない上、倒したクレイが悪いみたいな言い方である。
これで気を悪くしない奴がいるとしたら、そいつはきっと、お釈迦様か聖人だ。
クレイは、ますます口をへの字に折り曲げて、頭上を睨んだ。
ここのエリアは空を飛ぶ敵が多い。
そう教えてくれたのは、ハリィだ。
奴は自分が活躍できるから、この狩り場へ春名をつれてきたに違いなかった。
奴の目論み通り空を飛ぶ敵は弓矢に弱く、弓矢無双で春名が狂喜乱舞したことは言うまでもない。
――思い出すだけでも、腹立たしい。
余計な下心に惑わされていたせいで、初動が遅れた。
「クレイ、上っ!」
春名の悲鳴で我に返るも一歩遅く、頭を鋭い嘴で突かれて、クレイは「うっ」と呻きを漏らす。
どろりと額に血が垂れてきた。
即座に春名は青くなり、口元を手で覆って泣きそうになる。
「やだ、クレイ……オフにしてないの!?」
オフとは、もちろん対人モードのオンオフだ。
オフにしていれば血は出ない。痛みも感じないし、剣の重たさも感じないはず。
戦闘へ行く前はオフにする。
それが四人の合い言葉だった。
なのに何故クレイは、オフにしていなかったのか?
それは戦闘に出る前、自分でオンに切り替えたからである。
オンの状態で何をやっていたかといえば、街で屋台の焼き鳥を食べていた。
教えてもらったのだ。
街でブラブラしていたアサシンの青年に。
対人モードをオンにしておくと料理を食べた時、よりおいしく感じることが出来るのだと。
オフの状態で食べてもライフや精神力は回復するのだが、何の味も感じないから食べる楽しみがない。
だがオンの状態で食べた焼き鳥は、本当に焼き鳥の味がした。
素晴らしい。
是非、春名にも教えてあげよう。
しかし春名と二人っきりになる機会は、なかなか訪れず、今日だって午前中はハリィが一緒にいた。
やっと二人になれたのは午後からで、その頃には対人モードの設定なんてクレイの頭から、すっぽりと抜け落ちていた。
否、ハリィのせいにしてはいけない。
忘れてしまったのは、自分自身のミスだ。
血が目に入って、視界がぼやける。
「クレーイッ!逃げてェ」
春名の悲鳴が耳を劈くがクレイは避けることもままならず、再び猛禽モンスターの攻撃を受けて、ふらりとよろける。
姿形は鷲なのに、鷲より数倍獰猛だ。
当たり前だ、そういう意図で作られたモンスターなのだから。
彼らは絶対手加減をしてこなければ、こちらへ好感を示すこともない。
見つかれば戦う、それしか選択肢のない相手だ。
先ほどの兎モンスターのようには上手くいかない。
「はぁっ!」とクレイが振り回した剣は空を切る。
上空へ逃げられては届かない。
ここではなく、もう少し敵の弱い狩り場へ行くべきだったか。
しかしハリィと比較するのなら、ここで狩るしかなかった。
奴は、ここで大活躍して春名に大絶賛されたのだ。
ハリィにだけは負けたくない。
春名を守るのは、自分だ――!
クレイの剣を易々とかわしたモンスターが、再び急降下してくる。
駄目だ、避けきれない。
死を覚悟したクレイの前で幾つもの手裏剣が飛んできたかと思うと、猛禽モンスターにブスブスと突き刺さる。
「グギャギャーッ!」とお馴染みの断末魔を残して、モンスターがかき消えた。
経験値が入って、クレイが1レベルアップする。
レベルアップおめでとうを言うのも忘れ、春名は手裏剣の飛んできた方向を見つめた。
クレイもまた、レベルアップの実感がわかないまま同じ方向を見やる。
岩の上に立つ黒ずくめの青年がいた。
「よっ。飛び道具もなしにロックバードのエリアに入るなんて、無謀にも程があるんじゃないのか?」
クレイに対人モードの活用法を教えてくれた、アサシンの青年だった。
「あ、あの、普段はレンジャーの人と一緒で……」
ぶつぶつ呟く春名を無視し、青年がクレイへ笑いかける。
「ファイターのレベルアップをはかるなら、もっといい狩り場を教えてやるよ」
今度はこいつが春名に大絶賛を受けるのだろうか。
警戒するクレイへ、青年が苦笑する。
「おいおい、何を警戒してんだ?安心しろよ、お前の活躍を取る気なんざ全然ないから。ファイターで効率よく稼ぎたかったら、ここじゃなくて平地にあるライカンウルフのエリアで戦いな。ここはレンジャー御用達狩り場だからな、飛び道具か魔法がないと話になんねーよ。適材適所、判るだろ?」
効率を重視したほうが、より楽に戦える。
スマートに敵を倒す方が、きっと春名も喜んでくれる。
道理に適っている。
彼の言うとおりだ。
クレイはコクリと頷くと「救助、感謝する」と、遅まきながら礼も述べた。
青年はニッと笑ってクレイの肩をぽんぽん叩き、小声で忠告する。
「あの子にイイトコ見せたいんだろ?だったら自分が活躍できるフィールドで思う存分戦うこった」
図星をさされてクレイが赤くなる――かというと、そんなことは全くなく、表面上は能面にクレイも小声で言い返した。
「忠告、それから助言も感謝する」
「なぁに。初心者には親切にしろって、先人にも教えられたもんでね」
別れ際、青年は龍輔と名乗り、クレイ、それから春名ともフレンド登録をして去っていった。
「クレイ、無茶しちゃ駄目だからね」
春名に回復魔法をかけてもらいながら、クレイはコクリと頷いた。
嫉妬に狂って状況判断できなくなっていたとは恥ずかしい。
春名にも気苦労をかけてしまった。
「判っている。二度と同じ過ちは繰り返さない」
クレイが微笑んだだけでも春名はポッと赤くなり、テレ隠しか少し俯いて呟いた。
「……良かった」
何が?と目線で問いかけてくるクレイへ、春名が答える。
「なんか、ずっと怖かったんだもん、クレイ。だから私、怒らせるような事しちゃったのかなって思って……気づかないで変なことしていたんだったら、ごめんね。でも、そういう時は、ちゃんと言って欲しいな」
言えるわけがない。
大人げなく、嫉妬していたなんてことは。
なのでクレイは黙って頷くと、ハイともイイエとも答えず、代わりに彼女を別の狩り場へ誘った。
「春名は悪くない。それより龍輔が教えてくれた狩り場へ行ってみよう」
おかげで春名は多少、消化不良。
「え?う、うん……」
結局クレイの不機嫌は何が原因だったのか、それすらも判らずモヤモヤしたまま、彼の後について狩り場へ向かうハメになった。


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