アミュ&クォード
イベント開始当日からフォーミュラーとクォードは八人同時プレイ周回に入り、マラソン総数が八十回を越えたあたりでアミュは飽きてしまった。仕方なく一人でサンタ勝負してみるも、贈る相手が同時プレイから出てこないのでは、ドロップを得ても虚しいばかり。
クォードとフォーミュラーは一向に、共闘に飽きる兆しが見えなかった。
イベント特設フィールドで噂を拾った限りだと、タイムランキングが接戦の大混雑だそうな。
なんで連日大人気なのかと言えば、ランキング一位に贈られる報酬が超激レアアイテムだという話である。
もっとも、クォードとフォーミュラーの狙いはアイテムではなさそうだとアミュは予想した。
二人は、純粋にお互いのタイムを競っているのだ。
どちらが勝っても負けても楽しそうで、一人蚊帳の外に置かれた事もあり、アミュは飽きたと誤魔化して抜けてきたのだが、イベント用電光掲示板には共闘プレイの開始と終了を告げるアナウンスが映し出される。
タイムアタックランキング上位に二人の名をみつけ、アミュは憂鬱に溜息を漏らした。
あの分じゃ、まだまだ当分飽きないだろう。
イベントで、もしかしたらラブラブフラグが立つのではないかと期待したが無理だった。
クォードは、あまり恋愛に興味がないのだろうか?
「雪が降ってきたな」
何十回めかのゴールで、クォードがポツリと呟く。
「ほんとだ」とフォーミュラーも空を見上げ、両手を握りしめて似合わぬポーズを取ってみる。
「素敵……ホワイトクリスマスね」
「なんだ?そりゃ」
「えっ、こういう時の鉄板台詞でしょ」
「ホワイトも何も最初から辺り一面真っ白だっただろうが、ここは」
「そりゃそうなんだけど」
クォードのマジレスに苦笑して、フォーミュラーが不意に真顔になる。
「クォードは、こういうの嫌い?」
「こういうのって何が?」
「や、だからホワイトクリスマス」
「別に」
質問の意味が判らず、クォードは素っ気なく返した。
「雪が嫌いか否かってんなら、好きでも嫌いでもねぇ。クリスマスに雪が降ったから、何だっていうんだ?」
「……そっか」
じっと見つめられているのに気づき、クォードもフォーミュラーを見つめ返すと、彼女は、ほんのり口元を緩ませて笑った。
「でも、雪景色の月夜は綺麗だって言っていたよね」
「何ッ!?」
いきなりの話題転換に驚く彼へも構わず、フォーミュラーは楽しげに続ける。
「ほら、覚えていない?二人で一緒に月を見た夜があったでしょう。私が『寒くない?』って聞いたら、君は『二人で寄り添っていれば大丈夫だ』って身をすり寄せてきて」
「ちょ、ちょっと待て!」
その記憶なら、確かにある。
だが、一緒に月を見た相手はフォーミュラーではない。
ついでに言うなら、ここ最近の記憶でもない。
遠い昔、一人の女を純粋に愛した頃の記憶だ。
けして誰かに汚されてはいけない、大切な思い出の。
慌てふためくクォードを見て、フォーミュラーが言った。
「まだ判らない?そうか、君は意外と外見に騙される男なんだなぁ」
かと思えば馴れ馴れしくクォードを抱き寄せ、上から覗き込んでくる。
「雄と雌に分かれた種族は、外見に惑わされすぎる。前にも、そう言ったと思うんだけどね。君は少し、気配で人物を認知する能力を鍛えたほうがいいな」
ここまで言われれば、フォーミュラーの正体もクォードに判るというもので。
「てっ、てめぇ!てめぇも来ていたのかよ、この世界に!!」
両手を振り上げ暴れるクォードを、がっちり抱きしめて、フォーミュラーと名乗っていた女――
いや、女に化けていたアシュタロスは豪快に笑った。
「あぁ。君がゲーム世界に取り込まれたと聞いてね、慌てて乗り込んできた。しかし入り込んだまでは良かったが、出られなくなってしまったよ。さて、どうするか」
「アホか!中に入らずして俺を取り出せば良かったんだろうが!!」
「それが出来ないから、わざわざ私も入ってきたんじゃないか……まぁ、とにかく通常の方法で出られない以上は、出られる方法を探す他あるまい」
アシュタロス曰く、ここは笹川の作った結界のようなものであるらしい。
時空移動と同じ要領で入る分には簡単だったが、出る事が出来ない。
ここを出るには、笹川の助力が必要であろう。
それにしてもと好奇の眼差しでアシュタロスに見つめられて、クォードは落ち着かなくなる。
「こうしてアザラックの面影を残しておけば、君は必ず食いつくと思っていたが、私との対戦中、君は実に楽しそうだった。あれは本音の笑顔か?」
「うるせぇな」
むくれるクォードの頭をヨイコヨイコと撫でてやり、手頃な丸太椅子へと移動する。
「本気で楽しんでくれたなら、結構。しかし私の正体に気づいていないとは意外だったな。まさか私の目に入らないところで、浮気でも楽しむ予定だったのかね?」
「う、浮気って!あんたと俺は、つきあってねーだろうが!」
なんとかして腕から逃れようと無駄なあがきを続けるクォードを、さらに力強くだっこしてやりながら。
「おや、心外だな。私は君の恋人のつもりでいたんだけど」
アシュタロスは丸太椅子へ腰掛けると、膝にクォードを乗せて、遠くの山脈へ目をやった。
よく出来た世界だ。
風の冷たさも、雪の柔らかさも再現できている。
遠くの景色ですら、うっかりすると、ここが現実ではないかと錯覚するほど綺麗に描かれている。
「……ホワイトクリスマス、君は興味ないようだが、私はあるよ。雪景色のクリスマスで君と二人、しっぽりしけ込みたいと思う程度には」
「つまるところシモネタかよ。あと、子供扱いすんなっ」
ナデナデする手を邪険に払いのけ、クォードが膝の上でクルリと向きを変える。
アシュタロスと向き合う形で座り直すと、不機嫌全開に苦情を申し立てた。
「なんだって、てめぇはすぐ女にバケたがるんだ?変態か?」
面と向かって変態呼ばわりされても、大魔族は屁とも思わぬ笑顔で応える。
「君が女性じゃないと愛せない、などと文句を言ってくるからじゃないか。これはサービスだよ。それとも何か?男性の姿の私でも愛せるようになったのか」
「愛してねぇ!」
「……けど、君は私の元から離れようとはしないんだね。私の依頼にも応じてくれたし」
再びナデナデギュッされて、クォードも、とうとう諦めたかして抵抗をやめた。
「そりゃあな、あんたのことは嫌いじゃないさ。愛してもいねぇけど。以前受けた恩もある。あんたが格上だから従っているんじゃねぇ。恩を返すまでのつきあいだ」
まだ表情は不機嫌そうであったが、クォードはぴったりアシュタロスに寄り添っている。
以前受けた恩とは、アザラックと過ごした時間を指しているのか。
ならば、クォードは自分の元を永遠に去るまい。
彼がアザラックと過ごした時間も、永遠の思い出なれば。
「クォード」
優しく話しかけると、クォードが片目だけ開けて見上げる。
「なんだ」
「スキー勝負は八十八勝で私の勝ちだな」
「まだ勝負は終わってねぇよ」と、身を起こしてクォードが挑戦的な視線を向けてきた。
「負けん気が強いね。まだやるつもりなのかい?」
ふんと鼻息を荒げてクォードが断言する。
「あとちょっとでランキング一位になれるだろ、俺とお前のどっちかが。それまでは辞めねぇよ」
二人だけで競い合っていたのかと思いきや、彼の視野にはランキングも含まれていたようだ。
素直に「驚いたな」と言葉に発し、アシュタロスは肩をすくめる。
あの天使、いや元神族と呼ぶべきか。
アミュとかいう小娘と同じく、アシュタロスもクォードは景品に無頓着だと思っていた。
「君はレアものに興味があったのかね?」
するとクォードは心底ばかにした目つきで、アシュタロスを睨んでくる。
「アイテムなんざ、どうだっていい。俺が関心あんのは、笹川の動きだ」
「笹川の?」
「あぁ。あんたの話を聞いて確信を持てた」
頷いた彼が言うには、この世界にはGMと呼ばれるプレイヤーが存在する。
プレイヤーでありながら、運営に近い者達だ。
これまでイベント上位に入賞した者だけが、彼らと接触している。
GMであれば、笹川を知るものがいるかもしれない。
このイベントで彼らと接触すれば、或いは出る方法も判るかも。
「でまぁ、あいつは色事にもデバガメ根性を持っているから、誰かとイチャイチャしながら上位に入賞すれば、きっと食いついてくるんじゃないかと予想したわけだが……失敗したぜ。まさかミュラの正体が、あんただったとはな」
チッと舌打ちを漏らす相手を、またしてもギュッギュと抱きしめて、アシュタロスことゲームネームはフォーミュラーが嬉々として言葉を繋いだ。
「いや、笹川を見つけるまでは私もこの格好で協力するよ。だから引き続き、ミュラと呼んでくれたまえ」