アミュ&クォード
あと1レベルで第一次転職――新たな目標のもと、戦闘に励む二人に舞い込んできたのは、イベントのお知らせであった。
昨日宿屋で寝ている間にアップデートなるものが完了して、戦争イベントが始まったらしい。
告知によると民間区、つまり街の中やユーザーハウスの建っている場所が戦場フィールドに切り替わる。
勢力はギルド単位。
ギルド同士で戦いあい、一番多くの領土を支配したギルドが優勝だ。
「面白そうじゃねぇか」
倒した数で報酬も出るというし、ただモンスターを倒しているよりは、ずっとやりがいがある。
クォードは、さっそくギルドを作ると仲間集めに出かけた。
例によって例の如くアミュが後からついてきたが、もう気にしないことに決めた。
フィールドを進んでいき、丘の上に見慣れぬユーザーハウスを見つけたクォードは表札を読む。
表札には『ダグー&ヴォルフのおうち』と書かれていた。
それを確認するや否や、クォードはバァーンと手荒く扉を蹴っ飛ばす。
乱暴な開け方には目を白黒させつつも、アミュも後に続いて見知らぬ人のハウスへおじゃました。
ベッドの中でもみ合っていた二人が、ハッとして身を起こす。
「クォード!?君もこの世界に」
年若い青年が尋ねてきたが、問答無用でクォードが切り出す。
「戦争フィールドが、この辺まで拡大してくるらしい。お前も手を貸せ」
「なーんじゃい、このチンチクリンは?」と、これは中年男性の疑問に「誰がチンチクリンだッ!」と反応してから、クォードは一つ咳払い。
「初顔がいるな。俺はクォードだ。そこのダグーとは、ちょっとした縁でね」
「そちらの美人さんは?」と、これは青年ことダグーの質問に、アミュが会釈する。
「アミュと申します。宜しくお願いします」
「アミュさんですか。俺はダグーって言います」
「あ、敬語じゃなくて結構ですよ。気軽にお話し下さい」
二人のほんわかムードをぶち破ったのは、クォードの更なる勧誘だった。
「お前のクラスはバードで、そっちのデカブツは肉弾戦か。なら、どっちも役に立つな。五秒で支度しろ。戦争フィールドに変更されたら、のんびり寝ている暇もなくなるぞ。ここは戦場になる」
有無を言わせぬ命令に、ダグーは困惑したようだった。
「え、ちょ、ちょっと、どういうこと?」
「告知を見てねぇのか?」
クォードが訝しげに尋ねると、ダグーは素直に「う、うん」と頷く。
アミュは説明してあげた。
先日のアップデートで戦争イベントが発生し、民間区にも戦争フィールドが出現するようになった。
具体的にいうと、街の中やユーザーハウスの建っている場所が戦場になるらしい。
参加したくない人は、どこかへ避難するしかない。
イベントは期間限定だから、そのうち解除されるだろう。
「あ、じゃあ逃げないと」と慌てて上着を着始めたダグーの腕を、クォードが掴む。
「何言ってんだ?お前らは俺と一緒に戦争へ参加するんだよ」
「え、でも俺は、戦いは苦手で」
下がり眉のダグーへ、アミュが重ねて説得に入る。
「でも戦争に参加して勝利すれば、フィールド解除も早くなりますよ」
「なるほど、そのイベントってのはフィールドを解除して回るのが目的か」
なにやら納得した様子のヴォルフに、クォードも頷く。
「報酬も含めて、な。フィールドを解除しないで勢力の色替えするってのもアリだが」
「……俺、悪い奴の味方をするのは、やだなぁ。できれば平和的に事を収めたいんだけど」
まだダグーは、ぶちぶち言っている。
よほど戦争には、参加したくないらしい。
そんなダグーを睨みつけ、クォードは言った。
今回はギルド戦だから、俺の作ったギルドに入って一緒に戦え――と。
ダグーとヴォルフは顔を見合わせる。
「ギルドか。入ろうとも作ろうとも思わなんだ」
「あ、だったらトレジャーハンターギルドを」
空気の読めない発言がダグーの口から飛び出し、クォードはこめかみを引きつらせる。
この野郎、俺がギルドに勧誘しているってのに別のギルドを新設するだと?
よほど無様に敗北して、地べたに這い蹲りたいらしい。
弱虫のくせして。
怒鳴りつける代わり、怒りを押し殺した低い声でクォードは強制した。
「お前らどっちもシーフじゃねぇのにトレジャーハンター気取りか?馬鹿言ってねぇで、さっさと勧誘を許可しやがれ。気にすんな、一時的な入会だ。戦争が終わったら抜けて構わねぇ」
「いや、気取りって」
ぶちぶち言うダグーと違い、ヴォルフの決断は早かった。
さっさとギルド勧誘許可を下すと、クォードの作成したギルド『魔力連合』に入ってきた。
「先輩、やる気満々だね」
しょんぼりするダグーへ、ヴォルフが小声で耳打ちする。
さらにはチュッとダグーの頬にキスするもんだから、見ていたクォードはドン引きだ。
男二人でベッドの中にいた時から、おかしいと思っていたのだ。
いくら仲が良くても、ダブルベッドに男二人で寝るってのは、ありえない。
もしかして、こいつら……いや、まさかな……
よからぬ想像に気分を害するクォードの前で、元気を取り戻したダグーがクォードへ頷いた。
「ん、じゃあ……俺も入るよ。よろしくね、クォード」
額に汗しつつ、クォードも頷き返す。
「あ、あぁ……ところで、お前らは」
「ん?」
ダグーとヴォルフの二人が首を傾げる。
その邪気のない瞳ときたら純粋そのもので、二人の関係を聞き出そうとする、こちらのほうが野暮に見えてくる。
クォードは喉元まで出かかった『お前らホモですか疑惑』を打ち消すと、話題を変えた。
「……いや、なんでもねぇ。行くぞ、ギルド本部キャンプへ移動だ」
「ここじゃ駄目なのかい?」と尋ねてくるダグーへは振り向きもせずに答える。
「別フィールドにあるんだよ、ギルド用キャンプってのが。そこなら会議中に攻め込まれる事もねぇ」
「ん、わかった。じゃあ五分で着替えるから待っててくれ」
もぞもぞとベッドからはい出した二人を見て、アミュがキャッと甲高い悲鳴をあげる。
ダグーとヴォルフは二人揃って、上から下までスッポンポン。
見事に何も着ていない。
やはり、やはり、こいつらは……
「あっ、ごめん!」
改めて女性の視線に気づいたダグーが、さっと股間を隠すが、隠した処で遅すぎる。
続けて「ばっはっは、そこのカレシのは毎日見ちゃいないのか?」という下品なヴォルフの質問にはビキビキと、こめかみに青筋を立ててクォードが答えた。
「俺達は恋人じゃねぇッ。いいから、さっさと着替えろ!そしてキャンプへ来いっ」
これ以上、男の裸なんか見ていたら目が腐る。
さっさと移動するクォードに、アミュも慌ててついてくる。
「あっ、ま、待って下さいクォードさぁん!」
全く、なんてことだ。
戦力になるかと思って誘ってみたら、ダグーのやつ、まさかマッチョとホモホモしていようとは。
だが、この際選り好みはしていられない。
イベント開始は、もうすぐだ。
二人の到着を待って二分経ち、五分経ち、そして十分が過ぎた頃。
「さっさと来いッッ!」
クォードは再び二人を急かしに行き、ダグーとヴォルフが渋々着替えるのを見届けた。