アミュ&クォード
「――おい、まだなのか?」苛ついた調子でクォードが急かせば、アミュは首を傾げて剣を二三度振る。
「すみません。どうも手に、しっくりと馴染まなくて……」
二人がいるのは武器屋。
量産型のロングソードでは、しっくりこないとアミュが文句を言うので、新しい装備を買い求めに来ていた。
一通り試着しても、彼女は首を傾げている。
この分じゃ世界中の剣を試着しても、しっくりくる武器はないだろうと思われた。
「すみません、もっと重たい剣はないのでしょうか?」
「あいにくと、うちの武器は今お出ししたのが全部でねぇ」
店長の髭親父が首を振る。
「そうですか……じゃあ、これを」
アミュが妥協して選んだのは、バスタードソード。両手持ちの大きな剣だ。
「へっへっへ、お嬢さんは美しいからオマケしておきますよ」
店長はいやらしいスケベ笑いを浮かべ、籾手をする。
店の従業員は、全てNPC――機械の動かす人形らしいのだが、なかなか表情が豊かだ。
NPCだのPCだのといったゲームシステムを二人に教えてくれたのは、ヘルプではなく、街にたむろっていた他のプレイヤーだった。
NPCだと知らずに「その話は、ちょっと私には判りません」を繰り返す案内嬢に掴みかかっていた、クォードを見かねて。
「わぁ、ありがとうございます」
あらかじめ用意された台詞だというのに、アミュは喜んでいる。
単純な女だ。
店を出て、クォードがポツリと呟いた。
「システムにない話題をふると答えられないってのに、余計な台詞は、よくしゃべりやがる」
「えっ?」
「NPCだよ。女にだけ安値で取引とか、そういう余計な真似を」
「あっ、そうだ!」
いきなりアミュが叫んだので「な、なんだよ」とクォードも驚く。
その彼の腕を取り、アミュが意気揚々と歩き出した。
「あなたのスキルブックも買わなきゃいけませんね。だいぶ使い込んでいますし、そろそろ すり切れたのでは、ありませんか?」
「いいっての」と腕を振り払い、クォードは足を止める。
「スキルブックは一度買えば充分なんだ。武器と違って消耗もしねぇし」
「あっ……そうでしたか、すみません」
途端にしゅんと大人しくなるアミュを、ちらりと横目でクォードは眺める。
なんだって、こんな天然アホ神族と自分が一緒にいるのか理解に苦しむ。
この世界に降り立った直後、こいつと遭遇したのだ。
嬉しそうに駆け寄ってきて「一緒に行動しましょう!」と大声で叫ぶもんだから、一気に注目の的になってしまった。
もちろん速攻でお断りして早足に立ち去ろうとするクォードを彼女は忠犬の如く追いかけてきて、初心者の街を出る際にもついてきて、結局なし崩しに同行するハメになった。
やたらしつこくフレ申請を飛ばしてくる彼女を、ひたすら無視してやったのだが、それでも全然こりていない。
何をどう気に入ったのか、アミュはクォードにつきまとい続けた。
街行く連中が振り返るぐらいだから、彼女は多分、神族でいうと美人の部類なんだろう。
あいにくとクォードの好みには、ちっともかすらない。
今だってクォードにつれなくされるアミュを、可哀想な同情の視線で男達が眺めている。
そんなにこの女がいいなら、誰かに押しつけてやろうか――と思ったが、やっても無駄だと考え直し、やめておいた。
やったところで、数日後には自分の元へ戻ってくる。
この女は、そういう奴だ。
アミュは、頼みもしないのに勝手に戦闘の援護もしてきた。
クラスはファイター。
元の世界では神レベルの強さを誇った彼女も、今じゃ、その辺の戦士と変わらない。
クォードはウィザードだ。
同じく強さは他の連中と大差ないが、魔法で戦う戦闘は得意分野だ。
どれくらい戦えば限界がくるのかぐらい、自分がよく判っている。
むしろベタベタ構ってくるアミュのほうが、戦闘よりも余程精神を消耗させられた。
「レベル34か……そろそろ転職ってやつが可能だな」
自分のプロフィールを開いて、クォードが確認する。
アミュもちらっと彼を見て、「転職場所は同じ処だといいですね」ぽそっと希望的観測を言ってみる。
だから、わざとクォードが「違う場所だといいな、俺としちゃあ」と意地悪に言ってやると、アミュはしょぼんと項垂れた。
「……でも、転職する時は教えて下さいね。道中、お守りいたしますから」
「結構だ」
ばっさり断り、クォードはスタスタ早足に歩き出す。
「あ、どこへ?」とアミュに尋ねられたって、クォードが答えるわけもない。
街の外へ向かっていると知り、アミュは買ったばかりのバスタードソードを背負い直し、急ぎ足で追いかけた。
一戦闘終わった後。
珍しく、クォードのほうからアミュへ話しかけてきた。
「ったく、ずっと思っていたんだが、今日こそはハッキリ言わせてもらうぞ。お前、邪魔なんだよ。いっつも目の前チョロチョロしやがって、気が散るし狙いをつけられねぇだろうが」
内容は思いっきりクレームだった。
それでもアミュは嬉しそうに頭を下げる。
「ごめんなさい。リアルでは、ずっとソロで戦っていたものですから……でも、パーティプレイにも慣れるようにしますね」
「何喜んでやがるんだ」
チッと舌打ちして、クォードは休憩に入る。
ウィザードの戦闘は精神力勝負だ。
慣れていない奴がウィザードをやると、あっという間に頭痛を起こして倒れるだろう。
クォードは元々魔族だったから、魔法を使うのには慣れている。
今のレベルだとモンスターを連続で300体ぐらい倒せば、疲労がマックスになった。
システムでいうところの『MPが切れる』というやつである。
「お前、何になるんだ?」
「えっ?あ!第一次転職ですか!?」
頭の回転は早いのか、クォードに何を聞かれたのか瞬時に理解して、アミュが答える。
「そうですねぇ。ナイトもいいんですが私は元々剣士ですから、ソルジャーになろうかと」
「ふぅん」
聞くだけ聞いて、あとは投げっぱなしの会話だ。
「クォードさんは、何に」と聞きかけて、アミュは自分で自分をシッと静める。
クォードは、すやすやと眠りに入っていた。
驚くべき寝付きの良さだ。
アミュが近くにいるというのに、無防備でもある。
いや、それだけ戦闘で疲れたのだ。
いくら限界が300匹退治とはいえ、本当に300匹退治することもないだろうに。
クォードは、どちらが似合っているだろうか。
ウィザードの第一次転職は、シャーマンとマジシャンの二択だ。
シャーマンは召喚系や補助系の魔法も覚えられ、マジシャンは、より攻撃魔法に特化したクラスである。
彼の性格を考えると、やはりマジシャンだろうか?
でもリアルでのクォードは使い魔をつれていた。シャーマンも案外似合うかもしれない。
いずれにせよ、転職したところで魔術師の体力は、たかが知れている。
「私が必ず守りますから」
クォードの頭を優しく撫でてアミュはそう呟くと、寝ている彼のほっぺたに、そっとキスをした。