2021・クリスマスif闇鍋長編

カップル限定クリスマスパーティ

7.幸せなひと時を

地下には、長いカウンターテーブルの前に小さな椅子が幾つも並べられていた。
ほんのり照明が灯り、微かな音量でクリスマスソングが流れてくる。
「バー、なのかな……?」
カウンターテーブルの向こう側に立つ人物が、こちらに気づいて軽く会釈した。
「ここまでの道のり、お疲れさまでした。部屋によってディナーがあったりなかったりしたのでは、ありませんか。こちらには一通りのドリンクとメニューが揃っています。この静かな空間でクリスマスの夜を、お楽しみください」
「その前に」と断って、クロトがカウンター越しに尋ねる。
「あんたは、ここが何処で誰が主催者なのか知っているのか?」
黒いエプロンを身に着けた黒髪の青年は「えぇ」と頷き、クロトを見つめ返す。
「ここは亜空間。どこにでもあり、どこでもない場所です。主催者はコードS……いえ、下界での名で笹川修一と呼んだほうが宜しいでしょうか。クリスマスを祝うにあたり一人では寂しいからと、カップルらしきペアを世界中から、かき集めたと聞いています」
「一人では寂しいってのは、その笹川ってやつがか?」
尋ねながら、クロトは眉間に皺を寄せる。
青年は頷き、真っ向からクロトを見つめて微笑んだ。
「あなた方には迷惑だったでしょうが……孤独に震えて聖夜を過ごす寂しい男の道楽に、もう少しばかりつきあってあげてくださると、私も嬉しく思います」
「寂しいなら寂しいで、そう呼びかければよかったんだ。召集のやり方が強引すぎる。なんで参加強制なんだ?」
しゅういちの疑問にも、青年は物憂げな視線を天井へ向けて答える。
「呼びかけて、はたして応じてくれるカップルが世界に、どの程度いるか……カップルはカップルだけで過ごしたいと思うでしょう。カップルではない、ごちそう目当ての卑しい貧乏人ばかり集まっても、それは主催者の望む状況ではありません」
「いや、なにも呼ぶのはカップルじゃなくたっていいだろ」
GENが突っ込み、青年は困ったように笑った。
「幸せな人々を集めて、自分も幸せな雰囲気を味わいたい……と、考えたのかもしれませんよ。ここに不幸せなカップルは呼ばれていない。そうでしょう?」
「あなたは、どうして此処に?主催者とは、どういったご関係なんです」
ジャンギの問いに、青年が応える。
「スタッフも強制で集められましてね、私もその一人です。かつていた世界では、黒田啓介……いいえ、K、と名乗っていました」
「K!Kって、あなただったの!?」と叫んだのは黒髪の、目元がぱっちりした少女だ。
「あ、でもKってだけじゃ、私たちの世界にいたKとは別人かもしれないし」
ぶつぶつ独り言を呟いて頭を悩ませる彼女の傍らに青い髪の青年を見つけ、Kが目を細める。
「いえ、恐らくあなたの知るKだと思います。私が生前に書いた手紙は読んでいただけましたか、ブルー=クレイ?」
コクリと頷くクレイ、それからKをも驚いた顔で交互に眺めた少女は、改めてKに問う。
「生前ってことは、やっぱり、あの時の爆発で死んじゃったんですか?」
「そう……ですね。死んで別の世界で生まれ変わったと申し上げておきましょう」とKは答え、皆に着席を促した。
「お疲れでしょう、座って話しませんか。私の知る限りでしたら、あなた方の疑問に多少なりとも、お答えできます」


カウンターチェアへ腰かけるなり、光一が話を切り出す。
「笹川修一って、どっかで聞いた名前だなぁって思ったら、そうだよ、所長だ。所長が前に一緒に仕事したって連中に、そんな名前の奴がいたんだ」
「じゃあ、あたしたちの世界の住民なの?」と成実は首を傾げてみせ、Kにも同じく問いかける。
「あれ、でも、さっきコードSとも呼んでたよね。もしかして裏の顔ってやつ!?」
すかさず「スパイ映画の見過ぎっしょ」と軽口を叩く光一を横目に、Kは面白そうに微笑んだ。
「裏ではありませんが、そうですね、コードSは彼が持つ別名です」
「で、そいつは今どこにいる?さっさと帰りたいんだが」と無情な一言を放つクロトをちらりと見やり、Kは首を真横に振った。
「知りません。彼は私を此処に配置して、どこかへ去っていきました。きっと、あちこちの会場を見て回るのに忙しいのでしょう」
それに、と付け足す。
「笹川に直接聞いたって、あのへそ曲がりが素直に答えるとは思えません。クリスマスパーティーは一夜限り。深夜零時で終了します。我慢して、お付き合い願えますか」
「あんた、主催者とは顔見知り以上の知り合いなのか」
なおも追及しようと聞きかけて、クロトは考え直す。
Kと笹川が知り合いだったと判ったところで、ここから帰る方法へは繋がらない。
今日は一日中、笹川はラブラブカップルのデバガメで忙しかろう。
Kも笹川の行き先に興味がなさそうだし、先ほどの辛辣な一言は彼を知るからこその忠告だ。
深夜零時でパーティは終了となる。壁にかかった時計を見やると、針は十一の文字を指していた。
「メニューって、どんなのがあるんだ?マンダライムの干し肉ジャーキーってあるか?」
カウンターテーブルに身を乗り出して騒ぐソルトへKが微笑んで返す。
「ここには、ありとあらゆるメニューが御座います。想い出の食事、故郷の料理、もう食べられない手作りの味……なんでも、ご注文下さい。あなたの記憶に併せて、ご用意いたしましょう」
「マンダライムは嵐の晩にしか採れない食材だぞ。そんなものまで用意できるのか」と呟き、しゅういちが腕を組む。
「……だったら、俺は光の森で食べられる料理を食べてみたい。食べたことがないんだけど、作れるか?」
「料理は注文者の記憶を辿って作りますので……未経験の味は、さすがに」と苦笑するKを見て、しゅういちは注文しなおした。
「なら、今の注文はキャンセルだ。ソルトと初めて一緒に食べたのは」
「イカソースのフライだ!」と、ソルトが叫ぶ。
「しゅういちが作ってくれたんだぞ?すっごく美味しかった」
「では、それをお作りしましょうか」
確認を取るKに、しゅういちは「材料を揃えてくれたら、俺が作るよ」と申し出る。
「材料はイカですか?それともイカをソースにした魚のフライでしょうか」と困惑気味なのへは「いや、イカをすり身にしてフライであげて、ソースをかけた料理だと思うんだけど」と過去に作ったはずの本人も、記憶が曖昧だ。
「やはり記憶を辿って復元したほうが早そうですね」と、K。
大きな皿をカウンターに置いて、数秒後にはソースのかかったフライがポンッと出現した。
「お待たせしました、ソルトさん。あなたの記憶にある、しゅういちさん手作りイカソースのフライでございます」
ナイフで切ると、白い断面が見える。
しゅういちの記憶通り、イカをすり身にして油であげた上に玉葱ソースをかけた料理で当たっているようだ。
「へー。海賊って割には手の込んだものを作るんだねぇ」
光一は感嘆の溜息を洩らし、成実も「うわぁ、美味しそう〜。これって、しゅういちさんのオリジナルレシピ?」と大絶賛。
皆の注目を浴びながら、ソルトが大きな口を開けて「いただきま〜す」とフライに齧りつく。
「えっ、ソルトが食べちゃうのか?それって、しゅういちのリクエストじゃ」とGENが突っ込むのへは、当のしゅういちが笑顔で遮った。
「いいんだ。俺の手料理だったら、ソルトに食べてもらったほうが嬉しいよ」
「まぁ、自分で作れるんだったら、帰った後にでも自分で作ればいいんだしね」
ティーガも笑い、全員の顔を見渡す。
「クリスマスはチキンだかターキーを食べるんでしょ?誰かが言っていたよ。この中で、どっちか食べたことのある人はいる?それを作って、皆でシェアしあおうよ!」
「あぁ、シェアか。いいね、思い入れのある料理を皆で分け合おっか」
あちこちで、そんな声が上がり、カウンターへの注文が飛び交う。
カウンターテーブルは大皿に盛られた料理でいっぱいになり、Kが指をパチンと鳴らす。
「カウンターだけでは手狭ですし、皆さん、それぞれのテーブルについて、お食事なさってください」
何もなかった周辺にテーブルと椅子のセットが次々と出現していき、カップルの人数分以上には座るスペースが揃った。
腰かけたカップルへKがドリンクを配ってまわる。
「アルコールが苦手な方も、ご安心ください。皆様の記憶を辿り、お好きな飲み物を、ご用意しましたので」
テーブルで囲まれた中央の床がパカッと開いて、ツリーと一人の男を迫り上げてくる。
大きな袋を担いで丈の長いローブを纏っているからには、サンタクロースのつもりなのだろう。
だがクロトたちが、これまでに見たサンタとは中身が違うようだ。
サングラスをかけた黒髪の大男で、やたら体格が良く、ガッシリしている。
服の色も異なる。
これまでのサンタは全員赤だったが、今度のサンタは青だ。
髭も長く、顎より下まで垂れ下がっている。
他で目につくのは長い杖だ。袋を担いだ手とは逆の手に杖を握っている。
「メリークリスマスだ、諸君!ジェド・マロースがプレゼントを持ってきてやったぜぃ」
「リュウ兄さん!?」と驚いて席を立ちあがったのは、青い髪の青年だ。
「ジェーッド、マロースだ!」と鼻息荒く叫んで、ジェド・マロースなる人物は袋からクマ柄のリュックサックを取り出した。
「良い子のクレイ、今年のプレゼントはリュックサックだ。お前、前に両手が空く荷物入れが欲しいと言っていただろ?」
「俺は、もう子供ではありません」と言いつつクレイは素直にリュックサックを受け取り、背負ってみる。
あつらえたかのように、リュックサックはクレイにピッタリなサイズだ。
「なぁに、良い子は大人になったって良い子なのさ。子ってのは子供という意味だけじゃねぇ。一つの命を指す言葉でもある」
ジェド・マロースはクレイの頭を撫でていたかと思うと、会場全体を見渡して大声で騒ぐ。
「おっと、だからといって悪い子に石炭を渡したりするほど、このジェド・マロース様は心が狭くないんだぜ?そういうのはサンタクロースの裏番長、クランプスあたりに任せときゃ〜いい。かつて悪い子だった大人諸君に、今もって悪い子な子供たち!お前らにだって欲しいもんぐらいあんだろ?脳裏に思い浮かべてみろ。俺がプレゼントしてやらぁ」
今一番欲しいものを思い浮かべるカップルたちへKが穏やかに話しかける。
「不老不死と永遠のお金持ちだけは推奨しない願い事だと言っておきましょう。不老不死はハードな生きざまです。友人知人が死んだ後も自分一人だけが生き続け、疫病や災害で人類が死に絶えた後も一人で生きていかねばならないのですから。永遠の金持ちにしても然り、必要以上の金は人を不幸にします。自ら強盗を呼び寄せてしまう他、信頼していた相手に裏切られる可能性も――」
「わ〜っ!やめてやめて、別のにするから」と叫んだ奴が何人かいたので、不幸は事前に退けられたようだ。
全員が願い事を思い浮かべたタイミングで、ジェド・マロースが袋からプレゼントを取り出してゆく。
「現金百万ぽっちでいいだなんて、お前は欲が薄いんだな。良い子の印だぜ」だの、「三十万のハンドバッグか、悪かねぇ。実用性は大事だろうが、見た目だって重要だよな。物の価値を見出すのは自分自身だってのを忘れんなよ」だのと言いながら、次々プレゼントを手渡した。
本当にハズレなしのプレゼントばかりだ。
現金もオーケーなら、ジロは、ここまでついてくるべきであった。
途中脱落した連中は、何もない部屋で零時まで過ごさなければいけないのか。可哀想に。
全員にプレゼントがいきわたった処で、ジェド・マロースが声高く宣言する。
「まだまだ、これだけじゃないぜ!メリークリスマスは零時まで続くんだ。その間、一人として不幸なカップルを出しちゃなんねぇ。いや、カップルだけじゃねぇ。一人でクリスマスを迎える奴らもだ。出て来い、途中で諦めた奴ら!お前らのクリスマスは、まだ終わっちゃいねぇぜ」
長い杖をブンッと振り回した直後、バラバラとジロやルリエル、デキシンズにハリィ、それから早期に脱落したはずのソロンや刃たちが空中から飛び出して、床に尻もちをついた。
「あいったたた……あれ?クロト」
きょとんとした顔でクロトを見上げるディノの尻には、相変わらずオナホールが突き刺さっている。
ずっと、あの格好のまま倒れていたのか。痛いなら抜けばいいのに。
「あぁっ、ここにもサンタがいるじゃねーか。サンタ何人雇ったんだ!?」と叫んでいるのは、良い子以外にはプレゼントをあげないと言っていた器量の狭い、あのサンタだ。
「サンタじゃねぇ、ジェド・マロース、だ!」
ジェド・マロースが再度自己アピールしてきて、サンタとジェドの違いとは何であろう。
どちらも同じ祭日に同じ行為を与えられた人物なんだし似た者同士で仲良くすりゃいいのに、とソルトは考えた。
二人いたら、プレゼントも二倍になって、いいことずくめだ。
もっとも――と、ソルトは独り言ちる。
プレゼントは一つで充分だ。一つだからこそ、貴重さが増す。
ソルトがジェド・マロースに願ったのは、自分の使用期限の延長であった。
せめて、しゅういちの寿命と同じぐらいまでは生きていたい。そう願った。
ジェドは暖かな笑みを口元に浮かべ、ソルトの耳元で、こっそり告げる。
「良い子のお前に吉報だ。正規品にゃ賞味期限がついているが、お前は幸か不幸か不良品、賞味期限は存在しねぇ。安心しろよ、しゅういちが死ぬまでぐらいだったら余裕で生き延びるぜ。あぁ、もちろん他の奴に調味料だとバレさえしなきゃ〜だが」
彼の言葉が嘘か本当かは大した問題ではない。
そうだと信じて生きる。それが大事だという話だ。
「え、欲しいもんくれるの!?だったら俺は金!永遠の金持ちになりたいッス」
欲望まみれに騒ぐジロの頭を黒装束の男が小突き、「永遠の金持ちと不老不死はNGだそうだぞ。適当な金額で我慢しておけ」と小言もオマケにつけて、ジロは渋々「何も貰えないよりはマシっすか……なら、ひとまず百万ゴールドで手を打っとくッス」と願いを申し出ており、百万というのは、ひとまずで人が願う一般的な金額であるようだ。
「叔父さんは何を受け取ったんス?」
興味津々なジロに尋ねられて、黒装束の男はポツリと答える。
「何も受け取っておらん。俺の願いはプレゼントでは交換できないものだからな」
確かに彼は何も受け取っていなかった。
他にも何人か受け取っていない者はいたが、ソルトのように物品では叶えられない願いなのだろう。
「え〜叔父さん無欲すぎ!たまには自分へのご褒美をもらったっていいんスよ?」
しつこいジロには、ルリエルがガツンと辛口で返す。
「ジロ、斬の願いは、あなたが依頼を手伝って戦うことだと思うわ」
「げふっ」と一言漏らしたジロは、それっきり大人しくなった。よっぽど戦いたくないらしい。
斬の願いも、いつかは叶うといいな、と思いながら、ソルトは意識をしゅういちへ戻す。
彼は熱心にローストチキンの作り方をKから聞き出していた。
しゅういちの得意レシピに今日のメニューが加わるのであれば大歓迎だ。
材料は判らずとも、シェアした料理は全てが美味しかった。
しゅういちが異世界へ行きたがる気持ちが、よく判った。異世界食道楽旅行なんてのも楽しそうだ。
勝手にしゅういちの心情を判った気分に浸りながら、ソルトは、まだ食べていない料理にかぶりつく。
十二時に終了するまで、腹いっぱい食べまくってやる。
はぐはぐ食べていたら、同じくハグハグがっつく目と目が合った。
「これーオイシかったヨ!オススメ!」と少女が目で示すのは茶色いシチューだ。
ソルトは目で頷き、同じく目でローストビーフを示した。
「俺のオススメは、アレだ!お前も食べてみろ」
「ウン!」
片っ端からガツガツ料理を食べながら、ソルトは、それとなく少女の格好を伺う。
ボロ雑巾みたいな服をまとった色黒の少女で、こんな子、どの会場で合流したのか記憶にない。
誰のパートナーなんだろう。彼女と似た年齢の子供も、ほとんどいないのだが……
なおも様子を伺っていると、少女が皿を持って先ほどの黒装束、斬の元へ歩いていく。
「斬ー!斬も一緒にタベヨ!アタシがこっちから齧るカラー斬は向こう側ネ!」
「うわー、モロにカップル意識してきやがったよ、このガキ」
思いっきりドン引きなジロをティルが窘める。
「そんな風に言わないの。アルだって、そろそろ色気づいたっていいんじゃないかしら」
「え〜?だって、まだまだガキンチョですぜ、こいつ。毎日冒険とか言って走り回ってばっかだし」
そこへ「ジロよりは恋愛を判っているわ」とルリエルのツッコミが入り、思わぬ追い打ち攻撃にジロは「うぇっ!?」となった。
ジロの余計な雑談などハナから聞く耳持たずで、アルは「ネー、一緒に食べヨ?端っこと端っこ」と斬を誘っている。
しかし斬は「結構だ。満腹なのでな」と、すげなく断り、覆面の隙間にストローを通した。
あれでドリンクを飲むつもりのようだ。
覆面が邪魔なら、取ればいいのに。
「ソルト、どうしたんだ?何か面白いものでもあったかい」
しゅういちに尋ねられてハッと我に返ったソルトは「いや。しゅういちが異世界に行きたい気持ちが、ちょっと判ったんだ」と答えて、しゅういちにピッタリ寄り添った。
異世界旅行も良かろうが、今はこうして、しゅういちの側にいるのが一番幸せだ。
一人参加だったクロトやデキシンズ、ハリィも皆の輪に混ざって騒いでいる。
このまま和やかなムードで零時になれば、何事もなくクリスマスが終わる。
Kや雇われサンタにトナカイ、それからジェド・マロースまで含めた全員が、そう思っていた。
そこに油断があった。

だから。

唐突な停電、そして一斉に抜けた床には全員が「ひえぇぇぇーーっ!?」と悲鳴をあげて転落していったのであった――

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