6.求めよ、されば得られん?
通路を抜けた先には、こじんまりした部屋が待ち構えていた。「ここは、何だろう……教会?」
奥の壁に巨大な十字架が掲げられており、その手前に祭壇が置かれている。
さらに手前にはマイクが立ててあり、その横には『汝の愛を告白せよ』と書かれた看板があった。
「ここでカップルならではの告白大会をしろって事か?」
四方の壁には次の部屋へ続く扉が見つからないし、なんらかの仕掛けがあるようにも見えない。
愛を告白するにしろ何にしろ、マイクへのアクションを要求されているとしか思えない部屋だ。
「え〜。しょうがないなぁ。そんじゃ僭越ながら一番目は、この俺が」
テレながらマイクの前に立ったのは、短髪の黒髪で猫目がかった少年だ。
『倭月、いつもサポートありがとう。俺とお前はペアでタッグ、一生かけて愛してるぜーッ!』
「え?倭月ちゃんは、お前の妹だろ。それで愛しているって……」
すかさず突っ込んだのは少年の知人と思わしきバンダナ青年だ。
「愛していると一言で言っても色々あろう。家族愛であったり兄妹愛であったり」
やせ細った青年がボソボソ解説する中、猫目の少年は、さらっと言い返す。
「異母兄妹だから愛し合っちゃ駄目って法律は、ないでしょ。俺は倭月を一人の女性として、愛している!」
「そりゃあ、法律ではないけど社会の暗黙ルールで近親相姦は」
なおも突っ込んでくるバンダナ青年の相方をも、猫目少年は「社会の暗黙ルールなんて関係ないね。大体、俺達エクソシストは隔離された都市に住んでいるんですぜ?下界のルールに併せる必要が何処にあるってのさ」とバッサリ返して黙らせた。
「ティーガ、お前はそれでいいかもしれんが倭月ちゃんの世間体を考えてみろ。なぁ倭月ちゃん、きみだって」
まだ諦めきれないのかバンダナ青年の説得は猫目少年の相方へ向けられたが、倭月はティーガを見つめて「お兄ちゃん素敵……カッコイイ」とノロケるばかりで聞いてもいない。
これには周囲のカップルも「愛は盲目だぁね」と苦笑気味に見守るしかなく、バンダナ青年は、がっくりと肩を落とす。
「……まぁ、いいや。ティーガ、お前と倭月ちゃんが幸せなら、俺が苦言する必要なんてないのかもな」
しかし「そうそう。GENさんは他人の恋より自分の恋を片付けなよ」と調子に乗った後輩の発言には、顔を勢いよくあげて「俺の恋って、誰と!?」と叫んだ。
「誰とって、一緒に居るカノジョが、そうじゃないの?」
別のカップルにミズノを指さし突っ込まれて、GENは泡を食う。
「いや、ミズノとは恋人じゃないよ!?なんでか一緒にいたけど!」
途端に「ひっどぉ〜い!」と声を揃えて、女性陣からはブーイング。
よく見ると、ブーイング軍団の中にミズノ本人もいるではないか。
「ひどいわ、GEN。私はあなたが好きだからこそパートナーへのお誘いを許可したってのに、あなたにとっては私なんて使い捨てのコマでしかなかったのね」
予想外なタイミングでの告白に周りはヒューヒューと口笛で冷やかし、GENは額に汗して言い訳する。
「そこまでは言ってないだろ?信用できる相手だから、誘ったんじゃないか」
「あら、じゃあSHIMIZUやSAKURAちゃんは信用してないの?」
「あの二人には既にパートナーがいるだろ!?」
「知っている?パートナーって相性が悪ければ、いつでも変更していいのよ」
この口喧嘩、どう見てもGENに分が悪い。
パートナー申請をしたのはGENが先のようだし、この際二人の関係は何なのか、はっきりさせたほうがいいのではないか。
痴話喧嘩の見物に回ったカップルとは別に、二番手がマイクの前に立つ。
「アリア・ローランドと申します。終戦後リオ・マンダと結婚して、一つの家庭を築きました。リオ、これからも兄様の妨害には負けず、二人で愛を育んでいきましょうね」
マイクを通さずとも良く響く声に誰かと思って見てみれば、デキシンズに胸を揉まれていた少女ではないか。
人妻の胸を揉むとは重ね重ね許せない痴漢だ。だが、その痴漢はついてきていない。
「デキシンズか?来た時と同じ通路に入って前の部屋へ戻っていったみたいだったぞ」とはクロトの証言。
何をしに戻ったのかは判らないが、もしや奴は隠し通路を幾つか知っているのではあるまいか。
デキシンズの身柄を確保しておかなかったのを、原田は密かに後悔した。
「二人は夫婦だったのか。苗字はどっちで統合したの?」と別カップルに問われ、アリアが笑顔で答える。
「はい、苗字は景見で」
ローランドでもマンダでもない新苗字が飛び出して驚く人々に、アリアが言うには。
「私達夫婦の収入が安定するまで、該さんのお宅に御厄介することになりまして。それで、その間は家族扱いになりますから、景見の苗字を名乗らせてもらうことになります」
「そうなんだ。いい人が知り合いにいてよかったね」
皆に祝福されて、アリアは嬉しそうだ。
旦那はヒモなの?なんて、ぶしつけな質問をする無粋な奴がいなくてよかったとリオは密かに安堵する。
一応彼の名誉にかけて言っておくと、リオはヒモではない。
ただ、勤め先の主人が引退してしまったので、今後は収入減するという話だ。
ローランド研究所とは別に、二人で研究所を立ち上げようと考えている。
その為にも、しばらくは副業生活が続くだろう。景見家は下宿先のようなものだ。
なごやかなムードの中、三番手がマイクの前に立った。
『俺の恋人は、しゅういちだ。結婚……は、してないけど、病める時も健やかな時も、ずっと一緒にいると誓ったんだ!しゅういちは生涯誰にも渡さないし、俺も誰かに浮気したりしない。しゅういち、愛しているぞ!』
ツンツン頭の少年が元気よく叫んだ直後、いっせいに拍手が沸き上がる。
「ソ、ソルト。……ありがとう」
周囲の拍手効果もあってか、愛の告白は銀髪の青年しゅういちの両目に涙を浮かばせた。
「しゅういち?何しゅういちっていうの?」とティーガに尋ねられて、ソルトが首を傾げる。
「ん?しゅういちは、しゅういちだぞ」
「や、そうじゃなくて。苗字、なんていうの?」
恋人なんだから当然知っているかと思いきや、ソルトは「しゅういちに苗字なんかあるのか?」と元気よく質問で返し、なおも持論で締める。
「けど、俺も苗字がないから大丈夫だ」
「え?苗字がなかったら、色々大変じゃない?郵便とか」
首を傾げるティーガに力強く断言したのは、先ほどまで痴話喧嘩で盛り上がっていたGENだ。
「苗字がなくても平気な世界なんだろ、二人がいるのは」
GENの推理を裏付けるように、しゅういちも頷く。
「まぁ……俺達は海賊だから、苗字なんて、あってないようなものだね」
しゅういちの苗字は一応、実家の上ではアンバーということになろう。
しかし、その苗字だけは絶対に名乗りたくない。
しゅういちの人生を狂わせた張本人にして、異世界で大罪を犯した奴の苗字など。
「海賊なんだ!すっごーい、全然そうは見えないね」
女の子達に驚かれて、しゅういちは頭をかく。
「よく言われるよ」
始終なごやかなムードで、次々カップルが愛を叫んでいく。
それらを見物しながら、これって参加者全員が叫ばなければいけないのかなぁと原田は密かに考えた。
自分とジャンギは恋人じゃない、厳密には。
恋人宣言していないし、お互いに好きだと告白しあってもいない。
いや、ジャンギには好きだと告白されたのだが、原田のほうからは好きだと言い返していない。
原田もジャンギが好きだ。
けれど、なかなか言い出せない。
いっそ、ここで告白ついでに愛を叫んでしまってはどうか。
……恥ずかしい。無理だ、自分には出来ない。
原田はチラリとクロトの横顔を盗み見る。
せっかくペアを名乗る二人が現れたのに、クロトは二人とも前の部屋に置き去りにして来てしまった。
二人の事は、どちらも好きじゃなかったんだろうか。
視線に気づいたのか、クロトが小声で尋ねてきた。
「お前も、全員が告白するだけで次の道が開かれるかどうか疑っているのか?」
考えてもいなかった問いに一瞬驚いたものの、原田は何とか答え返す。
「……あぁ。この中にはカップルじゃないペアも混ざっているだろうからな」
「そうだな。俺なんか一人だ。叫ぼうにも相手がいないぞ」
自嘲するクロトへ思いきって聞いてみた。
「どうしてディノやゾナを置いてきたんだ?一人が寂しいなら、どちらかとペアを組めばよかったのに」
「ゾナは頭数に入らない」と不機嫌に吐き捨てて、クロトが祭壇を睨みつける。
「……ディノも、以前のあいつだったら良かったんだが」
性格が変わってしまったので却下されたのか。
まぁ、いきなりベトベトケーキの上に押し倒してくるような相棒じゃ、この先も思いやられる。
話を戻して告白大会がトラップだった場合、正解の道は何処に隠されているのか。
クロトと原田は目立たない動きで、もう一度周辺の壁や床を調べてまわる。
やはり隠された扉や階段が見つからず、落胆する原田の耳に、とんでもない告白が飛び込んできた。
『まず断っておきたいんだが、俺と原田くんは恋人同士じゃない。けれど、俺が好きな相手には違いない。かつて恋人を失い、もう二度と誰も愛さないと心に誓った……そんな俺の前に現れたのが彼だった。一目見て心を奪われたよ。長年の決意が一瞬で崩壊する程に。たとえ恋人になれずとも、好きになってもらえなくても、寿命が尽きるまで彼を好きでいたい。彼には迷惑かもしれないが』
思わず原田は叫んでいた。
「迷惑じゃありません!」
部屋にいるカップル全員の視線が自分に集中するのを肌で感じながら、しかしマイクを持ってポカンとするジャンギへ向けて、原田は愛の告白への返事を出す。
「俺も!ジャンギさんが好きですから!大好きですから!!」
両目を瞑って、全力で叫んだ。
恥ずかしすぎて目が開けられない。
頬が熱い。頭から湯気が出そうだ。注目を浴びているから、なおのこと。
頬を撫でる温かい感触にジャンギが頬を撫でているのだと判っても目を開けられずにいると、ジャンギの声が優しく降り注ぐ。
「君は優しいから、俺に気を遣っているんじゃないかい?老い先短いオッサンに併せなくてもいいんだよ」
「オッサンだなんて」
目をパッチリ開けた先にあるのは、優しい笑顔だ。
ごくりっと唾を飲み込んで、原田はジャンギの労りを全否定する。
「オッサンだなんて、一度も思ったことないです。ジャンギさんは優しくて頼りになる教官で……俺の憧れです。俺も、あなたみたいな人間になりたい。そう思わせてくれる人生の手本です。いえ、それだけじゃない」
だんだん声が跳ね上がっていき、頬を真っ赤に火照らせながら原田は真っ向告白した。
「一人の人間として、あなたが好きです!あなたとキ、キスしたりとか、もっとエッチな妄想に浸ったこともあります……すみません。ですが!それほどまでに、あなたを求めてやまないんです。俺の心が、あなたを好きだと叫んでいる!」
「謝る必要はないよ」とジャンギは苦笑して、原田を抱き寄せる。
「俺だって君とのエッチな妄想の一つや二つ、したことぐらいあるからね。けれど、人を好きになれば当然だろう?もっと、その人を知りたい、もっと仲良くなりたい……体の相性を確かめたい。想いが深ければ深いほど、強く恋焦がれる。相手の全てが欲しくなる。原田くんが俺を真から、そのように想ってくれているんだとしたら、君を好きになった者としての冥利に尽きるね」
ぎゅっと抱き合う二人を見て思わず貰い泣きするカップルが出る中、何処からともなく重々しい声が響き渡る。
――汝、何を代償として愛を求めるもの也や?――
「だ、誰ナリか、いきなり」と驚いてティーガが部屋中を見渡しても、声の方角が何処なのかはハッキリしない。
「いや誰ナリって。なんだ、その言葉遣い」
GENに突っ込まれるティーガを横目に、原田を抱きしめたままジャンギが声高く答えた。
「俺の全てを代償にしてでも。原田くんと成就できるのであれば、残り人生が一ヶ月を切ったとしても後悔しない!」
ハッと顔をあげて、原田が泣きそうな目で訴える。
「そ、そんなのは嫌です!ジャンギさんとは長く過ごしたい。代償を払わないと駄目だというなら、俺の寿命を使えばいいんだ!」
「いやいや、それこそ駄目だろ。原田くんは重要な役目があるんだから。俺のほうが元々老い先短いんだ、使うなら俺の人生を」
二人とも譲り合いの精神で、話がまとまりそうにない。
焦れたのか、ソルトが会話に割り込んだ。
「代償なんて愛には必要ないだろ!二人揃って愛なんだ!!」
「そ、そうだとも。ソルトの言う通りだ」と、しゅういちも何者かの説得に加わる。
「もし代償が必要なんだとしたら、二人の生活とは無関係なものを差し出すべきだ。せっかく結ばれても幸せになれないんだったら、そんなのは愛と呼べない。愛する二人が永遠に結ばれる。それが真の愛だろう!」
「いいことを言うな」と黒装束の男が拍手で賛同し、何者かへ呼びかけた。
「代償はない。これが俺達の答えだ!さぁ、これに対して汝は何と返答するもの也や?」
「そうナリ、さっさと答えるナリ!」
「答えられないんだったら最初から聞くなナリー!」
「そもそも代償を選んだら、どうするつもりだったナリか!?お前に何の権限があるんナリ!」
会場全体がナリナリ連呼で盛り上がり、「いや、ナリって」と言葉尻に突っ込むGENなど、すっかり蚊帳の外だ。
――えー、ごめんなさい。出過ぎた質問でした。まさかマジレスで返されるとは……次、通っていいですよぉ。ぼ、ぼっちだからって熱愛カップルに嫉妬してなんか、いないんだからね!勘違いしないでよねっ――
先ほどの重々しさとは、うってかわって少々ヒステリック気味な声が響いたかと思うと、祭壇がズズッと真横に動いて下に続く階段を露わにする。
「ぼっちだったのか……」
ぽつりとクロトが呟いて、階段を顎で示した。
「まぁ、いい。次の道が出現したぜ。行ってみるか?」
「もちろん」と頷いたのは、しゅういちだ。
「俺も興味がわいてきたよ。この大掛かりなパーティを仕掛けたのが誰なのかにね」
「さっきの声、ボイスチェンジャーじゃないかなぁ?声質が両方とも一緒だったよ」とは現代人、光一の推理だ。
傍らのガールフレンド、成実もウンウンと頷いて「もしかしたら、さっきの声が開催者だったりしてね」とクスクス笑う。
開催者がぼっちの僻みだろうと何だろうと、こうやって次から次へと移動するうちに最終的には会えるのではないか。
好奇心に駆られたカップルたちは、順番に階段を降りていった。