2021・クリスマスif闇鍋長編

カップル限定クリスマスパーティ

2.てっぺん目指せ!

秘密の抜け道を通って辿りついた先も、やはりクリスマスパーティ会場の一つであった。
見上げるほどの大樹が部屋の中央に聳え立ち、しかし先ほどの会場と似ている点は、それだけだ。
ここには、ごちそうもテーブルもドリンクバーも置かれていない。
そのかわり、大樹の根元には大量の箱が積み上げられていた。
どの箱もカラフルな包装紙に包まれて、リボンで結んである。
「ねぇ、知ってる?モミの木伝説」と、大樹を眺めていたカップルの片割れが語りだす。
まるでソロンたちが入ってくるのを待っていたかのようなタイミングで。
「モミの木伝説?」と男が尋ね、女が木の天辺を指さす。
「そう。あのクリスマスツリーを登って一番上に輝く星を手にすれば、願いが叶うってやつ」
ツリーとは大樹を指しているようだが、こうして見上げるだけでも天辺は遥か彼方。
気のせいか、うっすら霞がかっている。室内に設置されているはずなのに。
足掛かりになる枝が少なく、これを登り切るのは至難の業だ。
「……ロープ」と刃が呟いたので、ソロンは振り返る。
「ロープがあれば、昇り切れないこともない」
どこか確信めいた表情で頷くと、刃は相方のシズルを促した。
「ロープを探そう」
「え?ヤイバ、お前マジであれを登るつもりなのか」
ひょろんとした刃が、まさかのクライミング決意はシズルでなくても驚愕だ。
いや、もしかしたらシズルに登らせるつもりかもしれないが。
ここにあるのがツリーと箱しかないってんじゃ、天辺の星を取るのが次への鍵だと考えるのは当然だ。
「よーし、やってやるぜぇ!」と叫んだのは、シズルじゃない。
全く関係ない、それでいて先ほどの話を聞いていた別口カップルだ。
やる気満々に腕まくりをしているのが叫んだほうで、目つきは悪く筋肉質。
「がんばって、坂井!」と横で応援する相方は、目にも鮮やかな緑色の髪をした青年だ。
命綱もつけずにツリーを登るとは命知らずだが、まぁ、落ちたところで死にはしまい。
目つきの悪い青年は猿の如し身軽さで、ひょいひょい昇っていく。
「あっ、ずりー!星は一つしかないのに」と誰かが叫ぶ。
ティルが後ろを振り返ると、カップルが続々大樹の元に集まってきているではないか。
たちまち大樹の下は手にロープを持って枝に引っかけようとする者や、果敢に枝へ飛びついて登ろうとする者で溢れかえる。
「大変!私達も急がなきゃ」とティルに急かされて、ソロンは「誰が取ってもいいんじゃねェか?」と返したのだが、ティルは逆さ八の字に眉をつりあげて言い返してくる。
「駄目よ、脱出を目的とするのは私達だけかもしれないし。星は一つしかないのよ、つまり願いをかなえられる人も一人だけだわ」
「よーし、なら、ここは俺に任せろ」
ぺっぺと両手に唾を吐きつけて、シズルが枝につかみかかる。
ロープなしで登る気満々だが、次のとっかかりが見つからず、ぶらーんと枝にぶら下がるばかりだ。
「なんだシズル、お前、これまでの人生で一度も木登りしたことねェッてか」
無謀なシズルの挑戦に呆れつつ、ソロンは今一度、大樹を見上げた。
坂井と呼ばれた青年が軽々登っていった点を考えるに、枝ではなく幹にしがみつくのが正解だ。
かぎ爪があれば、もっと楽になるだろう。だが、ないものねだりで時間を潰す気はソロンにもない。
人混みを掻き分けて、部屋の隅まで歩いていく。
「あ、ちょっと、ソロン?どこ行くの!」
ティルの制止も無視して部屋の端まで移動した。
これだけ距離を取れば、助走は充分だ。
ソロンは一気に走り出す。
「うおぉぉぉぉ――ッ!」
ダンッと勢いよく床を蹴って、次の一歩で幹を蹴りつけ真上に飛び上がり、枝を掴んだ反動で更に上を目指す。
「おぉーーーーーーーっ!?」と真下でどよめく群衆が見る見るうちに小さくなり、更なる高みへと突っ込んでいった。
下で見上げても、もはやソロンの姿が目視できない。
「……これ、本当に天辺あるんだろうな?」
ぶら下がるのをやめたシズルがボソッと呟き、ティルも不安げな視線を真上に向けた。
灯りが地上に届く以上、天井はあるはずだ。ならば、大樹の一番上もあると見ていい。
ただし、その天辺に星があるかどうかは登り切ってみないと判らない。
刃は最初のカップルを目で探したが、酷い混雑の中で見つけることは叶わなかった。


ソロンの勢いが止まったのはクリスマスツリーの中腹辺りで、そこにはテーブルと椅子が置かれていた。
頼りなく見える細い枝が一ヶ所に寄せ集められていて、その上にテーブルと椅子が置かれているのである。
見間違いかとソロンは何度も目を擦ったが一向に消えてくれないので、これは本当に存在しているのだ。
椅子に腰かけて優雅なティーパーティを楽しむ人々が彼に気づき、話しかけてきた。
「お疲れさま。ここは中間ポイントだ、まずはお茶を一杯どうぞ」
「いらねェ」と無下に断り、ソロンは相手をじろじろ眺める。
お茶を薦めてきたのは水色の髪の毛に涼やかな顔立ちの少年で、背中に白い羽根が生えている。
対面に腰かけているのは白い羽根がお揃いで、恐らくは少年の相方と思われる桃色の髪の少女だ。
「なんで、こンな変な場所で落ち着いてやがるンでェ?」
「変な場所……ですか?テーブルと椅子が置かれているんですよ、休憩所と見るべきでは」と少女が小首を傾げる。
二人は空を飛べる種族だから、特に不思議と思わなかったのだろう。
お茶会に参加していたのは、もう一組いる。
そちらは羽根を持たない種族で、ソロンはもう一度同じ問いを彼らに投げかけた。
だが、彼らの答えも似たようなものであった。
「登ってきたら、ここに茶と菓子が用意してあったんだ。ここで休んでいけと言わんばかりに」
太い眉毛が凛々しい黒髪の青年だ。
真っ黒な着物を纏い、袖から伸びる腕は逞しい。
いや、しかし、テーブルと椅子と茶菓子があったからって素直に休む必要もないのでは?
対面に腰かける、パッと見で美人だと感じる顔立ちの女性は青年の相方か。
有翼種でもないのに一緒にお茶会していた辺り、前の会場にあった食事同様なんらかの誘惑力が働いているのかもしれない。
「お前ら、ここでリタイアかよ」と一応ソロンが尋ねてみると、四人は首を真横に「休憩しているだけです」と答えた。
黒髪青年は九十九と名乗り、紅茶を一気に飲み干す。
「休める時に休んでおくのが俺の信条でな。休まずに登っていった奴もいたが、どこかでへばっているんじゃないか?」
なるほど、それは一理ある。
ソロンとて勢いが止まってしまったから、ここで雑談に興じていたわけだし。
しかし休まず登っていった奴がいるんだったら、急がないと先を越されてしまう。
「俺ァ先に行くぜ。じゃあな」と四人に別れを告げて、ソロンは幹をよじ登っていった。

地上のカップルは気安く話していたが、実際に登ってみた感想は極限耐久レースだ。
だんだん幹を掴む腕に力が入らなくなってきて、やはり一旦休憩を入れるべきだったかと悩むソロンの目が真上に人影を捉える。
あいつは――そうだ、坂井と呼ばれていた奴じゃないか。
顔を真っ赤に染めあげて腕力で幹にしがみついているが、そこから一歩も進めずにいる。
「よォ、お先」と無情な一言を残して追い抜いたソロンは上空に広がる枝を目標に、一定のリズムで登っていく。
あれはきっと、次の休憩ポイントだ。
枝の間に勢いよく頭を突っ込んで、よいしょっと身体を引き上げてみれば、枝の上に乗っていたのは四角いリングであった。
「――は?」
思わず呆けてしまったが、目の錯覚ではない。
四隅にコーナーポストが立ち、ロープの張られたリングがある。
どうせ座って休むだけだから何があろうと問題なしではあるが、これは想定外だ。
リングがあるってことは、ここで誰かと戦わざるを得ない展開に持ち込まれるのではといった危惧がソロンの脳裏を掠め、はたして予想通りかリングの上から呼びかけてくる声があった。
「お前が次の挑戦者か。俺はチャンピンのジェナック=アンダスク!誰の挑戦も受けるし、挑戦を断るのも許さない!!」
戦いの一択のみとは、えらく独裁主義なチャンピオンである。
見るからに体力筋肉馬鹿を呈したムキムキ色黒ゴリマッチョで、片目が潰れている。
きっと山でゴリラや熊と格闘しているうちに負傷したんだろう。
灰色の髪の毛だが、爺さんではない。声に張りがあり、歳はソロンとそう変わらないのではないか。
「チャンピオン、お前は上に登らなくていいのか?」
ソロンが問うと、ジェナックは肩をコキコキ慣らして不敵に笑う。
「いいんだ。元々願いは一つしかなかったしな……強い奴と戦う、それが俺の願いだ」
さすがゴリマッチョ、脳味噌まで筋肉な返事だ。
相方らしき人物は、どこにもいない。
戦ってやってもいいのだが、素手でのタイマンは面倒だ。
というかゴリマッチョとの戦い自体が面倒だ。
ここまでの道のりを屁ともせず、嬉々として待ち構えているからには無駄に体力が有り余っているタイプだろう、こいつは。
一応、ソロンは聞いておいた。
「ここより上に登っていった奴は、どれくらいいる?」
「ここを抜けようとする奴は俺が全部倒したから、誰もいないはずだ」
そいつは好都合。
ソロンはニヤリと口角をあげて笑い返すと、上を見た。
相手が油断しているうちに逃げ出すに限る。
次の枝目掛けて飛び上がった直後、ジェナックが「逃げるつもりか?そうはいかんッ」と叫ぶのが聞こえた。
が、それよりも真っ白なキャンバス、いやさリングマットがソロンに覆いかぶさってきて「のわぁぁぁっ!?」と押し潰される。
逃げようがない。背後に足場がなく、視界を真っ白に塞がれては。
カンカンカーンと立て続けに金属音が鳴り響くのを、遠のく意識でソロンは聞いたような気がした……


ソロンがリングマットにK.Oされた頃。
地上では、ひっきりなしにツリーへ飛びついては滑り落ちてくるカップルで大混雑していた。
「これ、本当に登らないと駄目なのかなぁ」
ツリーを見上げてポツリと呟かれたジャンギの独り言に、原田は眉を顰める。
「どういうことですか?」
「いや、何も素直に登らなくても木を切り倒したり燃やせば簡単に星が取れるんじゃないかと思ってね。まぁ、登ることに意味があるのかもしれないから、今のは年寄りの戯言だと思って聞き流して――」
ジャンギの言葉は、近くにいたカップルたちの「マジ超名案!天才じゃね!?」だの「よーし、張り切って燃やしてみよう!」だのといった興奮にかき消され、あちこちで魔力が発生したかと思うと、ぼんぼん呪文が飛び交う騒ぎとなった。
これには「え?本当にやっちゃうの」と、言った本人が動揺だ。
呪文を唱えられる魔術師は意外や多く、初めは燻ぶっていただけの火が、やがてゴォッと勢いを増して大きな炎になっていき、ツリー全体に燃え広がる。
煙で燻されたり炎に下から煽られて「うわっちゃっちゃ!?」と落下した者は相方に受け止められたが、見えないほど高くまで登っていった者たちは、どうなってしまうのか。
それに、これだけの巨大な木が崩れてくるとなると、どうやって避ければいいのか。
「……これ、一旦戻ったほうが良くねーか?」
額に汗するシズルに促された刃は隠し通路に身を隠し、ツリーを見上げるティルへも声をかけた。
「ティルさん、あなたも此方へ」
返事がない。彼女は真剣な表情で、じっと真上を見据えている。
ソロンが落ちてきた時に備えて、動く気はないらしい。
今やツリーは真っ赤に燃え上がり、部屋中煙で真っ白だ。
誰かが通路に駆け込んできて、「失礼」とシズルの横へ座り込む。
その数は一人二人じゃない。何組か、この次に起きる危機を察して隠し通路の存在に気づいたようだ。
場所を空けてやりながら、シズルは真横に座った者を眺めた。
ティルではない。茶色がかった髪の毛の男性だ。
彼の反対側にしゃがみ込むのはツルツルに禿げあがった青年、いや、少年か?
しっかり手を握り合っている処を見るに、この二人はカップルであろう。
「燃え広がってしまいましたね……焼け落ちたら、部屋ごと火災になりますよ」
少年の不吉な予想に男が「そうならないよう、魔術を使える人々に水なり氷の呪文で消すよう呼び掛けておいたんだが……ちゃんという事を訊いてくれるかどうか」と答えるのを聞きながら、シズルと刃も、ことの成り行きを見守った。
前兆なく、突然だった。
突然、ツリーが音もなく崩れ落ちた。
会場内は悲鳴に包まれ阿鼻叫喚の地獄絵図――になるとシズルは予想したのだが、悲鳴が聞こえたのは崩れ落ちた一瞬だけ。
あとは静寂が続いている。
まさか燃えるツリーの下敷きになった人々は、一瞬にして灰になってしまったのか?
煙が完全に消えるまで、固唾を飲んで待ち続ける。
何処かで風の動きを感じた――と思う間もなく、煙が吹き飛ばされて。
「あっ!」と大きな驚きが、隠し通路に身を潜めていた人々の口から一斉に漏れた。
てっきり大樹に押しつぶされた夥しい焼死体が転がっているかと思いきや、五体無事な人々の姿がある。
未だ赤々と燃え続けるツリーは、ちょうど人々をぐるり一周囲んだ形で横たわっていた。
中央で呪文を呟いていた少女が、瞼を開ける。
途端に、わぁっと大歓声が室内を包み込み、少女の側にいたカップルたちが無事を喜びあう。
「すげぇ!見ろよ、全員生きてるぜッ」
興奮のあまり身を乗り出したシズルの隣では、茶髪の男性が「そうか、結界か!しかし、この大人数を守るとは相当な魔力の持ち主だぞ」と感嘆の溜息をつく。
ティルも無事だ。遠目に確認して、刃は安堵の溜息をもらす。
では、ソロンは――と人混みを探す刃の耳を「見つけたぞ、一番星!」との大声が劈いた。
星飾りを握りしめて高く掲げているのは、ソロンではない。
薄い紫の髪の毛で、眼鏡をかけた細身の青年だ。
倒壊したツリーから、もぎ取ったのであろう。労しなかった奴が手に入れるのは、腑に落ちない結果だが。
そう思ったのは刃だけではなかったらしく、シズルも口をとがらせて文句をつける。
「登った奴が手に入れるべきじゃねーか?」
そこへパタパタと舞い降りてきたのは羽が生えた美男美女。
二人が抱えているのは黒髪の男女と、それからソロンも一緒じゃないか。
「チッ。真面目に登った奴が損するたァ、とンだトラップだったぜ」
見るからに不満げなソロンも加えて全カップルに注目される中、巨乳な少女が眼鏡青年へ問いかける。
「キース、やったね!それで、何を願うつもりなの?」
「もちろん決まっている」
眼鏡をキラーンと光らせて、彼は大声で願った。
「ナナたんとラブラブセックスできますように!」
「な……何言ってんのよー!」
間髪入れず巨乳の少女には頭を叩かれて、さらには会場全体に『その願い、却下して進ぜよう!』という完全拒絶な声が響き渡る。
「え……願い事、叶えてくれないんだ」
周囲で失望がチラホラ上がる中、眼鏡青年キースも食い下がる。
「どうしてだ!星を取ったら願いをかなえてくれるんじゃなかったのか!?」
だが、声は無情にも『登っていないから却下とする』と言い残し、一番星争奪戦は幕を閉じたのであった――

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