2021・クリスマスif闇鍋長編

カップル限定クリスマスパーティ

1.カップルなのには訳がある!?

色とりどりの照明が頭上に瞬き、中央に大樹が据え置かれる。
大樹の周辺には、これでもかと湯気の立つ料理が並べられており、至る場所に置かれたテーブルと椅子は全て二人掛けだ。
部屋の端にパーティションで区切られたスペースがあり、何かと覗き込んでみればダブルベッドが置かれていた。
「……なんなんだ、この落ち着かない会場は」
思わずポツリと漏らしたエイジの独り言にツレの使い魔、ランスロットが反応する。
「カップル専用クリスマスパーティだと言っていましたね。会場の様子を眺めるに、クリスマスパーティとは飲み会の名称では?」
今宵のランスロットは鎧甲冑ではない。素顔を晒して、深紅のドレスを纏っている。
胸元が少々開きすぎではないかと心配しつつ、エイジは油断なく周辺を警戒する。
大丈夫だ、皆、同行者ばかり見ていて、こちらに気を取られる者は居ない。
カップル専用というぐらいだから参加者は全員カップル、恋人同士なのであろう。
「飲み会なら飲み会と言えばいいんだ」
ひとまず腹が減ってきたのだが、素性の知れない料理を口にするのは気が引ける。
お腹をそっと抑えるエイジの前で、おもむろにランスロットが鶏足を掴んでムシャムシャ頬張り始めた。
「んまっ、んまっ!これ、美味しいですよエイジ様」
「ま、待て!何の警戒もなく口にするんじゃないッ」と止めたところで、使い魔が食べるのをやめるわけがない。
「大丈夫ですよ、毒味を兼ねておきましたから。えぇ、毒性はありません。エイジ様、あ〜ん」
なんと大胆にも身を摺り寄せて、エイジに鶏足を差し出してくるではないか。
しかも、わざと屈んで胸の谷間が見えるような角度で。
このような破廉恥な真似、二人きりの場所ならともかく他人もいる前で仕掛けてくるとは、どうしたことだ。
「お前が大丈夫だからといって、俺にも平気だとは限らんだろう!」と怒っても梨の礫だ。
我が使い魔は主人の小言を右から左に聞き流したばかりか、エイジの腕を掴んで胸を押しつける。
柔らかい感触にエイジは狼狽え、ランスロットの正気を確かめた。
ランスロットは「はぁ〜、なんだかポカポカしてまいりましたよ、エイジ様。あのベッドでひと眠りしませんか?」と額の汗をフキフキ提案してきて、エイジを捕まえた腕にも首筋にも、じっとり汗をかいている。
暑いのか?
エイジには、さほど暑くも寒くもなく、ちょうどいい室内温度に思えるのだが。
「それにしても美味しい鶏肉ですねぇ。これは是非ともレシピを拝見しておかねば」とか何とか一人で呟きながら、ランスロットはエイジをずるずる引っ張って、パーティションの奥へと消えた。

「これでもかってぐらいカップル御用達じゃないの!しかも、あたしとあんたで選ばれたからには公認カップルってことよね!」
マリアのテンションが鰻登りなのに対して、鉄男のテンションはダダ下がりだ。
一体誰に認められたカップルだというのだ。
何処とも知れない場所で恋人認定されたって嬉しくないし、相手がマリアというのも腑に落ちない。
クリスマスとは周りのカップルの雑談を盗み聞くに、この季節限定のお祭りらしい。
先ほどからエンドレスで流れている曲も、クリスマスに関連したものだそうだ。
しつこいほどジングルベルと繰り返されて、嫌でも歌詞を覚えてしまう。
「ほら、見てよ。これっ。どう見てもカップル定番!」
マリアが握りしめているのはストローが二本刺さったコップだ。
飲み物はフリーで用意されており、ほとんどがアルコール飲料だった。
誰が用意したのか判らないものなんて口にしたくないのだが、周りのカップルは割合平気で飲み食いしている。
誰かが突然倒れるといったハプニングも今のところ発生していないし、口にしても大丈夫なようだ。
「ねぇ、どれ飲む?全部いっちゃう?全部ミックスしちゃう!?」
ぼーっとしていたら、何を飲まされるか判ったもんじゃない。
鉄男はフリードリンクを見渡して、一番無難そうな透明の炭酸水を選んだ。
「え〜?何かと思えば炭酸水?どうせなら、お酒飲もうよ〜」
駄々をこねる少女をジロリと睨みつけて、鉄男は一刀両断に却下する。
「お前にアルコール飲料は無理だ」
まずいと言われて捨てられるぐらいなら、飲めるものを選んだほうが用意した誰かにとっても嬉しかろう。
コップの縁ギリギリまで炭酸水を注いだ後は、手近なテーブルで向かい合わせに腰かける。
「えへへ……前にも、こうやってデートしたよね。あの時はかき氷だったけど。鉄男ってば、思いっきり咽せてたよね。勢いよく食べすぎ!」
「違う、お前が妙なことを言うから咽せただけだ」
断じて、かっこんだ勢いで咽せたわけではない。
しかしマリアは鉄男の言い訳を「それはいいから」と流し聞きにして、くるくるストローで炭酸水をかき混ぜる。
「ね、これって交互に飲んだり一緒に飲んだり、時々ふざけて吹きこんだりするんでしょ。パパが言ってた」
「吹き込むのは汚いから禁止だ」
冗談に仏頂面で返して、鉄男はマリアが飲むのを眺めた。
マリアは目を閉じてストローを咥えると、炭酸だというのに一気に吸い込んだ。
ごくっと喉を鳴らした後に目を開けて、すぐさまキャンキャン騒ぎ出す。
「っぱぁー!あ、鉄男、全然飲んでない!」
鉄男は言葉少なに、ぼそっと断った。
「お前が飲んだ後に貰うから、心配しなくていい」
いくらストローで吸い込むとはいえコップをテーブルに置いたままじゃ飲みづらいし、マリアがコップの上空を占拠していたのでは飲むに飲めない。
「こういうのって、おでこが近づくぐらい接近して飲むのが醍醐味じゃない!それでこそカップル御用達ってもんでしょ」
なんだって、わざわざ飲みづらい姿勢で飲まなきゃいけないのだ。何かの罰ゲームか?
眉間に皺を寄せる鉄男の心情などマリアは意にも解していないのか、やたら同時飲みを急かしてきた。
「ほーらー、恥ずかしがってないで!見つめあって一緒に飲も?」
「結構だ」と仏頂面で断ってもマリアは笑顔で「そんな顔しないでつきあってよ。今日は楽しいクリスマス、だよ?」と取り合わず、なおもストローをグイグイ押しつけてくる。
いつもなら鉄男が無下に却下すれば癇癪を起こしておしまいになるはずなのに、今日のマリアは諦めが悪い。
かと思えば、手でパタパタ顔を仰いで「あー、ここ、暑くない?」と尋ねてくる。
「いや」と首を振ってから、鉄男は気がついた。
マリアは頬を上気させて、おでこにびっしり汗をかいている。
同じ部屋にいる鉄男は全然暑いと感じないのに――
ハッと思い当った鉄男はコップに口をつける。
飲料を口に入れた瞬間、全てを解した。
油断した。
こいつは、ただの炭酸水ではない。
ばっちりしっかりアルコール成分が含まれており、甘い味付け故にマリアも気づかず飲んでしまった。
「もー、鉄男ってば、そんなに喉が渇いていたの?」
真っ赤に頬を火照らせて、マリアは相当酔いが回ってきている。
さっき飲んだばかりだというのに、ここまで酔いが回るとは、一体何度のアルコールが入っていたのであろうか。
鉄男からコップを取り上げて、しみじみ眺めていたマリアが唐突な行動を起こす。
鉄男が口をつけた箇所に口をつけて、ぐいっと残りを一気に飲み干したのだ。
それこそ、止める暇もありゃしない。
「ぶはーっ」とオッサンの如き酒臭い息を撒き散らし、マリアの据わった目が鉄男を捉える。
「ストローで飲むのが嫌だっていうなら、こっちだって別の手があるんだからね」
大股でフリードリンクコーナーまで歩いていき、マリアは注ぎ口に直接口を当てて飲み始めた。
もはや、ただの迷惑な酔っ払いと化している。止めねば。
「やめろ、マリア!そんな真似をしたら他の人が飲めなくなってしまうぞ」
ガシッと肩を掴んだら、くるりと振り向いたマリアに唇を塞がれる。
鉄男の喉に流れ込んでくるのは、アルコール濃度の高い焼酎だ。
到底ドリンクコーナーに置かれるべき飲み物ではないし、口移しでの喉越しは生暖かくて気持ち悪い。
いや、それよりも何よりも、マリアとの初キスが、こんな強引な形の口移しになるとは思ってもみなかった。
目を白黒しながら焼酎を一気飲みさせられた鉄男は、混乱のうちにパーティションへ引きずり込まれる。
ベッドに押し倒された鉄男は、無茶苦茶に暴れた。
が、マリアの腕は全然振りほどけない。
「ま、待て、マリア、やめろっ!」
「あ、暴れたって無駄なんだからね。鉄男の貞操は、あたしが一番乗りなんだから!」
おかしい。何かが徹底的におかしい。
少女の腕力とは思えないほどの力強さで無理矢理服を引きちぎられながら、鉄男は必死に抵抗を続けた。


会場の様子が段々おかしくなっていく。
カップルの片割れが「暑い」を合図に暴走を始める。
異変が起きていると気づいたのは、ソロンとティルの二人組であった。
周りがどれだけ飲み食いに励んでいようと一切口にせず、警戒態勢を緩めずにいたからこそ気づけたと言っていい。
あちこちのパーティションではドタンバタンと暴れる音や抵抗する相方の悲鳴が聞こえ、差し向かいのテーブルでも度を越えた破廉恥行為が繰り広げられているが、目を剥いたり下品なと顔をしかめるカップルは一組もいない。
「ど、どうするの……?このままじゃ全員おかしくなっちゃうわ」
ひそひそとティルに囁かれて、ソロンも囁き返す。
「このパーティを仕掛けた奴が会場の何処かにいるはずだ。そいつを探せ」
部屋の扉は全部調べた。
廊下に続く扉は一つもなく、全てがトイレや風呂場といった個室に繋がっていた。
しかし調理場が部屋にない以上、必ず外に通じる道があるはずだ。
「シークレットドアかもしンねェな……」
隠し扉探しならキーファが十八番としているのだが、彼は今、ここにいない。
ティルとソロンの二人だけで探すしかあるまい。
しかも、ノーヒントだ。見つけられるかどうかも危うい。
手当たり次第に壁をコンコン叩いていると、近くのテーブルにてガツガツ豚の丸焼きを食していた褐色肌の青年が「ガッ、ペッ!」と叫んで何かを吐き出した。
「どうした、シズル?」と相方らしき色白の青年に尋ねられて、シズルと呼ばれた褐色肌が答える。
「わかんねぇ、豚の丸焼きに何か入っていたみたいだ」
彼が吐き出したのは、四角い金属片のようだ。
こんなものが混入しているとは、つくづく食べなくてよかったと思わざるを得ない。
「その金属片……ちょっと貸してもらえるかしら」と彼らに声をかけたのはティルで、「何か思いついたのか?」と尋ねながらソロンが彼女の元まで近づいてみれば、近くの壁には四角い穴が開いている。
わざとらしいぐらい、先ほどの金属片がピッタリ嵌りそうな大きさだ。
「こうやって鍵を探していけってのか……?」
唖然となるソロンを横目に、ティルが四角い金属片を穴に押し込む。
直後、何もないと思っていた壁の一部がバタンと開いて、奥に続く道を示してきた。
「お?なんだなんだ、隠し通路か?」とシズルが覗き込んできたので、さりげなくソロンは尋ねてみる。
「お前、さっきガツガツ食ってたけどよ。暑くねェのか?」
ソロンに言われて初めて気づいたかのようにシズルは汗を拭い、パタパタと手で顔を仰ぐ。
「あー。言われてみりゃあ、暑くてたまんねぇな。まぁ、こんだけ人が密集してりゃ〜暑くもなんだろ」
その割には相方に襲いかかりもせず、延々豚の丸焼きと格闘していたのは何故だ。
色白な青年も近寄ってきて、開いた壁を覗き込んだ。
「かなり細いが、奥に通路が見える……ここから外に出られるとしても、何故隠されていたんだ」
「使用人用の通路じゃねぇか?」と適当全開に答えるシズルへは、ティルが突っ込む。
「毎回豚の丸焼きに鍵を仕込んで?鍵を隠したのは、ここが普段使われていないからでしょ」
ソロンは壁の向こうに興味津々な二人を誘う。
「俺達はパーティの仕掛け人を探そうと思っている。あンたらも興味があったら一緒に行かねェか」
「そうだな……飲み食いするだけのパーティには飽きていたところだ」と色白の青年が答え、改めて刃と名乗る。
「腹ごなしに冒険してみっか」とシズルも頷き、壁を跨いで潜り込んだ。
ソロンも名乗りをあげながら、そっとシズルの背中に問いかけた。
「暑いって感覚があったのに、お前はヤイバに襲いかからなかった……つまり、お前らはカップルじゃねェってこった。このパーティはカップル専用らしいンだが、何でカップルじゃねェのに混ざってンだ」
シズルは頬を真っ赤に勢いよく振り返る。
「そ、そんなの俺達が知るかってんだ!気づいたら、ここにいたんだ。あんたらだって、そうだろ!?」
その通りだ。
恐らくは参加者全員が自分の意思とは無関係に、この会場へ集められた。
一体何のために?
そして料理なり飲み物なりを口にした途端、様子がおかしくなってしまうのも何故なのか。
反面、シズルのように食べても平気な奴がいる。効く奴と効かない奴の違いは何だ。
ソロンの推理通りカップルではないからなのか、それとも体質の問題か。
それらの謎を解明するにも、やはり仕掛け人を探し出さなくてはなるまい。
ソロンとティル、それから刃とシズルの四人は壁の奥に続く通路を進んだ。

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