十九周年記念企画・闇鍋if

第一次己キャラ大戦

8.

クランプト=アゼリアは初対面の相手に自分の足の裏を舐めさせたがる性根の腐った変態でありながら、反面、バカで浅はかで金払いがいい上、底抜けのお人よしというのがクロト経由での触れ込みであった。
だが実際に会ってみれば、それらは誤報、ガセだったと勇者一行は気づかされた。
「勇者様ですと!?あ、あっ、足の裏を舐めさせてくださぁぁぁい!!
突然飛びつかれて、斬はササーッと緊急回避する。
勢いあまりすぎて壁に激突し、鼻血を流すセレブを心底嫌そうな表情で見ながら、キースがクロトに確認を取った。
「おい、こいつで間違っていないのか?」
「あぁ、こいつがクランプト=アゼリア。俺の一番のカモだ」
クランプト=アゼリアは三段腹で肥えた醜い外見の禿親父で、執事が斬を勇者だと紹介した途端、今の行動である。
初対面の相手に突然飛びかかるような危険人物だとは聞いていなかった。
もっと貴族らしく尊大な態度をとられるとばかり思っていたので、些か拍子抜けだ。
鼻の穴にちり紙を詰めて、改めてクランプトが歓迎の意思を示す。
「勇者様。何もない我が豪邸へようこそいらっしゃいました。ささ、私めの隣で窮屈ではございますが、足を投げ出してお座りください。あと、雄っぱい……いや、ゴホン、素敵なセーターをお召しでございますね、フヒヒッ」
何もないと謙遜されたが、部屋一面に置かれているのは金色に光り輝く彫刻の数々で、どれも目に眩しい。
壁には鮮やかな色彩で描かれた絵が何枚もかけられている。
その、どれもがクランプトの肖像画だ。
よくよく見てみれば、先ほどの彫刻もモデルはクランプトなのであった。
彫刻も肖像画も多少美化されているが、どれだけ自分大好きなのか。
或いは、この屋敷が誰の所有なのかを誇示する目的かもしれない。
「つまり貴族としては無能ということだな」
ついうっかり、キースは脳内の結論を声に出して呟いてしまった。
途端にクランプト本人には「ハァァ?誰が無能ですと!?」と奇声を上げられ、慌ててエイジが弁護する。
「い、いや、恐らく彼は故郷の貴族と貴方を比較して、故郷の貴族よりも貴方が優れていると判断したのでしょう」
「ほぉ、ほぉほぉ、さすがは勇者様のお仲間様。よく心得ていらっしゃる」
たちまち機嫌を直すクランプトを見て、なるほど、クロトの言う"底抜けのお人好し"とは、こういった部分を指すのかとキースも斬も納得した。
斬はクランプトの隣へは座らず、立ったまま用件を伝える。
「単刀直入で申し訳ないが、急ぎの件だ。貴殿の持つ馬車を譲っていただけないだろうか。金なら一応50ゴールドある。これで足りなければ、外で稼いでこよう」
「50ゴールド?いえいえ、勇者様から金をぶんどるだなんて、そんな恐れ多い真似はできません」
クランプトは、ほがらかに笑って金の受け取りを拒否したが、続けて、こうも言った。
「お金は必要ありません。ですが、馬車は喜んでお譲りしましょう……ある条件を飲んでくだされば、ね」
やはり簡単には譲ってくれなさそうだ。そういうところは、彼もセレブの一端なのであろう。
「条件とは何だ?もったいぶらずに早く言え」
貴族相手に一歩も引かないタメグチなキースへは一瞬嫌な顔を向け、すぐにクランプトは勇者へ向き直る。
「簡単なことですよ。勇者様……あなたの雄っぱい、モミモミさせてくださぁぁぁぁい!!!
またしても飛びかかってきたので、勇者はササーッと真横に回避し、クランプトは壁に激突した。
「なんなんだ、このデブは。学習能力皆無なのか?」
悪態をつくキースに、クロトが頷く。
「概ね正解だ。娼婦館で何度同じやり取りをしたか、数えきれないぜ」
「娼婦館でも、このやりとりが行われたのか……大変だったんだな、クロト」
エイジに労りの目で慰められ、クロトはフンと鼻で笑った。
「抱きつかせなきゃ、どうってことない。毎回足で蹴っ飛ばしてやったからな、俺には従順だ」
一体どういう営業をしていたのか気になるが、今は、それよりも馬車優先だ。
「セクハラは容認できません。他の手段では駄目なのですか?例えば、雑用を幾つかこなすといった」
エイジは一応代用案を持ち掛けてみたが、セレブはギラギラした欲望の眼差しで却下した。
ダメ・です!あぁ、そのような格好をしてきておいて、おあずけだなんて酷すぎるじゃありませんか!」
「そのような格好って、この穴の開いたセーターを知っているのかデブ」
キースの問いにも間髪入れず「えぇ、知っておりますとも!あれこそは伝説のロリショタホモバイエロ変態セレブを殺すセーターでございます!」とクランプトは叫び、口から涎を垂らして、斬を見据えた。
「ハァハァ、勇者様の雄っぱい……夢にまで見た雄っぱい」
「勇者様のって、勇者の噂を聞いたことが?」ともエイジは尋ね、内心首を傾げる。
勇者一行は、まだ何の功績も残していない。出発したばかりだ。
なのに魔族は勇者の出現を知っており、この貴族も存在を知っているとなれば、一体誰が勇者に関する噂をばら撒いているのか。
「なに、勇者様が、この世界に現れるのは、どの町でも予言されておりました。あなた方のつれている妖精、そこの妖精も予言に導かれし案内役でございましょう?予言は、こう語りました。この大地に勇者が現れる時、妖精の中から一人、案内役が選ばれるのだと。そして勇者様は現れた。妖精を共に連れて!しかも、あぁん、雄っぱい丸見えで超イケ☆メン!!すべては予言の通りの勇者様でウェーイ!」
「待て、イケメンだというのであれば俺やエイジもイケメンだろう。クロトだってイケメンの範囲だと思うが?」と、まぜっかえしてきたのはキースだ。
「そこは今、問題にする点か?」
呆れるクロトへも振り返り、「イケメンも勇者の条件だというなら、俺たちも入るはずだ」とキースは自信たっぷりに言い返す。
そういえば――不意にエイジは、王様と出会った時を思い出す。
奴は最初に、こう言ってなかったか?
お前が勇者なのか、と。
もちろん違うとエイジは答え、そして酒場に送られた。
あの時ハイと答えていたら、自分が勇者に祭り上げられていたのだろうか。
頷かなくてよかった。
勇者になっていたら、斬が今味わっている不快を、自分が受けるハメになっていたのだから。
というか、あのセーターを着るのも予言に含まれていたのだろうか。
セーターは、あくまでもクロトがチョイスした防具だとばかり思っていたのだが。
「ともあれ」と話を仕切りなおしたのはクロトだ。
「こいつは勇者の乳を揉まない限り、馬車を渡す気がないと言っている。どうするんだ?勇者」
「もちろん揉ませてくれますよね?返事はハイ以外、お断り☆」
バチコーンとクランプトにウィンクされて、斬は一歩後ずさる。
エイジにだったら、いくらでも胸を触られたいが、クランプトに触られるのは、ちょっと嫌だ。
絶対触るだけではなく、乳首を吸ってくるぐらいはしてきそうな予感がする。
こういうイヤラシイ要求をしてくるオヤジが調子に乗らないと、誰が断言できるのであろうか?
乳首を吸うのだってエイジだったらカモンカモンなのだが、他の奴はノーセンキュウ。
「気持ち悪い事この上ないが、仕方あるまい。触らせてやれ」
キースは無下にも言い放ち、少し考え、エイジも同意した。
「……斬。もし、どうしても嫌だというのであれば、別の手段で馬車を手に入れよう」
仲間もハイ以外の返事を許さないのだと知り、斬は多少失望したものの。
「いや、それには及ばない」
エイジの助言には首を振り、真っ向から貴族と向かい合う。
「三秒だ。三秒だけなら触るのを許可しよう」
「えっ」と驚くクランプトへ厳しい目を向け、繰り返した。
「それが嫌なら、この話はなかったことに」
「い、いいえ!三秒、それで結構でございますハァハァ!」
鼻息荒く掴みかかってきた彼への勇者の対応は、実に見事な手際であった。
「いちにぃさん、ハイ終了!」
一秒が一秒にも満たない速さで切り上げると、抱きついたセレブの顎を蹴り上げる。
「ブフォ!!」
クランプトは哀れな悲鳴を発し、勢いで前歯が何本か抜け落ちた上、顎を抑えて蹲る。
忘れていたが、勇者のATKは99だ。ATK99の蹴りを、超至近距離で受けたのだ。
通常戦闘でのモンスターなら即死案件だが、今は幸い、戦闘中ではない。
前歯が二、三本折れて鼻血を再噴出して、顎ガクガクになった程度で済んだのは、不幸中の幸いか。
温厚な斬でも怒ると怖いんだなぁ……というのを、この時初めて知った仲間たちであった。
「よし、まぁ、胸を触れて満足だったよな?じゃあ馬車をよこせ」
強盗さながらにキースがセレブをゆすり、一同は馬車を入手した。
去り際、涙目のクランプトからは忠告を受ける。
「サードゥンより先は無限の砂漠が広がる地帯でございます。勇者様、オアシスには必ず立ち寄られますよう。そして、どうか魔王を退治できますよう、旅の無事を祈っております」
次は砂漠か。
期待に胸を膨らませ、馬車に乗り込もうとする一同を止めたのは、少女の叫びであった。
彼女は言った。
「助けて!誰か、勇者様を助けてあげてぇ!!」と――

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