十九周年記念企画・闇鍋if

第一次己キャラ大戦

7.

一人の少女が小道を歩いてゆく。
腕にはピーナッツサンドとワインの瓶が入ったバスケットを、ぶら下げて。
母親に言われたのだ。街の外れに住む勇者様へ、お弁当を渡してこいと。
母に命じられずとも、勇者様には、いずれ会いに行くつもりだったから、少女は喜んでお使いを引き受けた。
「勇者様〜、ご在宅ですかぁ?」
扉を叩くと、すぐに中から「ドアは開いている、入ってくれ」と声が返ってきて、少女は嬉々として扉を開ける。
ゴースト退治専門の僧侶かと思いきや、時には力づくでモンスターをもねじ伏せる万能戦士。
サードゥンの街を訪れた人類希望の星、勇者様の家へ――


サードゥンまでは一日で辿り着ける距離ではなく、勇者一行は野宿を余儀なくされる。
「そういや前の街は、なんて名前だったんだ?」
今更な話題を思い出したように、キースが振ってくる。
「最初の街がファーストなら、さしずめセカンドといったところか」と話を併せてくるエイジを遮るようにして、原住民のピコロットが答えた。
「ブッブゥ〜。正解はセカンの街でしたぁ〜」
「まぁ、どうでもいいな」とキースには、あっさり流され、焚火を起こす勇者にも新たな話題を振った。
「成金セレブとの交渉は誰がやる?」
ちらっとクロトを流し見て、少し思案した後。
「そうだな……俺がやろう」と頷く斬へ「お前に交渉が出来るのか?」と混ぜっ返してきたのはクロトだ。
腕なんぞ組みながら、偉そうに勇者を値踏みする。
「娼婦館でのやり取りを見た限りじゃ、お前にゃセレブは口説き落とせないぜ」
「じゃあ、ウリで落とせばいいわ」と、斜め上にトンチンカンな発言をしたのは誰であろう。
ピコロットだ。
「今度こそ勇者のオチンチンが見られるかもしれないし!」
もはや下心を一ミリも隠そうとしていない。
「口説くってのは、そういう意味じゃない」
マジレスで返したクロトが斬を見やる。
「クランプト=アゼリアは性根の腐った変態趣味野郎だ。初対面が相手でも、自分の足の裏を舐めろと言い出すようなタイプのな。あんたは、そういうのと対等に会話が出来る種の人間とは思えない」
「……確かに、俺はそういったタイプの人間との対話を得意としていない」と切り出し、斬は溜息をつく。
「だが、世間が俺を勇者と持ち上げるのであれば、どんな汚れ仕事もやってみせるつもりだ」
「いや、こんな汚れ仕事は誰もお前に期待しちゃいないだろ」と即座にキースの突っ込みが入り、傍らではエイジも頷いた。
「斬、あなたが一人でつらい思いをする必要はない。俺達は仲間なんだ。全員で交渉に当たろう」
「キース、エイジ……ありがとう」
うるうる感動する斬の横では、せっかくエイジが綺麗にまとめたというのにソッポを向く奴がいる。
「俺は参加しないぜ。交渉は苦手だ。また苛ついて、ぶっ飛ばしちまうかもしんねぇし」
クォードだ。彼のぶっ飛ばし前科二犯は記憶に新しい。
「あー、お前は無理そうだ。外で待っていてくれ」とジト目でキースが話をまとめ、一同はテントに潜り込んだ。

翌日、ようやく到着したサードゥンは一口に言って、大都市であった。
まず立派な門扉があり、そこをくぐると煉瓦造りの大通りに出迎えられる。
両脇に並ぶのは武具屋や宿屋の他に花屋や雑貨屋、散髪屋などの生活に必要な店も多く、酒場と王宮しかなく普段どうやって住民が生活しているのかも判らなかったファーストとは大違いだ。
セカンに至っては、宿屋と娼婦館しか記憶にない。
行き交う人も多く、この街が世界の中心地なのではないかと斬は予想した。
「それで……貴族の住む区域は何処に?」と逸るエイジにクロトが肩をすくめてみせる。
「貴族区は大通りの裏に面した場所だ。だが身なりを整えなきゃ、門前払いされるのがオチだぜ」
言われて自分達の格好を見下ろしてみれば、どのメンバーも埃まみれで垢ぬけない。
ずっと歩き回りの走りまくりで、おまけに一張羅の着っぱなしだ。
「そうだな……ここらで着替えがてら、防具に気を遣ってみるか」
キースの提案で、一行は武具屋へ入る。
「店長、できるだけ貴族ウケしそうな防具を買いたい。そういうのは、この店に置いてあるか?」
眼鏡男の無茶ぶりに、店長が愛想よく答える。
「そうだねぇ、このあぶない水着なんか、どうだい?めっちゃウケるよ。ただし女の子限定だが」
びろんと取り出してきたのは、布の面積が極端に少ない水着であった。
いくら可愛い子が装備していても、この格好で街を練り歩いたら警備隊に捕まってしまいそうだ。
「俺達のパーティのどこに、女の子がいるというんだ」
クロトを見て、店長がバチンとウィンクしてくる。
「おや、君は男の子だったのか。あまりにも美人なので、女の子かと思ったよ!」
斬が見ても、クロトは男性だ。美人だというのには同感だが。
「男の子なら、あぶない褌がお薦めだね」
「露出度の高い装備しか貴族ウケしない結論なのか?」
こめかみに青筋を浮かせたキースにも店長は臆することなく、愛想よく答えた。
「その通り!貴族は露出度の高い子がお好みさ。普通の防具を買いたいんであれば、あちらの棚に置いてあるから、ゆっくりご覧あれ」
足の裏を舐めさせたがる貴族が住んでいる街なだけあって、まともなセンスの貴族は、この街に一人も住んでいないようだ。
店長の指さした棚には、皮鎧や鉄鎧など、一般的な防具が並んでいる。
貴族ウケしなければ買う意味がない。しかし、街中を褌で練り歩く勇気は誰にもない。
早くも引き返したくなってきた勇者だが、エイジが褌を手に取りマジマジ眺めているのには一抹の不安を覚え、止めに入った。
「エ……エイジ。一応忠告しておくが、寒空に褌は寒いと思うぞ」
「あぁ、その通りだ。これを買う者は、どういう心境なのかを考えていた」
購入するつもりで眺めていたのでは、なかったようだ。良かった。
褌姿のエイジを見たくないと言ったら嘘になるが、本当に褌姿になってしまったら周りの屈強な変態が彼を放っておくまい。
速攻で草むらに連れ込まれて18未満お断りの以下略。
魔王を無事退治するまで、エイジの貞操は自分が守ってみせる。
斬があらぬ妄想でメラメラ燃えていると、ぽんと肩を叩かれて、振り向いてみればクロトが買い物袋を持って立っている。
「買い物は済んだ、行くぞ」
「えっ。何を買ったんだ?あぶない褌を買ったのか?」
「そんなもの誰が買うか、馬鹿」
クロトがちらりと袋から見せてくれたのは、毛糸で編んだセーターのようだ。
「こいつを、お前が着ろ。交渉は眼鏡と赤毛、お前らでやるんだ」
「誰が眼鏡だ!」と怒るキースを余所に、赤毛呼ばわりされたエイジは素直に頷く。
「判った」
大通りを抜けた小道の先が、貴族区に続いている。
入口でクォードが「俺はここで待っているぜ」と立ち止まり、一行は一旦別れを告げて奥に進む。
やがて足元が煉瓦造りではなく砂利道になったかと思うと、木々に囲まれた場所へ出た。
木々に隠れるようにして、立派な建物が見える。
「ここがサードゥンの貴族区だ。不埒な外敵から身を守るため、木々を防衛に使っているんだ」
「不埒な外敵?」と首を傾げるキースにはエイジが「強盗や金貸しの訪問対策だろう」と答え、先頭を歩いていたクロトが振り返る。
「そこに小さな山が見えるだろ。あの山の中腹に目的の家がある。斬、そろそろ例の防具に着替えておけ」
「防具……あぁ、判った」
紙袋からセーターを取り出して、あっと小さく叫んだ斬に、何事かとエイジとキースの二人も集まってくる。
「なんだ、これは。穴が空いているぞ……不良品じゃないか」
広げてみれば、さらに不可解なことに、穴が空いているのは胸元だけだ。
わざと、そこだけ空けたようにも見える。
首を傾げる勇者一行に、クロトが笑う。
「不良品じゃない。それは、そういうセーターなんだ」
「しかし、こんなでっかい穴が空いてたんじゃ寒いんじゃないか?」
なおも首をひねるキースに言い返したのはクロトではなく、これまで黙っていた原住民のピコロットであった。
「ま、まさか……本当に存在していたのね……!」
「なんだ、いきなり。このセーターを知っているのか?ピコロット」
一応斬が尋ねてやると、ピコロットは勢いよく頷き、セーターを指さして叫んだ。
「えぇ、これぞ幻の……いえ、伝説の、ロリショタホモバイエロ変態セレブを殺すセーターに違いないわ!!」
ただの大穴の空いたセーターが、恐るべき殺人兵器になってきた。
いや、防具だから殺人防具?
だんだん訳が分からなくなってきた。
こういう時は、いつもグダグダで解決する展開が待ち受けているのだ。
貴族の家に行きたくない拒否感でいっぱいになりながら、斬は渋々セーターに着替えた。

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