6.
勇者一行が風俗店に引っかかっている頃、隣町では一大騒ぎが起きていた。なんと、単独でモンスターを退治する冒険者が現れたのである。
この世界では数人パーティを組むのが冒険者のセオリーだというのに、その者は、たった一人で魔物を打ち倒すというのだから、噂にならないわけがない。
人々は口々に勇者の出現だと囃したて、やがて噂はファーストの街に住むファー王の耳にも届いた。
「王様、お耳を……」
耳元で大臣にボソボソ囁かれ、王が顔色を変える。
「何!勇者がサードゥンの街にも現れただとッ」
「ハッ。素手でモンスターを打ちのめす力自慢の上、功績を誇るでもなく、人としても優れているとの噂です」
既に四方一帯の街でも持ち上げられていると聞き、王はクゥ〜と歯噛みする。
ファーストの街で見つけた勇者は、未だ何一つ功績を達成していない。
このままでは、サードゥンで見つかった勇者が世界の勇者になってしまう。
「その勇者、まことに単独で行動しているのであろうな?」
ファー王の瞳に怪しい輝きを見つけ、大臣もニヤリと口元を歪ませる。
「闇に滅しておしまいになられますか」
「ウム」
即決する王へ頷き返すと、大臣は、そそくさと王の間を出ていき、部下を呼び寄せた。
その頃の、黒猫の館――
「勇者は乱交がお好みだとは驚いたぜ。それじゃ、さっそく始めるか」と意気揚々なクロトを遮って、勇者が真相をぶちまける。
「いや、あれは店長をごまかすための詭弁だ。本題は別にある」
「行為が目的じゃないのか?なら帰れよ」
にべもないクロトに、エイジも重ねて話しかける。
「俺達は魔王城へ行かなければいけないのだが、徒歩では辿り着けないが為に乗り物を探している。手っ取り早く入手できそうなのが馬車だと突き止めたまではいいんだが、馬車はセレブにしか購入できないとも聞いた。娼婦館にいる娼婦であればセレブとの繋がりがあると耳にしたんだが……本当か?」
じっと黙ってエイジの話を聞いていたクロトが、口を開く。
「なるほど、俺達の顧客リストがお望みか。いいぜ、教えてやっても。出すもんを、きっちり出してくれればな」
話の分かる娼婦でよかった。
いや、男だから娼夫か?
内心ほっとしながら、勇者は財布を懐から取り出す。
「一応50ゴールドあるんだが、これで足りるだろうか」
「50ゴールドだと!?」とクロトに驚かれ、あっ、やっぱり端金なのかとエイジや斬は思ったのだが。
続けて放たれた言葉には、きょとんとなる。
「50ゴールドもあったら一生豪遊できちまうぜ。どこかで換金して、5セクター渡してくれれば充分だ」
「セクター?」とオウム返しなキースへも目を向け、クロトは頷いた。
「なんだ、お前らは金の価値も知らないで馬車を購入するつもりだったのか」
曰く、ゴールドは、この世界で一番高いレートなのだそうだ。
ゴールドの下がセクターで、一番安値をルーツと呼ぶ。娼婦へのチップは、セクターでの支払いが基本だ。
「きみは、この仕事が長いのか」と脇道に逸れた斬の質問に、クロトが肩をすくめる。
「そうでもない。ただ、この世界で最初に来た場所が、この店だったからな。俺には娼夫になるしか道がなかった」
なんと、クロトも異世界人だという。
現地の人間より異世界人のほうが遥かに多いのではなかろうか。
「そうでもないだろ。店の壁をぶち壊してでも逃げればよかったじゃないか」
キースの無茶ぶりに「武器も能力もないのに、どうやって?」と聞き返すクロトには、勇者が聞きかじりの知識を教えてあげた。
「ステータスオープンすれば能力が使えるようになるぞ」
「ステータスオープン?」
「ステータスオープンと叫ぶんだ」
「……ステータスオープン」
心なし恥ずかしげな表情を浮かべたクロトが小声で呟くと、空中に文字が浮かび上がる。
NAME:クロト
SEX:男
ATK 25 DFE 22 SPE 27
SKILL:切り裂き(7) 誘惑(8) 交渉(2) 絵画(1)
「え、結構強いな?俺達と同じレベル1のくせに」
動揺するキースを見やり、「レベル1とは?」と質問してくるクロトへも、斬は丁寧に答える。
「あぁ、俺達にはレベルというのがあって、成長していくとあがっていく数値らしい」
おめでとう!
クロトは スキルが 解放された!
切り裂き を思い出した!
誘惑 を思い出した!
交渉 を思い出した!
絵画 を思い出した!
ナレーションが高々と能力解放をつげ、クロトはしばらく沈黙していたが、不意に腕を振り回す。
ぶんっと振り出された腕が、ぎゅいんっと長く伸びたかと思うと、壁際に置かれた花瓶を真っ二つに切り裂いた。
「そ、それがお前の能力なのか……?」
キースは、すっかり引け腰だ。
それもそうだろう。人間だとばかり思っていた相手が、モンスターばりの能力を持つと判れば。
「そうだ。切り裂きが使えるようになって良かったのかどうかは俺にも判らんが、ひとまず壁を壊して出ていけるようになったのはありがたいな。感謝するぜ、勇者様」
ニヤリと笑われ、斬もにっこり微笑み返す。
「きみにはきっと、娼婦よりも似合う天職があるはずだ。換金してくるから、少し待っていてもらえるか?」
だがクロトは首を真横にふり、「お前らと一緒に出ていくに決まっているだろ」と言って、ついてきた。
まぁいいかと斬も思い直し、全員そろって出ていこうとしたところで、入口を店主のババアに塞がれる。
「どこへ行こうという気じゃぁぁ〜〜。金、払えぇぇ〜〜」
「その金を払ってやるから、換金してこようとしているんじゃないか。そこをどけ」
眼鏡を光らせてキースが威圧しても駄目だ、婆さんは通せんぼで動かない。
「なら、切り裂くしかないな」と物騒な発言のクロトは「よせ、面倒なことになるぞ」とエイジが止めて、斬が婆さんと向かい合う。
「俺達は逃げるんじゃない。王様の名にかけて金は払う」
「何故王様の名にかけるんだ?」と横からキースが突っ込んできたが、それには構わず、斬は財布の隙間から札束を覗かせて、文無しではないのを証明した。
「この通り、50ゴールド持っている。しかしクロトが5セクターでいいというから換金してくるつも」
「50ゴォルドじゃとぉぉぉぉ!ゲーット!!」
いきなり婆さんが飛びついてくるので、言葉途中で勇者は飛びのいた。
「何をする!?」と怒ってみたものの、ギラギラした瞳で睨み返されてはタジタジするしかない。
「50あれば……一生豪遊できるわい、ヒッヒッヒ。その金を全部よこすのじゃあぁぁ」
もはや正気とは言い難い血走った目で、ぶつぶつと呟いており、ここを出るにも一筋縄ではいかなそうだ。
クォードの こうげき!
クォードは 両手に 魔力弾を集めた……
クォードは 魔力弾を ぶっぱなした!
娼婦館の主人は 思いっきり ふっとんだ!
「なんで、きみは毎回勝手に攻撃をしてしまうんだ!?」
それまで無言だったクォードが先手必勝で攻撃を仕掛け、婆さんは有無を言わさず壁際まで吹っ飛ばされる。
勇者の非難もなんのその、クォードは涼しい顔で答えた。
「俺は魔族、お前ら人間が言うモンスターだからな。勝手に攻撃したりもするさ」
堂々の開き直りだ。勇者の立つ瀬がない。
「何をしているんだ?さっさと逃げるぞ。警備団に捕まりたくなかったらな」
呆然とする腕をクロトに捕まれ、なし崩しに走り出す。
走りながら、斬は誘いをかける。
「き、きみの顧客リストへの代金は必ず払う。だから当分は俺達と行動を共にしよう」
すかさずピコロットが「駄目よ、パーティメンバーは四人までしかつれていけないわ!」とケチくさい制約をつけてくるのへは、キースが怒鳴り返す。
「じゃあ、なんでお前は俺達と同行しているんだ!?パーティメンバーでもないくせに!」
言われてみれば盲点だ。斬は密かに感心する。
妖精が、なんと答えるのかも気になった。
「私はいいのよ、NPCだから!」
鼻息荒く答える彼女にクロトが「じゃあ、俺もNPCとしてついていく。これなら文句ないだろ」と重箱の隅をつついてきて、妖精が黙り込むのを幸いとし、一行はクロトも込みで大通りを疾走する。
一息ついたのは、街を飛び出して、かなり走った後だった。
エイジは息絶え絶えで座り込み、キースやクロトも肩で息をしている。
平気なのは魔族のクォードと、脳筋の斬ぐらいだ。
何故か空を飛んでいるはずのピコロットまでもが息も絶え絶えで、斬に今後の予定を尋ねた。
「換金する暇もなかったじゃない。どうするの、顧客リストの購入は」
クロトは鼻でフンとピコロットを嘲り、かと思えば斬には友好的な視線を向けて微笑む。
「俺もNPCで同行すると言ったばかりだろ。礼金は次の街で払ってもらえば充分だ」
ほら、と差し出してきたのは紙の束だ。
人物名が、ずらずら書かれている。
紙束は五枚にも渡り、クロトの娼婦としての人気を伺わせた。
クロトには天職が他にもあるはずと斬は言ったが、もしかしたら娼婦が彼の天職だったのかもしれない。
「この中で馬車を持っているセレブは、どいつだ?」
キースの問いに「全員持っているぜ」とクロトは答え、そのうちの一つを指さした。
「こいつなんか、どうだ。バカで浅はかで金払いがいい上、底抜けのお人よしだぞ」
自分の顧客なのに、酷い言い様だ。
いや、散々カモッてきた相手だからこその罵倒なのかもだが。
エイジも紙を覗き込み、名前を読み上げる。
「クランプト=アゼリアか。一度会ってみよう。彼は、どこに住んでいる?」
「サードゥンだ。この草原を突っ切った先にある大きな街に、豪邸を構えている」
地平線を指さされ、つられて勇者一行も、そちらへ目を向ける。
大きな街と言う割に、地平線には影も形も見えない。ここからだと、かなりの距離があるようだ。
セレブ連中が馬車で移動してくるだけはある。
再び徒歩での長距離移動にエイジは目の前が暗くなってきたが、斬のダッコ願いは早めに拒否した。
「抱きかかえられずとも大丈夫だ。ゆっくり歩いてくれれば」
「そ、そうか。そうだな。景色を楽しみながら、ゆっくり行くとするか……」
本音を言うとダッコしたくてたまらなかった斬は、しょんぼりしながらエイジの横を歩いていった。