5.
宿屋で夕飯を食べる合間、斬は宿の主人へ話を振った。「この辺りで馬車を扱っている店はないだろうか?」
「馬車ねぇ、馬車なら地主様が持っているが、赤の他人に売ってくれるとは思えないな」
「いや、地主はどうでもいいんだ」とキースが割って入り、軌道修正する。
「馬車を取り扱っている店ってのは、存在しないのか?」
「聞いた事がないね」と、宿の主人は首を振る。
「では、地主はどうやって馬車を入手したんだ」と、これはエイジの質問だが、宿の主人は華麗に無視して厨房へ行きかける。
クォードの こうげき!
クォードは 両手に 魔力弾を集めた……
クォードは 魔力弾を ぶっぱなした!
宿の主人は 思いっきり ふっとんだ!
だが厨房へ消える寸前、背中に魔力弾をぶっ放されて、勢いよく奥の壁に激突した。
「クォード!?」
勇者や仲間が目を丸くして見守る中、クォードは不機嫌を隠そうともせず宿の主人を踏みつける。
「聞かれてんだから、答えろよ。地主が馬車を入手したルートを」
「し……しりまてん……」
「知らないなら知らないで、言葉で言えってんだ。なんでエイジをシカトしやがった?」
「あ、あふぅ、そこダメェ、踏んじゃらめぇ〜」
グリグリ急所を足で踏まれて、宿の主人は涎を垂らして恍惚としている。
見かねて止めに入ったのは、無視された当のエイジであった。
「もういい、やめてくれ、クォード。宿主、あなたは答えられないから、答えなかったんだろう?」
「もういいって、良くねぇぜ!」
エイジ本人の制止でもクォードは激高し、宿の主人の急所をグリッと力強く踏む。
「あふぅ、いい、いぐぅっ」
気持ち悪く喘ぐ宿の主人の声をBGMに、クォードはエイジの双肩を掴んだ。
「こいつは地主が馬車を所持しているのを知っている。しかも、地主が見知らぬ奴には売り渡さないだろうってのもな。地主の人となりを知っているんだ、こいつを通じて地主と取引が出来る可能性を見落とすんじゃねぇ」
クォードがエイジに接近するたび、足に体重がかかり、宿の主人の急所もグリグリされる。
「あぁん、んふぅ、いいっ、そこイイィ〜〜」
狂乱の主人を汚物でも見るが如くの視線で見下しながら、キースがぼそっと斬に耳打ちした。
「と、クォードは言っているが……アレ経由で地主に渡りをつける案、勇者はどう思う?」
「他に方法がないなら、そうするしかない。だが、他にも方法はありそうだ」
斬は呟き、席を立つ。客は自分達だけではない。他にも食事を取る者がいる。
アフアフ喘ぐ宿の主人を驚愕の眼差しで眺めている四人組に、話しかけた。
「すまない、少しいいだろうか」
「あ、あぁ……馬車を売る店の件?」と一人が先回りしてきたので、頷く。
「それなら、知っているよ。ただ、セレブ御用達だから一見さんは入れないんだ」
それで宿の主人はエイジに教えてくれなかったのだろうか。
なおもアフンアフンなBGMを横目に、斬は情報を集める。
「一見さんではない馴染みの客……に、心当たりは?」
うーんと考え込んだ後、四人組のうちの一人が顔をあげる。
「馬車屋の馴染みってんじゃないけど、セレブとつながりのある奴なら知っているな」
「誰だ?」と、斬。
青年は斬をまっすぐ見つめ、小声で話し始める。
「大通りの行き止まりに細い小道があって、そこをまっすぐ行くと、黒猫の館って店がある……いわゆる、娼婦館ってやつだな。そこに勤めている娼婦は大体、金持ちの顧客を持っている」
「以前そこに入ろうとしたんだけど、断られたんだ」とは別の青年で、「セレブじゃないと払えない料金なんだって。お高くとまってんなぁって思ったよ」と言って、力なく笑った。
「流れからすると、俺達が次に行くのは、その娼婦館だな」
キースが意味もなく眼鏡を光らせる。
「娼婦館というのは、その……」
頬を赤らめる勇者に、ピコロットが力強く断言した。
「そう、いい歳のオトナがキャッキャウフフのパフパフでアハ〜ンする、18歳未満お断りの風俗店よ!」
「なんで意気揚々と答えてんだ。風俗店に興味津々なお年頃か?」
些かドン引きしたキースにジト目で突っ込まれ、ピコロットは憤然と鼻息を荒くする。
「何言ってんのよ!べ、別に勇者のオチンチンが見たいとかじゃないんだからね、勘違いしないでよねっ」
「スケベ根性丸出しか……まぁいい。18歳未満禁止なら、こいつは除外されるだろう。こんなチッコイ上、人間ではないし、チッパイではなぁ」
「胸の大きさは関係ないし、人間以外でも入れるし、私は18歳以上だからセーフよ!」
「え?」となった勇者を置き去りに、ピコロットの反論もスルーして、キースは激高するクォードを止めに入る。
「おい、お前が宿のオヤジをS攻めしている間に次の方針が決まったぞ。俺達の向かう先は風俗店だ。そこにセレブとつながりを持つ人間がいるそうだ」
「風俗店だぁ?」とクォードは怪訝に眉をひそめ、エイジも視線を逸らす。
「風俗店か……俺だけ外で待っていては駄目だろうか」
「駄目だ」とキースは、にべもない。
「お前ひとりを店の外に待たせておくなど危険すぎる。もし暴漢に襲われたら、お前なんか一発で死ぬだろうが」
キースの心配は杞憂ではない。
勇者の情報は、勇者が旅立つ前から魔王サイドに伝わっていた。
今頃は勇者の仲間になったメンバーの情報も、魔物経由で伝わっているだろう。
エイジを一人で待たせておくなど、斬にだって頷けない。
エイジは綺麗で華奢だから、魔物や暴漢に襲われて18歳未満お断りな展開に持ち込まれてしまう。
「エイジ、俺からも頼む。俺達から離れないでくれ。俺が守れる場所にいてほしいんだ」
「……わかった」
渋々頷いたエイジを見て、クォードもやっと怒りを鎮める。
「まぁ、いいさ。渡りがいるってんなら、そっちでも」
「あふぅ〜、もっとぉ〜、もっとぉ〜踏んでぇぇ〜〜〜」と騒ぐオヤジをほっぽって、勇者一行は宿を後にした。
黒猫の館は、案外簡単に見つかった。
細い道に入って、すぐの曲がり角に建っていたのだから。
看板には黒猫の絵が描かれており、ハートが壁中に描き散らかされている。
これでもかってぐらい他の建物との色調も違い、はっきり言って、浮いた建築物だ。
「まぁ、なんというか、いかにもな風俗店だな」
そう呟いたキースは嬉々とも爛々ともしておらず、むしろ退屈そうな顔である。
不思議に思って、斬は聞いた。
「気が乗らないのか?きみの好きそうな店じゃないか」
「ふざけているのか?」と眉間に皺を寄せて、キースが吐き捨てる。
「用意されたエロには興味がない。エロがない場所にエロを持ち込んでこそ、萌えるってもんじゃないか!」
よくわからないこだわりを持っているようだ。
触らぬ神に祟りなし。
斬はさりげに反応をスルーして、娼婦館の扉を叩く。
しわがれた声が応答した。
「誰だぇ?客か、金を持っているのかぇ」
「金か……王様から幾ばくか受け取っている。これで足りるといいんだが」
「何!王様けぇ!?王様とつながりがあるってことは、セ・レ・ブ……!いらっしゃいましぇぇぇい!!!」
勢いよく扉が開き、慌てて飛びのいた斬を上から下までじっくり吟味したのは、しわくちゃで小柄な婆さんだった。
「おぉう、その、赤いマントに青い上下服……間違いない、お主は伝説の勇者ロロコンの末裔に違いあるまぅい!」
びしっと当てられ、斬は驚きを隠せないままコクコク頷く。
「あ、あぁ、そのナントカの末裔だ」
背後ではキースがエイジに小声で確認を取っている。
「王様から金なんかもらっていたのか?」
「あぁ、そういえば最初に出会った時にも言っていたな……」
エイジは物憂げに答える。
確か50ゴールドだと言っていたはずだ。
はした金だと感じたが、まさか風俗で使うハメになるとは思いもよらなかった。
「勇者様のお相手とあれば、最上級を出さねばなりますまい。クロト!はよぅ出ておいで、勇者様のお相手を!!」
店の奥へ婆さんが叫んで、ゆうに三十分は経過した後。
ようやく外に出てきたのは、黒一色の服に身を包んだ細身の青年であった。
綺麗な面立ちだ。
唇だけが赤く、肌は白い。
エイジとは、また違った色気だ。
じっと眺めていると寒気がする、そんな美しさを放っていた。
だがクロトの美麗もキースには全く効果がなかったようで、彼は大きくあくびをかます。
「この店じゃ三十分を早いと呼ぶのか?」
キースの嫌味に、婆さんはクロトを怒鳴りつける。
「儂がはよぅと言ったら、さっさと出てこんけぇ!金づるを待たせるんじゃないワッ」
「思いっきり金づるって言ったぞ、勇者を」
クォードまでもがジト目になる中、頭ごなしにどやされている黒服の青年クロトは、一行を悠然と眺めた。
「勇者の末裔だか何だか知らんが、俺を呼びつけるとは、いい度胸だ。いいぜ、相手してやる。ついてこいよ、ただし相手にするのは勇者だけだ」
「ふふん、それを決める権利があるのは、あなたではないわ!」
何を思ったか、ピコロットがずずいと前に出てくる。
踵を返したクロトが、振り返らずに尋ねた。
「何?」
「あなたの相手は勇者一行でする!いいわね、店長」
「ほほぅ、勇者様は乱交がお好みけぇ。メモメモ」
嬉しそうにメモを取る婆さんに「誤報だ!」と訂正しておいてから、改めて斬はピコロットをつかまえ、小声で真義を確かめる。
「どういうつもりだ?娼婦館なら一対一がルールだろう」
「何言ってんのよ。こんな怪しげなお店、一人で入って大勢に袋叩きにされて金だけとられるパターンだって考えられるじゃない。もっと危機感持ちなさいよね、勇者斬。エイジを庇った時みたいに」
袋叩きにされても自分なら切り抜けられそうな気が斬にはしたのだが、相手が暴力でくるとは限らない。
なにより、現地民のピコロットが警戒しているのだ。
彼女の意見は無視できない。
斬はクロトへ向き直り、とっておきの笑顔で話しかけた。
「――というわけだ。乱交でも、いいかい?」
じっと見つめあうこと、数秒。
「……あぁ。いいぜ、あんたなら特別だ」
クロトは頬をほんのり朱に染め、案外素直に頷く。
もう一度ついてこいと促され、斬を先頭に殿はキースが務めて、一行は娼婦館へ足を踏み入れた。