4.
スケベ眼鏡のキース、脆弱モヤシのエイジ、そして寝返り魔族のクォードを仲間に入れた勇者は、ついに旅立ちを決意したのであった。「俺達のパーティーはバランスが悪いな、知に偏っていて。だが一番の問題は勇者のスキルだ。なんなんだ、メンヘラって。どう考えてもデメリットしかないじゃないか」
キースによる突然の駄目出しには、斬も咄嗟に言葉が出てこない。
いやはや全くもって正論で、面目ない。
しかし、メンヘラを今すぐ治せと言われても無理だ。
三十年近く、この性格で生きてきたのだから。
「いや、考えようによっては慎重な性格だと取れる。猪突猛進よりはマシだろう」
思いがけぬエイジのフォローに、斬は潤んだ瞳で彼を見つめる。
「それより結局治癒役はどうするんだ?クォードが仲間に入っちまったから、これ以上連れていけんじゃないか」
なおも文句のうるさいキースには、クォードが呆れ目で突っ込んだ。
「回復担当なんざ、必要か?薬で代用できるだろうが」
乱暴な意見には、キースとピコロットの反論が重なる。
「そんなことないわよ、僧侶には僧侶ならではの特色があるんだから!」
「なんだと……貴様、判っていないな。僧侶は大抵女性がやる職、つまりオッパイボインのねーちゃんが俺達の仲間になったかもしれんだろうが!」
同時に放ってすぐ、妖精が眉間に皺を寄せてキースを睨みつけた。
「って何言ってんのよ、この変態。違うでしょ、僧侶は回復の他に防御魔法や打ち消し魔法など、魔術師には使えない魔法を覚えるのよ。ただの薬役じゃないんだから」
「必ずこの四人で最後まで行かなければいけないルールもあるまい。それに仲間は必要に応じて変えられるのだろう?だったら、まずはこのメンバーで行けるところまで行ってみよう」とエイジが話を締めくくり、ようやく街の外へ一歩踏み出した。
黄色ぶにょぶにょが 現れた!
一歩踏み出した途端、軽快な音楽が流れてきて、前方を黄色いブニョブニョしたものが塞いでくる。
「黄色ぶにょぶにょってなんだ、見たまんまじゃないか。捻りも何もないネーミングセンスだな、この世界は」
さっそくケチをつけるキースを「言っている場合か、モンスターだぞ!」と急かし、斬は構えを取る。
そこへクォードが「いや、お前が殴れば一発で死ぬだろ」と突っ込んでくるのへは、さらにエイジが突っ込んだ。
「……と、話している間に逃げていったようだ」
さっきまでブニョブニョした生き物がいた場所は、もう既に何もいなくなっている。
音楽も、即座に鳴りやんでいた。
「なんてこと……勇者が強すぎて、経験値稼ぎも出来ないわ」
ピコロットがぽつりと呟き、全員の視線が勇者を捉える。
「それは困ったな。俺抜きでレベル上げをしてくるか?」
斬の提案に「いや、そもそも俺達がレベルアップする必要あるのか?」とキースが質問で返してくる。
それもそうだ。物理的な戦いは斬に全部任せておけば充分だろう。
一行は気にせず、旅を続けることにしたのであった。
黙々と歩いて一時間経過した頃、勇者がぽつりと呟いた。
「そういえば目的もなく歩いてきてしまったが……魔王城への道筋を知っているか?クォード」
今さらながらな質問に、クォードが答える。
「言っただろ、あそこに行くにゃあ乗り物が必要だって。こうやって眺めると山は近くに見えるがな、空を飛べないお前らが近づくには馬車なり飛行船なりを手に入れなきゃ、山頂に辿り着くことすら出来ねぇよ」
「そうか……エイジ、もう少し歩けるか?次の街では情報収集しよう。馬車を売っている店を探すんだ」
エイジは、すっかり汗だくの無言で皆の後方数メートルを遅れてついてきていたが、コクリと頷いた後に、よろよろよろめくもんだから、斬は慌ててエイジの元まで走り寄ってくると、彼を抱き上げる。
「わぁぁぁっ!?」と思いっきり動揺するエイジへ、斬は愛想よく微笑んだ。
「このほうが早く動けるだろう?」
エイジは瞬く間に頬を紅潮させたかと思うと、視線を逸らしてブツブツ文句を漏らした。
「きゅ、休憩時間を取ってくれれば、俺は自力で歩ける……!」
「その休憩時間がもったいないから、斬はお前をダッコしていこうと思ったんだろ。大人しく担がれておけ」
キースに冷ややかな目で突っ込まれ、エイジは二の句も告げなくなる。
悔しいが実の処、これ以上は一歩も動けない。たとえ一日休憩をもらったとしても。
キースはエイジと同じぐらい細身のくせして、エイジよりもだいぶ体力があるようだ。
クォードもスレンダーに見えるが、エイジよりはピンピンしている。
斬は見た目通りの体力馬鹿で、つまるところエイジだけが貧弱体力なのであった。
「あーあ、体力ないわねぇ。あんた見た目通りのモヤシなのね」などとピコロットまでもが調子に乗ってエイジをディスるのへは、クォードの無言の奇襲チョップが妖精の首筋にお見舞いされる。
「ゴハッ!」と叫んで地に墜落した彼女を拾いあげるでもなく、一行は次の街を求めて歩いていく。
「気にするこたねぇぜ。徒歩で街から街へ移動しようってほうが、おかしいんだからよ。普通の人間なら、馬車で移動する距離だ」
クォードの慰めを受けて、しっかり斬の袖に掴まっていたエイジは項垂れがちに頷いた。
「……そうだな。すまない、皆。気を遣わせてしまって」
今度は斬がフォローする番だ。
「いや、距離感を間違えて歩かせてしまった俺に責任がある。エイジは気に病まないでくれ」
「なんなら、鎧甲冑を呼び出せばよかったんじゃないか?あいつに運ぶよう命令すれば」とのキースの案には首を振り、「戦闘中でなければ呼び出せないみたいだ」とエイジが答える。
便利なようで不便なものだ、魔法というのも。
「コッラー!私を置いていくんじゃなーい!!」
意識を取り戻したピコロットが追いかけてきて、再び一行に加わった。
半日経過して、ようやく新たな街へ到着する。
確かに、この距離では馬車が必要だったかもしれない。
しかし最初の街に停留所などなかったようにも記憶しているし、やはり個人で購入するしかあるまい。
腕の中ですやすやと眠るエイジを見て、斬は口元に笑みを浮かべる。
起きている時は目元の涼し気なクールイケメンだが、眠っているエイジは幼子のようで可愛い。
仄かに良い匂いがする。香水か何かをつけているのだろうか?
だが、さすがに面と向かってイイ匂いがするなどと言ったらセクハラ案件で嫌われてしまう可能性が高い。
今日の密かに嬉しかった思い出は、己の胸の内だけに秘めておこうと斬は考えた。
「おい、何ニヤニヤしてんだ。意味もなくスケベ笑いしてんじゃねぇぞ、勇者様」
クォードに突っ込まれ、斬はハッと我に返る。
「なんだ、バイーンでムチムチなオッパイでもいたか?」
続けて辺りをきょろきょろするキースはスルーし、宿を目視で探した。
あった。
すぐ近くに一軒建っている。
「今日は宿に泊まって、明日馬車を探そう」
仲間たちに告げると、斬はエイジをお姫様だっこで抱えたまま、宿の戸を体当たりで勢いよく開けたのであった。
「……いや、言ってくれれば俺が開けてやったんだが」と突っ込みながら、キースやクォードも後に続いた。