十二周年記念企画・闇鍋if

Barak Island Fight!!

18.コードK

獣人にまつわる異変は、かねてより噂になっていたのだろう。
翌日、テレポットからニューシティに移動した一行は、コードKに関する情報を思ったよりも早く入手した。
「これがニューシティの地図だ」
作戦会議室と称した宿の一角に集まり、集めてきた情報をまとめる。
テーブルの上に広げられたのは、ニューシティの全体地図。
地図の隅っこにある建物を指さし、吉敷が言う。
「この辺にある廃屋が、最近使われ始めたらしい。武装した獣人が何人もウロウロしていて、ニューシティの住民でも近寄りがたい場所になっているようだ」
「いかにも怪しんで下さいと言わんばかりだな」
GENが呆れる横では、ZENONがバシっと拳で掌を殴る。
「で?コードKは間違いなく、その廃屋の中にいるのか?」
「それは間違いねぇ」と頷いたのは、ダークエルフのシャウニィ。
「俺も一応別方面から確認を取ってみたんだが、獣人達がボスだのKだのと呼ぶ男が廃屋に住んでいるのは事実だ。姿を見た奴の話だと、黒づくめで仮面をかぶった怪しい事この上ない奴だったらしいぜ」
ランスロットが首を傾げる。
『彼らは廃屋で何をしているんでしょう?』
「そりゃあ、もちろん」とデヴィットが答えた。
「僕達を捜しているんだろうさ」
『いえ、そうではなく……』
ランスロットは口ごもり、己のご主人様を見る。
視線で察したか、エイジが使い魔の疑問を受け継いだ。
「コードKは、そもそも、この世界で何をするつもりだったんだ?デヴィット探しは後付だろう。邪魔者を駆逐しなければいけないほどの、本来の目的があったはずだ」
「そんなのは本人に会った時、直接聞けば判る話さ」
デヴィットが肩をすくめる。
「それより、敵の本拠地が近いんだ。そろそろ時空を切り開いてくれると助かる」
「そうだな。乗り込む前に敵地を調べておく必要もあるだろう」
吉敷の視線もランスロットに移り、悪魔は頷いた。
『判りました。では、ちょいと失礼』
ランスロットが立ち上がり、何もない空中を槍で軽く撫でる。
ブゥ……ンと耳障りな音が鳴り、何もないと思っていた空間が暗く斬り開かれた。
次の瞬間[吉敷ー!]と声なき声が叫び、真っ白なものがポーンと飛び出してくる。
そいつは狙い違わず吉敷の胸元へ一直線の弾道を描き、彼の手の中に収まった。
「管狐!」
[吉敷ー!吉敷、吉敷、会いたかった!すごく、すごく寂しかったよ〜]
真っ白いものが飛び出してきたと思ったのは一瞬で、すぐに吉敷以外の皆には見えなくなる。
見間違いか?と目をこすっているデヴィットにも話しかける声があった。
『デヴィット。ようやく再会か、待ちくたびれたぞ』
「そりゃないんじゃないか?アーシュラ。僕だって」
一旦は皮肉で返そうとして、デヴィットは思い直す。
『僕だって?』と聞き返すアーシュラの胸に飛び込むと、鼻にかかる裏声で甘えた。
「キャ〜ン♪アーシュラ、会いたかったよォ。もう、僕寂しくて寂しくて、死んじゃうかと思った☆アーシュラは僕がいなくて寂しくなかった?泣いたりしていなかった?ウフッ」
『やめんか!!』と怒鳴ったのはアーシュラだけではなく、その場にいた全員がデヴィットの頭に一発くれる。
「ひ、ひどいなぁ。せっかく涙の再会だってのに」
『なにが涙だ!鳥肌が立ったわ、たわけめがッ』
全然反省していないデヴィットには、せっかく再会したというのにアーシュラの機嫌も下がる一方だ。
場を取りなそうと、ソロンが咳払いした。
「場所は判ったンだ。猫道ッてのを使って、行ってみようぜ」
「待て。猫道を使ってトコトコ歩いていくつもりか?」
待ったをかけてきたのはキースだ。
「そのつもりだけど……」と答えるダグーへにやりと笑うと、キースは席を立った。
「のんびり歩いて近づくのは、敵に襲撃させるチャンスを与えるようなものだ。そこで、俺が開発した風力車に乗って楽ちんに移動しようじゃないか。これなら体力も無駄に使わず済むし、敵に見つかっても逃げ切れる。一石二鳥だ」
自信満々なのは結構だが、名前からは全く見当もつかない発明だ。
「風力車って?」と口々に尋ねる仲間へは、先に立って手招きした。
「説明するより、実際に現物を見た方が早いだろう。来てくれ」

キースの発明した風力車とは――
文字通り、風の力で動く車であった。
後方に風を送り出すプロペラがついており、スイッチオンと同時に回り出す。
止めるにはスイッチを切ればいい。
方向変換は前方座席のハンドルで操作可能だ。
「エコだね」と喜ぶダグーに「金がかからなくて理想的だ」とデヴィットも賛同する。
ピートが座席を覗き込んで言った。
「でもこれ、全員乗れるかな?」
座席は六つしかない。もはや足りないってレベルじゃない。
『パーシェルは猫道で誘導するから乗らなくてもいいニャ』
パーシェルが、あっさり諦めたのをきっかけに、「我が輩は同行せんからな」と言い出したのはグラウ。
「我が輩は、ここでオサラバするとしよう」
「えっ、いかないのか?グラウ」
驚くダグーにグラウが首を振る。
「我が輩に任された依頼は獣人達の居場所を突き止める一件であったし、それはもう解決した。加えてダグー、君の仲間の探し人も見つかったではないか。従って、我が輩には同行する理由がなくなったと言えよう」
もっともな理由にダグーはしょんぼりと項垂れ、それでも納得する。
「そうか……長いようで短いつきあいだったけど、ここでお別れだね」
「ウム。必ず戻ってきて、我が輩に可愛い笑顔を見せにくるのだぞ」
二人のお別れを横目に見ながら、デヴィットも呟いた。
ただし、探偵には聞こえない程度の小さな声で。
「足手まといのヘボ探偵についてこられちゃ、こっちが迷惑だよ」
「あ、そうそう。俺も行かねーから」
意外な宣言をかましてきたのは、シャウニィであった。
「俺はマクリゥスんとこでソロン、お前の報告を待ってる事にするわ」
「ハァ?なンで行かねェンだよ、召喚師サマ」
怪訝な表情で睨んでくるソロンへは、ひらひらと手を振った。
「どうもヤバイ予感がしてな……異端者同士の揉め事は、出来る限り異端者同士で解決させた方がいいんじゃねーかと思ってよ。それによ、俺がついていったら獣人が勝手にエキサイトして余計な争いが起こりそうだしなァ」
「ンじゃあ、俺もココで待って――」
便乗でリタイアを告げようとするソロンには、全員が追いすがる。
「待って!」
「アァ?待ってッて、何でだよ」
「そ、ソロンは一緒に来て欲しいな……どうしても嫌っていうなら仕方ないけど」
上目遣いにじぃっとダグーに見つめられ、ソロンはポリポリ頭をかいていたが。
「ま、お前らがどうしてもッつーなら一緒に行ってやるよ」
あっさり前言撤回してくれた。
「よし、他にリタイアしたい奴はいるかい?」
ぐるりと皆の顔を見渡して、これ以上いないことを確かめると、デヴィットは号令をかける。
「それじゃ皆、無理矢理にでも風力車に乗って出発だ!」
座席は勿論のこと、ボンネットや屋根の上にも人を乗せて、車は静かに走り出す。


風力車の前方を黒猫が数匹、走っていく。
えっ、こんな処を通るの?ってな細い道を通り抜け、人っ子一人いない寂しい道も通り抜け、やがてゴーストタウンさながらに廃屋の建ち並ぶ区域に出た。
「ここに……Kが」
彼が潜んでいるとされるのは、見上げるほど高い建物だ。
廃屋というより城と称した方が、それらしい。
門扉前には、物々しい重装備の獣人が見張りをしている。
「どうやって入る?強行突破か、油断を誘って忍び込むか」
尋ねるエイジへ吉敷が手を挙げる。
「まずは、俺が探ってみる」
懐から竹の筒を取り出し、軽く振った。
「管狐、話は聞こえたな?頼むぞ、中の様子を探ってきてくれ」
[うん、任せて!吉敷]
白いものがチョロチョロ這い出てきたかと思うと、一瞬で消えた。
否、消えたのではない。
皆の目には見えなくなっただけで、管狐は、そこにいる。
白い、ぽわぽわした毛の生えた小さな狐の姿で。
無論、ただの白い狐ではない。聖獣――霊体に近い召喚獣の一種だ。
吉敷と意識がシンクロしており、管狐の見たヴィジョンを吉敷も共用する。
小さい上、霊体だから誰の目にもとまらず侵入できる。
探索にうってつけの逸材であった。
「……便利だな」
ぼそっと呟くエイジに、デヴィットも同感だ。
「僕も、ああいう悪魔を使役すれば良かったかな」
「お前には無理だ」
即座にバッサリ却下され、むっとなるデヴィットにエイジが薄く笑う。
「お前は好戦的だからな、デヴィット。ちまちま探る手間をかけるぐらいなら、正々堂々と乗り込んでいくタイプだろ?」
「まぁね」
なんだ、僕のことをよく判っているじゃないか。
さすが僕が未来のパートナーと決めた男だ。
デヴィットは嬉しくなり、エイジの手を握ろうとしたのだが、寸前でランスロットの槍に突かれ、「痛ッ!」と悲鳴をあげるハメに終わった。
「うるさいよ、デヴィット。見つかったらどうするんだ」
生意気小僧のピートにまで怒られて、デヴィットは内心ぶぅたれる。
悪いのはランスロットなのに、何故こっちが怒られるんだ。
だが、ふくれていたのも数秒で、すぐに彼は機嫌を直した。
吉敷の報告が入ったからだ。
「コードKらしき黒服は中にいるようだ。獣人達のガードが手薄な場所も見つけた……二階の窓だ。ピート、お前の瞬間移動は最大何人まで運べるんだ?」
「二階から侵入するの?別にいいけど」
一応聞き返してから、ピートが答える。
「最大何人って、オレを含めて十人ぐらいまでならイケるよ」
悪魔達の移動方法は、瞬間移動に頼らなくても何とかなる。
それでも一人余る計算だが、ここはピートに踏ん張ってもらおう。
「全員同じルートで潜り込むのか?」と、これはキースの疑問に、GENが立ち上がり、片手でZENONを呼び寄せながら言った。
「俺とZENONは正面から入って囮になる。皆は、その間に二階から入り込み、コードKの元へ急いでくれ」
「囮!?どうして、そんな危険な立ち回りを」
驚きのあまり、つい大声を出すダグーをシッと指で制してから、GENは声を潜めて答えた。
「大勢でゾロゾロいって一網打尽になるつもりか?それよりは、二方向から来たと思わせて邪魔な獣人を少しでも片付けておいたほうが、挟み撃ちの危険性も減っていいと思うけどね」
「でも、それを君たちがやる必要は」
尚も食い下がるダグーを黙らせたのは、アリスだ。
「どのみち誰かがやらければいけない事だわ。なら、それなりに戦力のある人間が立ち回るのがいい。追い込まれても、捕まって人質になったりせず、自力で逃げ出せる程度の実力のある人が」
最後のほうは、ダグーへ向けた痛烈な嫌味だろうか。
「とにかく、GENとZENON以外の皆をつれていけばいいんだな?」とは、ピート。
答えたのはデヴィットだ。
「悪魔達も除いてね」

GENとZENONが門扉前へ突撃し、やがて表玄関が騒然とするのを見守ってから、ピート達は二階の部屋へ瞬間移動する。
アーシュラもランスロットとパーシェルを抱えて、二階のベランダへ降り立った。
手薄だと言われていたとおり、二階に多くの気配はない。
「皆、これをつけてくれ」
キースに手渡されたのは、レンズの赤い眼鏡だ。
「なんだい?これ。眼鏡に見えるけど」
訝しげなデヴィットに、キースは眼鏡をキラーンと光らせて答えた。
「フッフッフ。ただの眼鏡じゃない。俺の考案した『透視de暗視眼鏡』だ」
「またワケのわからんものを……」
吉敷のぼやきは聞こえなかったフリでスルーして、キースが急かしてくる。
「さぁ、早くかけてみろ。驚くべき風景がお前達の前に現れるはずだ」
キースの鼻息の荒さに辟易して、渋々眼鏡をかけてみる。
かけた瞬間、誰もが「おぉっ!」と感嘆の声を上げた。
目の前にあったはずの扉が消えてなくなった。
そればかりか部屋の外、廊下の先まで見通せる。
奥の部屋に幾つか、ぼんやりと明るい光が見えている。
「なンだ?この光」
ソロンの呟きをいち早くキャッチして、得意満面にキースが答える。
「熱反応だな。生き物がいると、光として認識するんだ」
では、獣人だろうか。
同じ部屋に一人だけ、離れた場所に座っている奴がいる。
「あれがKかな」と呟くデヴィットに、ダグーが力強く頷いた。
「たぶんね」
デヴィットは振り返り、ダグーを見つめてみる。
真っ赤な光の塊が、そこに立っていた。
「暗視は判るし、透視ってのも判るんだが……」
心なしかガッカリした声色が伝わったのか、キースがデヴィットに耳打ちした。
「透視には切り替えスイッチがある。レンズフレームの真下だ」
「どれどれ」
眼鏡を一旦外し、レンズの真下にあるデッパリを押してから、かけなおす。
再びダグーを見て「おぉっ!」と喜ぶデヴィットの頭を、アーシュラが容赦なく叩いた。
『貴様、よもや此処へ何をしに来たのか忘れたわけではあるまいな?』
「お、お前なぁっ!ご主人様の頭をポンポン殴るなよっ」
カッとなって言い返したデヴィットは、「あっ、そうだ」とばかりにエイジのほうも見ようとしたのだが、その前に眼鏡を使い魔に没収されてしまった。
『目的のいる場所は判ったのだ……もう眼鏡は必要あるまい』
「そうだな」
心底萎えた顔で吉敷やピート、ソロンはおろか、コハクやアリスまでもが頷く。
デヴィットのスケベ心は皆のテンションを大幅に下げてしまったようだ。
「チェッ。女の子を見ようとしなかった点は褒めて欲しいんだけどな」
「お前の場合は、どちらでも同じだ。相手が汚れることに替わりはない」
エイジやランスロットにも冷たい目線で切り捨てられ、デヴィットはブツブツ文句を言いながら、皆の後ろをダグーと一緒に歩いていく。
「君だって見たかった人がいるんじゃないか?ダグー」
話をふられては無視することもできず、ダグーは愛想笑いで受け流す。
「そ、そうだね。でも、すごい発明すぎて思いつきもしなかったよ」
「フッ。甘いな」と会話に混ざってきたのは、しんがりを務めるキースだ。
「俺はバッチリ見ておいたぞ。ランスロットの裸体をな……!」
さすが眼鏡の開発者、やるべき点はきっちり抑えている。
間違っても、見られた本人にだけは聞かれたくない会話だが。
「……パーシェルとアリスの分は?」
こそっと尋ねるデヴィットへ、キースもぼそっと答え返す。
「俺は貧乳に興味がない」
なるほど。妙に納得した。
納得ついでにデヴィットも感想を言っておいた。本人へ。
「ダグー、君のって意外と大きいんだね。驚いたよ」
「えっ?俺の、なにが?」
ダグーの質問は、吉敷の「シッ」という注意でかき消される。
「……いくぞ」
問題の部屋についたのだ。
それぞれに頷くと、ソロンが一気に扉を開け放つ。

「誰だ!」と叫ぶ暇もなく、獣人が三匹まとめて壁まで吹っ飛び気絶する。
問答無用でアーシュラが先制攻撃を打って出たのだ。
「えっ、えっ?」
打ち合わせにはないアドリブに、ダグーや吉敷は困惑する。
周囲の困惑や騒動を余所に、アリスが椅子に腰掛けた人物へ話しかけた。
「あなたは私達に会いたかったの?それとも、私達を殺したかった……?」
くるりと椅子が回転して、座っていた人物が立ち上がる。
男だ。
年の頃は二十半ばだろうか。短い黒髪に、黒いタキシード。
男の顔を見た瞬間、ピートがあっと叫んだ。
「あんたは、K!Kじゃないか、生きていたのか!?」
「知り合いか?」と尋ねるエイジを無視し、なおも呼びかける。
「K、オレを覚えているか?ピートだ!アストロ・ソールを裏切って、一時期あんたの下についた念動者のピート=クロニクルだ!!」
男の口元が僅かに歪み、静かな声がピートへ応える。
「あぁ、覚えているよ。ピート。インフィニティ・ブラック崩壊後はアストロ・ソールへ戻って正義のヒーローに成り下がった君を、僕が忘れるはずがない」
うっと呻いてピートが怯む。
彼を庇う位置に立ちながら、ランスロットが牽制した。
『昔の友を詰るとは、それでも、あなた、彼の仲間ですか!』
Kもまた、ランスロットを睨みつけて言い返す。
「仲間だった、そう言ってもらおうか。僕はもう、昔のKではない」
「生まれ変わったとでも言うつもりかい?」
軽口を叩くデヴィットを一瞥し、Kが頷く。
「その通り。インフィニティ・ブラックのK――黒田啓介は組織崩壊と共に滅んだ。その後、真人に存在を認められて生まれ変わったのが、今の僕――コードKだ」
「一度死んで……生まれ変わった?」
その答えはピートにとって予想外だったのか、見る見るうちに蒼白になった彼は、ぺたんと膝をつく。
「そんな……やっぱり、あの時に死んで……」
「じゃあ、今のあんたは死霊なのか?」と尋ねる吉敷へは首を振り、コードKは答えた。
「言っただろう、生まれ変わったと。僕は新たな生を受けたのだ。弱い体と心を持つ黒田啓介は、もうどこにもいない。ここにいるのは、真人と同じ能力を与えられ、永遠の命を授かったコードKという存在だ」
「でも、ピートのことは、ちゃんと覚えていた」
ぽつりとアリスが言い、Kは肩をすくめる。
「そりゃあ、そうさ。前世の記憶は残っているからね」
剣呑に話を遮ったのは、ソロンだ。
「それで……そのコードK様はファーストエンドへ何をしにいらッしゃッたッてンだ?」
原住民としては、是非とも聞いておきたい。
獣人を煽動してまでデヴィットを葬ろうとした先には、Kの本来の目的があったはずだ。
だがKは、あっさり首を真横に振ると、ソロンへ向けて微笑んだ。
「僕がやりたかったこと?僕は何もやろうとしていない。ただ、あいつの元から離れたかった。そう、それが僕の目的といえば目的になるか」
誰もがポカーンとなり、だが、それも一瞬で、真っ先に我に返ったソロンが怒鳴り返す。
「ふざけンな!その為だけに、獣人を犠牲にしたッてのか!?」
「あれは真人が僕に追っ手をかけたりするからだ」
Kは、さも心外だと言いたげに眉をひそめた。
「僕は悪さをするつもりで抜け出したんじゃない。ただ、真人の側にいるのが、たまらなく苦痛になった。だから逃げただけだ。なのに、真人は目くじら立てて僕を悪者に仕立て上げて、おまけに、そこのニヤケヅラの凡人に僕を始末させようとしたのさ。だから、こちらも抵抗させてもらうことにした。それだけの話だ」
そこの、と指をさされてデヴィットも片眉をつりあげる。
「僕だって、いい迷惑だ。君が自分本位で脱走なんかしたせいで、何の関係もないのに呼び出されちまったんだからな」
「ホントに、そう思うのか?」とソロンが混ぜっ返す。
「どういう意味だ?」と聞き返してきたKへ、答えた。
「真人は……お前を始末したかったンじゃなくて、連れ戻したかっただけじゃねェのか?なぁデヴィット、そうだろ?真人の使い、エート、なんつッたか」
「リュウ?」と、ダグーが口を挟む。
「そう、そいつだ!リュウに言われたンだろ?コードKは倒すンじゃなくて、捕まえるだけでいいッて」
「正確にはリュウじゃなくてシンって奴なんだけどね、僕に伝えたのは」
ついでにいうと、リュウとシンは真人の使いでもない。
彼らは真人からの伝言を、デヴィットへ伝えただけだ。
デヴィットはソロンの言葉を訂正し、コードKへ向き直る。
「そういうわけだから。とっとと自分のあるべき居場所へ戻ってくれるかな?」
「戻れと言われて、ハイそうですねと素直に僕が戻るとでも?」
小馬鹿にしたら小馬鹿に仕返された。素直に言うことを聞くタマではないようだ。
「……ならば戦ってでも元の世界へ戻って貰うしかない……」
コハクが、ぼそりと呟き剣を引き抜く。
アリスも無言で抜刀し、構えに入る。
だが緊迫する場を収めたのは、当のコードK本人であった。
「君たちが普通に戦って僕に勝てると思っているのか?」
「……やってみなければ、判らないわ」
警戒を解かないアリスへ苦笑を浮かべ、Kは言った。
「やらなくても結果は見えている。だから、ここは僕から提案しよう」
「提案?」
皆が揃って首を傾げる。
その反応に満足したKは、デヴィットへ視線を向けて言った。
「真人に選ばれたのは君だ、デヴィット。だから君に選択権をやろう。君の好きな勝負方法で僕を倒してみろ。それが僕の提案だ」
「えっ?ほ、ホントにそれでいいの!?」
「……何か裏があるんじゃ……」
疑わしそうに睨みつける者、急な展開にオロオロする者。
皆の反応は個々によって様々だったが、デヴィットは、その、どれでもなく、不敵な笑みを浮かべてコードKを見つめ返すと、偉そうに答えた。
「僕が決めていいのかい?じゃあ、遠慮なく好きに決めさせてもらうよ。そうだな、勝負方法は野球拳だ。じゃんけんをして、一枚ずつ服を脱いでいく。先にスッポンポンになったほうの負けだ」


「え〜〜〜〜っ!?」


絶叫の嵐の中、コードKが平然と尋ねる。
「僕と君で野球拳を?だが、それでは他の者達の立場がないじゃないか。せっかく真人が君の助っ人として用意してくれたのに使ってやらないのか?」
デヴィットは少し考え、言い直す。
「じゃあ、こうしよう。僕と君とでチームを組み、勝ち抜き野球拳をやる」
「それはいいが、僕のチームメイトは?君の使い魔が先ほど、ここにいた僕の配下を片付けてしまったようだが」
野球拳なんて不確かな勝負方法を選ぶデヴィットもデヴィットだが、先ほどから眉一つ動かさず平然とやりあっているKもKだ。
たまりかねて、ピートが口を挟んだ。
「K!あんたは、そんなんでいいのか?そんなに自由になりたかったのに、じゃんけんなんてテキトーな勝負で負けたら、またシンジンなんて嫌な奴のいる場所へ戻らなきゃいけないんだぞ!?」
「僕は真人が嫌だとは一言も言っていないよ、ピート」
意外や優しい声色が返ってきて、ピートはビクリと体を震わせる。
最初に辛辣な言葉を放ったKはどこにもおらず、菩薩の如き穏和な表情を浮かべた彼と目があった。
「ただ、苦痛になっただけだ」
「嫌になったのと、どう違うというんだ!」
吉敷の問いにKは緩く首を振り、「君達に判って貰えるとは思っていないが……」と前置きした上で続けた。
「無限に生きるつらさが、君達に判るか?歳も取らず、何年も何万年も代わり映えのしない真っ白な空間で、各次元を監視し続ける……それが、苦痛になって出ていった。それだけの話だ。僕は真人が嫌になったんじゃない。自分の立場が嫌になったんだ」
「どうして勝負方法を私達に決めさせたの?」と、これはアリスの問いに、口の端を僅かに歪めてコードKが笑う。
「必ず勝てる勝負など、やって面白いと思うかい?代わり映えのしない世界を抜け出した、この僕が?勝負は行方が判らなければ判らなくなるほど、面白くなる。だからデヴィットの提案する野球拳……不確定な運の絡む、この勝負が気に入った」
「で、でもチームは、どうするんだ?オレ、やだぞ。皆の前でマッパになるなんて!」
ぽろりとピートが本音を漏らし、パーシェルも首を傾げた。
『パーシェル達全員vsコードKで戦うニャ?』
「いや、それはフェアじゃない」とデヴィットが否定し、皆の顔を見渡す。
「僕達は二組に分かれ、一組は僕のチーム。もう一組はコードKと組み、野球拳で戦うんだ。もちろん、どちらが勝っても恨みっこなしだぞ」
「しかし、それでは八百長し放題じゃないのか?」
もっともな疑問をキースが放ち、そんな彼を真摯な瞳でデヴィットが見つめ返す。
「キース、君は八百長で勝って喜ぶ人間なのかい?小さいなァ、器が小さすぎるよ。僕は違う、味方が敵に回ろうと正々堂々と戦ってみせる。この中で、八百長の好きな人は手をあげて〜!」
いきなり聞かれたって、すぐに手を挙げられるもんじゃない。
皆がアタフタしているうちに、アンケート時間はタイムオーバーになった。
「どうやら一人もいないようだね。僕は嬉しいよ、皆が正々堂々と戦う人ばかりで。さぁ、そうと決まったら、さっそく野球拳で勝負だ!あ、チーム分けは僕が決めるよ?文句ないよね。だって、勝負方法を決める選択権があるのは、この僕なんだから」
誰にも口を挟めないほどのマシンガントークで捲し立てると、デヴィットは手際よくチームメイトを決めてゆく。
そして、ついに皆の命運をかけた野球拳が幕を落とす――!

ちなみにチーム分けは、以下の通り。
デヴィットチームは、デヴィット・ダグー・ランスロットの三名。
対するコードKチームは、コードK・エイジ・アリスの三名。
明らかにデヴィットの思惑……というか、あまり宜しくない下心が潜んだチーム分けだ。
だがもう、この時点で皆は、やる気をなくしており、どうでもいいやという雰囲気の中、勝ち抜き野球拳は始まったのである。

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