16.全員集合!俺達の戦いは、これからだ
歯をガチガチ言わせながら酒場まで逃げ込むと、ようやく一同は暖炉の前に落ち着いた。「これから、どうするんだ?」
エイジに問われ、デヴィットは考え込む。
ランスロットさえ見つかれば、あとは簡単だと思っていたが、まさか悪魔が記憶喪失になっていたなんて。
これじゃアーシュラとも再会できない。どうしたものか。
「やっぱりエイジがキスしてショック療法で治すってのは」
「却下だ」
エイジにはギロリと睨まれ、デヴィットは再び考える。
「記憶喪失を治せる奴が、飛ばされてきていればなぁ……」
デヴィットの独り言に、コハクが反応する。
「出来る奴が……いるかもしれん」
「えっ、マジ!?」
がたんっと勢いよく立ち上がるデヴィットへ、コハクは無表情に頷いた。
「……キースがいれば、な」
「キース?誰だい、それ。君の友達?」
ダグーへも頷き、コハクは続けた。
「キースは学者だ……恐らく、な。奴なら何か解決法を思いつくかもしれん」
間髪入れず、戸口のほうから答えが返ってくる。
「いや、俺は学者じゃない。軍人だ」
えっとなって皆が戸口を振り向くと、眼鏡の青年を筆頭に、額当てをつけた逆毛剣士やら、防寒具にくるまれたデカブツやら茶髪の逆毛やら、金髪のチビ、黒衣のロン毛など多種多彩な面々が揃っている。
「……無事だったのか」
コハクのぼそっとした呟きに、黒衣の男が笑顔で応えた。
「それは、こっちの台詞だ。お互い無事で何よりだな」
「ふむ、こちらの方は?」
聞いた側からグラウは目を大きく見開いて、ずささーっと後ずさる。
大袈裟なリアクションには仲間のほうが驚いて、彼に尋ねた。
「どうしたんだ?アホ探偵」
「えぇい、頭が高い!そちらにおわすダークエルフ様を何と心得る!」
何故か時代劇口調で叫ぶと、グラウは床にひれ伏した。
「噂に名高いダークエルフの召喚師、シャウニィ=ダークゾーン様と、このような場所でお目にかかれるとは至極光栄、恐縮でございます!!!」
滅茶苦茶へりくだっている。権力に弱い奴だったのか、このトカゲは。
土下座されたほうはポリポリと頬をかき、苦笑気味に言った。
「あー、そんなかしこまる必要ねーから。んで?よっしー、そいつがお前の言ってたコハクでヒスイって奴か?」
「あぁ、この黒服はな。だが、他の奴らは知らん。初顔だ」
二人が話すのを見ながら、デヴィットはダークエルフを注視する。
肌は褐色、耳が尖っている。一見は悪魔に似た外見だが、悪魔ではない。
グラウはダークエルフと呼んでいた。
あの高慢ちきが土下座するぐらいだから、この世界では権威ある存在なのだろう。
やたら露出度の高いローブを着ていて、ちっともそうは見えないが。
どちらかというと、娼婦だ。いや、男だから娼夫?
コハクが、ぼそぼそとキースへ話しかける。
「キース……頼みがある」
「なんだ?」
「彼女を、診察してやってほしい……記憶を失っているそうだ」
「診察?といわれても、俺は医者じゃないぞ」
ランスロットの元へ歩いてくると、キースは舐めるような視線で悪魔を眺め回した。
「ふーん。記憶障害か、厄介だな」とか言いながら、ひょいっと両手を伸ばして何をするかと思いきや、ランスロットの胸をむんずと掴んでモミモミするもんだから、『きゃあ!?』と叫んでランスロットは後ずさり、代わりにエイジが飛び込んできて、キースの横っ面を、これでもかとばかりにグーで殴りつけた。
「貴様ッ、俺の使い魔に何をする!?」
「何って、おっぱいをモミモミしたに決まっているじゃないか」
鼻血を流しながらも、平然と答えるキース。
「おっ……!」と、これにはエイジの方が言葉に詰まってしまい、たちどころに真っ赤になって、ぷるぷる震える彼にはデヴィットが助け船に入った。
「ろくに自己紹介もしないうちから胸を掴んで揉むなんて、僕でもビックリのセクハラだぞ?コハク、君の仲間も随分と品がないんだねぇ」
コハクはボーッと突っ立っていたが、一応答えた。
「俺も……驚いている……」
キースとは、少しの間しか一緒にいなかったのだ。
まさか、こんなセクハラ魔神だったとは、コハクとしても予想外である。
怒りで硬直しているエイジの肩をポンポン叩き、キースが熱い目つきで語り出す。
「いいオッパイだったぞ。弾力、形、大きさ。どれも合格点だ。使い魔ってことは、毎日こんなオッパイと暮らしているわけか。羨ましいご身分だな。どうだ、毎日揉んでやっているのか?オッパイは好きな人に揉んでもらうと大きくなるらしい。もっと大きくしてやらなきゃいけないぞ、それがご主人様の義務ってもんだ」
「だっ、誰が、揉んだりなど……!」
卑猥な妄想セクハラ発言を受けて、エイジは自分の熱で熱中症になりそうなほど茹だっている。
だが、そんなエイジの気持ちなどキースにとっては、どこ吹く風。
「うむ、気に入った。たとえメリットがなくても、おっぱいに免じて記憶喪失を治してやろう。俺に全て任せておけ」
キラーンと眼鏡を光らせると、キースは大股に二階へ歩いていく。
「どこへ行くんだ?」との吉敷には、振り返りもせずに答えた。
「二階に俺の工具が置いてある。おっぱい娘の記憶喪失を治す機械を作ってやるから、しばらく待っていろ」
とんだハプニングはあったものの、キースは一応頼れる仲間のようだ。
彼が機械を完成させるまで、しばらく雑談でもしていよう。
残りのメンバーにもデヴィットが呼びかける。
「さっきの変態眼鏡はキース。で、そっちの黒い耳トンガリさんがシャウニィ=ダークゾーン様。で、残りの人達はなんていうんだい?名前を教えてくれないかな」
「俺は吉敷だ。長門日 吉敷」
黒衣の男が会釈する。
続いて頭を下げたのは逆毛のエクソシストだ。
「俺は……GEN。こっちは同僚のZENONだ」
心なしか、デヴィットを見る目には殺意が込められている。
――なんでだ。恨まれる覚えなんかないぞ?
デヴィットは首を傾げるが、続く大男の行動には、もっと驚かされた。
「そんなことより、そこの猫娘!よくも俺の前にツラァ表せたもんだな!」
挨拶もぬきにパーシェルへ飛びかかると、拳を一気に振り下ろす。
だがパーシェルも然る者、ただ殴られるほどには鈍くない。
すんでの所で拳をよけると、ガリッと大男をひっかいて、腕の中から抜け出した。
『いきなり何すんニャ!乱暴者ニャッ』
「うるせぇ、このクソ悪魔が!今日という今日こそは成敗してやんぜッ」
一発触発の場を回避したのは、逆毛剣士の仲裁だった。
「おいおい、やめとけ、お前ら。酒場で乱闘すッと追い出されッぞ?」
まだ興奮冷めやらずフーッと鼻息荒くいきり立つパーシェルの頭をなでて、謝罪する。
「悪かッたな。仲間がいきなり襲いかかッたりしちまって」
撫でられているうちにパーシェルの機嫌も良くなったか、彼女はゴロゴロ喉を鳴らして、剣士に擦り寄った。
『ふにゃ〜ん』
すっかり大人しくなったパーシェルに満足し、剣士は改めて一行を見渡した。
「俺はソロン、ソロン=ジラードだ。ファーストエンドで冒険者をやッている」
「ソロンだって!?」
ダグーとデヴィットがハモッて驚く。
こんな処で噂の冒険者と出会うとは、運命って判らないものだ。
「ソロン、すっかり有名だな」と茶化したシャウニィが、促してきた。
「そんで、お前らの名前は?」
「あ、俺はダグー」
「僕はデヴィット=ボーンっていうんだけど」
今度はソロン達が驚く番だ。
「お前が……獣人達に狙われている最重要人物の、デヴィットだッて?」
「まぁね。話せば長いことながら、僕は重要な使命を帯びて、ここへ来たんだ」
もったいつけて、つらつらとデヴィットが話し始める。
敵意の目で睨んでいたGENとZENONの二人も、やがて話に引き込まれていった。
全てを聞き終えた後、酒場には沈黙が訪れる。
「元の世界へ戻るにはコードKとやらを捕まえなければいけない、というわけか」
吉敷が渋い顔で呟く横では、GENが何度もかぶりを振る。
「信じられないな。言っているのがデヴィット、あんただっていうんじゃ尚更だ」
デヴィットはイラッとして応えた。
「なんでか君は僕を敵視しているようだけど、僕が君を騙して得られるメリットを知りたいね。僕だって、さっさと終わらせて元の世界へ帰りたいんだ。英雄なんてのは、全然、僕のガラじゃないんだから」
「デヴィットはいい人だよ」とダグーも口添えする。
「彼は俺を助けてくれたんだ、獣人に襲われていた俺を」
「それで……Kは今、どこにいるんだ?」と、これは金髪少年ピートの問いに、「いる場所は大体知っている」と答えたのはアリスだ。
アリスとグラウ、それからパーシェルが一時期、獣人の仲間になっていたこともデヴィットは話した。
もちろん彼女たちが偽の情報に騙されていたとフォローしておいたが。
「キーリアから聞いたんだね?」
ダグーに言われ、彼女は頷いた。
「コードKはニューシティに隠れている。ただ、ニューシティの何処かまでは……」
『ハーイ、ハイハイ!』と元気よく手をあげたのは、パーシェルだ。
『あとはパーシェルにお任せなのニャ!猫道で突き止めてみせるのニャ』
「猫道?」と首を傾げる面々へは、デヴィットが補足する。
猫にしか判らないショートカットだ。パーシェルは猫とも会話が出来る。
街の猫に聞けば、猫道を辿ってコードKの元へも辿り着けよう。
「これで後はアーシュラがいれば、戦力も潤って完璧なんだけどねぇ」
「ランスロット……さん、の能力があれば俺の聖獣も呼び出せるな」と、吉敷。
ランスロットは皆の注目を浴びて、恥ずかしそうに俯いた。
これはこれで、可愛い。たとえ記憶が戻らなくても手元に置いておきたい――
なんて、うっかり妄想に浸っていたエイジは、己の妄想を振り払わんとばかりに激しく首を振る。
馬鹿な妄想に浸っている場合じゃない。
ランスロットには、やはりエイジの知るランスロットに戻って欲しい。
その時、二階から大きな爆音が轟いた。
真っ先にソロンが駆け上がり、「どうした、キース!」と部屋へ飛び込む。
続いて、ゲホゲホ誰かがむせる咳。
キースの苦しそうな「くそっ、部品が足りないとは不覚」という愚痴も聞こえてきた。
なんだかよく判らないが、機械を作るのに失敗したようだ。
「あまり……アテにしないほうがいいみたいだな」
誰かがボソッと苦笑して、話は振り出しに戻った。
すなわち使い魔の記憶を取り戻すには、ご主人様の愛が必要なのではないか――という結論に。
だが、この結論はエイジの猛烈な反発にあい、断念せざるを得なくなる。
一行はランスロットの記憶を諦め、聖獣と悪魔なしでコードKへ挑むことに決めた。