14.ドンピシャ(死語)
「どれが正解かな?」と、デヴィット。ダグーも「正解って?」と尋ね返し、三つのテレポットを眺める。
「ランスロットとエイジのいる場所に、一番近いやつだよ」
デヴィットは答えて、円柱の一つに近寄った。
中央に乗った瞬間、別の場所に移動する。不思議な機械だ。
コハクの弁によると、街にある物は往復できるらしい。
だが、こいつはどうだろう?一方通行って可能性が高い。
「選択は一回きり、か……ダグー、コハク、僕に選択権を任せてくれるかい?」
ダグーは速攻で頷き、ボーッとしていたコハクも遅れて頷く。
どれが正解かは、誰にも判らない。
迷った時は真ん中だ。
デヴィットは当てずっぽうで、真ん中のテレポットに足を踏み入れる。
彼が中央に立つのを待つまでもなく、ダグーとコハクもテレポットに潜り込んだ。
ジメジメした洞窟から一転して、今度は、むわっと熱気に包まれる。
先ほどの洞窟も蒸し暑かったが、こちらは肌が焼けつく暑さだ。
そして、この暑さにはデヴィットにもダグーにも覚えがあった。
「なんてこった。僕らは戻ってきちまったようだぜ、あの忌まわしい洞窟に」
ここはビーストメイヤーの山の中にあった、あの洞窟だ。
二度と来るまいと思っていた場所に戻ってきてしまうとは、とんだハズレを引いてしまったものだ。
テレポット周辺には、誰もいない。やけに閑散としていた。
「ここもソロンって人が片付けてしまったのかな……?」
恐る恐る辺りを見渡すダグーに、コハクがぼそっと囁く。
「違う」
「違うって、何が?」
コハクは音もなく長剣を引き抜いた。
「……奥に、気配がある」
「気配?」
何も感じないが、コハクが嘘をつくメリットもない。
剣を構えたコハクの後ろにつくと、ダグーとデヴィットも奥へ向かう。
見覚えのある場所に出た。
以前グラウと一緒に偵察した、人工扉の前だ。
デヴィットが聞き耳を立てた時、あの中には大勢の男達、それから女が一人いたはずだ。
人間を捕らえるはずが、魔族の女を捕まえてしまったと騒いでいた。
その後出会った虎男曰く、獣人が探しているのはデヴィットだと判明する。
獣人を操っているのはコードKであろう。
それ以外の奴が異世界人のデヴィットを探す理由など、思いつかない。
「また聞き耳でも立ててみるかい?」
軽口を飛ばすデヴィットを、コハクが鋭い目つきで黙らせる。
「違う、この部屋じゃねぇな……もっと奥だ」
そう言って、コハクが口の端をつり上げる。
最初に会った頃と雰囲気が似ているとダグーは感じた。
今の彼は『コハク』ではなく『ヒスイ』モードなのかもしれない。
「もっと奥ねぇ。じゃあノックしてきてくれよ、こんにちわってさ。運が良ければ開けてもらえるかもしれないぜ?」
デヴィットは小声で言い返すと、岩陰に身を潜める。
ヒスイは隠れたりしなかった。
「何やっているんだ?お前」
嘲りの視線でデヴィットを見下ろすと、扉の前に立って剣を一振り。
剣筋が一閃きらめいたかと思えば、次の瞬間には扉が真ん中から真一文字に切り開かれる。
「うっそぉ!?」と驚くダグーを背後に従え、ヒスイは奥へ向かって吼えた。
「ホラ、奇襲の手間を省いてやったぜ?捕まえたいなら襲ってこいよ!」
何も襲いかかってくる気配がない。
かなり大きな音を立てたというのに、拍子抜けだ。
獣人達は、一体どこへ行ってしまったというのか。
それに、ここがビーストメイヤーの洞窟なら、いるのは獣人だけじゃない。
パーシェルとグラウは、どうでもいいが、例の女剣士は厄介だ。
あいつらも何処へ行ったのか?どこか、もっと奥に潜んでいるのだろうか。
「コハク、ここには腕の立つ女剣士が――」
最後まで言い終える前に、ダグーが横っとびに飛びついてくる。
「うわぁっ」と悲鳴を残して、デヴィットはゴツゴツした床に転がった。
頭をぶつけても痛がっている暇はない。
さっきまで己の隠れていた大岩が、鋭利な刃物で二等分されていた。
なんだ、これ。まるで、あの時の煉瓦と一緒じゃないか。
「くっ……」と小さな声に、呆然としていたデヴィットは我に返る。
ダグーが足首を押さえて呻いている。押さえた手元からは赤いものが滴った。
「だ、大丈夫か!何処か、やられたのか!?」
慌てて駆け寄り抱きかかえると、ダグーは無理に微笑んで見せた。
「へ、平気だよ」と強がっているが、額には脂汗が浮かんでいる。
ちっとも平気じゃなさそうだ。
「掠り傷程度で済むなんて……意外と素早いのね、あなた達」
静かな声が洞窟内に響き、デヴィットは声のしたほうを睨みつける。
やはり、あいつだ。あの時の女剣士。
名前は確か、神崎アリスといったか。
ビーストメイヤーで住民と乱闘になったはずだが、ちゃっかり無事だったようだ。
「よくも僕のダグーを傷つけてくれたな?」
「あなたを殺すつもりだったのに、彼が邪魔をしただけ」
アリスの無感情で冷たい目が、デヴィットを捉える。
「私は、あなたを倒して元の世界へ帰りたい。大尉の待つ、あの場所へ……」
「元の世界?まさか君も異世界から来たなんて言うんじゃないだろうね」
片眉を跳ね上げ、口八丁で挑発を試みたのだが、アリスが刀を一閃し、何が起こったのか判らぬまま、デヴィットは真横に吹き飛んだ。
いや、ヒスイの体当たりを受けて吹っ飛ばされた。
「……ヘッ。なるほど、てめぇの斬撃範囲は正面だけか」
岩壁に激突してクラクラするデヴィットなどお構いなしに、ヒスイが会話を受け繋ぐ。
「誰に教えてもらったんだ?あいつを倒せば元の世界に戻れるって戯言を」
アリスは質問に質問で返す。
「……違うの?」
「あいつを殺して戻れるんだったら、いくらでもブツ斬りにしているところだ、この俺がな。だが残念ながら俺達を、この世界へ送り込んだのは、あいつじゃない。別の奴さ」
怖い会話をしている。
興味を惹かれたのか、アリスが話に乗ってきた。
「別の人……?」
「そうだ」とヒスイは頷き、後頭部をさするデヴィットを一瞥した。
「コードK。聞き覚えはないか?」
アリスは迷っている。コードKの名前に聞き覚えがあるのか。
追い打ちをかけるかの如く、さらにヒスイが続けた。
「考えてもみろ。あいつが俺達を、この世界へ飛ばして何の得がある?それに、あいつは俺と行動を共にしてきたが、一度として俺を襲ったりしなかったぜ。気配を察知する能力もねぇし、第一戦闘力が欠片もねぇ。ただの凡人、民間人だ。そんな奴に、他人を次元移動させられる能力があると思うか?」
庇っているのだろうとは思うが、言い方がイチイチ嫌味で苛立たされる。
内心のむかつきを抑えながら、デヴィットは注意深くアリスの様子を伺った。
「戦闘力が皆無でも、次元移動の能力を持つ人はいるわ」
小さく呟いて、アリスが刀を構え直す。
「あなたは彼の信頼を得た。だから、襲われなかったのでは……?」
フンと鼻で笑ってヒスイも剣を構えた。
「やっぱ駄目か。ま、言いくるめられるたぁ思っちゃいなかったけどよ」
そのまま二人は睨み合い、じりじりと時間が過ぎてゆく。
ダグーは今や真っ青だ。斬られた傷の血も止まらない。
せめて応急手当ぐらいはしてやりたいが、動けば斬られるのでないかという恐怖にかられ、デヴィットは一歩も動けずにいた。
緊迫の場面を打ち破ったのは、パーシェルの甲高い叫びだった。
『大変ニャ、アリスー!キーリアが、どこにもいないニャ〜!!』
それと同時に何処かで大きな物音がして、グラウも慌てふためき走ってくる。
「大変だぞ神崎くん!男女が手に手を取って愛の逃避行をするつもりだ!」
パーシェルに飛びつかれ、アリスに大きな隙がうまれる。
しかしヒスイは斬りかかったりせず、走ってきたトカゲ男を呼び止めた。
「おい、何があったんだ?愛の逃避行って誰と誰が逃げ出したんだ」
「おぉ見知らぬ人よ、聞いてくれ!牢屋に閉じこめていた男女が逃げ出したのだ。我が輩はマックスやミラーと見張っておったのだが、女が突然真っ黒なブラックホールを生み出したかと思うと、マックスとミラー、それからキーリアまでもをブラックホールの餌食にしおったのだ!なんと恐ろしい……これだから、魔族という輩は!」
一気に捲し立ててから、ようやくグラウの視線がデヴィットを見つける。
「ややっ!そこにいるのは憎きニヤケ小僧ではないか!?さては、ついに貴様にも年貢の納め時がやってきたというわけか」
それには取り合わず、デヴィットは尋ねた。
「逃げ出した女って、もしかして鎧甲冑に身を包んだ悪魔かい?」
『鎧は着てないニャ!』と答えたのはパーシェルだ。
『エイジとランスロットを捕まえてあったのニャ!でもランスロットは記憶喪失だったのに、どうして能力を使えたのニャ?』
そんなこと、こちらに聞かれたってデヴィットに判るはずもない。
というか、記憶喪失だって?ランスロットが?
デヴィットは口の軽い二人から更なる情報を引き出そうとしたのだが、その前にアリスがぴしゃりと言った。
「無駄話はやめて。グラウ、キーリアが亜空間に飲み込まれたというのは本当?」
「あぁ、本当だ。キーリアめ、跡形もなく消えてしまいおったわ。我が輩達に支払われるはずの報酬は、ボスとやらに直接請求すればよいのかね?」
こんな時に給料の心配をしている。
「グラウ……あなたは本当に、寝返ったのか……?」
絞り出されるダグーの声に、初めて探偵は彼が怪我をしていると知った様子。
「おぉぉ、痛ましい。どうしたのだ、ダグー。一体誰にやられたのかね?どれ、傷を見せてみろ。我が輩がペロペロチュッチュして、たちどころに治して進ぜよう」
デヴィットが露骨に眉をひそめ、ダグーと探偵の間へ割り込んでくる。
「汚いな、あんたが舐めたりしたら雑菌が入っちまうだろ」
売り言葉に買い言葉、たちまち癇癪を起こしてグラウが怒鳴り返す。
「貴様には言っておらん!どけ、我が輩のペロペロ治癒で、こんな傷はたちどころに治してみせるッ」
デヴィットとて一歩も退かず、ダグーを背に庇った。
「だから、それを止めろと言っているんだ!あんたのせいで雑菌が入ってダグーの足が一生使い物にならなくなったら、責任取ってくれるんだろうね?」
「当然だ」と何故か探偵は胸を張って答える。
「責任は我が輩が取る。ダグーは必ず幸せにしよう」
「そういう責任の取り方じゃないッ!」
「責任を取るといったら、結婚に決まっておろう!」
馬鹿二人が喧々囂々いがみ合っているうちに、ダグーの血色が良くなってきた。
オヤ?と思ったヒスイは剣を降ろして彼の元へ近づくと、側へ跪く。
「おい、怪我した箇所を見せてみろ」
言われるがままに、ダグーが押さえていた手を放す。
血は、とうに止まっていた。
「お前……これは?」
驚くヒスイへ片目を瞑ると、ふぅっと溜息をついてダグーが立ち上がる。
「最近、大怪我することがなかったから上手く働くかどうか不安だったけど、なんとか治ったみたいだ」
ヒスイの脳裏を、ふっと灰色の髪の男が横切った。
あいつも人間とは思えないほど、怪我の回復が早い奴だったっけ。
しかしダグーの治癒能力は、ヒスイの知る男の遙か上をいく。
こんな短時間で斬られた傷が治るなど、人体構造として、ありえない。
自分の剣撃を棚に上げて、ヒスイは訝しむ。
ただの一般人だと思っていたが、普通の人間ではなかったのか?
ヒスイの沈黙を了解と受け取ったのか、ダグーは、それ以上何も言わず、ニコニコと微笑みながら、グラウと喧嘩を続けるデヴィットの肩を軽く叩いた。
「デヴィット、デヴィット。俺は、もう大丈夫だよ。それよりエイジくんとランスロットさんを探しに行こう」
「もう大丈夫って何が!?」
ヒステリックに怒鳴り返してから、言ってきたのがダグーだと気づき、デヴィットはポカンとなる。
「あ、あれ?怪我は?」
「うん、もう治った」
本当だ。 ダグーが押さえていた箇所、アキレス腱には乾いた血がこびりついているが傷口は塞がっている。
「き、君はヒーリング能力があったのかい!?」
驚くデヴィットへダグーは苦笑した。
「ヒーリングってわけじゃないけど、俺は怪我の治りが早いんだ」
何の能力もないなんて謙遜しといて、ちゃんとあったんじゃないか。
治癒能力か。ならコードKと戦っても、盾ぐらいにはなろう。
仲間にしておいて正解だった。
疑ったのを棚に上げて考えていると、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。