十二周年記念企画・闇鍋if

Barak Island Fight!!

13.狼が来たぞ

ニューシティからコールドシティまでは、徒歩で行くと二日はかかる。
ヒスイの案内に従って、三人はテレポットでコールドシティへ向かった。
テレポットの使用代は、もちろんヒスイ持ちだ。
彼は異世界から来たというのに、ファーストエンドの通貨を所持していた。
ヒスイ曰く、依頼を受けて稼いだらしい。
しっかり異世界に馴染んでいるヒスイにダグーは、ひたすら感心し、彼を褒め称えた。
デヴィットは内心面白くないと感じながら、ダグーに褒められるヒスイを盗み見る。
彼は喜ぶでもなく、むしろウザそうにダグーを冷たい目線で見下してきた。
「お前、馬鹿じゃねぇのか?金がなかったら調達する。こんなのは常識だろ」
「馬鹿とはなんだ!」
何故かダグーではなくデヴィットが怒りだし、ヒスイの顔に指をつきつける。
「あんたみたいに馴染んでいるほうがおかしいんだよ!常識的に考えたら、まず驚く!そして我が身に何があったのか考える!そして」
「ハイハイ、非常識で悪かったな。だが、どこへ行こうと金は重要だ。違うか?」
「……違わない」
黙らされた。
敗北を認めたくなくて、デヴィットは悔し紛れに質問する。
「それで?君たちが襲われた洞窟ってのは、街から遠いの……へっぶし!」
途中でくしゃみに変わったのは、コールドシティへついたからだ。
テレポットに乗った瞬間、景色が変わり吹雪に見舞われた。
さ、寒い。
上着をダグーに貸してしまったせいで今のデヴィットは上シャツ一枚、下は長ズボンなのだが、全身が凍り付きそうなほど寒い。
あまりの寒さに、歯がかちかち鳴った。
それを言うなら素肌にデヴィットのジャケットを一枚羽織っただけのダグーも寒いはずだが、デヴィットがちらりとダグーを見やると、平然とした彼と目があった。
「ささささ、さぶくないのか?」
尋ねるデヴィットは、りんごみたいに頬を赤くしてガチガチと身震いする。
吹き荒れる空を見上げ、なんでもないことのようにダグーが答えた。
「えっ?あぁ、俺は……昔、寒い国に住んでいたから」
寒さには慣れていると言いたいようだ。
それにしたって裸同然なのにデヴィットより平気とは納得いかない。
デヴィットは続けて、ヒスイの格好を見た。
黒い長袖シャツに黒い長ズボン。まぁまぁ暖かい格好と言える。
もう一度自分の格好を見下ろしたら、寒さが余計酷くなった。
「うぶぶぶぶ。ど、どっか暖かい処で暖を取ろう。話はそれからだ」
「仕方ねぇな……急いで欲しいんだが、あんたが動けないんじゃ洞窟へ行っても捕まるだけだ。酒場で暖かいモノでも食べて、防寒具をもらったら、再出発するぞ」
ヒスイはチッと舌打ちしたが、それでもデヴィットの案には頷いてくれた。
一人ガチガチ震えていて、自分だけが駄目人間のようだ。
デヴィットは密かに屈辱を覚えた。

街に一つしかない酒場に入り、暖かいスープをごちそうになる。
支払いは無論、ヒスイの財布にお任せだ。
「ぴゃあぁぁー、暖かい!うまいっ、暖かい〜」
喜ぶデヴィットを、ダグーもニコニコしながら眺めている。
「そんなに美味しいのかい?」
「あぁ、うまいねぇ。どうだい、君も一口。あーん♪」
「あ〜ん♪」
スプーンを差し出され、あ〜ん♪とかやっていると、横合いから声をかけられた。
「……聞き忘れていたが……」
誰かと思えば、ヒスイだ。
ヒスイはテーブルについて長剣をさやに収めた瞬間からボーッとうつろな表情になり、明後日の方角を見つめていたのだが、ぼそぼそと聞き取りづらい声で尋ねてきた。
「何?」
スプーンをくわえてモゴモゴしながらダグーが振り返ると、ヒスイは言った。
「……あんたは……なんだ?そっちのニヤケ顔が……デヴィットなのは判ったが」
「ニヤケ顔って僕の事かい?酷いなぁ。なんで会う人会う人、皆、僕を侮辱するんだか」
お腹も張って余裕が出てきたのか、デヴィットが軽口を叩く。
それには取り合わずヒスイがじっと見つめてくるので、ダグーは改めて挨拶した。
「俺はダグー。デヴィットとは、フラワーサンダーで知り合ったんだ」
「…………恋人、ではないのか?」
探るような視線を向けられ、即座に二人は答えた。
「違うよ!」
「そうさ、ダグーは僕の愛人だ」
「デ、デヴィット!?」
慌てて向き直るダグーの口からスプーンを抜き取り、デヴィットが笑う。
「冗談だよ。そうなったらいいな、とは思うけど」
そのままペロンとスプーンを舐めるデヴィットを見て、ヒスイが眉をひそめる。
誤解が深まらないうちに、ダグーは弁解した。
「俺はデヴィットに助けてもらったんだ。ワータイガーに絡まれているところを。それだけだよ、本当にそれ以外の関係じゃないんだ」
しかしヒスイが眉をひそめたのはホモだ変態だと蔑んでいたのではなく、二人が恋人かどうかと尋ねたのは別の思惑があっての事だった。
「……獣人に?」
「そうだよ」
「ダグーも……狙われていたのか…………話が違う……」
「話?」と、これはデヴィットの問いに、ヒスイは頷いた。
「お前達二人が恋人であるならば、二人が獣人に狙われるのは判る……だが……」
聞き取りづらい声に、ついついデヴィットもダグーも前屈みになる。
ついにはデヴィットが文句を言い出した。
「あのさ、なんでボソボソしゃべるんだい?さっきみたいにハキハキしゃべってくれよ」
だがヒスイは首を真横に振り「それは出来ない」と言う。
何故と訝しがる二人へは、視線をそらして呟いた。
「俺はヒスイとは違って……口下手だから……」
「ハァ?」
「ヒスイって君だろ?」
これにはデヴィットもダグーも困惑だ。
ヒスイは寂しそうな表情を浮かべ、「違う」と目を伏せた。
「今の俺はコハクだ……ヒスイは、俺の中にいるもう一人の俺だ」
何を言っているのか判らない。
自分は二重人格だとでも言うつもりか。だとしたら、とんだ電波だ。
触らぬ神に祟りなしと踏んで、ダグーは話題を変えた。
いや、戻した。
「それで、俺とデヴィットが恋人なら狙われるのは判る。けど、そうじゃないなら話が違うって君が思ったのは何故?」
テーブルを見つめながら、コハクが答える。
「赤の他人ならば……狙われないはずだ。デヴィットさえ取り除けば、他はいらないと……あの犬男は言った」
「取り除くって、僕はゴミかなんかみたいだね」
口を尖らせるデヴィットを横目に、ダグーがなおも追求する。
「その獣人に瞬間移動させられたと君は言っていたな。洞窟に、そのキャントールは、まだいると思うかい?」
「……あぁ。名を、呼ばれていた。彼も奴らの仲間であることには……違いない」
「名前?なんて名前だったんだ」
デヴィットの問いに、ぼぉっと天井を見あげながら、コハクが答えた。
「…………カリウス。カリウスだ」

充分に暖まって、お腹もいっぱいになって、防寒具を借り受けて、ようやくデヴィット達三人は洞窟へと出発する。
あれから、だいぶ時間が過ぎている。
だが吉敷もキースも殺されていないのではないかという確信が、コハクにはあった。
獣人が探しているのはデヴィットだ。
正しくは、デヴィットおよびイレギュラーな存在を複数名探している。
しかし、あくまでも中核となるのはデヴィット一人で、他はおまけのようなものだろう。
現にコハクがカリウスに飛ばされたと知っても、彼らは追っ手をかけてこなかった。
その気になれば犬男を締め上げて、どこへ飛ばしたか白状させることもできたはずだ。
カリウスはコハクにデヴィット探索を頼んだ。
コハクは必ずデヴィットをつれて戻ってくる。
そう、踏んでいるのではないか?だから、追わない。
まんまと敵の手の内で踊らされているような気がしなくもなかったが、キースも吉敷も一度はパーティを組んだ仲間だ。
見殺しには出来ない。
一匹狼でありながら、コハクは仲間を大事にする傭兵であった。
いや、普段一人で活動しているからこそ、仲間を大切にしたいのかもしれない。
無論デヴィットを渡して、それで終わりにするつもりはない。
デヴィットを含めた全員を連れ帰る。
それが自分の使命だと、コハクは考えた。
だが――
彼らを待ち受けていたのは幾多の獣人ではなく、あちこちに死屍累々と転がって呻く、怪我人の山であった。
「これは、一体……?」
足下で呻いている獣人を抱き起こし、ダグーが尋ねる。
「大丈夫か?一体何があったんだ」
うぅと小さく呻いてダグーにもたれかかりながら獣人が言う事にゃ、ソロン=ジラードと名乗る冒険者に襲われて一掃されたらしい。
せっかく捕らえた人質も奪われ、ここに集まっていた獣人軍団は壊滅した。
ソロンは何処に行ったのかと尋ねると、知らないと獣人は答えた。
なんと、彼らは目の前で消えてしまったというのだ。
「テレポート、か……?」
呟くコハクの横ではデヴィットが肩をすくめて軽口を叩く。
「なんだ、せっかく僕の口車をご披露してやろうと思ったのにな」
ダグーに抱きかかえられていた獣人が彼を見て、驚きに目を見開いた。
「お、おまえは……デヴィット!?デヴィット=ボーンか!」
途端に周囲がざわざわと騒がしくなってきた。
怪我をして呻いていた奴らが無理に体を起こし、こちらを見ている。
そればかりではなく、「くそぅ、今頃来やがって。遅ぇんだよ」だの「貴様がいれば、こんな目に遭わずに済んだのに……」だのと、口々に罵ってきた。
「君らの都合なんか、僕の知ったこっちゃないね」
ふんと鼻先で笑い捨て、デヴィットはダグーに寄りかかっていた獣人を乱暴に突き飛ばす。
可哀想に獣人は、突き飛ばされた拍子に頭から地面に突っ込んで「グハッ」と一言残して昏倒した。
「デヴィット!怪我人に乱暴しちゃ駄目だろ」
ダグーには怒られたが、デヴィットだって負けちゃいない。
「こいつらは僕を捕らえてコードKに突き出そうとしたんだぞ?そんな奴らに情けをかけてやる必要があるもんか」
「それは……そうだけど」
ダグーは他の怪我人も気になるのか、キョロキョロ落ち着きがない。
それがデヴィットの癪に障り、彼はダグーを問い詰めた。
「君は僕を心配しているのか、獣人に情けをかけたいのか、どっちなんだ?この際だ、立場をはっきりしてくれ。じゃないと僕は、君に背中も預けられないよ!」
半分は嫉妬だ、ダグーに心配される獣人への。
こんな時に嫉妬してしまうなんて、僕はどうかしている。
子供じみた自分を自分でもおかしいと思ったが、自制より先に言葉が出てしまった。
「同族には優しくしろって教わったんだ、先輩に」
ダグーが下がり眉で答える。
「同族?こいつは驚いた、君は獣人だったのか!」
大袈裟に驚くデヴィットを悲しげな瞳で見つめ、ダグーは緩く首を振る。
「そうじゃない、そうじゃないんだ……けど君が嫌なら、もう獣人に同情はしない。俺が信頼し、心配するのは君だけだ。それでいいかい?」
一人蚊帳の外にいたコハクが、洞窟の奥へと歩いていく。
そいつを横目で確認しながら、デヴィットはダグーの肩を抱き寄せた。
「いいとも。もう二度と僕以外の奴に浮気しちゃ駄目だぜ」
本気か冗談か判りかねる告白に、ダグーもコクリと頷くと赤面する。
「……うん」
「さ、行こう。コハクが何か見つけたみたいだ、奥にね」
デヴィットは、いつもの軽い調子に戻ると、ダグーを促しコハクを追いかけた。

コハクが奥に見つけたのは、三つのテレポットであった。
どれがどこへ繋がっているのかは、コハクにも判らないと言う。
街にあるのと違って、非公式に設置された物である。判るわけがない。
恐らくは、三つとも獣人のアジトと繋がっているのではないだろうか。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」
デヴィットが選び始めたので、ダグーは驚いて尋ねた。
「まさか、入るつもりなのか!?何処へ行くのか判らないのに?」
「どっちにしろ、ここにはもう用がないんだ。だったら、ほかのアジトへ行って探すしかないじゃないか」
「探すとは……何を?」
コハクの問いにデヴィットはウィンクで答えた。
「決まっているだろ?僕の仲間、エイジとランスロットだよ」
「あっ」
小さく叫んで、ダグーがばつの悪そうな顔を見せる。
すっかり忘れていたようだ。探し人の存在を。
実をいうとデヴィットも、ついさっきまで忘れていたのはダグーには内緒である。

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