12.激突!風穴の洞窟
ヒスイこと、剣士コハクが謎のキャントールにテレポートさせられるよりも少し前――キースと吉敷、コハクの三人はコールドシティ周辺の洞窟を探索していた。
一応、ギルドで依頼を引き受けての仕事である。
依頼内容は最近住み着いたモンスターの退治。
依頼書には巨大な芋虫が描かれていた。
名前はグリーンワーム。体臭が酷く、毒を吐くのが特徴だ。
寒い土地では、あまり見かけない種らしい。
「意図的に誰かが放った可能性が強いな」とは、キースの弁。
先ほどから岩肌についた苔や草を毟り取って、虫眼鏡で眺めている。
「そんな小さな虫眼鏡で眺めて、何か判るのか?」
訝しげに吉敷が問えば、キースはかぶりをふって否定した。
「判るわけないだろ。俺が調べていたのは虫の有無だ」
「虫の有無?」
ますます首を傾げる吉敷。
キースは明後日の方を向いて、ぼそっと呟いた。
「……虫が苦手なんだ、俺は」
まさかコハクの引き受けた依頼が巨大芋虫退治だったなんて、事前に知っていたなら、ついてこなかったものを。
入った洞窟は寒地帯にあるにもかかわらず、内部がジメジメしている。
こんな処にずっといたら、体中がカビだらけになりそうだ。
「道が……」
ぽつりと呟いた先頭の男の言葉に、吉敷もキースも注目する。
道が三手に分かれていた。
「それぞれ一本をお進み下さいってか?」
キースの軽口に、吉敷が憮然とする。
「冗談じゃない。見知らぬ土地でバラバラに行動するのは」
「あぁ、判っているさ。言ってみただけだ。おいコハク、お前が決めてくれ。最初は、どの道から行く?」
キースに問われ、ぼーっと立っていたコハクが真ん中を指さす。
「オーケー、真ん中か。判りやすくていい」
「そうか?右か左から順に回ってくれた方が……」
吉敷は不満顔だったが、コハクとキースが歩き出したので、やむなく後に続く。
奥へ進むと、足下の凍り付いている箇所が幾つか見られる。
雪が洞窟の中にも入ってくるのだろうか。
その割に湿度は高く、蒸し暑い。岩肌にはビッチリ苔が生えている。
どうにもアンバランスだ、とキースは頭を捻った。
極寒地帯にある洞窟なら、もっと乾燥していてもいいはずだが……
「仮説だが……何かが洞窟の温度を調整しているのかもしれんな」
「えっ?」
いきなりボソッと呟いたキースに、吉敷はポカンとなる。
驚いた顔で見つめられ、キースも我に返る。
「あぁ、いや。この洞窟に潜んでいるのは芋虫だけじゃないかもしれん、と言ったんだ」
「意図的に放った誰かが、まだこの洞窟の奥にいる……と?」
「恐らく、な」
「だが、何の為に?」
吉敷の質問はコハクの大声でかき消された。
さっきまでボーッとしてたはずの彼が、突然前方に向かって怒鳴ったのだ。
「おい、そこに隠れている奴ら!コソコソしていねぇで、出てこいよ」
コハクは油断なく長剣を構え、一分の隙もない。
前方の暗闇で影が動き、初めてキースも吉敷も、そこに誰かがいると知った。
「だ、誰だ!?」
びくついた吉敷が誰何する。
わらわらと姿を現したのは、五、六人ばかりの男達。
どいつも顔が獣で体は人間という、異形の者ばかりだ。
「こいつは……着ぐるみか?」
至極常識人なキースのツッコミに、吉敷も困惑の体を見せる。
「判らん……」
着ぐるみだとしても、何故こんな洞窟で、そんな格好を?
悩んでいる間にもコハクがずんずん近づいていって、男の一人の顔を思いっきり引っ張るもんだから、吉敷もキースも驚いた。
当の引っ張られた男も「いででででぇっ!」と叫んで後ずさった。
「なっ、何やっているんだ、お前!」
仲間の非難も何のその、コハクが己の手を見ながら小さく呟く。
「……かぶり物じゃねぇ。皮膚だ。皮膚の感触がした」
「皮膚!?」
ハモッて驚くキースと吉敷へ、集団の一人が話しかけてくる。
「獣人を見るのは初めてかい?冒険者さん」
「ジュウジン?」
「ケモノのヒト、と書いて獣人だ。俺達みたいな中途半端な種族を指して、人間どもがそう呼んでいやがるのさ。ケモノとヒトの合いの子だってな」
「そこまで自分を蔑まなくてもいいんじゃないか?人と獣の融合体って、一人で二つの種族の特徴を持った選ばれし民って感じで格好良いじゃないか」
キースは社交辞令で褒めてみたのだが、あいにくと笑ってくれる獣人は一人もおらず、吉敷は吉敷で獣と人の合いの子を嘘だと受け止めたようだった。
「そんな生き物が地上にいるものか、馬鹿馬鹿しい。ほら、そのかぶり物を取ってみろ。そんなもんで俺達が怖がると思ったら、大間違いだぞ!」
さっきまでビクついていた奴の台詞とは到底思えない。
ぐいぐいと手近な獣人の顔を引っ張って、彼に大きな悲鳴をあげさせた。
「なんだ、取れない?」
「だから言っただろ。あれは皮膚なんだよ」と、コハク。
皮肉に口元を歪め、長剣を構え直す。
「そういう生き物なんだよ……あれは」
「嘘だろ!?」と言ったのは吉敷だけじゃない。キースもだ。
こいつも実は信じていなかったようだ。
「おい、そこの眼鏡!」と集団の後方に立っていた獣人がキースを呼んだ。
が、キースは「眼鏡さーん、お呼びですよォ」と取り合わない。
キースを呼んだ獣人が持つ紙切れを見て、吉敷が手前の獣人に尋ねる。
「誰か探しているのか?」
「あぁ、ちょっとな」と、その獣人は言葉を濁し、キースを呼んだ獣人へ耳打ちした。
しばらく獣人同士でゴショゴショ内緒話をしていたかと思うと、くるっと二人とも振り向いて、今度は吉敷とキースをジロジロ眺め回す。
居心地の悪さに耐えきれず、吉敷は再び尋ねる。
「何なんだ、一体。お前ら、感じ悪いぞ?」
ごほんと咳払いして、リーダー格らしき狼の面をした獣人が応えた。
「あー、確認までに尋ねる」
「何だ?」
「お前が長門日吉敷、眼鏡はキースで間違いないか?」
吉敷は驚いた。見知らぬ連中にフルネームで呼ばれた事に。
だが、もっと驚いたのはキースが激高して「俺を眼鏡と呼ぶな!!」と叫んだことだった。
「でも、眼鏡をかけているじゃないか」
落ち着かせようと声をかけるが、キースは怒りの眼差しを吉敷にも向ける。
「俺は眼鏡で認識されるのが一番嫌なんだ!眼鏡は顔の一部ですッ!」
「そ、そうか」
剣幕に負けて、吉敷も獣人も退け腰だ。
話を元に戻したのは、コハクであった。
「何故てめぇらが吉敷やキースの名前を知っていやがる?探し人ってなぁ、俺達か」
「その通りよ」
何故か獣人も偉そうに腕組みして、コハクの顔を指さす。
「それで、てめぇはコハク……いや、今はヒスイか?」
「ヒスイ?」
またまた吉敷はポカンとなるが、コハクはニヤリと口元で笑う。
「俺の第二の名前まで知っているたぁ、当てずっぽうや適当な誘拐犯って訳でもなさそうだな……言えよ、誰だ?お前らを使って俺達を捜している黒幕は」
それには答えず、獣人も笑い返した。
「どうやら素直についてきちゃあくれねぇようだな?」
まるで、抵抗するのを最初から見計らっていたかのようだ。
吉敷もキースも、コハク――いや、ヒスイの態度で状況を悟る。
何故かは判らないが、自分達は誘拐されかかっているらしい。
目の前にいる、獣と人の合いの子に。
「デヴィットって野郎に会わせない為に、お前らを捕らえろとのお達しだ。悪く思うなよ」
「そんな奴に会う予定はないんだが」と言っても、彼らは信じちゃくれまい。
今だって薄ら笑いを浮かべるだけで、キースの言葉に相づちを打つ者はいない。
「六対三か……おい、てめぇら。足手まといにだけは、なるんじゃねぇぞ」
頭ごなしにヒスイから言われ、ムッとして吉敷が言い返す。
「お前こそ自分を過信して無茶するんじゃない。窮地に陥っても助けてやれんからな」
「無茶なんか誰がするかよ、バーカ」
言うが早いか、ヒスイの姿が視界から消えた。
――否、消えたのではない。
あまりに速くて目視で動きを捉えられないだけだ。
あっと思った時には血飛沫が上がり、獣人の一人が前のめりに倒れた。
それを合図に、獣人が一斉に襲いかかってくる。
「クソ、俺は狙撃担当なんだぞ!?」
キースが何かぼやいていたが、構っている暇は吉敷にもなかった。
「火霊、火霊……くそっ、やはり呼び出せないか!」
どれだけ念じても頼りになる仲間、聖獣の気配を感じられない。
呼び出せないのは火霊だけじゃない。管狐も含めた全員だ。
竹の筒は懐に残っていたが、中身はカラッポであった。
聖獣を呼び出せない吉敷など、大した戦闘力がないに等しい。
それでも悪霊が相手なら霊媒術で何とかなったかもしれないが、相手は生身だ。
獣人に掴みかかられ、吉敷は苦痛に顔をゆがめる。
こんな事なら大人しく連行されれば良かった――
なんて弱気になった時、誰かが三人へ向けて叫んだ。
「デヴィット=ボーンをつれてくるんだ!彼さえいれば、君たちは助かる!!」
「だから、誰なんだ!?それは!」
「君たちを率いて戦うと予言されている男だ!彼さえ始末してしまえば、君たちは用なしだ。元の世界へ帰してあげられるかもしれない、あの人のちからを借りれば!」
キースの襟首を掴んで殴っていた獣人が「黙れ!」と叫ぶ。
岩陰から顔を覗かせている犬顔を睨みつけた。
「こいつらに余計な情報を与えるんじゃない、カリウスッ」
だが、カリウスと呼ばれた犬頭は黙らない。
何やら口の中で呪文を唱えると、手にした杖をヒスイへ向ける。
「頼む、デヴィットを探して連れてきてくれ。僕は、もうこの生活から抜け出したい」
「待て、探せと言われても――」
ヒスイの言葉が途中で途切れる。
話半分にして彼の姿は、洞窟から忽然と消えてしまった。
キース達が獣人に襲われて、しばらく経った後、同じ洞窟に同じ依頼を引き受けたメンバーが到着する。
GENとZENON、それからピートにソロンのご一行だ。
シャウニィはマクリゥスと共に施設に残った。
彼曰く「寒いから行きたくねぇ」との事である。
年寄りか。と思わず悪態をつくZENONに、ソロンは笑った。
「何百年も生きてるらしいかンな、あながち間違ッちゃいねェ」
「何百年も?嘘つけぇ〜」
ZENONは全く信じていない。
「俺もそう思うが……ン、この中は暖かいみてェだ」
一歩入ってGENも気づく。
洞窟の中は外より格段に暖かい。
というより、肌にまとわりつくほどの湿気でムシムシしている。
たちまち防寒具を着た三人は暑くなり、さっさと上着を脱ぎ捨てた。
「なんだよ、いらなかったんじゃねぇか、これ!」
「結果論だろ、それは」
癇癪を起こすZENONを宥め、GENは洞窟内部を見渡した。
至る所に苔が生えている。
だというのに、足下には氷が張っている箇所が幾つか見受けられる。
寒さと暑さの同居だ。こんなに蒸し暑いのに氷が溶けないなんて。
「ここって人工洞窟?」
ピートに尋ねると、少年は懐から依頼書を取り出して読んだ。
「自然洞窟って書いてあるけど?」
「自然ねぇ」
自然にしては、何もかもが不自然だ。
いくら風が壁で遮られるからといって、ノースリーブで歩き回れるほど極寒地帯にある洞窟が人に優しい環境だとは思わない。
「奥に数人の気配を感じやがる」
ぼそっと呟いたソロンに、誰もが目を見張る。
「気配だと?そんなもん、どこに――」
ZENONもGENも周辺を探ってみたが、生き物の気配など感じない。
気のせいじゃないか、そう言おうとした瞬間、いきなりソロンが奥に向かって走り出す。
「おっ、おいっ!オレ達を置いてかないでくれよ!!」
「何か見つけたんだ、追いかけよう!」
慌てるピートをGENが促し、ZENONはとっとと走り出す。
三手に分かれる通路をソロンはまっすぐ真ん中へ突っ込み、三人も後に続く。
「くらいやがれッ!」
いきなり急ブレーキでソロンが止まるもんだから、止まりきれずZENONは彼と危うく激突しかける。
激突しなかったのは、ソロンがロングソードを振り回し、その風圧の余波でZENONも後方へ吹っ飛ばされたからだ。
「うわっ!?」
おかげでGENがZENONと衝突し、後ろにいたピートも尻餅をつく。
前方で風のうなりが聞こえたかと思うと、岩壁が激しい音を立てて破壊される。
続いて獣人らしき人影が、何人か飛び出してきた。
「テメェ、いきなり何しやがる!」
獣人達が怒るのも当然だ。
だがソロンは謝るどころか、偉そうにニヤニヤして言い返す。
「こそこそ隠れて様子伺ッてねェで、素直に出てくりゃ良かったンだよ」
虎の威を借りてピートも、ここぞとばかりに助勢した。
「あれ〜?この洞窟には芋虫が住んでいるって聞いたんだけどな〜?どうしてオッチャン達は、巨大芋虫が巣くって危険な洞窟に住んでいるんだ?」
たじろぐ獣人達には、ソロンがトドメを刺す。
「グリーンワームは餌なンだろ?余計な親切心を出したゲート未通過者が引っかかるのを、待ッていたって処か」
「く、くそっ」
次々に光り物を抜いた獣人に、GENもZENONも身構える。
「冒険者が余計な首を突っ込むんじゃねぇや!大人しく、そっちの三人を渡して貰おうか。そうすりゃ、てめぇだけはおうちへ帰してやるぜ」
「そっちの三人?」
ソロンに振り向かれ、ピート、GEN、ZENONも顔を見合わせる。
「どうして、こいつらを引き渡さなきゃいけねェンだよ」
ソロンの質問に、ワータイガーが答えた。
「そいつらが、ボスの探していたゲート未通過者って奴らだからだ!」
ゲート未通過者は獣人に顔が割れているのか。
しかし何故、獣人がゲート未通過者を知っている?
ギルドでも上の上、ほんの一握りの上層部しか知らない情報だというのに。
「ボスってなァ、誰だ」
ソロンは尋ねたが、さすがに彼らも、そこまでは口が軽くなく、黙って刃物を握り直す獣人達にソロンの気も変わった。
「そうかい。話す気がねェンなら、こッちも大人しく引き渡す気はねェな。腕の一本二本、切り落とされるのを覚悟でかかッてきな!」
そいつにマッタをかけたのはGENだ。
「ちょっと待った、ソロン!俺はビーストメイヤーのリーダーと約束したんだ、彼らを無事に連れ戻すって。できれば腕は二本とも切り落とさないでくれると有り難いんだけど」
「ンな生やさしい事、言ってられッかよ!」
怒鳴り声が返ってきて、ソロンが顎で示す方向を見やると、奥からゾロゾロと援軍が出てくるのが見えた。
その数、十から二十はくだらない。
一体この狭そうな洞窟の何処に、これだけの数が潜んでいたのか?
「こ、こいつぁ計算違いだったかな」
たらり冷や汗でドン引きしまくるGENとは裏腹に、何故かZENONは嬉しそう。
「腕が鳴るぜ……!全員ブチのめして、ボスの居場所を吐かせるか」
「な、なんで嬉しそうなんだよ、このオッサン!」
ピートもドン引きしている。
そのピートを後ろへ押しのけると、ZENONは指をボキボキ鳴らして獣人に近づいた。
「おぅ、てめぇら。俺ァ今、虫の居所が超悪いんだ。俺に向かって刃物を抜いた事、今すぐ後悔させてやるぜ」
しなくてもいい挑発をしてくれたおかげで、獣人達の頭にも血が上る。
「うるせぇッ。調子にのんな、このやろうが!」
援軍もろとも一斉に襲いかかってこられて、瞬く間に洞窟内は混戦と化した。