11.突然ですが仲間です
ビーストメイヤーを抜け出したけれど、フラワーサンダーへも戻れず、やむなくデヴィットは北に進路を取る。「獣人のいない……いや、少ない街を探そう」
ぼそっと呟き、デヴィットは後ろをそっと伺う。
ダグーはデヴィットの後ろをついてきている。
だが、さっきから一言も話してくれない。
彼は口をへの字に曲げて怒っていた。
まぁ、当然だ。
虐殺を止めようとする彼を、無理矢理引っ張ってきてしまったのだから。
逆の立場だったら僕も怒る……いや、怒らないかな?
むしろ逆でも僕は見捨てていただろうな。
お世辞にも褒められない思考を巡らせながら、デヴィットは街を探す。
やがて地平線の先に、街らしき影が見えてきた。
街についても安心は出来ない。
この島の獣人は誰一人信用できない。
「ダグー。街についたら、まずは宿を取ろうか」
手を握ろうとしたら、振り払われた。
まだ怒っているようだ。
デヴィットは肩をすくめ、先頭を切って歩き出した。
街の名はニューシティというらしい。
酒場に入ってすぐ、デヴィットは店長から質問を受けた。
「おっ、いらっしゃい!お前さん方も、冒険者かい?」
「いや、冒険はしているけど冒険者ではないな。一介の旅人さ」
デヴィットが答えると、店長は顎に手をやり考え込む素振りを見せる。
「なるほど……じゃあ宿は一泊五十ゴールド、飯はメニューにある価格を参照、だ」
微妙に足下を見られたような気がしなくもない。
冒険者だと答えておけばよかったか。
「五十ゴールドってのは、何クォース?」
手持ちの財布には、七十クォースしか残っていない。
飛ばされる前、会社の同僚と飲み歩いたのが思った以上に響いているようだ。
デヴィットの問いかけに、店長は首をひねった。
「クォース?なんだそりゃ、どこの単価だ?」
世界が違えば単価も異なる。
改めて、ここは異世界だったと思い直し、デヴィットは訂正した。
「なんでもない、忘れてくれ。えぇと、今、手持ちが殆どないんだ」
殆どどころか、全くない。気取られたら追い出される。
「じゃあ野宿するしかねぇやな、頑張って」
無情な一言を放つ店長に、なおも追いすがった。
「ここは一つツケってことで。後で働いて、ちゃんと返すからさ」
すると店長はジロリとデヴィットを睨みつける。
「そう言って踏み倒す奴らが多いから、ツケはしねぇことに決めてんだ。うちは冒険者ギルド直営店だから冒険者はタダにしてやっているが、その代わり他の奴から取って儲けを出してんだ。判ったら、冒険者でもねぇ文無しは、帰った帰った!」
「そう、判ったよ。じゃあ他の宿を教えてくれよ」
追いすがるデヴィットへ、店長はつれなく吐き捨てた。
「タダで泊まれる宿屋なんて、この地上の何処にも存在しねぇよ」
帰れ帰れと背中を押され、今にも追い出されそうになった時、はじめてダグーが会話に割り込んできた。
「あの、せめて水を一杯だけでも……」
いや、割り込もうとして足下から崩れ落ちて床に転倒した。
「ダッ、ダグー!?」
これにはデヴィットも驚いて、彼を助け起こす。
店長もカウンターから出てくると、ダグーの額に手を当てた。
「こいつは、あんたのツレか?」
「そ、そうだけど」
「酷い熱だ……上のベッドを使いな、今薬を買ってきてやる!」
言うが早いか店長は店を飛び出し、デヴィットは数人の客と共に取り残された。
改めてダグーの額に触れてみて、あまりの熱さにビクッとなる。
一体いつから体調を崩していたんだ?全然気づかなかった。
ニューシティに来るまで黙っていたのは、機嫌じゃなくて具合が悪かったのか?
「上のベッドって」
階段を見上げるデヴィットに客の一人が声をかける。
「上は宿になってんだ。あぁ、宿代は心配すんな、ツレが病気ってんじゃ仕方ねぇ。マスターだって金を取るたぁ言わないだろうよ」
そうだろうか。
冒険者じゃないと判った途端、足下を見てくるような店長が?
デヴィットは訝しんだが、今はダグーをベッドに寝かせてやるのが先決だ。
よいしょっとダグーを背負いあげ、デヴィットは階段を上っていった。
ダグーは軽そうに見えて結構重たかった。
「ふぅー」
やっとこベッドの上にダグーを放り投げて、デヴィットは一息つく。
慣れない肉体労働なんかしたせいか、腰が痛い。
「それにしても……」
ぐったり横たわるダグーを眺めながら、デヴィットは独りごちる。
一瞬は良い仲間だと思ったけど、トータルで見ると、とんだ足引っ張りだ。
というより、彼が役に立ったことなんてあっただろうか?
ダグーがやった事といえば、せいぜいグラウとの喧嘩を仲裁した程度だ。
でも、何故か別れるという選択肢はデヴィットの脳裏に浮かんでこなかった。
見捨てるには、気が引けるのだ。
いや、気が引けるというのは正しくない。
「僕は君を好きになっちまったのかな」
デヴィットは甲斐甲斐しく汗を拭いてやりながら、ダグーのシャツを脱がせにかかる。
上半身を裸に剥いて、しげしげと眺めまわした。
「意外と良い体してんだな……」
自分の貧弱な体格と比べると、よっぽど筋肉がついている。
道理で重たかったわけだ。
こんな逞しい肉体があるなら、虎男に絡まれた時だって自力で逃げ出せたんじゃ?
彼はグラウにベタベタされた時も、逆らおうとしなかった。
暴力が苦手なタイプなのかもしれない。
おもむろにズボンへ手を伸ばし、デヴィットがダグーのズボンをずり降ろすのと、薬の入った袋を持った店長が部屋の扉を開いたのと、ボボンッ!という大きな爆音と共に天井から誰かが降ってきたのは、ほぼ同時で。
「ぐぇっ!」
潰れた蛙みたいな声を発し、降ってきた何かをデヴィットは体で受け止めた。
「おぅ、薬買ってきたぞ!って、何やってんだ?」
「何やってんだじゃないよ、助けてよ!」
ジタバタもがくデヴィットの上には、黒服の男が立っている。
「……誰だい?あんた」
唖然とする店長にも男は答えず、周囲をぐるりと見渡した。
「宿屋……」
「お、おう。ここは宿だ、俺んチのな」
黒服は無言で店長を見、それからベッドの上を確認する。
男の足下でデヴィットが呻いた。
「そんなことはどうだっていいから、早くどいてくれよっ」
男がどくや否や、むくりと起き上がり、ぐちぐちとブー垂れた。
「ったく、なんなんだよ……あとちょっとでダグーの大きさを確認できたのに」
「大きさ?何の話だい」
店長に尋ねられ「何でもないよ」とごまかしてから、デヴィットは改めて男を見る。
やっぱり見知らぬ顔だ。
黒いシャツに黒いズボンと黒一色の格好で、手には長剣を携えている。
ぼーっとした眼差しで、どこに焦点があっているのかも判らない。
男が言葉を発した。
「ここは……どこだ?」
店長とデヴィットが同時に答える。
「どこって、俺の宿屋で」
「ニューシティだけど、それが何か?」
「ニューシティ……」
ぼーっとしていた男の瞳が、急激に光を取り戻したかと思うと。
「おい、あんた!あんたがデヴィット=ボーンか?」
いきなりデヴィットを指さし、名指しで確認を取ってくる。
「は?なんだよ、いきなり。確かに僕はデヴィットだけど――」
答えている側から、ぐいっと襟首を掴まれ引き寄せられた。
「キースと吉敷がピンチだ、黙って俺についてきやがれ」
先ほどまでの寝ぼけ顔は何処へやら、やけにハキハキした口調で命令してくる。
とはいえ、いきなり知らない名前を出されて来いと言われても困る。
こっちには病人だっているのだ。ダグーを置いてはいけない。
「今は行けない。大体、君は何者なんだ?何故僕を」
「グダグダ抜かすな、腕を一本そぎ落とされてぇのか!?」
ぴたっと長剣を腕に当てられて、デヴィットは内心汗だくだ。
それでも店長の目がある手前、気丈を装って言い返す。
「ここへ来てから命令ばかりで誰も僕に説明をしてくれない……いい加減、うんざりだ。君の仲間がピンチだろうと、僕には関係ない。どうしても僕を連れて行きたいなら、最初から説明してくれないか?」
店長もデヴィットを援護する。
「お、おい、お前!俺の店で流血沙汰を起こしてみろ?警備隊を呼んでやるっ」
できれば流血が飛び散る前に呼んできて欲しいものだが。
男は頭に上った血を冷ます為か、大きく溜息をついて天井を見上げる。
ややあって長剣を降ろした彼は、訥々と話し始めた。
「悪かったな。俺の名はヒスイ。コハクと呼ぶ奴もいるが……まぁ、それは今はどうでもいい。俺とキースと吉敷はコールドシティの洞窟を探検していた。最近モンスターが頻繁に出没している、その原因を調べる為にな。そこで出会ったんだ。お前を捜す、獣の頭をした奴らに」
「コールドシティ……?」
デヴィットが目で店長に問うと、店長がすかさず教えてくれる。
「ここから北に向かった先にある街だ」
そんな遠くにいた奴が、どうやって天井から降ってくるというのか。
そもそも、なんで天井から降ってきたのか。
それを尋ねると、ヒスイは答えた。
「俺達は、そんな奴は知らないと答えた。だが獣ヤロウ達は聞き入れず、俺達を捕まえようとした。その時、物陰から犬みたいな顔した奴が飛び出してきてデヴィットを探して連れてこいと、俺達に言ったんだ。それを聞いた直後、俺は此処に飛ばされた」
キャントールの誰かが魔法をかけて、ヒスイを瞬間移動させた。
どうせ飛ばすなら、三人とも飛ばしてやればよかったのに。
ま、その辺はキャントールの力量不足ってやつかもしれないが。
にしても、グラウの説明によればキャントールは獣人の一種のはずである。
仲間割れだろうか?
なんにせよ、北上しすぎなくて良かったとデヴィットは思った。
コールドシティまで行っていたら、また捕まっていたところだ。
「情報ありがとう。でも、僕は行かないよ。獣人達には金輪際関わりたくないんだ」
丁寧に辞退したら、怒られた。
「ふざけんな!吉敷とキースの為にも、てめぇにゃ嫌でもついてきてもらうぜ」
それこそ、ふざけんな、だ。
吉敷とキースが何者かは知らないが、全く知らない赤の他人が死のうと殺されようと、デヴィットの知ったことではない。
「その吉敷とキースって、そんなに大切な仲間なのかい?」
デヴィットが聞くと、ヒスイは顔をそらした。
「いや……だが仲間になった以上、見捨てたら後味悪ィだろうが」
「行きずりの野良パーティに義理を感じる必要なんて、ないと思うけど?」
口ではそう言いながら、デヴィットはちらりとダグーを横目で盗み見る。
自分だって人のことは言えない。
病気で倒れた足手まといなんか見捨てればいいのに、看病しちゃって。
「仲間は仲間だ。例え、お互い異国の住民だったとしても」
ヒスイはきっぱり言い切り、デヴィットの視線を辿る。
「病気の仲間を置いていけない、あんたの心情は察する。けど、こっちも急いでいるんだ。なんなら、あんたの仲間は俺が背負っていく」
「いや、結構だ」
「あいつは安静にしてないと駄目だ!」
またしても店長とデヴィットは同時に答え、店長がダグーを庇う。
「薬を飲んでも、すぐ効くわけじゃない……時間が必要だ」
その店長に手が伸びてきて、薬を催促した。
「でも、人の命がかかっているんだ。なら、急がないと」
「ダグー!」
見れば、汗だくのダグーが起き上がり、微笑んでいるではないか。
「駄目だ、安静にしていなきゃ」
デヴィットが止めるもダグーは制止を振り切り、薬の入った袋を手に取る。
「俺のせいでデヴィットが行けなくなって、結果誰かが死ぬことになったら、俺は多分、一生悔やむと思うよ……それにデヴィット、君だって」
「僕が?」
僕は悔やんだりしないよ。赤の他人が死んだ程度じゃ。
とでも言ってやろうと思ったが、デヴィットはやめておいた。
これ以上ヒスイを怒らせたら、本当に流血沙汰になりそうだ。
ダグーに嫌われるのも御免である。
薬を飲むのを手伝ってやりながら、デヴィットは優しい声色で囁いた。
「無理だけはしないでくれよ?つらくなったら、僕に言うんだぞ」
「うん」と素直に頷き、ダグーがベッドから起き上がる。
起き上がって、ようやく自分が上半身裸なのに気づいたようでもあった。
「俺の服……君が脱がしてくれたんだね」
デヴィットはドキッとした。
何も悪いことをした訳ではないのに、心臓が早く脈打っている。
いや、多少の下心があったことは認めよう。そのせいか。
「ま、まぁね。汗だくだったから、冷やしちゃマズイと思ってさ。君の服は汗でびっしょりだから、乾かさないといけないね。その代わりと言っちゃなんだが、僕の上着でも着ているといい。それとズボンだけど、別に僕は脱がそうとしていたんじゃないぜ?背中を拭く時邪魔だったから下にずらしたってだけで」
やたら饒舌に語るデヴィットを店長は訝しげに眺めていたが、もう引き留めるのは諦めたかして、ダグーに薬の残りと水筒を手渡した。
「薬は一日三回に分けて飲むんだ、水筒の水でな。……無理だけはするなよ?つらいと思ったら、すぐに戻ってこい」
デヴィットと同じような心配をしている。
ダグーは頷き、薬を受け取ると、デヴィットの上着を素肌に羽織った。
「さぁ、いこう」
言った側から、よろっとよろけたダグーは、ヒスイに抱きとめられる。
「あ……ごめん」
謝りながらもテレるダグーに、ヒスイは素っ気ない。
「謝る必要ねぇよ。それより急ぐぞ」
手を伸ばすタイミングが遅くて抱きとめられなかったデヴィットが、不機嫌に促した。
「ヒスイ、君は道案内を頼むよ。ダグーは僕が支えて歩くから、ご心配なく!」
こうして、即席パーティーはコールドシティを目指して出発した。