十二周年記念企画・闇鍋if

Barak Island Fight!!

10.記憶喪失!?悲劇のヒロイン

外は吹雪が吹き荒れていても、建物の中は意外と暖かい。
無論洞窟とて例外ではなく、獣人が隠れ家とする自然洞窟も防寒具なしで歩き回れるほどには暖かかった。
「おい、出ろ。メイガス様がお呼びだ」
牢に囚われていたエイジは、通路へ連れ出された。
呼びに来た獣人は一人っきりだ。
暴れて逃げ出してもよいのだが、エイジはそうしなかった。
何故自分を捕らえたのか、捕らえた人物に興味があったからだ。
大人しく従って歩いていくと、大きくくり抜いた場所につく。
その奥に、人工的にとりつけられた扉が控えていた。
扉をノックして獣人が言う。
「メイガス様、つれてきましたぜ」
くぐもった声が、それに答えた。
「入れ」
扉の向こうは、ちょっとした広さの部屋になっている。
素早く見渡して、出入り口が扉の一つだけなのを確認してから、エイジは目の前に陣取る獣人へ目をやった。
大柄な狼男だ。
エイジの頭二個分は背が高く、がっしりしている。
獣人が口を開く。
「お前がエイジ=ストロンか。まさかリストに名を連ねる人物を部下達が捕まえていようとは、思いもよらなかったぜ」
エイジは驚いた。
何故、見も知らぬ獣男が自分のフルネームを知っているのだ。
しかもリストだって?この誘拐犯どもは、他にも誰かを狙っているのか。
「貴様らの目的は何だ?」
エイジの問いを狼男は鼻で笑い飛ばし「そんな事をお前が知ってどうする?」と嘲った。
手にした紙束を、ひらひらさせて意味ありげに微笑む。
「これで、ようやくキーリアの鼻をあかしてやれるな。こんな寒いアジトともオサラバよ」
知らない名前が出たが、狼男の仲間だろう。
そして奴の手にした紙束が、恐らく誘拐ターゲットを載せたリストだ。
この獣人達、何故かは判らないが仲間同士で誘拐を競っている。
エイジは、先の大部屋にいた獣人の人数を思い出す。
ざっと目測で数えてみても、二、三十人はいた。
この規模の軍団が他にもいるとすれば――
そいつらをまとめるリーダーが、何処かにいるはずだ。
再びエイジは尋ねた。
「俺を、どうするつもりだ?」
エイジをジロジロと上から下まで眺めて、メイガスが答える。
「決まってんだろ、ボスに引き渡す」
「ボス?」
口を滑らせるのを期待したが、狼男は、そこまで馬鹿でもなく。
「そうだ。お前らを捕まえたがっている奴がいるんだよ、お前らが将来、あいつの計画を邪魔してくるだろうからってんでな」
おい、と命令されて部下の獣人がエイジの腕を無理矢理引っつかみ、後ろ手に縛り上げる。
痛みにエイジは顔を歪ませるが、悲鳴の代わりに口から出たのはメイガスへの反論だった。
「待ってくれ!俺は、ここへ来たばかりだ。元の場所へ帰れさえすれば、誰の計画も邪魔するつもりはない」
「元の場所?」
両脇から肩を掴まれた格好でエイジが続ける。
「そうだ。俺は、この島の住民じゃない。気がついたら、この島の酒場にいたんだ……俺が産まれたのはヨンダルニアという都市で」
しかし途中でメイガスは遮った。
「ヨンダルニア?知らんなぁ〜。おい、お前ら。さっさとソイツを、テレポットでも何でも使ってボスの元に送り届けちまえ!」
「待ってくれ、話を最後まで聞いてくれッ!」
エイジは尚も騒いだが、土手っ腹に拳を一発お見舞いされて「ぐぅっ」と呻く。
大人しくなった彼を引きずり部下が出て行った後、メイガスは、おもむろに部下の一人を呼び寄せる。
「チョイン、チョインは戻っているか?」
「は、はい、ただいまでチュ」
チョコチョコと前に出てきた幼い犬男は、水晶玉を大切そうに抱えていた。
「撒き餌の案配は、どうだ?何か、それらしい奴は引っかかったか」
「は、はぁ、えぇとでチュね」
水晶玉をのぞき込みながら、チョインが答える。
「1と5の洞窟に冒険者が侵入しましたでチュ。内三人は、リストにある顔と、とって〜も特徴が似通っていまチュ」
顎をさすり、メイガスもチョインの水晶玉を覗き込む。
「ほぅ……そいつらは一応捕らえておけ。間違っていたら殺せばいい」
「は、はいでチュ!」
ビシッ!とメイガスに敬礼すると、チョインは水晶玉を抱きかかえ、チョコチョコ走り去る。
走りながら、報告忘れがあった事にチョインは気づいていた。
だが余計なことを言うとメイガスが怒るのも知っていたので、何も言わずに持ち場へ戻っていった。

エイジは円柱の筒が三つ並んだ場所に連れてこられる。
あれがテレポットというやつか?
話の前後を考えると、瞬間移動装置と考えて間違いないだろう。
「ボスの元へいくやつは、と……」
まだきちんと到着先を把握しきっていないのか、部下は迷っている。
肩を掴んでいた腕の力が緩む瞬間を、エイジは狙った。
腕を振り切る勢いで走り出し、三つの筒のうちの一つに飛び込む。
「――あっ!待てコラ!!」
喚きたてる獣人達の顔は一瞬にして消え去り、軽い目眩がエイジを襲う。
次の瞬間には蒸し暑い熱気が体を包み、全く別の場所へ投げ出された。
周りを囲むのは岩壁だ。やはり、どこかの自然洞窟であるらしい。
ここにも獣人がいて、突如出現したエイジに驚いている。
「なんだ貴様は!」
呆然と見つめ合ったのも一瞬で、すぐに一斉に飛びかかられ、エイジは地に押さえつけられた。
両手を後ろに縛られているんじゃ、抵抗もできやしない。
「おら、立て!」と乱暴に引っつかまれ、無理矢理立ち上がらせられる。
改めて洞窟内を見渡してみれば、ここも先ほどの場所と大差ない。
獣人達のアジトの一つに出てしまったようだ。
「くそ……っ」
小さく悪態をつくエイジを、獣人達は何を思ったかジロジロ眺めている。
「……なんだ?」
赤毛が珍しいのか?
そう尋ねようと思った矢先、一人がジュルリと涎を腕でぬぐった。
「お前、可愛いツラしてんな」
ケモノ臭い男達に言われても嬉しくない。
いや、それ以前に可愛いと言われても嬉しくない。
「可愛くなどない」
ムッとして言い返すエイジだが、近寄ってくる獣人の数の多さにはギョッとする。
一難去って、また一難。
こっちの洞窟は、向こうの洞窟とは違った意味で居心地が悪そうだ。
そう、例えるなら洞窟内部が全部屋デヴィットで埋まっているような。
エイジが反撃できないのを良いことに、獣人達はベタベタと触ってくる。
「お前、魔術師か?全然筋肉がついていないじゃないか。肌もスベスベだ」
気にしている事をズバッと言われた。
挙げ句、袖をめくりあげられてサワサワ触られたんじゃ、たまらない。
「や、やめろ!」
気持ち悪さにエイジは声を荒げたが、そんな反応さえも楽しまれているようだ。
「細くて可愛いな。お人形さんみたいだ」
「ケツも軟らかそうだな……ぐへへ」などと言って、服を脱がそうとしてくる。
調子に乗る輩を止めたのは、別の獣人だ。
「いい加減にしときな、お前ら!」
声はハスキーだが、女だ。
これでもかとばかりに胸が女だと主張していた。
狼女の一喝で、たちまち周りの獣人どもは、そそくさとエイジを解放する。
助かった――とは、思わなかった。
こいつも獣人には違いないのだ。
膝をつくエイジを狼女も眺めていたが、やがて口を開いたのは女が先だった。
「あんた、もしかしてエイジ=ストロンってやつじゃないか?赤毛と可愛い顔と白い肌、モヤシみたいな体格が特徴って書いてあるんだが」
どいつもこいつも、人の気にしている事をズバズバ言いやがって。
失礼だ。獣人とは、無礼な種族の集まりなんだろうか。
「俺は全然可愛くないし、真っ白虚弱モヤシで悪かったな!!」
エイジの剣幕に狼女は引きつった笑みで、謝った。
「ご、ごめんよ。特徴欄に、そう書いてあったんだ……そう怒るんじゃないよ。とにかくエイジ本人で間違いないんだね?」
誰だ、その特徴欄を書いた奴は。そいつも絶対許さない。
エイジは怒りの目で頷いた。
狼女はパチンと指を鳴らすと、エイジの気持ちも知らんとニヤニヤ笑い出す。
「こいつはラッキーだ!運はあたしに味方してくれたようだねぇ。いや、あたしだけじゃないか。あいつらにも。これで失敗は帳消しだ、しばらくの間はね」
「あいつら?」
エイジは首を傾げたが、狼女は、それには答えずエイジへ振り返る。
「あんたは今から、あたしの捕虜だ。デヴィットとダグーつったか、あいつらも捕らえたら一緒にボスの元へ送ってやるよ!」
――デヴィットだって?
意外な名前が飛び出してきて、エイジは思わず叫びそうになる。
寸前でこらえたのは、脳裏をリストがよぎったからだ。
リストにはデヴィットの名前が載っている、そして自分も。
ダグーというのも人名か?
そちらには心当たりがないが、一つの予想が立てられた。
誘拐犯のリーダーは、この島のイレギュラーな存在を集めているようだ。
イレギュラーな存在とは、すなわち別の場所から島に集まった人間達の事である。
彼らがいると、誘拐犯のリーダーにとって都合の悪い何かが発生するのだろう。
将来ボスの計画の邪魔になる、とメイガスは言っていた。
どうせ、ろくな計画ではあるまい。
他人を誘拐してまで実行しようとするようなシロモノだ。
放っておいてもいいのだが、巻き込まれた事には腹が立つ。
邪魔してやりたい、という衝動がエイジの中でムクムクと大きくなる。
大体、ひとをモヤシとかナマッちろいとか余計なお世話も甚だしい。
人間は絶対、外で運動しなきゃいけない生き物なのか?
俺が細いのは使役の勉強に没頭した結果だ。家で本を読むぐらい好きにさせろ。
エイジは憎悪と私怨を膨らませながら、獣女に腕をつかまれて歩かされる。
連れて行かれたのは、またしても牢屋であった。

両手を縛った縄は解いてもらったが、囚われの身に戻った。
しっかり嵌った鉄格子を確認して、やれやれとエイジは溜息をつく。
結果として、たらい回しになっただけだ。
あのテレポットは三つとも、どこかのアジトへ繋がっていたのかもしれない。
――不意にモゾッと背後で何かが動いたので、慌てて振り向く。
牢屋に人がいたなど、入ってきた時には気づかなかった。
振り返って一目見て、すぐに誰だか判ってエイジは仰天する。
「ランスロット!ランスロットじゃないか、どうして此処に!?」
自分の使い魔だ、判らないはずがない。
ランスロットは鎧を着ておらず、女性の姿でしゃがみ込んでいた。
緑色の髪の毛を、今は後ろに垂らしている。
顔も体も泥にまみれて、衣服も薄汚れていた。
ランスロットは、ぽかんとエイジの顔を見ていたが、やがてぽつりと呟いた。
『……どなたですか?』
「何を言っているんだ?俺だ、エイジだ、しっかり見ろ!」
肩を掴んでガクガクと揺さぶってみたが、手応えがない。
ランスロットは下がり眉でエイジを見つめ、ごめんなさいと謝ってきた。
『わたし……わたし、自分が誰なのかも思い出せないんです……』
「なんだって!?」
『ランスロット……それが、わたしの名前ですか?』
驚きすぎて、エイジは開いた口が塞がらない。
名前が判って嬉しそうに はにかむ彼女の肩を強く掴んで揺さぶった。
「ランスロット、本当に俺が誰だか判らないのか!?」
『えぇ、あの……ごめんなさい』
申し訳なさそうに俯いたランスロットの笑顔に影が差す。
演技ではない。
こいつは、エイジを相手に演技の出来るような悪魔じゃない。
かといって、操られている訳でもなさそうだ。
では正真正銘、真の記憶障害?
「そんな……」
やっと会えたと思ったら、今度はこれか。
記憶喪失じゃ、ランスロットの能力も使えまい。
いや、そんなことは、どうだっていい。
ランスロットが自分を忘れてしまった。
その事実がエイジを激しく打ちのめす。
『あ、あの……お名前を教えて下さい?』
遠慮深げに話しかけてきたランスロットへ、絶望にくれた暗い眼差しを向けると、それでもエイジは律儀に応えた。
「エイジだ。エイジ=ストロン……君の、契約主だった男だ」

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