十二周年記念企画・闇鍋if

Barak Island Fight!!

9.異端者同士

ビーストメイヤーへ戻ってきたデヴィットとダグーは一息入れる暇もなく、獣人に取り囲まれ、半ば強制的にリーダーの元へと引っ張ってこられた。
「お前らが探偵と例の事件を嗅ぎ回っていたことは知っている。何故、獣人でもないのに、あの事件へ首を突っ込もうとするのだ?お前達の依頼人とは一体何者だ」
やたら威圧的に切り出され、ムッとしながらデヴィットが応じる。
「例の事件って、獣人達の行方探しの件かい?まさか事件から手を引けなんて言うつもりじゃないだろうね。でも、僕達にはやらなきゃいけないことがある。それを終わらせてからじゃないと、とても手を引くわけにはいけないな」
「やらなきゃいけないこと?」
獣人のリーダーに聞き返され、デヴィットは頷いた。
「グラウ奪還さ。僕達は獣人達の隠れ家を突き止めたんだけど、そこで襲われちまってね。あいつと、探偵と離ればなれになってしまったんだ」
正確には置き去りにしたのだが、何も馬鹿正直に話す必要はない。
獣人の間で、軽いざわめきが起きる。
「ほぅ……居所を突き止めたのか。ヘボ探偵の助手にしてはやるじゃないか」
「別に好きこのんで助手になったんじゃないさ。なりゆきだよ」
しっかり突っ込んでおいてから、デヴィットは改めて切り出す。
「グラウの件が片付いても、引き続き、この事件に関しては僕達も関わらせてもらう。僕の探し人が、もしかしたら獣人の捕虜になっている可能性だってあるんだからね」
「どうして、そう思うのだ?」
リーダーに問われ、デヴィットは即答した。
同じ事件を追っている相手に、情報を隠す必要はない。
「あいつらは手配署を持っているらしいんだ。それに従って誘拐を行っていた」
今度は大きな、ざわめき。
「誘拐だと……」
「既に事が大きくなっていたか」などと囁きあう獣人達をリーダーが軽くたしなめて、デヴィットに話の続きを促す。
「彼らが探しているのは人間だ。複数の人間」
その中に自分が含まれている事は、伏せておく。
何故言わないのか?とダグーが目で尋ねてきたが、デヴィットは軽くウィンクで口止めした。
「人間を誘拐……?何故だ、何故人間を」
苦悩する獣人のリーダーには肩をすくめて、デヴィットが話を締めくくる。
「さぁね。奴ら、誰かに命令されて、それに従っているようだった。黒幕を突き止めれば、誘拐した理由も判るんじゃないかな?」
「して、その居場所とは何処だ?」
そう尋ねてきたのは別の獣人だ。
「教えてもいいけど」とデヴィットは交換条件を持ち出す。
「僕達も同行するよ、いいね?」
「もちろんだ」とリーダーが頷き、デヴィットへ手を差し出した。
「今から我々は仲間だ。誘拐事件が公になる前に、失踪者を街へ連れ戻そう」
その手を硬く握り、デヴィットはニヤリと笑った。
「オーケー」
「さて、それじゃ作戦を……」
獣人の一人が新たに話を切り出した直後、外で「キャー!!」と絶叫があがり、建物の崩壊する轟音が響いてきた。
どう考えても、ただ事ではない。
「なんだ!敵襲か!?」
騒ぐ獣人の間をすり抜けて、デヴィットとダグーは表へ飛び出す。

表に出て、まず目に入ったのは一刀両断された建物だった。
「なんだ、こりゃ……?」
分厚い煉瓦の壁が、鋭利な刃物で斬られたかのような断面を見せている。
周囲にへたり込んでいる人が見えるが、怪我はないようだ。
斬られたのは建物だけか。
「見つけた」
凍りつくほど冷静な声に振り返れば、黒髪の少女が立っていた。
少女は刀を構えている。一分の隙もない。
まさか、あの刀で煉瓦造りの建物を斬ったのか?
いや、まさか。
どんなに切れ味のいい刀でも、煉瓦を斬るなど出来るわけがない。
「君は誰――」
『見つけたのニャ!』
ダグーの呼びかけと別の大声が重なって、聞き覚えのある高い声にデヴィットは眉をひそめた。
「誰かと思えばアホの子じゃないか。お前も飛ばされてきたのか?だが、あいにくと僕は、お前に構っているほど暇じゃないんだ。ラングが一緒なら話は別だけどね」
デヴィットのマシンガントークに押されて『うぐぅっ』と言葉に詰まるパーシェルを押しのけるように、少女が一歩前に進み出る。
「あなたが……デヴィット=ボーンね」
パーシェルがいるんじゃ、偽名を名乗っても無駄だ。
観念したデヴィットは素直に認めた。
「そうだけど、君は?」
「あなたを捕らえに来た。抵抗しなければ傷つけはしない」
会話が完全に平行線だ。
少女は冷たい眼差しで、デヴィットだけを見据えている。
蚊帳の外にいたダグーが少女へ話しかける。
「建物を斬ったのは君か?どうして、そんな真似をするんだ」
少女は無言でダグーを一瞥し、すぐに視線をデヴィットに戻す。
「デヴィット。私と一緒についてきて。あなたを待つ人がいる」
あくまでも対象はデヴィット一人で、ダグーはお呼びじゃないらしい。
「知らない人についていっちゃいけないって言われているんだ」
デヴィットが茶化し、なおもしつこく食い下がる。
「まず名乗ってもらわないとね。名前も判らないんじゃ信用しようがないよ」
ぽつり、と少女が答える。
「――神崎アリス」
「かんざき、アリス?へぇ、意外と可愛らしい名前じゃないか」
ひゅうっと口笛を吹き、デヴィットは口の端をゆがめた。
デヴィットのお世辞にも眉毛一つ動かさず、アリスが淡々と言う。
「ついてくるの?こないの?こないというなら実力行使で出るまで」
「もちろん、ついていくよ。だが、その前に」
「まだ何かあるの?」
「僕に会いたいってのは、どんな人だ?」
「ついてくれば判るわ」
どこまでも、つっけんどんなアリスに、デヴィットのニヤニヤも止まらない。
もしかしたら、彼はこの会話を楽しんでいるのかもしれなかった。
「だから言っただろ?知らない人にはついていけないって」
アリスはしばし考え、答えを出す。
「言えば、あなたは信用するの?」
「もちろん」
「……キーリア。多分、あなたは一度も会ったことがないはず」
勿論、聞き覚えのない名前だ。
名前しか聞かなかったデヴィットも悪いのだろうが、名前しか教えてくれないとは、なかなか会話の難しい相手だ。
ダグーは更に突っ込んだ話を聞こうと口を開きかけるが、横合いから誰かに抱きつかれ、おっとっととよろめいた。
「いかん、それ以上君はアリスに近づいてはいかんのだ!」
「グッ、グラウ!?」
なんとダグーに飛びついて、ダグーのお尻にスリスリ頬ずりをしているのは、洞窟で置き去りにしてきたはずのグラウ探偵ではないか!
「なんで探偵が此処にいるんだ!」
獣人達も騒いでいるが、そいつを聞きたいのはダグーも同じだ。
「グラウ、無事だったんだね……良かった」
「我が輩がそう簡単に死ぬとでも思ったのかね?いや、それは今はどうでもいい。それよりも、君はアリスに近づいてはならん。あの女はキリングマシーンの上、短気だからな。うっかり近づくと、あの煉瓦の家のような運命を辿ってしまうぞ」
キリングマシーンとは穏やかではない。
しかし刀を持っているとはいえ、あの華奢な少女が?
デヴィットも同じ感想を持ったらしく、探偵を鼻で笑い飛ばす。
「それより、なんであんたが、あの子と一緒に現れるんだい?もしかして、あの子は獣人の遣いなのか。それで、あんたは向こう側に寝返ったってわけ?」
「寝返るとは失敬だな、貴様!」
かっかと怒りだしたかと思えば、グラウはビシッとデヴィットに指を突きつけた。
「我が輩は、貴様を倒しに来たのだ!けして寝返ったのではないッ」
寝返ったのではないのなら、どうして仲間を倒すなどと言うのか。
ますます訳がわからない。
『話が違うのニャ!』と騒ぎ出したのは、それまで大人しく様子を伺っていたパーシェルで。
『グラウもキーリアの仲間になったのニャ。デヴィットも仲間になるニャ!』
さらに状況をややこしくさせる発言をかましてきた。
困惑するダグーとは逆に、デヴィットはしたり顔で何度か頷く。
「ハ〜ン、だんだん話が読めてきたぞ。要するに探偵さんは、どさくさに紛れて僕への恨みをはらそうって腹らしいね。大方、獣人にうまく乗せられて来たんだろうけど、僕を敵に回したことを後悔するといいよ」
使い魔がいないというのに、随分上段にでたものだ。
グラウに抱きつかれたまま、ダグーは心配する。
使い魔がいないこと、顔見知りらしいパーシェルにはバレているんじゃないのか?
上目線に啖呵を切ったデヴィットへ、フンと鼻を鳴らしてパーシェルが応戦する。
『フン、使い魔のいない悪魔遣いなんて、パーシェルの敵じゃないのニャ!』
「……そうなの?」と傍らで囁くアリスへは大きく頷くと、パーシェルは続けた。
『呼べないからいないのニャ!呼べるならデヴィットだったら、とっくに呼んでるニャ』
普段はアホの子のくせに、こういう時だけは頭がまわる。憎たらしい悪魔だ。
『アリス、刀を振り回す必要はないニャ。パーシェルが一発で捕まえてやるニャ』
ぽきぽきと指を鳴らして、パーシェルが一歩前に出る。
グラウを腰にくっつけたまま、ダグーはデヴィットを庇おうとするが、その前にデヴィットがストップをかけた。
「おっと待った。パーシェル。僕に乱暴をして、ただで済むと思っちゃいないだろうね?」
『今更命乞いニャ?見苦しいニャ』
さながら悪人みたいな台詞を吐く悪魔へ、デヴィットがニヤリと笑う。
「チクるぞ。ラングリットに、この一部始終を」
『そ……!』
瞬く間に、さぁーっと青くなったパーシェルが、わたわたと暴れた。
『そんなの駄目ニャ!チクッちゃ嫌ニャ!!』
「……あなたはラングリットという人の居場所を」
横入りして尋ねてくるアリスへも、デヴィットは嘯いた。
「あぁ、当然さ。けど、君たちには教えてやれないね。こいつは僕の切り札だからな」
驚いた顔で見ているダグーへは、バチンとウィンクする。
ダグーには悪いが、しばらく傍観者でいてもらおう。
下手に彼に口を挟まれると、すぐボロが出てしまう。
「なら、我が輩も切り札を出すとしよう」
グラウの声が下からしたかと思うと、ダグーが「ひゃうっ!?」と素っ頓狂な声をあげて座り込む。
何事かとデヴィットがダグーを振り向けば、グラウがダグーの股ぐらに顔を突っ込んでモゾモゾしているではないか。
「おい、ホモ探偵!何やっているんだ!?」
イラッとするデヴィットに、グラウも嫌なスケベ笑いで答える。
「貴様がラングリットとやらを人質に取るのであれば、我が輩はダグーを人質に取ってしまうぞ?大人しくアリスの言うことに従ってもらおうか。でないと……」
「う、ウヒャヒャ、くすぐったいっ!やめて、グラウ」
グラウがゴソゴソ動くたびに、ダグーは情けない顔で笑っている。
端から見ていて情けない格好だが、デヴィットとしては笑える状況でもない。
二人を無視し、デヴィットはアリスに尋ねた。
「どうして君は獣人に従っているんだ?」
「……答える必要はないわ」
にべもない。横では、パーシェルが訝しむ目を向けている。
『デヴィット、本当にラングリット様の居場所を知っているのニャ?怪しいニャ』
「怪しむなら好きにしたらいいさ。痛い目を見たいなら、ね」
デヴィットはニヤニヤ笑っていて、嘘かどうかが読み取れない。
大体この男は、いつもニヤニヤ笑っているのだ。
そんな男の表情から感情を読み取るなど、無理な話である。
手の出せないパーシェルは、結局アリスに泣きついた。
『う〜、アリスなんとかするニャ!』
言われるまでもないわ、とばかりに、また一歩アリスが前に出る。
単細胞の悪魔と違い、彼女には何の縛りもない。
恐らく説得にも耳を貸さないだろう。
となれば――
グラウにいいようにされているダグーの肩に掴みかかると、デヴィットは己の元へぐいっと引き寄せる。
弾みでグラウは放り出され、ごちんと地面に頭をぶつけた。
「ぐわっ!」
「えっ、ちょ、ちょっとデヴィット!?」
いきなりの行動に目を丸くするダグーを抱きかかえながら、デヴィットは、ふてぶてしい笑みを浮かべてアリスを睨んだ。
「僕をつれていきたければ、彼も一緒につれていくんだ!」
「何ィ!?」
驚いたのは探偵で、いや、探偵だけじゃない、周りの住民や獣人達も驚いている。
「貴様、そこは『僕をつれていく代わり、他の者には手を出すな』と言うべき場面だろうが!ダグーを貴様の道連れにするとは、どういう了見だ!?」
探偵に怒鳴られ、デヴィットが怒鳴り返す。
「僕を一般常識に当てはめようとするな!僕は好きな人と常に一緒にいたいんだ!!」
――この男の狙いは何だ?
アリスはデヴィットを見、彼の表情からでは何も読み取れないと知ると、今度はダグーを盗み見る。
あんな風に道連れ発言をされて、嫌ではないのだろうか。
ダグーは抱きしめられたまま、大人しくしている。
うつむいた顔は赤らみ、照れているようでもあった。
「僕とダグーは一心同体だ!」
騒ぐデヴィットへ、アリスは尋ねた。
「好きな人を……危険にさらすつもりなの?」
デヴィットが笑う。
「へぇ、僕がつれていかれるのは危険な場所なのかい?」
アリスは何も言い返さなかったが、僅かに表情を険しくする。
これで確実だ。
やはりキーリアは獣人で、この三人はデヴィットを洞窟へ連れていくつもりだ。
デヴィットは更に大声をあげた。ビーストメイヤー中の住民にも聞こえるように。
「自然洞窟に僕達を連れ込んで殺すつもりだったんだろうが、そうは問屋が卸さないぞ!キーリアの思い通りになんて、なってやるもんか!!僕とダグーの愛があれば、キーリアなんて敵じゃないッ」
何事かと飛び出してきた住民の何人かは、キーリアの名前に覚えでもあるのか、こちらへ近づいてきた。
ざわめきと共にデヴィット達を囲む人垣も増えていく。
「僕とダグーは愛の力で必ず勝ってみせる!あの一夜に誓って!」
どうでもいいことを喚きながら、集まってくる人々を見てデヴィットはニヤリとほくそ笑む。
いいぞ、もっとドンドン集まってこい。
僕達を守る盾になってくれ。
いざとなったら、住民を犠牲にしてでも逃げ切る覚悟が、彼にはあった。
『や、やばいのニャ……?』
形勢逆転に気づいたパーシェルがアリスの袖を引っ張るも少々遅く、デヴィット達をぐるりと人の輪が囲む。
これで、もう迂闊に手は出せない――はずであった。
だが焦るパーシェルとは異なり、アリスは無表情に呟くと、人垣へ刀を構える。
「邪魔するなら、全員斬る」
鋭い殺気を感じ、デヴィットが叫んだ。
「危ない!皆、気をつけろ」
叫ぶと同時に、ダグーを抱きかかえたまま手近な人垣へ突っ込む。
アリスが刀を抜くのが一瞬見えて、すぐに悲鳴が背中であがる。
さっそく誰かが犠牲になったのだ。
「デヴィット、皆を助けないと!」
腕の中ではダグーが暴れているが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「駄目だ、例えあいつらを倒しても僕達二人じゃ獣人軍団には勝てないだろ!ここは一旦退いて、勝てるぐらいの仲間を集めるんだッ」
「退くって、一体どこに!?」
阿鼻叫喚の地獄絵図をかいくぐりながら、必死に街の出口を探す。
「どこだっていい!ここじゃない街だ!!」
ちらりと後ろを見て、アリスに群がる獣人の姿を確認すると、デヴィットは走る。
獣人には悪いが、デヴィット達が逃げるまでの時間稼ぎになってもらおう。
「……もう二度と、この街には来られないな」
ぽつんと呟いたダグーの言葉にも、デヴィットの良心が痛むことはなく。
「仕方ないだろ、元々これは獣人が何とかしなきゃいけない事件だ!」
全ての原因を獣人に押しつけると、デヴィットはビーストメイヤーを飛び出した。

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