十二周年記念企画・闇鍋if

Barak Island Fight!!

7.異世界の珍入者

地上界の上にある天界――
その天界の、さらに上空。そこに真人は存在していた。
……存在。そう言っていいのか、どうか。
存在のない存在。
彼でも彼女でもない、もの。
真人は全ての世界の始まりであり、全ての世界の創造主でもある。
そして真人の存在を知るものは、僅かな人数に限られていた。

真っ白な空間に、怒声が響く。
「どぉーして行っちゃいけないんだよ!俺は地上へ降りる権限を与えれていたコードじゃなかったのか!?あの地のことなら、俺が一番よく知っている!知り合いも多いッ。俺が一番適任だろうが、何もよそから異端者を送り込まなくたって!」
いきり立っているのは、黒髪の青年。
幼い顔立ちだ。下手したら十代にも見えかねない。
「落ち着け、コードS」
黒スーツの男リュウに宥められても、青年の怒りは収まらず。
「あいつらは、知ってんのか?異端者の存在を!」
「あいつら、とは?」
「決まってんだろ!?シャウニィとデス・ジャッジメントの抜け殻だよ!!」
「あぁ……どうだろうな」
リュウの脳裏に、一人の青年が浮かび上がる。
十二の審判の生まれ変わりだった、逆毛の男。
ソロン=ジラードだ。
だったと過去形なのは、今はそうではないからだ。
彼の中にいたデス・ジャッジメントは抜け落ち、今の彼は人間に戻った。
従って伝説の魔剣ブレイクブレイズも、彼には使えなくなった。
あの魔剣は、後世へ向けてロイス王国に託された。
いずれまた、デス・ジャッジメントの血を引く者が産まれた時の為に。
「しかも黒田のバカがファーストエンドで一騒動だとォォォォ!?何の為に俺が、あの地を平和にしてやったと思ってんだよ!」
「コードS。時空を違えた発言は程々にしておけ」
冷静なツッコミを受けて、童顔の青年が我に返る。
「……あっ、俺が平和にしたのは未来の話でした。テヘッ☆」
だが、と再び勢いを取り戻してリュウへ掴みかかった。
「後か先かなんてのは、どーだっていいッ。問題は、黒田がファーストエンドを滅茶苦茶にしようとしてるって点だろーが!真人に拾ってもらった恩も忘れて何やっちゃってくれてんだよ……っつーかアイツ、なんか恨みでもあんの?ファーストエンドにッ!」
掴みかかられていても、リュウは冷静であった。
「俺に聞かれても知らん。コードK本人に聞いてくれ」
「そうしたくても、俺はココを出らんねーんだろーがッ」
「コードS」と、今度は別の声が割り込んでくる。
「全ては真人がお決めになったのよ。私達は、それに従うまで」
上空から降りてきた相手を見つめ、コードSは気の抜けた声で名を呼んだ。
「コードA。お前最近見かけなかったけど、どこ行ってたん?」
コードAと呼ばれた女が答える。
「とある世界へ降りて、そこで人の生き様を見守っていたの」
「とある世界ィ?」
「そう」と頷き、コードAが茶色の髪をかきあげる。
「その世界は魔界との境界が混ざり合っていて。そう――私が生きていた頃から。だから人としての生命が終わった後も、ずっと心配していたのよ」
志半ばで倒れてしまったけれど、真人に存在を認められてコードAとして復活した。
ただコードKやコードSと違って、彼女の声は世界の住民には届かない。
見守るしか出来ない存在になってしまった。
「あなたまで出て行ってしまったら、真人を守れるのはリュウとシンだけしかいなくなってしまう。お願いだから、あなたは此処に残って真人を守ってあげて」
コードAにも重ねてお願いされては、これ以上駄々をこねるのも気が引ける。
「……ったく。真人は何を考えて、俺に追撃させなかったんだ?」
ついに諦めたのか、コードSは白い空間であぐらをかき、小さくぼやく。
「どうせ向かわせんなら、ちょっと腕がたつ程度の凡人雑魚軍団よりも、同レベルの奴を向かわせたほうが手っ取り早いじゃねーか」
「そして、神が降りてきたと原住民をパニックに陥らせるつもりか?」とは、リュウ。
「原住民のレベルに併せた人間なら、住民に紛れて行動できる。我々が行っては、余計に騒ぎを大きくしてしまう。それに、大きすぎる力は次元崩壊を引き起こす。それこそは真人の望む結果ではない事など、君なら充分判っていると思うが?」
「はいはい、強すぎてスイマセンでしたねぇっ!」
半ばヤケクソ気味に怒鳴った後、コードSは真っ白な宙を見つめて誰に言うともなく呟いた。
「コードKなんかに殺されんじゃねーぞ?シャウニィ……お前が死んだら、その後の未来も全部変わっちまって、俺のやったことが無駄になるんだからさ」


シャウニィをおいてけぼりにして一人突っ走っていったソロンが見つけたのは、金髪をツンツンに逆立てた小柄な少年であった。
「ちょっ!何すんだ、放せ、放せーッ!!」
目が青い。
金髪碧眼といえば、ロイス王国やファルゾファーム島が真っ先に思い浮かぶ。
だが、こいつは、そのどちらの住民でもない。気配が違う。
「お前、なンだ?もしかしてゲート未通過者ッてやつか」
「なんだよ、ゲートって!オレは来たくて来たんじゃないっての、こんなトコッ」
少年が頬を膨らませる。
ソロンに首根っこを掴まれぶら下げられた状態だというのに、強気な態度だ。
「名前は?」とソロンが尋ねると、それでも一応は答えた。
「……ピート。ピート=クロニクル」
「じゃあ、生まれは?」
続けて尋ねると、怒られた。
「なんで、お前に教えなきゃいけないんだよ!?」
「お前が怪しいからに決まッてンだろーが」
ぶらぶらと振り回しただけで、ピートはあっさり折れてくる。
「スコットランドだよ。もう、いいだろ?降ろしてくれよ!」
スコットランドとは、全く聞き覚えのない地名だ。
やはり、こいつは異世界人。ゲート未通過者で間違いない。
「なンで一人でうろついていやがッたンだ?仲間は?いねェのか」
「いるわけないだろ?いたら、一人でウロウロしていないって!」
そりゃそうだ。
しかし異世界人が一人で乗り込んでくるとは珍しい。
いや――来たくて来たのではないと、さっき本人が言ったではないか。
何かの事故が起きて、ここへ飛んできてしまったのかもしれない。
本人の意志とは無関係に。
「ンー……とりあえず、ゲートマスターンとこに行ってみるか?」
「誰だよ、そのゲートマスターって」
当然の質問へは当然の回答を教えてやった。
「ゲートを開ける術者だよ。いいから、俺についてきな」
そう言って、ソロンは踵を返す。
片手にピートをぶら下げたまま。
「だぁから!降ろしてくれって言ってんだろぉ!?」
路地裏にピートの悲鳴が、こだました。

こめかみに青筋を立てたダークエルフと合流したのはギルド前で。
「よぉ、あまりに遅いから、どうしてくれようかと思っちゃったぜ」
「悪ィな、珍しい奴を見つけたモンでよ」
全然悪びれていない調子で謝ると、ソロンはピートを突き出した。
「こいつが噂のゲート未通過者ッてやつらしいぜ?」
「降ーろーせー!バカーッ!!」
絶叫している子供を、シャウニィはジロジロ眺め回す。
「ふーん。特にこれといって高い魔力も特殊な気配も感じねーけどなぁ」
ダークエルフでも感じ取れない気配を、ソロンはよく見つけられたものだ。
だが「そうか?」とはソロンの弁。
「滅茶苦茶怪しい気配を振りまいていたぜ?そいつ」
「怪しいって、何がどう怪しいんだよ?」
シャウニィは首を傾げる。
どう見たって、ただの人間の子供だ。それ以上でもそれ以外でもない。
「なンつッたらいいのかなァ……」
ソロンにも説明しづらいようで、彼は言葉に詰まりながら答えた。
「とにかく、今まで一度も感じたことのねェ気配を感じたンだよ」
シャウニィは、もう一度「フーン」と気のない相づちをうち、ピートを見る。
ソロンに首根っこを掴まれて宙吊り状態の彼は、すっかりむくれていた。
「ピート、お前は一体何が出来るんだ?」
シャウニィが問えば、ピートはぶっすりして横を向いてしまう。
「ま、何だッていいじゃねェか」と言い出したのはソロンだ。
「それよッか、こいつをゲートマスターに見せてみようぜ。なンか判るかもしれねェ」
「マクリゥスに?」
けど、とシャウニィは首を傾げる。
「そいつがゲートを通過してねーってんなら、マクリゥスに見せたところで何も判んねーんじゃねぇか?あいつが判るのはゲートを使って一度こっちに来たことのある異世界人の知識だけだからな」
「そンなのは、俺達が決める事じゃない」と、ソロンも引き下がらない。
「あいつが見て、判断する事さ。さッ、ゲートマスターの元へ案内してくれよ」
「あー……めんどくせぇなぁ」
シャウニィはブツブツ文句を言っていたが、やがて懐から四角い機械を取り出す。
「それ、何だ?」と尋ねてくるソロンへは、ぞんざいに答えた。
「ギルド配給の通信機ってやつだ。まだ試作品だけどな。こいつで連絡を取り合うようにしろってルールが近々実装されるらしいぜ。ったく、使い慣れるまでがめんどくさい上、使いこなすのも難しい。最悪だな」
機械は機械ギルドの十八番だ。
逆に言えば、機械都市以外の住民は全く機械に慣れてない。
高名なシャウニィといえども例外ではなく、彼も通信を繋ぐまで四苦八苦していた。
それでも、やっと連絡の取れた後はピートを連れてマクリゥスの元へ向かい、さらに面倒な依頼を引き受けて、再びニューシティへ戻ってきた。
それが、二日前の話である。


再び、冒険者ギルドの手前まで歩いてきた時だった。
ソロンが「おっ」と小さく呟いて、同行するピートの耳元で囁いた。
「よかッたな。お仲間が増えるかもしンねーぜ」
「仲間ァ?」と怪訝に見上げる少年へ頷き、ソロンは油断なく身構える。
今度の奴は、ピートとは全然違う。
気配には殺気も混ざっている。
恐らく、こちらの気配には気づいているのだろう。
連中は建物の中にいるようだ。
「シャウニィ、いざッて時は後方援護をしッかり頼むぜ」
「あぁ、任せとけ」
シャウニィも殺気には気づいていたのか、身構えながら頷いた。
ソロンは心の中で、いち、にの、さんっと数えてからギルドの扉を蹴破った。
「うわっ!」と悲鳴があがり、こちらを呆然と眺める二人を見つける。
一人は背が高く、がっちりとした筋肉質。
もう一人は中背の逆毛。つくべきところに筋肉はついている。
どちらも戦士タイプか。面白い。
驚いていた逆毛が、傍らのマッチョへ小さく囁く。
「なんだろ、この人達……随分荒々しい登場だけど」
マッチョは不貞不貞しく笑った。
「さぁな。てめぇと似たような髪型センスをしているじゃねーか」
自分の逆立った髪の毛を、ちょっと触り、ソロンは苦笑した。
確かにマッチョのいうとおり、向こうの逆毛と自分は似ている。
違うのは、バンダナと額当て。
そしてファーストエンドの住民か、否かだ。
彼らが何か言う前に、ソロンは制した。
「動くな」
たちまちマッチョの眉間には幾つもの縦皺が刻まれ、向こうも牽制し返してくる。
「あァン?なんだ、テメーは。俺達に命令しようってのか?」
「おい、やめろよZENON」
逆毛のほうは些か温厚なのか、マッチョを止めにかかる。
かと思えば、ソロンに向かってニコヤカに笑いかけてきた。
「こんにちは。君は島の住民かな?それともギルドの人?こいつの無礼を謝るよ、ストレスを拗らせすぎて性格が悪くなっているんだ」
「オイッ、GEN!誰の性格がこじれているってんでぇッ」
人相悪くZENONが吼えているが、ひとまず、それは無視してソロンが尋ねる。
「お前らも異世界人なのか?ゲートを通らずして、ファーストエンドにきやがッたのか」
「ゲート?」
ZENONとGENの声がハモる。
「もしかして、君は何か知っているのか!?」
「俺達ァ戻る方法を探してんだ!何か知らねーか!?」
口々に騒ぐ二人を押し留め、ソロンは不敵に微笑んだ。
「そいつを知りたかッたら、俺達と一緒に来るンだ。お前ら、いつまでも、こンなトコをうろうろしてッと捕まッちまうぞ?」
ZENONとGENは再び「えっ?」とハモッて目を丸くする。
捕まるだって?
一体、俺達が何をしたっていうんだ……

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