6.トラトラトラ、我潜入に成功しせり?
ダグーとデヴィットの二人に置いてけぼりにされた探偵は、囚われの身となった。左の通路へ連れて行かされ、牢屋へ放り込まれる。
人工的に作られた部屋だ。
岩壁に鉄格子が嵌めてあり、そっとやちょっとじゃ抜け出せない。
グラウは脱獄を諦め、牢屋の中央に腰を下ろす。
トイレ用の穴が掘られているだけの、小さな部屋だ。
「全く、あやつらめ。今度あったら、どうしてくれよう?デヴィットは原型をとどめぬ程ズタズタにしてやるとして、ダグーは服を脱がして、すっぽんぽんにして……グフフ、グフフフ……おっといかん、涎が出てきおったわ」
イケナイ妄想に浸っていると、足音が近づいてきた。
「ご機嫌は、いかがかね?こそこそと我々をかぎ回る探偵さん」
ぬっと犬の鼻が牢に突っ込まれる。
キャントールだ。キャントールの青年が、グラウを眺めている。
声の感じからすると、まだ若いようにも思えた。
「フン、人道を外れたケモノどもに言われたくないわ。言え、我が輩を捕らえてどうするつもりだ?言っておくが、我が輩のバックには聖王教会がついておるからな。このような真似をして、ただで済むとは思わないことだ」
精一杯虚勢を張ってみると、キャントールの青年には鼻で笑われた。
「聖王教会など怖くはないさ。怖いものがあるとすれば、あのお方を脅かす存在だが」
「あのお方?」
グラウが尋ねると、キャントールは誇らしげに胸を張る。
「そう、我々の救世主だ。最下層にうごめく我らを救ってくれる、勇者だよ」
「最下層に?馬鹿をいえ、獣人は我が輩と比べたら優遇されているほうではないか!」
思わずグラウは声を荒げる。
獣人はビーストメイヤーの人口の半分以上を占める。
対してリザードマンは、グラウ一人しかいない。
グラウの目には、獣人と人間は共存しているように見えた。
別に、虐げられてなどいない。そう思うのは、獣人の勘違いでは?
ビーストメイヤーを最初に作り上げたのは獣人だとされている。
後から住み着いた人間が獣人を虐げるなど、筋違いも甚だしい。
鼻息の荒いグラウに対し、キャントールは冷ややかに答えた。
「他種族の目には見えぬものも多々ある。我らの事情が全てわかっている訳でもあるまい。ビーストメイヤーは、もう終わりだ。あの街はいずれ、人間に支配されるよ」
視線に冷酷なものを感じ、探偵はゴクリと唾を飲む。
「それで……あのお方とやらに従って、お前らは何をしでかすつもりなのだ?まさか人間全員を滅ぼすつもりではなかろうな?」
「そうだと言ったら……どうする?」
射貫くような瞳が、グラウを睨みつける。
蛇に睨まれた蛙の如く、探偵は身動き一つできなくなった。
――不意に、キャントールの青年が緊張を解いて笑う。
「……フッ。まさか、な。そこまで大それた真似はしない。我々に課せられた任務は、あくまでも人捜しだ。デヴィット=ボーン。それが、あのお方を滅ぼす極悪人だ」
「デヴィットだと!?」
あまりの驚きで、グラウは自分の目が飛び出すかと思った。
「なんだ、知っているのか?」
興味深げに尋ねてくる相手へ、唾を飛ばして反論する。
「あいつが、そんな大それた人間なわけはない!あいつはクズで嫌味でニヤケヅラで最低最悪な男だぞ!我が輩を侮辱したあげく、我が輩の未来の恋人を横からかっさらって我が輩を置き去りにしたのだ!あのお方とやらが手を下すまでもなく、我が輩があいつをフルボッコにして首を討ち取りたいぐらいだ!!」
探偵の剣幕に気圧されたか、ドン引きしながらキャントールが尋ねた。
「ならば探偵、お前も我々の仲間に加わるか?お前も種が違うとはいえ、人間とはうまくやれていないのだろう?」
図星をさされ、デヴィットに憤慨していたグラウの頭が少々冷める。
あの街でリザードマンは、グラウ一人。
親の顔は知らない。物心つく頃には、両親とも側にいなかった。
故に、幼い頃は人間の子供に虐められる事が多々あった。
恨んでいないといえば、嘘になる。
「このまま牢屋で朽ち果てるよりはマシだろう。気が向いたら私を呼べ」
全ては昔の話だ。
虐められた復讐で人間を滅ぼすなんて、グラウのガラではない。
とはいえ、あのお方にデヴィットがボコボコにされるのも悔しい。
奴は自分の手で仕留めたい。
立ち去ろうとするキャントールを呼び止め、グラウは彼の名を尋ねた。
「君を呼びたくとも名前が判らねば呼べないじゃないか」
「あぁ……そうだな。私の名はエッフェ=フォン=ゼールだ」
「ではゼールくん、さっそくだが君の仲間の元へ案内してもらおう」
まさか即決で頷くとは思っていなかったのかエッフェはポカーンとしていたが、やがて「あ、あぁ」と、ぎこちなく頷くと、牢の鍵を開けてグラウを外に出す。
「お前には、しばらく監視がつく事になる。悪く思わないでくれ、完全に信用できるまでには時間が必要なのだ」
「かまわんよ、当然だ。我が輩だって諸君らの立場なら、そうするだろう」
何故か偉そうにふんぞり返りながら、グラウはエッフェの後に続いた。
「探偵が我々の側に寝返りました!」
一足早く報告を受けて、場を仕切っていたワーウルフの女が新入りに命ずる。
「猫娘、あんた達の出番がさっそく回ってきたよ。探偵の監視及び協力をしてやるんだ!」
『アイアイサーなのニャ!』
ビシッと敬礼する黒服の少女は、ラングリットの遣い魔パーシェルではないか。
ラングリットと離れて、こんなところで何をやっているのか?
「これは、あんた達自身の信用にも繋がっているんだ。ヘマするんじゃないよ?」
至近距離でワーウルフに凄まれても、全く臆せずパーシェルは頷く。
『判っているのニャ。パーシェルに万事お任せニャ』
もう一人、パーシェルの陰に隠れていた少女が短く口を挟む。
「監視役に二人もいらないのでは……?」
黒髪をポニーテールにまとめた、パーシェルよりも背の低い少女だ。
手足などは強く握りしめたら、ぽっきりいきそうなほど華奢である。
その容姿には不似合いな一降りの刀を抱きしめていた。
「あんた達二人は新入りだ。一人だけつけたんじゃ、トカゲ野郎にやられちまうかもしれないからね。予備だよ、予備!」
女の言葉には不服だったのか、少女は小さく呟いた。
「私は、やられたりしない」
「どうだかねぇ」とワーウルフの女は、まるで信用していない。
パーシェルが気安く少女の肩を叩いて、機嫌を取りなした。
『一人より二人のほうが成功度もあがるって誰かが言ってたニャ!アリス、パーシェルと一緒に監視を頑張るのニャ』
それには無言を通し、少女――神崎アリスが獣人の女へ問いかける。
「彼には、何をやらせるつもり……?」
「決まっているだろ?デヴィット=ボーンの捕獲だよ」
デヴィット=ボーンの名前なら、ここで何度も聞いている。
あのお方――Kと名乗る正体不明な男の天敵なんだそうだ。
『けど、デヴィットにはこわーい悪魔がついているのニャ!アーシュラがかかってきたら、パーシェルでも瀕死は免れないのニャ』
身振り手振りで騒ぐパーシェルを、じろりと一瞥して、ワーウルフの女キーリアはアリスへ命じた。
「どうも、デヴィットとパーシェルは顔馴染みらしいからね。アリス、あんたには猫娘の監視も頼むよ。こいつらがもし裏切ったら、デヴィットの確保を最優先するんだ」
何故かアリスは、パーシェルよりも獣人から信頼されているようだ。
彼女は人間だというのに。
「えぇ、任せて」
アリスは静かに頷いた。
たちまちパーシェルが傍らで憤慨して喚き散らす。
『パーシェル、そんな尻軽に見えるのニャ?失敬ニャ、ぷんぷんニャ!!』
アリスは全く無視して、洞窟の出口へ向かって歩き出す。
無視された事に気づかず、なおも『アリスは信じてくれるニャ?パーシェルはデヴィットの言いなりにはならニャイのニャ!』と騒ぎ立てるパーシェルを、お供に従えて。
彼女達が退室した後、獣人の一人がキーリアにぼやく。
「あいつら……信用できるんですかい?」
「馬鹿だね」とキーリアは言い、アリスの去った出口を見つめた。
「猫娘はともかく、あのガキ……アリスの実力は本物だよ。あたしは見たんだ、あいつが強盗四人を相手に全くひけを取らず、一刀両断にブッた斬った瞬間をさ」
強盗は、どいつも人間のならず者ばかりで、同族が相手だと人間は手加減をするものだが、アリスは容赦なく真っ二つにした。
キーリアは、その腕前に惚れて、彼女をここまで連れてきたのであった。
人間を味方に引き入れる事には、抵抗がなかった訳じゃない。
しかし、手駒は必要だ。あのお方の目的を遂げるまでは。
使い捨ての駒として使うのは勿体ないが、いざとなれば、それもやむを得まい。
パーシェル達がデヴィット捕獲の為にビーストメイヤーへ向かった頃、時を同じくして、獣人の情報を求めてGENがニューシティに到着した。
ニューシティは冒険者の窓口になっている街だ。人通りも多い。
何かしら、有益な情報が得られるだろうとGENは考えていた。
適当な酒場へ立ち寄り、マスターへ話しかけようとして。
「うん……?」
よく見知った顔がカウンター席にいると気づく。
カウンター席でマスターと話しては、何事か考え込んでいる。
「ZENON……?」
間違いない。
日に焼けた肌といい、傷だらけの顔面といい、眼光鋭い瞳といい、なにより全身から放たれる殺気が奴をZENONだと証明しているようなものだ。
あいつも、この島に来ていたのか。
自分と同じく、記憶にないまま来てしまったのだろう。
ここで会ったのも何かの縁だ。GENはZENONへ声をかけた。
「よぉ、お前も来ていたのか」
「この声……GENかッ!?」
バッと大げさに振り向くもんだから、こっちのほうが驚いてしまった。
ひとまず動揺を押し隠し、GENは尋ねる。
「何を話していたんだ?マスターと」
ZENONはきまりが悪そうに答えた。
「別に。ここが何処かってのと、帰る道を聞いていただけだ」
「それで?判ったのか、戻り方」
「知らねェってよ。黒魔境なんざ聞いたこともねぇっつってた」
「なるほどねぇ……」
見覚えのない景色ばかりが広がる場所だ。
そう簡単に帰れるだろうとは、GENも思っちゃいなかった。
彼は事情を話し、それとなくZENONを誘ってみる。
「聞き込みすれば、ここらの情報収集になるし、事件を解決すれば皆も平和になって一石二鳥だ。どうだ?一緒にやらないか」
本音をいうと起爆発火装置みたいな、この男と行動を共にするのは気が進まない。
それでも一人でやるよりは、二人のほうが心強い。
ZENONも同じ事を考えたようで、割合あっさり承諾した。
「いいだろ。どうせやることもなかったんだ。で?手始めに何を聞き出せばいい」
「行方をくらました獣人達の行き先だ。どんな些細な情報でもいい、かき集めるんだ」
ほどなくして、二人は有益な情報を掴む。
最近、冒険者ギルドに似たような内容の依頼が入っていたというのだ。
二人は、さっそくギルドへ向かった。