5.いかにも怪しいケモノ達
街の外に出て聞き込みを開始したデヴィット達は、すぐに情報を得る。野良仕事をしていたオッサンが、見かけたというのだ。
いかにも怪しげな獣人達が、徒党を組んで山道へ入っていくのを。
「どう怪しげだったのだね?」
どうでもいいことを深く突っ込む探偵へ、オッサンが答える。
「上半身裸でなァ。しかも、だ。美女を横抱きにして歩いておったんだ」
本当だとしたら大変だ。人さらいじゃないか。
「どうして君は止めなかったのだ!」
オッサンに向かって憤慨するグラウを押し留めたのは、ダグーだ。
「無茶を言わないで下さいよ、多勢に無勢でしょ」
オッサンまで さらわれなかったのは不幸中の幸いか。
「美女、ねぇ」
デヴィットは何やら考えこんでいたが、地平線へ目をやる。
「山の中に入られたのか。捜索は困難を極めるかもな」
「でも足跡ぐらいは残っているかもしれない。一応、調べるだけ調べてみよう」
ダグーが言うので仕方なく、デヴィットとグラウは山道へ向かった。
彼がいなかったら、きっと二人とも行かなかったに違いない。
山道に入ってすぐ、ダグーが何かを地面に見つけた。
「見てくれ。この足跡……あのオジサンの言っていた獣人軍団のものじゃないか?」
泥の上には複数に踏み荒らされた足跡が、くっきり残っている。
どれもが靴跡ではない。獣の足跡だ。
そのうちの一つは重量があったのか、他の足跡より深く沈み込んでいる。
足跡は山道を登っていったようだ。
「追いかけてみよう」
ダグーが先頭に歩き出すのを「気をつけろよ」とデヴィットが周囲をくまなく見渡しながら続き、しんがりはグラウが務める。
山道には雑草が生い茂っていて、ともすれば足跡を見失いそうになる。
だがダグーにはハッキリ見えているのか、迷いもなく進んでいく。
「この匂い……狼男も混ざっているのか」
ぽつりとダグーが呟いた。
デヴィットもグラウも鼻をヒクヒクさせるが、木々の香りが漂ってくるだけだ。
眉間にしわを寄せ、グラウが首を傾ける。
「ケモノどもの匂い?我が輩には感じ取れんが」
「ダグー、君は鼻がいいんだね。他にも何か匂うのか?」
デヴィットが話しかけると、ダグーはハッと我に返って答えた。
「あ、いや、判るのは狼の臭いぐらいだよ。他は全然判らない」
「狼の?」
デヴィットとグラウがハモる。
どういう意味だろう。昔、狼をペットにしていたとか?
だが二人が疑問を口にする前に、ダグーの足が止まった。
「足跡は、あの洞窟へ入っていったみたいだね。どうする……?」
彼が指さす方向には、自然洞窟がぽっかり入り口を広げている。
「洞窟か……誰か灯りは持っておるのかね?」
グラウの問いに、デヴィットは大げさに溜息をついてみせた。
「灯りを持って忍び込む?ハッ、まさに愚の骨頂だね。みすみす捕まりに行くようなものじゃないか。潜入する時は暗闇に紛れて行動するのが鉄則だろ?」
嫌味ったらしい言い方が効を成したか、たちまちグラウが赤くなる。
「諸君らが怖がっていると思って、ジョークを飛ばしてみただけだッ」
恥じているというよりは逆ギレだが、鬱憤の貯まっていたデヴィットとしては、せいせいした。
デヴィットはダグーの手を握り、自分の側へ引き寄せる。
「君は僕が守るから、安心していいよ。さぁ、行こう」
耳元で囁かれるくすぐったさに身をすくめながら、ダグーも頷く。
「う、うん」
「おい!必要以上にダグーへベタベタするんじゃない」
二人はヒステリックに騒ぐ探偵を置き去りに、洞窟へ入っていく。
無視されていると気づいたグラウも、慌てて後を追いかけた。
洞窟の中は隙間から明かりが差し込んでいるおかげで、足下がぼんやり見える程度には明るかった。
これならランタンを持っていなくても、前に進めるだろう。
「足跡はまっすぐ奥へ向かっているみたいだね……あっ」
ダグーが小さく声をあげたので、デヴィットとグラウの二人も前をのぞき込む。
目の前の道が、二手に分かれている。
足跡は二手に分かれていた。
「右と左、どっちをいく?」
「人質を担いでいる奴は、どっちに向かったのかな」と、デヴィット。
一つだけ沈みの激しかった足跡は、左へ向かっていた。
「誘拐された人物が気になるのかね?」
「まぁね」
デヴィットが頷くと、グラウは羨ましそうに舌をチロチロした。
「ほぅ、美女に心当たりが」
「心当たりというか、僕の仲間じゃないかなって思ったんだ」
「それはランスロットのこと?」
ダグーにも聞かれ、デヴィットは曖昧に首を振った。
「いや、バルロッサだ。あいつが来ているかどうかは判らないんだけど、もしいたら、あいつがさらわれたのかな〜って思っただけさ」
たちまちグラウのテンションは急降下し、探偵はチッと舌打ちする。
「なんだ、憶測か……」
しかし、すぐにニヤリと口の端を曲げて小さく呟いた。
「だがニヤケ小僧の知り合いでないとすれば、我が輩にもヒーローになれるチャンスは残されているというわけだな?」
こんな時にヒーロー志願もへったくれもないだろうに。
下心マックスな探偵に、デヴィットは幻滅した。
今更幻滅しようにも、するだけの信頼は、とうになくなっていたのだが。
「どうする?左に行って、先に人質を解放してくるのかい」
ダグーが促してくるのへデヴィットは「いや」と否定して、右の通路を見た。
「足手まといは後で解放すればいいさ。まず、獣人達の正気を確かめるのが先だ」
「進んだ先で挟み撃ちにあったら、どうするのかね?」とは、グラウ。
奴にしてはマトモな意見だが、デヴィットは平然と無視する。
「左が人質を運び込む場所だとしたら、そんなに人数が多いとは思えないな。せいぜい見張り役が数人だろ。右に多く集まっているんじゃないか?ちょっと様子を見てこようか。もし隠れられそうな壁がなかったら、一旦ここを出て作戦を練り直そう」
「判った」
ダグーは、すぐに頷いた。素直な奴だ。
デヴィットに仕切られているのが不満なのか、グラウの返事がない。
しかしデヴィットは構わず、右の通路を進んだ。
大勢の足跡を辿って、壁に隠れながら進んでゆく。
大きく出っ張った岩の影で、一行は一旦足を止める。
手前に扉らしきものが見えてきたからだ。
自然洞窟にしては不自然な作りだ。扉だけ、後から付け足されたのであろう。
「話し声は聞こえんかね?」
探偵に耳元で囁かれ、ダグーがビクッと身を震わせる。
「い、いえ……扉まで近づかないと、さすがに声は聞こえないかと」
そりゃそうだ。
しかし扉と岩との間には距離がある。途中で隠れられる場所もない。
聞き耳を立てるには、見つかる覚悟でやらなければならない。
「……誰がいく?」
「そりゃあ、もちろん」
ダグーとデヴィットの目が、グラウにとまる。
二人の視線に気づき、グラウが男らしく言った。
「我が輩には無理だぞ。最近、難聴気味でなァ」
「チッ、使えないなぁ」
デヴィットはわざと聞こえる程度の声で言い放ち、探偵が「貴様、今なんと!?」と騒ぐのをダグーが横で「まぁまぁ」と宥めるところまで横目に見ながら立ち上がる。
「しょうがない、僕がやるよ」
通路には今のところ、人の気配はない。
岩陰から、そっと身を乗り出すと、デヴィットは抜き足差し足で扉に忍び寄り、耳をつけた。
中から聞こえてきたのは――
「大勢で出歩いて、捕まえてきたのが女一人だって!?ふざけているんじゃないよ、お前ら!あのお方になんと説明するつもりだいッ」
女の怒号が部屋中に響き渡り、しどろもどろに男達の言い訳が始まる。
「け、けど、あの女、滅茶苦茶強ェんだ!あいつを捕まえた手柄だけでも褒めて欲しいもんだぜ」
「強い?人間の女が、か?」
訝しむ女を別の男の声が遮る。
「人間じゃない。あの女は魔族だ」
「魔族!?」と驚く声には男のものも混じる。
捕まえてきた中にも、捕まえた相手の種族を把握していない者がいたようだ。
「道理で強かったわけだぜ!」
「俺は最初から人間じゃないと思っていたよ」
などと男達がざわめくのを、女が一喝する。
「魔族なんか連れてきて、どうするんだ!?あのお方の話じゃ、連れてくるのは人間だったはずだ!いいかい、この手配リストに載っている人間を全部集めてこない事には、あたし達だって始末されかねないんだよ?」
あのお方とは、誰だろう?
そいつに命じられて、部屋の中の連中は人さらいをしているようなのだが……
そこまで考えて、デヴィットはピンときた。
何の確証もないが、恐らくはコードKだ。
奴が獣人達に命じて、誰かを捜している。
だが、何故獣人達は奴の命令に従っているのか。
感情豊かな会話からは、洗脳されている様子が伺えない。
不意に後方から「んぐっ」とダグーのくぐもった声が聞こえて、慌ててデヴィットは振り返る。
振り返った先に立っていたのは、ダグーを抱きかかえた虎男の姿であった。
しまった、いつの間に?全く気づかなかった。
岩陰の隅に、緑色の足が横たわっている。
グラウだ。虎男に殴られるかして昏倒したようだ。
「……つくづく役に立たないな、あいつ」
もう一度チッと短く舌打ちして、デヴィットは虎男と睨み合う。
こいつは浜辺で出会った、あの虎男だろうか?
そもそも虎男なんて、見分けがつくんだろうか。
「彼を放してもらおうか?」
上目線に命令すると、虎男はフンと髭を揺らした。
「そいつぁ、お前さんの態度次第だな。あんまり偉そうに抜かしていると、そこのトカゲ男みたいにボディに一発食らわすぞ?」
虎男とのグラウの間で、どういった会話があったかは容易に想像できる。
そろりそろりと立ち位置を変えながら、デヴィットは会話を引き延ばした。
「僕次第?僕に何をさせるつもりなんだ」
「俺達のボスへ会うだけでいい。そうしたら、こいつは釈放してやるぜ。お前、手配リストの一番上にあったデヴィット=ボーンってやつだろ?」
部屋の中でも女が言っていたやつか。
それにデヴィットが載っているってことは、やはり間違いない。
尋ね人を誘拐しているのはコードKだ。
「ホントはこいつも捕らえなきゃいけないんだが……だが、こいつは良い匂いを発している。渡すなんてもったいねぇ、こいつは俺の獲物だ」
そう言って、虎男がダグーを見下ろしベロリと舌なめずりをする。
こいつ、まさかダグーを食べる気か?
がっちり抱え込まれたダグーは大人しくしていて、逃げだそうと藻掻くことすらしていない。
諦めているのかと思えば、そうではなく、ダグーはじっと虎男を見つめて言った。
「俺が身代わりになるっていうんじゃ、駄目かな?」
「ダグー!」
冗談じゃない。
デヴィット一人だけ助かっても、どうしろというのだ。
虎男は無情に「駄目だね」と首を真横に振って、再びデヴィットへ視線を戻す。
「ボスが探してんのは、あんただ。デヴィット」
デヴィットは虎男から視線をそらさず、フンと鼻でせせら笑った。
「デヴィット?そいつぁ誰だ。僕はデヴィットなんて名前じゃない」
「えっ?」となったのは虎男だけではなくダグーもで、虎男と一緒に目を丸くしている。
「じゃ、じゃあ、お前は誰だ!?」
慌てる虎男にデヴィットは不敵な笑みを向けた。
「僕か?僕はラングリット=アルマーだ。その手配リスト、僕がデヴィットだと記載しているだなんて、プリントミスじゃないのかい?」
ラングの名前を騙ったのは、完全に場の思いつきだ。他意などない。
虎男を動揺させるには充分で、奴はわたわたと身振り手振りで言い返してくる。
「えっ、でも、ボスの言った特徴と、お前の外見は一致するぞ!?」
その隙を逃すダグーではない。
するりと虎男の腕から逃れると、デヴィットの元へ逃げてきた。
間髪入れずデヴィットは彼の手を取り、走り出す。
「あっ、待て!」
虎男が我に返る頃には二人とも洞窟を抜け出し、一気に山道を駆け下りていった。