十二周年記念企画・闇鍋if

Barak Island Fight!!

5.いかにも怪しいケモノ達

街の外に出て聞き込みを開始したデヴィット達は、すぐに情報を得る。
野良仕事をしていたオッサンが、見かけたというのだ。
いかにも怪しげな獣人達が、徒党を組んで山道へ入っていくのを。
「どう怪しげだったのだね?」
どうでもいいことを深く突っ込む探偵へ、オッサンが答える。
「上半身裸でなァ。しかも、だ。美女を横抱きにして歩いておったんだ」
本当だとしたら大変だ。人さらいじゃないか。
「どうして君は止めなかったのだ!」
オッサンに向かって憤慨するグラウを押し留めたのは、ダグーだ。
「無茶を言わないで下さいよ、多勢に無勢でしょ」
オッサンまで さらわれなかったのは不幸中の幸いか。
「美女、ねぇ」
デヴィットは何やら考えこんでいたが、地平線へ目をやる。
「山の中に入られたのか。捜索は困難を極めるかもな」
「でも足跡ぐらいは残っているかもしれない。一応、調べるだけ調べてみよう」
ダグーが言うので仕方なく、デヴィットとグラウは山道へ向かった。
彼がいなかったら、きっと二人とも行かなかったに違いない。
山道に入ってすぐ、ダグーが何かを地面に見つけた。
「見てくれ。この足跡……あのオジサンの言っていた獣人軍団のものじゃないか?」
泥の上には複数に踏み荒らされた足跡が、くっきり残っている。
どれもが靴跡ではない。獣の足跡だ。
そのうちの一つは重量があったのか、他の足跡より深く沈み込んでいる。
足跡は山道を登っていったようだ。
「追いかけてみよう」
ダグーが先頭に歩き出すのを「気をつけろよ」とデヴィットが周囲をくまなく見渡しながら続き、しんがりはグラウが務める。
山道には雑草が生い茂っていて、ともすれば足跡を見失いそうになる。
だがダグーにはハッキリ見えているのか、迷いもなく進んでいく。
「この匂い……狼男も混ざっているのか」
ぽつりとダグーが呟いた。
デヴィットもグラウも鼻をヒクヒクさせるが、木々の香りが漂ってくるだけだ。
眉間にしわを寄せ、グラウが首を傾ける。
「ケモノどもの匂い?我が輩には感じ取れんが」
「ダグー、君は鼻がいいんだね。他にも何か匂うのか?」
デヴィットが話しかけると、ダグーはハッと我に返って答えた。
「あ、いや、判るのは狼の臭いぐらいだよ。他は全然判らない」
「狼の?」
デヴィットとグラウがハモる。
どういう意味だろう。昔、狼をペットにしていたとか?
だが二人が疑問を口にする前に、ダグーの足が止まった。
「足跡は、あの洞窟へ入っていったみたいだね。どうする……?」
彼が指さす方向には、自然洞窟がぽっかり入り口を広げている。
「洞窟か……誰か灯りは持っておるのかね?」
グラウの問いに、デヴィットは大げさに溜息をついてみせた。
「灯りを持って忍び込む?ハッ、まさに愚の骨頂だね。みすみす捕まりに行くようなものじゃないか。潜入する時は暗闇に紛れて行動するのが鉄則だろ?」
嫌味ったらしい言い方が効を成したか、たちまちグラウが赤くなる。
「諸君らが怖がっていると思って、ジョークを飛ばしてみただけだッ」
恥じているというよりは逆ギレだが、鬱憤の貯まっていたデヴィットとしては、せいせいした。
デヴィットはダグーの手を握り、自分の側へ引き寄せる。
「君は僕が守るから、安心していいよ。さぁ、行こう」
耳元で囁かれるくすぐったさに身をすくめながら、ダグーも頷く。
「う、うん」
「おい!必要以上にダグーへベタベタするんじゃない」
二人はヒステリックに騒ぐ探偵を置き去りに、洞窟へ入っていく。
無視されていると気づいたグラウも、慌てて後を追いかけた。

洞窟の中は隙間から明かりが差し込んでいるおかげで、足下がぼんやり見える程度には明るかった。
これならランタンを持っていなくても、前に進めるだろう。
「足跡はまっすぐ奥へ向かっているみたいだね……あっ」
ダグーが小さく声をあげたので、デヴィットとグラウの二人も前をのぞき込む。
目の前の道が、二手に分かれている。
足跡は二手に分かれていた。
「右と左、どっちをいく?」
「人質を担いでいる奴は、どっちに向かったのかな」と、デヴィット。
一つだけ沈みの激しかった足跡は、左へ向かっていた。
「誘拐された人物が気になるのかね?」
「まぁね」
デヴィットが頷くと、グラウは羨ましそうに舌をチロチロした。
「ほぅ、美女に心当たりが」
「心当たりというか、僕の仲間じゃないかなって思ったんだ」
「それはランスロットのこと?」
ダグーにも聞かれ、デヴィットは曖昧に首を振った。
「いや、バルロッサだ。あいつが来ているかどうかは判らないんだけど、もしいたら、あいつがさらわれたのかな〜って思っただけさ」
たちまちグラウのテンションは急降下し、探偵はチッと舌打ちする。
「なんだ、憶測か……」
しかし、すぐにニヤリと口の端を曲げて小さく呟いた。
「だがニヤケ小僧の知り合いでないとすれば、我が輩にもヒーローになれるチャンスは残されているというわけだな?」
こんな時にヒーロー志願もへったくれもないだろうに。
下心マックスな探偵に、デヴィットは幻滅した。
今更幻滅しようにも、するだけの信頼は、とうになくなっていたのだが。
「どうする?左に行って、先に人質を解放してくるのかい」
ダグーが促してくるのへデヴィットは「いや」と否定して、右の通路を見た。
「足手まといは後で解放すればいいさ。まず、獣人達の正気を確かめるのが先だ」
「進んだ先で挟み撃ちにあったら、どうするのかね?」とは、グラウ。
奴にしてはマトモな意見だが、デヴィットは平然と無視する。
「左が人質を運び込む場所だとしたら、そんなに人数が多いとは思えないな。せいぜい見張り役が数人だろ。右に多く集まっているんじゃないか?ちょっと様子を見てこようか。もし隠れられそうな壁がなかったら、一旦ここを出て作戦を練り直そう」
「判った」
ダグーは、すぐに頷いた。素直な奴だ。
デヴィットに仕切られているのが不満なのか、グラウの返事がない。
しかしデヴィットは構わず、右の通路を進んだ。

大勢の足跡を辿って、壁に隠れながら進んでゆく。
大きく出っ張った岩の影で、一行は一旦足を止める。
手前に扉らしきものが見えてきたからだ。
自然洞窟にしては不自然な作りだ。扉だけ、後から付け足されたのであろう。
「話し声は聞こえんかね?」
探偵に耳元で囁かれ、ダグーがビクッと身を震わせる。
「い、いえ……扉まで近づかないと、さすがに声は聞こえないかと」
そりゃそうだ。
しかし扉と岩との間には距離がある。途中で隠れられる場所もない。
聞き耳を立てるには、見つかる覚悟でやらなければならない。
「……誰がいく?」
「そりゃあ、もちろん」
ダグーとデヴィットの目が、グラウにとまる。
二人の視線に気づき、グラウが男らしく言った。
「我が輩には無理だぞ。最近、難聴気味でなァ」
「チッ、使えないなぁ」
デヴィットはわざと聞こえる程度の声で言い放ち、探偵が「貴様、今なんと!?」と騒ぐのをダグーが横で「まぁまぁ」と宥めるところまで横目に見ながら立ち上がる。
「しょうがない、僕がやるよ」
通路には今のところ、人の気配はない。
岩陰から、そっと身を乗り出すと、デヴィットは抜き足差し足で扉に忍び寄り、耳をつけた。
中から聞こえてきたのは――

「大勢で出歩いて、捕まえてきたのが女一人だって!?ふざけているんじゃないよ、お前ら!あのお方になんと説明するつもりだいッ」
女の怒号が部屋中に響き渡り、しどろもどろに男達の言い訳が始まる。
「け、けど、あの女、滅茶苦茶強ェんだ!あいつを捕まえた手柄だけでも褒めて欲しいもんだぜ」
「強い?人間の女が、か?」
訝しむ女を別の男の声が遮る。
「人間じゃない。あの女は魔族だ」
「魔族!?」と驚く声には男のものも混じる。
捕まえてきた中にも、捕まえた相手の種族を把握していない者がいたようだ。
「道理で強かったわけだぜ!」
「俺は最初から人間じゃないと思っていたよ」
などと男達がざわめくのを、女が一喝する。
「魔族なんか連れてきて、どうするんだ!?あのお方の話じゃ、連れてくるのは人間だったはずだ!いいかい、この手配リストに載っている人間を全部集めてこない事には、あたし達だって始末されかねないんだよ?」
あのお方とは、誰だろう?
そいつに命じられて、部屋の中の連中は人さらいをしているようなのだが……
そこまで考えて、デヴィットはピンときた。
何の確証もないが、恐らくはコードKだ。
奴が獣人達に命じて、誰かを捜している。
だが、何故獣人達は奴の命令に従っているのか。
感情豊かな会話からは、洗脳されている様子が伺えない。
不意に後方から「んぐっ」とダグーのくぐもった声が聞こえて、慌ててデヴィットは振り返る。
振り返った先に立っていたのは、ダグーを抱きかかえた虎男の姿であった。
しまった、いつの間に?全く気づかなかった。
岩陰の隅に、緑色の足が横たわっている。
グラウだ。虎男に殴られるかして昏倒したようだ。
「……つくづく役に立たないな、あいつ」
もう一度チッと短く舌打ちして、デヴィットは虎男と睨み合う。
こいつは浜辺で出会った、あの虎男だろうか?
そもそも虎男なんて、見分けがつくんだろうか。
「彼を放してもらおうか?」
上目線に命令すると、虎男はフンと髭を揺らした。
「そいつぁ、お前さんの態度次第だな。あんまり偉そうに抜かしていると、そこのトカゲ男みたいにボディに一発食らわすぞ?」
虎男とのグラウの間で、どういった会話があったかは容易に想像できる。
そろりそろりと立ち位置を変えながら、デヴィットは会話を引き延ばした。
「僕次第?僕に何をさせるつもりなんだ」
「俺達のボスへ会うだけでいい。そうしたら、こいつは釈放してやるぜ。お前、手配リストの一番上にあったデヴィット=ボーンってやつだろ?」
部屋の中でも女が言っていたやつか。
それにデヴィットが載っているってことは、やはり間違いない。
尋ね人を誘拐しているのはコードKだ。
「ホントはこいつも捕らえなきゃいけないんだが……だが、こいつは良い匂いを発している。渡すなんてもったいねぇ、こいつは俺の獲物だ」
そう言って、虎男がダグーを見下ろしベロリと舌なめずりをする。
こいつ、まさかダグーを食べる気か?
がっちり抱え込まれたダグーは大人しくしていて、逃げだそうと藻掻くことすらしていない。
諦めているのかと思えば、そうではなく、ダグーはじっと虎男を見つめて言った。
「俺が身代わりになるっていうんじゃ、駄目かな?」
「ダグー!」
冗談じゃない。
デヴィット一人だけ助かっても、どうしろというのだ。
虎男は無情に「駄目だね」と首を真横に振って、再びデヴィットへ視線を戻す。
「ボスが探してんのは、あんただ。デヴィット」
デヴィットは虎男から視線をそらさず、フンと鼻でせせら笑った。
「デヴィット?そいつぁ誰だ。僕はデヴィットなんて名前じゃない」
「えっ?」となったのは虎男だけではなくダグーもで、虎男と一緒に目を丸くしている。
「じゃ、じゃあ、お前は誰だ!?」
慌てる虎男にデヴィットは不敵な笑みを向けた。
「僕か?僕はラングリット=アルマーだ。その手配リスト、僕がデヴィットだと記載しているだなんて、プリントミスじゃないのかい?」
ラングの名前を騙ったのは、完全に場の思いつきだ。他意などない。
虎男を動揺させるには充分で、奴はわたわたと身振り手振りで言い返してくる。
「えっ、でも、ボスの言った特徴と、お前の外見は一致するぞ!?」
その隙を逃すダグーではない。
するりと虎男の腕から逃れると、デヴィットの元へ逃げてきた。
間髪入れずデヴィットは彼の手を取り、走り出す。
「あっ、待て!」
虎男が我に返る頃には二人とも洞窟を抜け出し、一気に山道を駆け下りていった。

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