十二周年記念企画・闇鍋if

Barak Island Fight!!

4.闇夜に響く、かの泣き声

暗闇で、誰かが泣いている。
すすり泣きだ。
途切れ途切れに聞こえる声へ、デヴィットは耳をすませた。
「……ランス……ランス……」
声には聞き覚えがある。
この声は、彼のものだ。
不意に現れたのは、白い裸体。
一糸まとわぬ姿の青年が暗闇に浮かび上がる。
己の体を両腕で抱きかかえるようにして、震えていた。
真っ赤に燃える髪にも、泣き濡れる顔にも見覚えがあった。
「――エイジッ!!」
叫ぶと同時に目の前の風景は霞が如く、かき消えて。
次の瞬間、後頭部に激しい痛みを感じて飛び起きた。


ビーストメイヤーの酒場にて、デヴィット達は朝食を取る。
二階は宿屋になっていて、昨夜、三人はそこに泊まった。
もちろん、部屋は三人とも別々だ。
「……大丈夫かい?」
デヴィットの後頭部に出現した大きなタンコブを見上げ、ダグーが心配そうに尋ねてくる。
探偵はというと、これみよがしに鼻で笑い飛ばしてきた。
「夢を見た勢いでベッドからズリ落ちるなど、体を張った芸を見せてくれるな、君は。いっそ悪魔遣いとやらは廃業して大道芸人にでも転職したら、どうかね?」
言うことが、いちいち憎たらしくて腹立たしい。
トカゲ探偵もデヴィットを嫌っているのだろう。
たった一夜にして、デヴィットとグラウの仲は最悪にまで達していた。
というのも、事あるごとにトカゲ男がダグーへ手を出そうとするからだ。
そのたびにデヴィットが軌道修正してやらなければいけなくなる。
まぁ、いい。むかつくトカゲ男なんぞを気にしている場合ではない。
それよりも、夢だ。夕べ見た夢が気にかかる。
エイジは泣いていた。
しかも裸で。嫌な予感がしてならない。
彼も遣い魔と離ればなれになっている可能性が出てきた。
ランスロットと一緒ではないエイジなど、ただのか弱い一青年に過ぎない。
まさか無理矢理誰かに乱暴されて、あの姿にされたのか?
目の前のトカゲ男を険悪に睨みつけながら、デヴィットは己の妄想で憤慨する。
許せない。エイジは僕の大切な同僚だ。
トカゲ男みたいな変態には、指一本触れさせたくない。
彼にエッチな真似をしていいのは、僕だけだ。
「ところでダグー、君らの人捜しの件だがね。具体的には誰を捜しておるのかな?」
グラウがダグーへ尋ねるのへは、デヴィットがむすっとして答える。
「人を探しているのは僕さ。仲間を捜しているんだ」
「なんだ、探し人は貴様の用事だったか」
探偵は、あからさまに興味を失ったようだった。
「なら後回しにしてもよいな?我が輩の依頼は急ぎの物件なのだ」
強引に話を進めようとするグラウを遮り、デヴィットも己の話を強引に進める。
「エイジとランスロットっていうんだが、どうもエイジはランスロットと離ればなれになっている可能性が高くなってきたんだ。僕は最優先でエイジを探さなきゃいけない」
「エイジを?でも、必要な能力を持っているのはランスロットじゃなかったっけ?」と、ダグーが首を傾げた。
「ランスロットだけ見つけても無駄だ。エイジがいない事には、ランスロットも力を貸してくれないだろう。あいつはエイジの遣い魔だからね」
朝食を食べ終え、デヴィットが立ち上がる。
後頭部はまだズキズキするが、そんなのは大した問題じゃない。
「それで、ビーストメイヤーでやるべき事ってのは何だい?聞き込み?だったら聞き込みは探偵さん、あんたの十八番だろ。僕達は別行動を取らせてもらう」
デヴィットの勝手な言い草に、たちまちグラウの眉間には縦皺が刻まれる。
「なんだと?昨日、できることは何でも協力すると――」
だが、すぐにトカゲ男は言葉を打ち切り、言い直した。
「ふん、よかろう。では我が輩はダグーと二人で聞き込み調査を過ごすとするか」
「おっと、ダグーは僕と一緒に来て貰う。探偵と二人じゃ彼の貞操が心配だ」
「なんだと!貴様、我が輩を愚弄するか!!」
今度こそトカゲ探偵はデヴィットにつかみかかり、ダグーが慌てて二人を引き離す。
「言い過ぎだ、デヴィット!グラウも、落ち着いてッ」
「しかし、こやつは我が輩を!」
「君はどっちの味方なんだ?ダグー!」
双方から怒鳴られて、ダグーは、ほとほと疲れ切った顔で言った。
「両方の味方だよ。だから喧嘩はやめて、仲良くしてくれないか?」
「ふ、ふんっ。君が、そういうなら仲良くしてやってもよいぞ」
グラウは偉そうに腕を組みながらデヴィットを睨みつける。
そしてデヴィットもグラウを人相悪く睨みながら、渋々妥協してやった。
「判ったよ。じゃあ、まずは探偵の依頼を片付けるとしますか」
エイジの事は心配だが、夢で見ただけでは何の手がかりにもならない。
聞き込みと称してウロウロするうちに、どこかで情報も得られよう。
一番無駄なのは、いつまでも此処で喧嘩をしている事だ。

獣人が次々行方不明になっているのは、事実であった。
今や、ビーストメイヤー中で話題になっている。
おかしくなった獣人達は皆、街の外へ出て行くらしい。
「ならば、我々も街の外を探索する必要があるな」とは、グラウの弁。
「外といってもどこを探せばいいんだ?」
もっともな疑問をダグーが言い、デヴィットも腕組みをして考え込む。
「一番最近に出て行った獣人の足取りを追ってみるってのは、どうだろう?」
提案してみると、グラウはペッと唾を吐き、さっそく嫌味を放ってきた。
「足取りを?ふん、どこへ行ったか判らないと皆が口を揃えて言っておるのに?」
「……でも、街の外に誰も人がいないわけじゃない」
ダグーが、ぽつりと呟く。
「誰か、目撃した人がいるかも。今度は外で聞き込みをしてみよう」
ダグーのほうがグラウよりも、よっぽど探偵っぽい。
デヴィットは、そう言ってやろうかと思ったが、やめた。
仲良くしてくれと頼まれたばかりだ。自分の株を落としても仕方ない。
「では外で情報を集めるぞ。ついてきたまえ、諸君!」
何の案も出さなかったくせして、グラウが場を取り仕切る。
鬱陶しい奴だ。
早く依頼を解決して、こいつとはオサラバしたいものだが。
デヴィットは内心イライラし、気を静める為にダグーを見た。
視線があって、ダグーが微笑む。
探偵には聞こえぬ小声で、彼が囁いてきた。
「聞き込みついでに、エイジとランスロットの目撃情報も一緒に探そう」
こちらに気を遣ってくれるとは、なんてイイ奴だ。
デヴィットも、ひそひそと囁き返す。
「エイジは赤毛で、ランスロットは鎧を着ているんだ」
「それなら目立つだろうね。きっと誰かが目撃しているよ」
デヴィットを安心させる為か、ダグーがデヴィットの手を握ってきた。
たとえ彼が何の能力も持っていなくても、構わない。
僕は一番最初に良い仲間を見つけた。
デヴィットは嬉しくなった。


デヴィットが心配したとおり、エイジはランスロットとはぐれていた。
ただ、デヴィットの夢のようにベソをかいては、いなかったのだが。
シクシクメソメソ泣いている暇など、ありゃしなかった。
なにしろ彼は、囚われの身になっていたのである。
洞窟の奥に作られた牢屋に閉じこめられていた。
向かいの通路は始終、見張りが歩き回り、容易には逃げ出せない。
捕まったのは、不意討ちでも油断していたわけでもない。
人質を取られたのだ。
偶然その場に居合わせた、名も知らぬ女性だ。
だが知らない人だからといって、見捨てるわけにもいかない。
大人しく奴らに言われるがまま同行し、檻の中へ閉じこめられたというわけだ。
当時エイジは酒場にて、自分の置かれた境遇について頭を悩ませていた。
ここは何処なのか?
――どうやらバラク島というらしい。
島の住民とは言葉が通じる。
だが、明らかに人間とは言い難い外見の奴らもウロウロしていた。
彼らとも会話は通じた。不思議な島であった。
いつ自分がこの島に来たのかも、覚えていない。
一時的な記憶喪失?しかし、そんなのってあり得るのだろうか。
そう考えていた時だった。
いきなり酒場の扉が蹴破られ、獣の顔をした男達が飛び込んできたのは。
店の中にいた連中が反応するよりも早く、奴らは一番の弱者を人質に取る。
卑怯な連中だ。
ランスロットが一緒だったら、一瞬で片付けてやったものを。
エイジがこの島で目覚めた時、ランスロットは側にいなかった。
いつも一緒にいるはずの、あいつが。
召喚しようにも呼び出せず、エイジは途方に暮れた。
何があったのだ。いや、無事なのか?
どこかを一人で彷徨っているのかと思うと、気が気ではない。
今も、依然として呼び出せない。
魔界以外の、こちらの念も届かない空間に幽閉されてしまったのだろうか。
だとしたら、どうやって助ければいい?
誰の手を借りれば、ランスロットを救い出せるのか。
自分の置かれた状況も忘れ、エイジはランスロットの身を案じた。

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