十二周年記念企画・闇鍋if

Barak Island Fight!!

3.名探偵と悪魔遣い

ダグーとデヴィットは、まず手始めに地元情報を集めることにした。
何をするにしろ、ここが何処なのかを把握しておかねばなるまい。
茶屋を出て、しばらく歩くと大きな門が見えてくる。
そこには『フラワーサンダー』と書かれていた。
「フラワーサンダー、ねぇ……」
門の左右には色とりどりの花が咲き誇っている。
「フラワーってのは判るとして、サンダーってのは何だ?」
ぽつりともらしたデヴィットの独り言に反応したのは、ダグーではなく。
「良い着眼点だな、そこの君ィ!」
服を着た緑色の何かがズカズカと歩いてきて、デヴィットの腕を掴んだ。
かと思えばパッと離し、深々と会釈する。
「おっと失礼、我が輩としたことが礼を欠いた態度を取ってしまったな。我が輩はグラウ。名探偵グラウと呼んでくれたまえ。ハッハッハ」
地元の住民だろうか?
袖から伸びる腕は、緑色の鱗に覆われている。
顔もトカゲそのものだ。尻尾がズボンの尻を突き破って垂れている。
どう見てもトカゲ人間。
いや、二足歩行の等身大トカゲが服を着ているといったほうが正しい。
「うっ、うわぁぁぁっ!」と叫んで腰を抜かしたダグーを横目に、デヴィットが軽く頭を下げる。
「君は何者だ?あぁ、いや名探偵ってのは判ったけど、僕が知りたいのは君の種族だ。さっきの虎男のお仲間かな?」
「虎男?」と眉間にしわを寄せグラウが吐き捨てる。
「我が輩を、あの獣臭い獣人どもと一緒にしないでもらおうか。我が輩は誇り高きリザードマン、その中でも特に優れた知恵を持つ名探偵なのだぞ」
自画自賛の激しい探偵だ。
「我が輩は今、事件を追って調査しておる。然るに只今絶賛助手募集中なのだが、どうだね?諸君ら、暇そうだし我が輩を手伝ってみてはくれないだろうか」
出会ったばかりだというのに、随分とぶしつけな勧誘である。
デヴィットは肩をすくめた。
「あいにくと、暇じゃないんだ。人を探さなきゃいけなくてね」
「人捜しか。ならば我が輩の探偵事務所に依頼するといい」
キラリと歯を光らせ親指を立ててくるトカゲに、なおも言い返す。
「でも名探偵は今、別の事件を追っていて忙しいんだろ?助手を現地で募集しなきゃいけないぐらいに。お手数を煩わせるのは、申し訳ないよ」
勿論、社交辞令に決まっている。
この怪しげな探偵に頼むぐらいなら地道に捜索したほうがマシ、というのがデヴィットの出した結論だ。
だが探偵も、こちらの思惑を知って知らずか食い下がってくる。
「ならば諸君らが我が輩の助手となって、ついでに人捜しを我が輩が手伝うというのは、どうだろう?」
「助手ってのは、通りすがりの他人でも出来る仕事なのかい?」
質問に質問で聞き返すデヴィットへ、グラウは満面の笑みで頷いた。
「できるとも!そう聞き返すからには、君は探偵の仕事に興味があると見える」
「いや、僕は」
遮ろうとするデヴィットを更に遮り、名探偵は颯爽と歩き出す。
「ついてきたまえ助手の諸君!まずは酒場で相談だ。今後の予定を立てねばな」
すったか歩いていく名探偵の背中を見つめ、ダグーがデヴィットへ囁いた。
「君は、すごいね。相手がどんな生き物でも驚かないんだ」
「ああいう手合いは見慣れているんだよ、僕は」
悪魔遣いなんぞやっていれば、嫌でも見慣れてしまう。
なにしろ敵も味方も悪魔だらけ、怪物ばかりの業界である。
「俺も並大抵の珍事には慣れているつもりだったけど……世界は広いよ」
落胆した調子でダグーが呟くのを見て、デヴィットは少し慰めてやりたくなった。
誰かに優しくしたいと思ったのは、エイジ以外じゃ初めてだ。
ついさっき出会ったばかりの相手なのに、ダグーには何故か親切にしたくなる。
なんというか、構ってやりたくなるオーラを漂わせているのだ。
そこらへんがエイジとは違う。
デヴィットがエイジを構いたいのは、下心あっての優しさだから。
「そう落ち込むなよ。怪物を見慣れているほうが、おかしいんだ。それに君の反応は、むしろ僕らにとって有利に働くかもしれないな」
「有利に?」とオウム返しに首を傾げるダグーへ、微笑んだ。
「そう。素人反応をしていれば、周りの皆は僕らを観光客か田舎者と思いこんで、余計な詮索をしてこなくなるかもしれないってことさ」
そこへ探偵が戻ってきて、二人を急かしてくる。
「何をしておるのだ?全然ついてきておらんから心配したぞ。我が輩一人で酒場で飲んでいても寂しいではないか。ほれ、さっさと歩く!イチ、ニ、イチ、ニッ」
グラウは何故か目元に涙をにじませていた。
まさかとは思うが、寂しくて泣いちゃったんだろうか。
だとしても、ちっとも同情心が起こらない。せいぜいアホかと思った程度だ。
これが本来の自分なのだ。
さっきの同情はダグーだから起きたんだ、とデヴィットは己の中で再確認した。
グラウに背中を押されるようにして、デヴィットとダグーも酒場へ向かう。


酒場について、奥の席に陣取ると、さっそく名探偵が話し出す。
「さて……まずは我が輩の追っている事件のあらましから説明させてもらおう」
「おっと、その前に」と早速話の腰を折ったのはデヴィットだ。
たちまち機嫌を悪くするグラウをバックに、ダグーへ尋ねた。
「聞きそびれちまっていたけど、ダグー、君は何の職業に就いていたんだい?」
「あぁ、そういえば話していなかったな。俺は何でも屋ってのをやっていてね」
「何でも屋?」
「そう、あなたの悩みを何でも請け負います。っていう仕事さ」
そう言って、ダグーは誇らしげに胸を張る。
「探偵とは違うのかね?」と横やりを入れてきたのはグラウだ。
「探偵は客の足下を見るけど、何でも屋は違う。どんな悩みでも引き受けるんだ、安価でね。ただし欲望ではなく本当に悩んでいる人間じゃないと駄目だけど」
途端にグラウが怒り出す。
「足下を見るとは何だ!探偵を侮辱する気か」
そういや、こいつは探偵だった。
「我々は客の足下を見て引き受ける依頼を決めているのではないッ。肉体労働に見合った金額を要求しておるだけだ、それの何処が悪いッ!」
どこも悪くない、とデヴィットも思う。
ダグーのやっていることは、慈善事業の真似事だ。
もっと言うなれば自己満足でもある。
「ご、ごめん……探偵を悪く言うつもりはなかったんだ」
だが、たちまちシュンと叱られた子犬のように項垂れてしまったダグーを見て、グラウも、それ以上怒る気をなくしたのか彼の肩へ手をかけた。
「うむ、失言をすぐに謝れるのは君の美徳だ。だが君は探偵を誤解しておるようだし、もう少し詳しい説明をしてやらねばならんな。そう、二階のベッドで、ゆっくりと話し合おうではないか」
よく見りゃ探偵の鼻息は荒い。
デヴィットはドン引きして、ジト目でグラウを睨みつけた。
「ちょっとちょっと。探偵さん、あんた、そういう趣味の人だったのか?」
すると探偵は鼻息を荒くしたまま振り返り、断言する。
「いや、我が輩は彼だからこそベッドで綿密に優しくしたいのであって、君にはピクリとも我が輩のマグナムが反応しておらんから安心したまえ」
反応されても、されなくても、嫌だ。
大体マグナムって何だ。いやらしい。
トカゲ男に肩を抱かれたダグーが小さく身をよじる。
「ベッドでなくても、探偵業は語れると思うけど?」
その顔は苦笑を浮かべ、迷惑そうにも伺える。
なら力尽くで振りほどけばいいのに何故、そうしない?
「なぁに、長話になるのでな。夜通し語り明かそうと思ったまでだよ」
チロチロと赤い舌を出し、探偵が舌なめずりする。
一人蚊帳の外に置かれたデヴィットは、なんとなくムッとしながら割り込んだ。
「探偵業について長々と語っていられるほど、あんたの引き受けた依頼は時間の余裕があるのかい?なら、僕達が手伝う必要なんてなさそうだけどね」
グラウも気を悪くして、苛立たしげに言い返す。
「あんたではない、我が輩の事は名探偵と呼べと言ったはずだ。もう諸君らは我が輩の助手なのだからね、言葉遣いには気をつけたまえ」
それに、と付け足した。
「君の言うとおり、我が輩の依頼は時間をかけている余裕などない。君のせいで余計な時間をくった。改めて、事件のあらましを話すぞ」
ダグーはデヴィットとグラウの険悪なムードに、若干引き気味だ。
探偵の手が離れたのを良いことに、さりげなくデヴィットの横に腰かけなおす。
「我が輩に依頼してきたのは聖王教会だ。聖王教会は知っておるな?」
探偵に尋ねられ、ダグーもデヴィットも首を傾げる。
「ふん、最近の若造は自分の興味ないものには、どうしてこうも無関心なのだ」
嘆かわしいとわざとらしく溜息をついて、それでもグラウは親切に教えてくれた。
「ファルゾファーム島に本山を構えるゼファー教の連中だ。奴ら、普段はバラク島へくることなぞ滅多にないのだが、今回我が輩に泣きついてきたのは、まだ若輩の僧侶で名を……まぁ、名など、どうでもよい。所詮は雑魚だ。とにかく、その若造が言うには、最近獣人どもが怪しい動きをしているというのだな」
「獣人って?」と尋ねたのは、ダグー。
グラウは笑顔で答えた。
「そこのニヤケ坊主が言っただろう、虎男がどうとか。そいつらを指した総称だ」
さっきの遣り取りのせいで、デヴィットは探偵に嫌われてしまったようだ。
面倒くさい。子供か、こいつは。
デヴィットは不貞不貞しい笑みを浮かべて、探偵を真っ向から睨みつける。
「ニヤケ坊主って、僕のこと?僕にはデヴィットって名前があるんだけど」
「名前なんぞ所詮飾りだ。だがダグー、君の名前は良い響きを持っておる。もちろん、我が輩のグラウという名前もな」
恐らく本人的にはサワヤカなつもりで微笑まれ、ダグーは引きつった笑みを浮かべた。
「そ、それは、どうも」
「我が輩達の名前は、お互いに惹きつけられあうニュアンスを感じる。ダグー&グラウ、実にいいコンビネームだ。そうは思わないか?」
またしてもベタベタとダグーに触り始めた探偵を、デヴィットが妨害する。
「ねぇ、また話が脱線しているんだけど?」
確かにダグーには構いたくなる何かがある。
にしたってトカゲ男のは少々、度が過ぎていやしないか。
「いちいち うるさい小僧だな、貴様は。うむ、判っておる。続きだ。聖教の若造が言うには、ある日突然獣人どもが暴走を始めるというのだ。大人しかった者が凶暴になったり、仕事を放り出して街を去るというのだな。しかも、それはファルゾファーム島だけに限った話ではないらしい。各地で似たような事件が起きているというのだ」
「各地で?そりゃまた、随分と大規模な事件だね」
本当だとしたら、一介の探偵如きで解決できる規模じゃない。
にも関わらず、自称名探偵に教会が依頼を出したのは何故だ?
――同じような依頼を引き受けた者が、他にもいるのかもしれない。
「我が輩は、まずビーストメイヤーへ向かおうと思っておる。あそこは獣人の巣窟、獣人達にとっては故郷だからな。そして我が輩にとっても故郷である」
「なんだ、やっぱあんたも獣人だったんじゃないか」
デヴィットが冷やかすと、グラウにはギロリと睨まれる。
「なんべん言ったら判るのかね?我が輩は獣人ではない、リザードマンだ。獣人ってのは頭がケモノで体は人間と同じ構造を持つ輩を指して言うのだ」
「でも名探偵さん、あんただって頭はトカゲで体は人間じゃないか」
「我が輩はケモノではない!トカゲだ!トカゲとケモノは、まるで違う!!」
癇癪を起こして激しくテーブルを叩くグラウには、ダグーがフォローを入れる。
「そ、そうだとも。トカゲは爬虫類、ケモノとは別の種族だ。デヴィット、本人がこう言うんだから獣人とリザードマンは別の種族なんだよ。一緒にしちゃ失礼だ」
「君は物わかりがよいな。そこのニヤケ小僧とは大違いだ」
ダグーには愛想のよい名探偵は、すっかり気をよくして微笑んだ。
「ちなみに諸君らが会った虎男はワータイガー。牛男のミノタウロス、頭が狐はワーフォックス。狼男はワーウルフと呼ばれておる。他にも数は希少だが、キャントールと呼ばれている種もおるな。奴らは頭が犬と同じ造形をしておる」
感心したように、ダグーが溜息をつく。
「随分、たくさんの種類がいるんですね」
「ふん。頭数ばかり多いが、何の役にも立たぬ種族よ。気は荒く凶暴で、おまけに頭が悪いときた。だが一応我々の言葉も理解しておるらしい。いくらケモノ臭いからと言って、ケモノだとナメてかかっておると痛い目を見るぞ」
勿論、デヴィットもダグーも獣人を舐めてかかるつもりなどない。
というか、舐めているのは探偵自身ではないのか?
「それらが、ある日突然暴れ出したとしたら、確かに大事になるだろうね」
デヴィットの言葉に「うん」とダグーも頷き、改めてグラウと向かい合う。
「俺達にも是非協力させて下さい。できる範囲であれば、なんでもします」
「ほぅ、よい心がけだ。では、まずは二階のベッドで」
さっそく調子に乗ったトカゲ男をぐいっと押しやり、デヴィットは呆れ口調で促した。
「それは、もういいから。さっさとビーストメイヤーとやらに行こうじゃないか」
全くもって、信用のおけない探偵だ。
だが、彼の話した依頼には興味がある。
獣人の暴走。
もしかしたら、コードKの企みと何か関連するのではないか。
そうした予感が、デヴィットにはあった。

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