2.戦乱のバラク島
デヴィット達のいる南国フラワーサンダーは、のどかな風景だったかもしれない。だがGENの飛ばされた西の国、ビーストメイヤーでは早くも混乱が生じていた。
ビーストメイヤーには獣人が多く住んでいる。
ダグーが遭遇した虎男も獣人の一種で、正しくはワータイガーと呼ばれている種族だ。
人間の言葉を介し、話すことも出来る。
ビーストメイヤーには人間も住んでおり、彼らは人間とも共存していた。
バラク島へ飛ばされてきたGENを手厚く介抱したのも、彼ら獣人だ。
彼らはGENを『ゲート通過者』と呼んだ。
異世界から、ここファーストエンドの地へ召喚された者を指す名称である。
ゲート通過者は何らかの特殊能力を所持する者が多いと獣人のリーダーは前置きし、ここで出会ったのも何かの縁、どうか力を貸してくれないかと頭を下げた。
驚いたのはGENのほうで、力を貸せと言われても一体何をすればいいのか、それを尋ねるとリーダーの娘が訥々と現状を語り始めた。
最近、突如乱心して街を出て行く獣人が後を絶たないらしい。
ただ出て行くだけならまだしも、中には人間へ危害を加える者もいる。
殴り倒しても正気には戻らず、黙って街を去っていく。
どこかで悪い画策をしていないと良いのだが……リーダーの不安は、そこにあった。
獣人は人間よりも身体能力が優れている。
徒党を組んだら、軍隊でも手を焼く相手だ。
何より、同族が他種族と争ったり殺戮を犯すのは見るに忍びない。
なんとかして、街を出て行った者達の消息を掴めないものか――
全て話を聞き終えたGENは、深々と頷いた。
「人捜しは得意じゃないけど、あなた達には恩もある。やってみます」
「おぉ、ありがたい、本当に感謝する」
喜ぶリーダーの横では、娘が囁く。
「旅に必要な物がございましたら、何なりとお申し付け下さい。ビーストメイヤーの獣人は皆、あなたへの協力を惜しみません」
「ありがとう」と微笑み、しかしとGENは首を振った。
「食費と飲み物さえ貰えれば、充分だ。あとは自力で工面するよ」
獣人に見送られてGENがビーストメイヤーを後にしたのは、その三日後だった。
北の国、コールドシティーでも異変は起きていた。
コハクがそれを知ったのは冒険者ギルドの看板で、『打倒!』の文字が勇ましく踊り狂っている依頼書を読んでの事だった。
「怪物討伐の依頼ばかりだな。ここは相当治安の悪い国らしい」
そう言って、コハクの正面に黒衣の男が腰掛ける。
「もっとも受付の話じゃ討伐依頼が毎日出るようになったのは、ここ数日だそうだが」
男の名は長門日 吉敷。
聖獣を使役する霊媒師、とは本人の談だ。
彼とは、このバラク島で初めて知り合った。
吉敷もコハクと一緒で、ここではない他の場所から強制転移させられてきたらしい。
コハクの斜め向かいで、黙々と紅茶をすすっていた眼鏡の男が顔をあげる。
「何かが起きているんだ。俺には判る」
コハクが何か言うより早く、吉敷が呆れ目で突っ込んだ。
「あんたは、そればっかりだな。何かって具体的には何が起きているというんだ」
「あんたじゃない、キースと呼べと言ったはずだ」
眼鏡男は冷静に切り返すと、紅茶のカップをテーブルに置いた。
「手っ取り早く言えば、反乱だな。この平和な世界をかき回したい奴がいるんだろう」
「どうして、そう言い切れるんだ?」
吉敷の問いにキースは片眉を少し上げて、せせら笑う。
「バケモノどもが突然揃って暴れ出すなんて、誰がどう考えても、おかしいじゃないか。しかも、奴らが襲っているのは全て人間ばかりだ。裏で邪悪な意志が働いていると考えるのは当然だ。人間に憎しみを持つ何者かのな」
ここ数日のモンスターの動きは、地元民から見ても異常だという。
誰かが操っているとして、黒幕は一体誰だ?
それを突き止めれば、モンスターが暴れるのも止まるかもしれない。
コハクは静かに立ち上がると、戸口へ向かう。
「おい、どこへ行くんだ」と吉敷に呼び止められ、ぼそぼそと答えた。
「酒場だけでは情報が偏る……街を出て、実際に調べる」
「実際に?しかし酒場の他に店なんてないぞ」
眉をひそめる吉敷の横では、荷物を手荒くまとめたキースが立ち上がる。
「なるほど、実地調査というわけか。俺もいくぞ」
「実地調査だって?」
まだよく判っていない吉敷には、キースが説明した。
「実際に討伐依頼の出ている怪物へ会いに行って、話を聞こうっていうんだ。そうだろ?コハク」
コハクは振り向き、トントンと剣の束を軽く叩く。
「妨害する者が……いるかもしれない。自分の身は、自分で守ってくれ……」
「おい!外は吹雪だぞ、そんな軽装で行ったら凍え死んじまう!!」
止める吉敷へはウンともすんとも返事をよこさずコハクはさっさと酒場を出てゆき、代わりにコートを着込んだキースが吉敷を振り返る。
「寒いんだったら店長に言ってコートを借りてきたら、どうだ?それとも、ここで待っているか?俺はどちらでも構わないし、コハクも、お前がいてもいなくても構わんだろうが……だが、お前がついていきたいと思うんだったら、さっさとコートを借りてこい」
「お……お前ら二人だけで行かせられるわけないだろう!俺も行くッ」
売り言葉に買い言葉で、ついつい吉敷も腰を浮かせる。
本音じゃクソ寒い吹雪の中に再び出ていくなど、まっぴら御免だったのだが。
バラク島の中央に位置する首都、セントラルパーク。
島を訪れる冒険者が最初に入る場所でもある。
天候は年中安定し、暖かく過ごしやすい。
大通りに並ぶのは冒険者ギルドの直営店で、冒険者なら飯代も宿泊費も取られない。
まさに、冒険初心者の為にあるかのような街である。
「バラク島、お前は何度も来てたっけか?」
シャウニィに聞かれ、ソロンは素直に頷いた。
「あァ。初心者だった頃は、利用させてもらッたモンだぜ」
ソロン=ジラード。
ファーストエンドじゃ、ちょっとばかり名の知られた冒険者である。
傍らにいるダークエルフはシャウニィ=ダークゾーン。
ソロンなどお呼びじゃないほど知名度の高い召喚師だ。
そんな有名人二人が初心者の街へ何しにきたかというと、最近、噂になっている『ゲート無通過者』を調べに来たのだった。
異世界からファーストエンドへ来るには、必ずゲートを通る必要がある。
だがゲートはワールドプリズ行きを最後に以降、全く出現していない。
にも関わらず、異世界の者がファーストエンドの地を踏んでいるとなると問題だ。
ギルドのゲートマスターが関知していない未確認のゲートがあるのか、あるいはゲートを使わない方法で異世界者を送り込んでいる何者かがいるという事になってしまう。
異世界との扉は、むやみやたらに繋いでいいものではない。
異端の者を招き入れる事で、どんな混乱が発生するか判らないからだ。
ギルドに対する反乱の意志があると見なされても、致し方ない。
まずは召喚された者達と会い、話を聞いてみるつもりでいた。
彼らが何も知らず飛ばされてきたのなら、保護する必要がある。
「手始めに情報収集といくか。行くぞ、ギルドへ」
シャウニィに促され、ソロンは彼の後をついていく。
裏通りの細い小道を抜け、冒険者ギルドの手前まで来た時だ。
不意に異質の気配を感じ、ソロンはシャウニィの制止をも振り切って駆け出した。
「うぉいっ!何か見つけた時は真っ先に俺に報告しろっつの!!」
騒げど喚けどソロンの背中は遠ざかり、後にはシャウニィが一人、ぽつんと残される。
「……ったく。あいつ、何を見つけたんだ?さっそくゲート無通過者でも見つけたってか」
口の中で小さく呪文を唱えると、黒エルフは遣い魔を呼び出す。
そして命じた。
ソロンを追いかけ状況を知らせろ、と。