Un-known

12話

しゅういちは原則、戦えない。
だが彼は、けして足手まといにならない自信があった。

草むらをかき分け、しゅういちが先導する。
「ソルト、もう少しで遺跡だ。まだ頑張れるか?」
追われていた。
敵は名も知らぬ海賊だ。
上陸して散開後、二人に襲いかかってきたのは三人ばかり。
うち二人は撒いたが、あと一人が執拗に追いかけてきている。
しかし、しかし――それ以上に、しゅういちの逃げ足は速かった。
腰まで草ぼうぼうだというのに、風切る勢いで走り抜けてゆく。
後を追いかけるソルトのほうが遅れ気味になっている。
しゅういちをかばって、負傷したのも拙かった。
あんなに絶対守ると豪語しておいて、自分が足手まといになるとは。
じわりと瞳に涙が浮かんできて、ソルトは腕でゴシゴシ拭う。
おまけに泣き虫じゃ、守り役を譲ってくれたハルにも申し訳が立たない。
「ソルト、大丈夫か?傷が痛むのか」
しゅういちには見当違いに心配され、ソルトは首を真横に振った。
「痛くない。大丈夫だ。ごめん」
しょげる相手を、しゅういちが慰める。
「君は悪くない。悪いのは俺だよ、気配に感づけなかった。まさか、あんな距離から攻撃してくるなんて……」
悔しげに俯く横顔を見つめ、ソルトは先ほどの戦いを思い返す。
しゅういちは全く戦力にならない。
だから、いつも戦わない。
――そう思っていた。
だが、初めての戦地で見た彼は非戦闘員の動きではなかった。
敵は三人いたのだが、しゅういちは相手の動きを見切っていた。
遠方から時間差で撃ってきた弓師以外を除いては。
襲い来る剣も槍も、全てが彼に当たらなかった。
亜種族と言うだけあって、人間よりも素早いのではなかろうか。
敵の海賊は皆、彼の動きに翻弄されているようにソルトには見えた。
そもそも敵の存在に気づいたのも、しゅういちが先であったし、逃げ足だって並じゃない。
イーサンと一緒に上陸すると決めていたのは、勝算あっての発言だったのだ。
「しゅういちは何で、戦わないんだ?すごかったぞ、さっきの動き」
疑問に思ったことをソルトが口にすると、間を置いてから答えが返ってくる。
「逃げるのは得意なんだ。ただ、戦うのは……得意じゃない」
「そうか」
やはり自分が、しゅういちを守らねばなるまい。
遺跡に行こうと言い出したのも、しゅういちだ。
遺跡に入り込んでしまえば追っ手を撒けるし、傷の手当ても出来る。
或いは隠れた何かと遭遇するかもしれない。
もし本当に妖精がこの島にいるのであれば、遺跡に隠れている可能性は高かろう。


ファーストエンド創世記から、アルカナルガ島は存在していた。
遺跡は、かつてこの島に住んでいた新古族なる亜種族が作ったとされている。
何のために作られたものかまでは、定かではない。
後世の冒険者や墓荒らしが見つけ出したのは、高値で売れる装飾ばかりであった。
「潜った連中の話だと、遺跡には隠し扉がいっぱいあるらしくてね。もしかしたら、まだ見つかっていない部屋があるかもしれないんだ」
脆く崩れ落ちそうな石段を苦もなく登りながら、しゅういちが手を差し伸べてくる。
その手にぎゅっと掴まって、ソルトも狭い通路へ潜り込む。
ソルトが移動した直後に石段が崩れ落ちたので、後を追いかけてくる者も、これでは通れまい。
苔むした足下を注意深く進んでいくと、広いホールへ出る。
天井が高い。上に細い通路が通っている。
遺跡の中は、何層にも階が入り組んでいるようだ。
「ここへ実際に入るのは俺も初めてだ。噂や絵では知っているんだけどね」
しゅういちが荷物から取り出したのは、小さな四角い箱だ。
それは何だとソルトが尋ねると「探知機だよ」と返ってきた。
元は異世界の産物で、魔力で動かせるよう改造した物だ。
「生き物の熱を感知して、画面に表示してくれるんだ。さて……上手く作動するかな」
スイッチを入れると、ピピッと微量の音が鳴り、画面に幾つか赤い点が示される。
しゅういち曰く、これが『生き物の熱反応』だそうで、現在地点にも二つ青い点が輝いていた。
「青が俺達で、赤はそれ以外の反応だ。ただし潜り込んでいる海賊なのか、それ以外のモンスターか動物なのか、妖精なのかは判らない。出会ってみての、お楽しみだ。といっても、妖精以外とは出来ることなら出会いたくないけど」
しゅういちは軽口を叩き、ぐるりと辺りを見渡した。
ソルトもつられてホールを一周見渡してみる。
見事なまでに何もない。だだっぴろいだけの空間だ。
不思議なことに、遺跡の中だというのに暗くない。目視で通路の奥まで見渡せる。
「そうだな……灯りもないのに何故だろう」
ソルトに言われて初めて気づいたかのように、しゅういちも首を傾げるが、すぐにハッとなってしゃがみ込むと、鞄から包帯と消毒液を取り出した。
「そうだ、今のうちに君の怪我を診ておこう」
「えっ、いいよ。染みるのは嫌だ」
思わず本音が口を飛び出してしまい、しゅういちにはクスリと苦笑される。
「駄目だ、ちゃんと消毒しておかないと。化膿したら、もっと痛い目を見ることになるぞ」
「う、うぅぅ……わかった」
ぎゅっとしゅういちに掴まり染みるのを我慢すると、ソルトは包帯を巻いて貰った太股に視線を落とす。
きっちり綺麗に巻かれている。しゅういちは、医者の真似事も得意だったのか。
「しゅういちは、なんでも出来るんだな」
惚れ惚れとしゅういちを見上げると、頭を軽く撫でられる。
「でも、戦いは苦手だよ。なんでも出来るってわけじゃない」
ギルドOceansが賑わっているのは、母胎となる船が大きいからってだけじゃない。
しゅういちは非戦闘員であるにも関わらず、腕っ節に自信がある奴らから慕われている。
皆がマスター及びOceansに求めているのは戦力ではない。
他の海賊団にはない、圧倒的な知識と技術だ。
異世界の知識を持つものは、世界をも制す。
しゅういちの手元で光る探知機を見つめながら、ソルトは改めてマスターへの尊敬を深めるのであった。

下へ降りる階段を見つけ、ソルトとしゅういちの二人は遺跡の奥底へと進んでゆく。
上の階では多く見られた熱反応も下へ降りてゆくにつれて少なくなっていき、やがては二つ三つまでに減る。
何か確信があって下のルートを選んだのかとソルトが尋ねてみれば、しゅういちの答えは『勘』であり、呆れるソルトに彼はこうも言った。
「上の階にいるのは海賊とみて間違いない。俺達と同じ事を考えた奴が、他にもいるだろうからね。だが――それにしては、下まで潜った数が少ないのは何故なんだ?今、俺達以外で下にいるのは誰なんだ」
そんなことを言われても、ソルトに判るはずがない。
モンスターではないのか?
だが、ここへ辿り着くまでに一度もモンスターとは出会っていない。
それもまたおかしいと、しゅういちは言う。
「俺達より先に辿り着いてモンスターを一掃したにしては、人数が少なすぎる」
それに、と画面を指さした。今、この階にいるのは青い点が二つと、赤い点が二つ。
赤い点は、どちらも離れた場所にある。
少なくとも、パーティを組んだ冒険者では無さそうだ。
一つは中央に留まり、もう一つは直進している。通路を移動しているのであろう。
「……動いていないほうに近づいてみるか」
小さく嘆息し、しゅういちが忍び足で歩き始める。
「お、俺が先に行く」と申し出たソルトは、逆に押し留められた。
「駄目だよ。君は足を怪我している。俺のほうが動きは速い。君は、あとから、ゆっくりついてきてくれ」
なんとなく足手まとい扱いされているような気分になり、ソルトはぷぅっと頬を膨らませる。
「しゅういちは、俺が信用できないのか?」
ふてくされて尋ねると、しゅういちは慌てて振り返り、ソルトを宥めにかかってきた。
「そうじゃない、そうじゃないんだ、ソルト。何かあってからでは遅いんだよ。俺なら何が出ても、即座に逃げ切れる自信がある。けど、君は足を怪我しているから、いつもより動きが鈍くなっているはずだろ?……俺は君に、これ以上の怪我をして欲しくないんだ」
宥められただけではなく、ぎゅっと抱きしめられ、ソルトの心臓はドキンと跳ね上がる。
いつもは一定の距離を保っているくせに、ここで、こんな真似をしてくるのは反則だ。
しゅういちの腕の中は、ぽかぽかと暖かくて安心する。
見上げると、優しい笑顔が目に入った。
しゅういちは全身で優しいオーラを放っている。
これも彼が海賊にモテモテな理由の一つかもしれない。
一方のしゅういちも、まったりとリラックスした気分に包まれていた。
ソルトから、ほんのり漂う匂いのおかげだ。
巷の香水は大半が花の蜜から作られているのだが、それとは全然違う。
花の蜜よりも、ふんわりした、まろやかな香りだ。
もしソルト考案のオリジナル香水なんだとしたら、是非ともレシピを教えて欲しい。
聞くのは無事に戻れた後でいいと思ったのだが、疑問は勝手に口を飛び出していた。
「ソルトは何か香水をつけているのかい?」
きょとんとした顔が見上げてくる。
「香水?そんなの、俺はつけていないぞ」
すると、これは何の匂いなのか。
「え?えぇと、でもソルト、君からは不思議な匂いが」
ソルトは、くんくんと自分の腕や脇の匂いを嗅いでから、再び首を傾げる。
「別に、汗臭くないし不思議な香りもしないぞ。しゅういち、本当に俺、匂うのか?」
本人には感じない匂いなのか。
それともソルトに恋する自分の妄想で、イイ匂いがすると思いこんでいるのか?
後者だったら、とてつもなく恥ずかしい。
嗅覚には自信があったのだが、こうなると自信がなくなってくる。
「いや、まぁ、それほどでもない、かな?うん、ごめん。勘違いだったかも。それより、そろそろ行こうか」
そっと腕を解放してやると、しゅういちは先を急ぐ。
「ソルト、甘い匂いを嗅ぎ取ったら、すぐに知らせてくれ」
「うん」と頷くソルトに、ぼそっと付け足した。
「どうも、俺の鼻はアテにならなくなっているみたいだしな……」


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