11話
アルカナルガ島までの旅路で、海賊船とは宝を必ず積んでいるとは限らないのだとソルトは知る。この二週間で衝突した海賊船の大半が、お宝なしの奴隷なしばかりであった。
だからといってOceansが赤字になるかというと、そんなこともなく、食料と有り金は巻きあげていたので、それなりにプラスは出ていた。
ギルドマスターに言わせれば、宝を持たない海賊船のほうが普通なんだそうだ。
宝を持たないからこそ、海上に長く滞在してエモノを待っているのだと。
Oceansのように本拠地を持つ海賊ギルドも、宝は本拠地に溜め込むから船には積んでいない。
海は飢えた狼が徘徊する場所だと教えられ、ソルトは納得に至ったのであった。
「アルカナルガ島って、どんな島なんだ?」
船首で身を乗り出して、ソルトがイーに尋ねる。
「オイ、あんま乗り出したら危ねーぞ?」と一応は忠告してやってから、イーも素直に答えた。
「そうだな、昔は古代種がいたらしいが、今は何もない無人島だな」
「何もない?」
「あぁ、そうだ」と会話に混ざってきたのは、甲板で風に当たっていたグンサだ。
「何も住んでいなければ、何も残っていない。あるのは古代遺跡だけで、そいつも盗賊に荒らされまくって今は廃墟と化している」
「寂しい場所なんだな」とポツリ呟き、ソルトは前方に目をこらす。
二週間で到着すると聞かされているが、目の前には水平線が広がり、島影は見えてこない。
「自然でいっぱいだと考えりゃあ、良い避暑地だとも言えねぇか?」とはイーの発言に、「あんたに、それを言われっと、おかしな気分になるぜ」とグンサが混ぜっ返す。
「なんで」
口を尖らせた相手に、グンサは肩をすくめる真似をする。
「あんたは、人の多い場所のほうが好きなんじゃないかと思ってね」
だが、本拠地にある彼の庵は森林に包まれている。
案外イーサンは自然が大好きなのかもしれないとソルトは考えた。
「あー、しかし連戦続きで、さすがに疲れてきたかねェ」
首をゴキゴキ鳴らして、イーが縁に寄りかかる。
「正直に言ってアルカナルガまでの道が、ここまで混雑しているたぁ意外だったな」
「いつもは、違うのか?」
ソルトの問いに二人とも頷き、イーが顎をさする。
「いつもっつか、ここは取られ尽くして何もなくなって久しいかんな。こんなに集まるなんてこと、ないはずなんだがよ」
それが何故、今は大混雑状態なのか。
考えられる要因に、一つ心当たりがあった。
「匂いの妖精、か……?」
ボソリと呟いたグンサに、イーもソルトも頷きを返す。
「島に入っても混戦を予想しないとな。足下をすくわれっかもしんねーぜ」
と言いながら、何故か嬉しそうなイーにソルトが首を傾ける。
「イーサンは、混戦になったほうが嬉しいのか?」
「そりゃあ、何も起きないよかぁ何か起きたほうが面白いだろ。なんせ、俺達が今から行く場所は何もないのが定番の島だからなァ」
目視で島が確認できる距離になって、船は一旦停止する。
一同は食堂に集まり、作戦会議を開いた。
「ここへ至るまでの道のりでも検索して調べたんだが、例の噂が広範囲に渡って拡散されたようだ。海賊が、この付近に密集してきたのも、そのせいだろう」
「それで大混戦になってやがったのか」
しゅういちの報告に、あちこちで文句や罵声が飛び交う。
「けどよ」と疑問を発したのはイーで。
「噂自体は前からあったんだろ?なんで今なんだ、拡散のタイミング」
「それは判らない」
しゅういちも頭を振り、遠目に島を見る。
窓から眺めた限りでは、異変も感じられない。緑の多い無人島だ。
「これだけ集まるというのは異例だ。噂に信憑性が加わったと見ていいだろう。もし海賊ギルドがこぞって探索に回ったんだとしたら、全員まとまって動くのは不利だ。先を越される可能性もある。だから、ここから先は二人一組で上陸して、各自の判断で動いてくれ」
大きなどよめきが、あちこちであがる。
スピード重視な二人一組で動く作戦に異論はないのだが、問題は――
「マスター、あんたはどうするんだ。あんたは戦えない。かと言って、ここに残していくのも不安だ」
恐らくマスターは船に残るのだろう。
だが、たった一人で、この巨大船が守れるとは到底思えない。
一応船には自動で動く防衛システムが積んである。それでも限度は、あろう。
心配顔のオールドに、しかし、しゅういちは、あっさりと答えた。
「船の守りには十人ほど残ってもらう。俺はイーサンと組んで上陸する。守りは任せたぞ、ソルト」
えっとなったのはイーばかりではなく、ソルトもだ。
まさかの留守番。
それも、こちらの意志を無視した命令なんて納得がいかない。
「冗談じゃねーぞ、お前みたいな足手まといを抱えて戦えってか?」
まずイーが文句を漏らし、続けてソルトも口を尖らせる。
「居残りなんて嫌だ!俺が、しゅういちを守ってやる!」
ハルも負けじと声を張り上げた。
「マスター、イーサンが護衛じゃ危なっかしくて仕方がねぇ!俺が、あんたを守ってやる!俺のモンスターなら全方向オールグリーンだッ」
「おいテメェ、何ついでとばかりに俺の悪口言ってんだ!?」
噛みついてきたイーにも、噛みつき返す。
「お前じゃ戦闘で夢中になってマスターを忘れるかもしれねぇっつってんだ!」
イーの性格なら、ありえない話ではない。
とばかりに何人かが頷くのを見て、ますますイーの怒りはヒートアップする。
確かに自分は三度の飯より戦いが好きだ。
だが、長年やってきた仲間を見捨てるほどには薄情でもないつもりだ。
「テメェだって、どさくさに紛れて、しゅういちにエロい真似する気満々じゃねぇの!?」
「んなっ!何を根拠にそんなデタラメェ!?」
「ちょっと突いただけで大慌てってなぁ、図星か、このエロ野郎!」
喧嘩は泥沼だ。このままでは埒があかない。
上陸すると言っただけで、こんな大騒ぎになるとは思ってもみなかった。
しゅういちがソルトを見やると、ソルトは瞳に涙をいっぱい溜めて、こちらを見上げている。
「しゅういち……しゅういちに何かあったら、俺……嫌だ、そんなの嫌だっ」
「え、えぇと……」
困って他のメンバーを見渡すと、一人が立ち上がって提案してくる。
「マスターの護衛はソルトがやればいい。船の守りには俺がつく。イーサンは陽動役にまわしたほうが、上手く動けるだろう」
そう言ったのは、風。
いつ仲間になったのかも覚えていないメンバーだ。
いつも口元を布で覆い、普段はいるのかいないのかも判らないほど影が薄い。
だが、戦闘では頼りになる。確実な戦力の一人だ。
「んーんん、カゼちゃん、お前は俺をよく理解してんなァ。その通りだ、俺は自由に動かしたほうが囮役も兼ねて一石二鳥だぜ?マスター」
どうあってもギルドマスターのお守りは嫌なのかイーが調子に乗りだして、ソルトには、ぎゅぅっと抱きつかれ、渋々しゅういちも作戦を変更せざるを得なくなった。
「じゃあ、仕方ない。イーサンは陽動に回ってくれ。船の守りはカゼの他にエリーとハニー、それからクックとホイ。スケハチ、ヨーソロ、カーチャ、ジュジュとレイジ。頼めるか?」
「いいよ、やったー!」と喜ぶ者や、「仕方ねぇ、探索はお前らに任せるぜ」などと粋がる者。
名前を呼ばれた風以外の殆どが、普段の活動では芳しくない成果を見せている者ばかりだ。
しゅういちは、能力と性格を見て分担を決めたのか。
ならば自分も弱気、或いは弱いと判断されていたのか?
ソルトは密かに憤りつつも、次の言葉を黙って待った。
「他の皆は、気のあう相手と組んで探索に入ってくれ。それから……ソルト、君は俺と一緒だ。自分で言い出したからには、しっかり俺を守ってくれ。ただし、無理だけはしないように」
「あぁ、任せろ。絶対俺が守ってやる」
ソルトは力一杯頷き、とっておきの笑顔を浮かべた。
しゅういち含めて周りの皆が胸をキュンキュンさせたのは、言うまでもない。
